66話 村長からの依頼 ☆
村長が客間に入ってくる。
俺は、魔法の石版を握りしめながら、あえて魔法は使わずにいた。
村長は俺を殺そうとした。だが、俺を殺せなかったことを理解しているはずだ。
俺を見て、どんな反応をするのか知りたかった。
村長は一人ではなかった。同世代の中背の男と、筋骨たくましい若者を連れていた。
村長が先頭で客間に入り、俺を見て顔を強張らせた。
たくましい若者が前に進もうとしたが、村長が止めた。
「お前のお陰で、村は大混乱に陥っている。兵士の死体が、手当たり次第に人間を殺して回っている。村の衆は戦う手段がない。すでに、3人が死んだ」
「冒険者がいるだろう。あいつらなら、簡単に止められる」
村長は、俺をしばらく睨みつけてから、ゆっくりと前に進んだ。警戒しているのだろう。
門番の兵士を殺し、その兵士に人間を殺すよう命じた本人を前に、当然の警戒だ。
「冒険者たちは、リザードマンの集落を潰すために来た。それ以外の目的で使えば、追加報酬をとられる。何より、村の酒がなくなるまで、動こうとはしないだろう。冒険者とは、そういうものだ」
「カンパリを殺すのには協力したじゃないか」
村長は、俺の前に座った。もう一人の男も座る。たくましい若者は、村長の後ろに立った。
「結局死ななかったし、冒険者たちには口裏合わせを頼んだだけで、何かしてもらったわけじゃない。それに……カンパリを殺すのが目的だったんじゃない。リザードマンたちとの協定で、定期的に人間を生きたまま差し出すことになっている。そのことは、一部の者しか知らないことだ。生贄になる本人には、何も知らせない。カンパリは……いずれわしの家の者を生贄に差し出さなくてはならなくなったときにリザードマンたちに差し出すために、孤児を引き取って育ててきた娘だ」
「騙して、草原に行かせればよかっただろう。どうして、冒険者が守ってくれると騙したんだ?」
「我々も、喜んでリザードマンに差し出していたわけではない。リザードマンの集落を潰せれば、それに越したことはない。ずっと依頼は出していた。たまたま、このタイミングで依頼を受けた冒険者がいたから……カンパリを騙して行かせた。さっきも言ったが、冒険者に口裏を合わせるよう言ったが、やつらは結局、何もしていない」
「……おかしいな」
「なにがだ?」
村長は渋面を作った。もう一人の男は、村長の弟かもしれない。顔付だけでなく、表情も似ている。
「リザードマンに会ったが……カンパリを返してもらったんだ。そのかわり、俺はオークの死体を引き渡した。リザードマンは肉を食うだろうが……人間の肉が好きで食べているわけじゃないだろう。どうして、わざわざ人間を喰わせるような協定にしたんだ? 定期的に家畜を渡すのではいけなかったのか?」
村長は、となりの男と視線を交わした。村長にかわり、その男が尋ねた。
「リザードマンと話せるのか?」
「言葉が通じるかという意味なら、俺はできる」
再び村長が口を開く。
「この協定が始まった当初のことはわからない。だが……ずっとこの方法で上手くいっていたし、そのために時々街に行って、身寄りのない子どもをもらってきている。リザードマンと話ができる者は……村にはいない」
「つまり、変えるつもりはないか……」
俺は呟いた。カンパリは生きている。俺はどうすべきだろう。わからず、呟いた。だが、今度は村長の背後にいた男が言った。
「そんなはずがあるか。もらってきた子どもでも、育てていれば情も湧く。仕事だって手伝ってくれる。誰も……トカゲの餌になんかしたくない」
「リザードマンとの仲介……頼めるか?」
村長が俺を見つめた。
「その前に、兵士の死体をどうにかしてくれ」
もう一人の男が言った。俺は頷き、差し出された村長の手をとった。
※
シルフとアリス、ウーを石版に戻し、俺は村長と一緒に外に出た。
村長が一緒だったため、俺は堂々と村の中を歩いた。
村にしては、人垣ができている場所があった。
村長が声をかけると、振り返った村人達は俺を見て避けた。
俺が門番の兵士を殺したことは知られているし、その死体を人殺しの道具にしたことも知られているのだ。
「死んだ兵士はどこだ?」
「あそこです」
村長の問いに、村人が指差した。
人々が人垣をつくり、遠巻きにしているのは正に死んだ兵士だった。
槍を構え、人間に向かってまっすぐに歩いている。人々が逃げまわらずに取り囲んでいるのは、行方を見失って突然出くわすことをおそれているのだと俺には感じられた。
「なんとかしろ」
「わかっている」
村長が足を止め、俺は前に進んだ。
「止まれ。もういい」
兵士の死体を動くようにし、人間を殺すように命じたのは俺だ。
俺の命令には従うはずだ。
兵士の死体は、構えていた槍を下ろして立ち止まっていた。
俺は、石版を近づける。
「さわれ」
兵士の死体が腕をあげる。指先が触れると、姿が消えた。村人たちから驚きの声が上がる。
石版を確認すると、シルフやアリスと同列で、『動く死体、人間』と表示され、アイコンとなっていた。その隣には、『動く死体、オーク』というのもある。
リザードマンにウーの代わりに渡したのは、動くようにしていないただのオークの死体だ。
「この兵士の家族とかはいるのか?」
「兵士は村人ではない。領主から派遣されている。家族はいるかもしれないが、わからないな」
「家族がいないなら、リザードマンとの交渉に使えると思うんだが……」
「それは好きにすればいい。兵士は、リザードマンに襲われて死んだことにする。領主には、遺品を渡せばいいだろう」
「そうか……」
周囲には村人がいた。まだ俺のことを恐ろしげに見ている。
だが、兵士がリザードマンに殺されたことにするという村長の言葉に、誰も異議を唱えず、反対しそうな者もいなかった。
命が軽い世界なのだろう。俺にはそう感じられた。
俺の元々いた異世界では、あまりにも人間が少なくてわからなかった。
この異世界は、少なくとも村がある。人間が増えてはいるが、死ぬのが割と日常なのだろうと感じられた。
「他にも、家畜の死骸とかあるかな? リザードマンの数がわからないから、大目に欲しいんだが」
「家畜は貴重だ。死んだままにしておくことはない。すぐに解体して保存する。家畜がどうしても必要なら、殺すしかないな」
「……そうだな。わかった。何とかしてみる」
「ところで、冒険者達がそろそろ動き出すかもしれん。リザードマンの討伐依頼を請けに来たんだ。そろそろ、村の酒が切れる頃だ」
「わかった。気をつける」
俺は村長に言って、村の外に向かった。
村人は避けて行く。
村の出口に、見たことのある細い人影がいた。
まだ若い女だ。美人ではない。
「あの……ありがとう。私を助けてくれたんでしょ?」
村長に拾われ、リザードマンの生贄にするために育てられた少女カンパリだ。
「ああ。まだ安心するのは早い。知っているんだろう? 自分が……どうして村に拾われてきたのか」
「……うん」
カンパリはこっくりと頷いた。
「俺はリザードマンと話せるから、交渉にいく。その結果がどうなるかはわからない」
「私も一緒に……は足手まといだよね」
「そうだな。もし協力してくれるなら……冒険者がリドードマンを殺しに出発しないよう、時間を稼いでくれ」
「いやよ。あの人たち、女ならなんでもいいんだもの」
「……そうか。悪かった」
俺がいうと、カンパリは首をふる。
俺は一人で村を出た。誰もついてはこなかった。
俺は、リザードマンと出くわした草むらを目指した。
※リザードマンの集落のイメージです




