64話 異世界の村 2
俺は、村の少女カンパリを眠らせて、ウサギのアリスとピンクオークのウーを再び呼び出した。
魔法の石版に入っている間は、時間が止まっているらしい。その間の外のことはわからないし、怪我をしていれば怪我をしたままらしい。
俺は、アリスとウーに状況を説明した。
「この草……腐っています」
俺の話を聞いた後、アリスは牛の餌として集められた飼葉を持ち上げて、暗鬱とした声を出した。
「この世界にも勇者がいるのですね。冒険者というのは、勇者の一味でしょうか?」
アリスのことは全く無視して、ウーがピンクの豚鼻を撫でながら言った。ウーは真面目だ。というか、まともだ。
「ソウジ、精神魔法は使えないか?」
シルフが俺に尋ねる。今、魔法を使う場面だろうか。俺は思ってから、真剣に悩んでいるアリスの姿に、シルフが言いたいことを理解した。
俺は、精神魔法をタップする。
「その草は、腐った方が美味しいんだぞ」
「ああ……もちろん、知っていましたよ」
アリスは言いながら、湿って茶色くなった飼葉を口に入れた。
「ソウジ、あたしは別にアリスの餌の心配をしたわけじゃない。精神魔法で、冒険者たちから話を聞けないかと思ったんだけど……」
俺の勘違いだったらしい。アリスが嬉しそうなので、無駄ではなかったはずだ。
「ああ……なるほど。それをするしかないだろうな。でも、精神魔法はまだレベル1だし、人間相手なら一人が限度だろう。冒険者をさらうか……このカンパリをあえて見殺しにしようとしていたらしいから、いい人ってことはないだろうな」
「まずは探すことですね」
ウーは相変わらずまともな意見を言ってくれる。
「人間たちに見つからずに?」
シルフが首を傾げる。それが、簡単ではないことを知っているのだ。
「……それしかないな。シルフ、ウー、石版に戻ってくれ。アリスがいれば、周りに人間がいるかどうかはわかる」
俺は言うと、腐った飼葉を満足そうに食べているアリスを抱きかかえ、シルフとウーを魔法の石版に収納した。
※
僻地の村だ。人間の数も少なく、建物は木造で、十数軒の家がまばらにあり、軒を連ねるといった光景は見られない。
牛小屋にカンパリを寝かせたまま、俺は裏口から外に出た。
「アリス、人間の足音がしたら教えてくれ」
「任せてください。さっき、美味しい餌を食べましたからね。どうしたわけか、少しお腹がぐるぐる言っていますけど……」
「そ、そうか……食べ過ぎじゃないか?」
俺がアリスに精神魔法で草を食べさせたことが原因で、腹を下したのであれば申し訳ない。
俺が言うと、アリスは耳をぱたぱたと動かした。
「きっとそうですね。さっきの草、美味しかったですからね」
ますます申し訳ない気持ちになりながら、俺は粗末な家の影に隠れながら移動する。
「ソウジ、この角を曲がると人がいます」
俺の腕の中で、アリスがもぞもぞと動いた。
「何人だ?」
「一人だと思います」
「ちょうどいい。話を聞いてみよう」
俺は、念のために魔法の石版から拳銃を取り出し、安全装置をはずしながら、精神魔法のアイコンに指を当て、角を曲がった。
角を曲がった俺の正面に、鍬を持った野良着姿の男がいた。
見た目は農作業中の農民だが、俺を見た途端に鍬を振り上げた。
たんに農機具を持っているというだけで、村長の仲間だ。
俺は精神魔法をタップした。
「そんなに重い鍬を振り上げたら、ひっくり返るぞ」
「何を……うわぁっ」
男がのけぞったまま後方に倒れ、尻餅をついた。
俺はさらに追い討ちをかける。
「探していた男が見つかったんだ。ちょっと一緒に来てくれ」
「ああ……わかった。すぐに行く」
俺自身がその「探していた男」なのだが、鍬を持った男は俺に手を引かれて立ち上がった。
アリスが俺の懐でもぞもぞと動く。
「あっちなら、誰もいませんよ」
「わかった」
俺が先導し、農家が並ぶ一体に男を誘い出した。
※
農民の男はダルーと名乗った。俺は、ある男を探している理由について尋ねた。
「そんなことも知らずに手伝っているのか? その男は、村長のところのカンパリお嬢ちゃんが命がけでリザードマンの集落を探そうとしているのを、邪魔をしたんだ。どうやら、魔王の手先らしいぜ」
「リザードマンの集落をみつけてどうするんだ?」
「魔物は皆殺しだ。当然だろう」
俺の懐で、アリスが震える。
「カンパリっていう……村長の娘が一人でつかまって、どうやってリザードマンを殺すんだ?」
「冒険者さんたちが、リザードマン退治に来ているから、その人たちの指示だろう。あとを追って殺すんだろ?」
ここまでは、カンパリに聞いた通りだ。つまり、カンパリは助かるものだと村人は信じていた。
これ以上のことは、直接冒険者に尋ねるしかないだろう。
「冒険者はどこだい?」
「村長の家の離れに寝泊まりしているよ」
「そうか……ところで、勇者って知っているか?」
「今、村に来ている冒険者さんたちは、勇者の仲間だったらしいよ。俺は、会ったことはないけどね」
「そうか……眠いな」
「ああ……そうだな」
「眠ればいい」
「……うん。そうさせてもらう……」
ダリーは座り込み、目を閉じた。
寝息をたて始める。
俺は、そっとその場を移動した。
※
俺は再び、人目を忍んで移動をはじめた。
「ソウジ、どうするです?」
ウサギのアリスが、俺の懐からひょっこりと顔を出す。長い耳がぴょんと飛び出すが、耳が外に出ていなければ、せっかくの聴力も役に立たない。
「冒険者に会ってみよう。本当に勇者の仲間なら……勇者なら、魔王を倒そうとしているっていうのは、思い込みが激しすぎるかな? 魔王がこの世界にはいるんだ。俺が壊さなくちゃならないオーブを持っているのが魔王なら、協力する必要があるかもしれない」
「オーブって、魔王が持っているんですか?」
「だと思うけど……違うのか?」
「ダンジョンによって違うものだと思っていました」
「……そうだな」
俺は、魔法の石版でオーブの位置を確認する。
俺がいる場所から、確実に離れていっているのがわかる。
俺がいる村が人里離れた場所であるとして、魔物が住む秘境なのだろうか。
俺は、石版に拳銃を戻し、アリスの耳を頼りに村長の家を探した。




