67話 リザードマンたちへの手土産
動くようにした兵士の死体を魔物として石版に収納したのは、リザードマンとの交渉に、肉として使えるかもしれないと思ったからだ。
意思を持たない人間の兵士の死体を、仲間して連れ歩きたいわけではない。
しかし、できれば人間の死体をリザードマンに食わせるのは避けたかった。
せっかく、人間を食べないように交渉するのだ。人間の肉の味を美味いと思ってしまう前に、人間は肉として食べるより、殺さない方がいいと思わせたい。
もう一つ、オークの動く死体も魔物として収納しているが、もう少し取引材料が欲しい。
俺は、魔法の石版のアイコンをタップして、シルフとアリス、ウーを呼び出した。
石版に入っている間は時間が止まっているらしく、呼び出すと最初に常に現状確認から始まる。
俺はまだ同じダンジョンの異世界にいることを説明し、落ち着かせた。
「リザードマンと交渉して、人間を食べないように話をつけようと思う。そのために、手土産を用意したい」
「私たちがいない間に、そんなことになったんですね」
ウーは察しがいい。すぐに理解したが、あまり乗り気ではないようだ。
「人間をリザードマンが食べないようにしないといけないのか?」
「私の友達は、たくさん食べられましたよ。リザードマンにも、人間にも……」
シルフとアリスも同感のようだ。
俺がいた元々の異世界でも、ほとんどの人間は魔物の敵だ。
「俺は、金貨を集めなければならない。金貨は、人間しか持っていないだろう。人間に味方だと思わせる必要があるんだ。どうせ、俺たちはオーブを壊して、この世界とは関係なくなるんだ。どっちの味方をしてもいいだろう」
「ソウジの言うこともわかりますが……」
「人間は、食べられていいんじゃないか?」
ウーとシルフは、まだ人間の味方をすることに抵抗があるようだ。アリスが長い後ろ足で顔を掻きながら口を挟んだ。
「まあ……リザードマンの味方をする理由もありませんけどね。シルフだってウーだって、リザードマンは食べようとしますよ」
「それはそうだね。わかりました。ソウジ、リザードマンへの手土産でしたら、肉がいいでしょう」
ウーは切り替えたようだ。シルフはむすっとしていたが、顔の造形が線で引いたように細いので、表情はわかりにくい。
「どんな肉がいい?」
「人間の肉だろうな」
シルフが言った。
「それ以外にだ」
「ソウジ、私たちの世界のリザードマンは、もともと勇者や敵対する人間を殺すためにいるのです。人間がいれば、真っ先に食べようとします」
「それもそうか。でも、この世界では違うだろう。もしこの世界のリザードマンが人間を積極的に殺そうとしているなら、あの村が無事でいるはずもない」
「それはそうですね」
ウーが同意した。
「では……人間以外の肉を持っていくんですね?」
アリスが尋ねる。俺は頷いた。
「まずは狩りだな。アリス、シルフ、出来るだけ大型の動物を仕留めたい。見つけたら教えてくれ」
草に覆われた草原で、俺は2人に言った。ウーに言わなかったのは、オークというよりブタに近い外見をしているウーに、狩猟の手伝いを求める気になれなかったのだ。
「ソウジ……」
命令してすぐに、背後から声をかけられた。足元からだ。つまり、アリスだ。
「何かいたのか?」
「ほら……こんなに美味しい草があります」
アリスが、前足にいっぱいに草を抱えていた。
「うん……食べていいぞ」
「わあい」
アリスが草にかぶりつく。シルフが俺の足をつついた。
「シルフ、どうした?」
「リザードマンへの土産なら、これでいいだろう」
シルフが差し出した手を開く。
シルフの小さな手のひらに、丸々と太った芋虫が握られていた。
「シルフ、リザードマンは芋虫を食べるのか?」
「食べますよ」
ウーが答えた。
「そ、そうか……」
たしかに、食べても不思議はない。俺が返答に困っていると、ウーが空を杖で指した。
「あれではダメなんですか?」
「あれ?」
俺が目で追うと、悠々と空を舞う鳥がいた。
「……そうだな」
俺は、魔法の石版のアイテム画面のアイコンをタップし、ゾンビで溢れる異世界から持ち出したライフル銃を取り出した。
近くに、リザードマンが好きそうな獣がいるかどうかわからない。もしいたとしても、俺が勝てるかどうかはわからない。
鳥にしろ獣にしろ、俺はライフル銃で遠くから射撃することにした。遠くから倒せれば、その方が安全だ。
だが、ライフル銃を使うのは初めてだ。
自動小銃形式のものではなく、じっくりと狙いを定めて遠方の標的を撃ち抜くものだ。
使い方がわからなかったので、色々といじってみた。
薬莢が充填されていることがわかった。安全装置を外し、引金を引けば撃てそうだ。
予備の弾倉はない。そう思っていたが、ライフル銃の中に5発収納されていた。
すでに充填済みの1発を含めて、6発撃てることになる。
1発しか撃てないと思っていたので、これは幸運だ。
「ウー、あの鳥、どれぐらいの大きさだと思う?」
俺が見上げると、先ほどウーが指した鳥が頭上を旋回していた。俺が尋ねると、ウーは魔法の杖の先端の水晶を通して鳥を見た。
「2メートルぐらいですね」
「まあまあだな」
全長2メートルの鳥であれば、俺が元々いた現代の世界にもいた。正確に銃弾を撃ち込めば、一撃で倒せるだろう。
ライフル銃の弾丸は少ない。無駄にはしたくない。
俺は、地面に膝をついた。
上を向き、肩にライフル銃の銃底を当てた。
照準を合わせようとして、俺は気づいた。
真上に向かって撃って、それほど遠くまで届くはずがない。
「ウー、あの鳥、どのぐらいの高さを飛んでいるかわかるか?」
「わかりません……どんどん近づいていますから」
「なに?」
ウーが杖で俺の前を指す。
俺が振り向くと、上空を飛んでいたはずの鳥が、旋回して近づいてきていた。
「狙いをつけたから、怒らせたんだ」
シルフが俺の影に隠れる。
「いえ、私を食べようとしているんです」
アリスもやはり飛び込んでくる。
俺を守ろうとする魔物はいないらしい。
「ソウジ、魔法を!」
ウーが叫んだ。
ウーの叫びとは別に、俺はライフル銃を構えた。
ほぼ目の前に、巨大な鳥がいた。
口を開けている。鳥なのに、クチバシの内側に牙がある。
俺は咄嗟にライフル銃の引金を引いた。
重い衝撃と破裂音が上がる。
同時に俺は地面に伏せた。
倒れた俺の体の上を、巨大な物体が素通りする。
「ギャアァァァァ!」
鳥らしからぬ叫びに、俺はふたたびライフル銃を構えた。
「ウーが食われた!」
シルフが教えてくれた。
ウーは巨大な鳥に、首から上を飲み込まれていた。
「ウー!」
ウーの体が倒れる。同時に巨大な鳥が力なくのしかかった。
「アアァァァァ!」
ウーが起き上がる。
巨大な鳥が、ウーの頭からだらりと垂れ下がっていた。
「ウー!」
「ヒャアアァァァ」
「シルフ、ウーがおかしくなった」
「鳥に食われたんだ!」
「鳥オークですね」
シルフとアリスが慌てて騒ぐ。俺は逆に冷静になった。
「夜が、夜があぁぁぁぁ!」
「落ち着け」
俺は、杖を振り回すウーの頭から、噛み付いたまま死亡している鳥の頭を引き抜いた。
「ああ……ソウジ、どうしたんでしょう。突然暗くなって……ゾンビになったのかと思いました」
「ウー、慌てすぎだ。シルフ、アリス、騒ぐな」
「でも……2人が騒いだ効果があったみたいですよ」
視界が戻った途端に落ち着きを取り戻したウーが、一番騒いでいたのが自分であることを忘れたように、アリスとシルフについて語った。
「効果だと?」
「はい」
ウーが魔法の杖で指し示した場所から、複数の足音が聞こえてきた。
下草を踏みしだく、複数の足音だ。
「リザードマンかな?」
「はい」
俺はライフル銃を魔法の石版に戻し、足音の正体を探った。




