63話 異世界の村
俺は、村の門に立つ兵士に槍を突きつけられた。
「止まれ! 何者だ?」
「えっ……と……」
何者だと問われるのは、異世界から異世界に来た俺には、とても困る問いかけだ。
俺が背後を見ると、アリスは美味しそうな草を見つけたらしく、飛び上がって喜んでいた。
シルフは芋虫を探しているのか土を掘り返し、ピンクオークのウーが頑張れとポーズをとる。
唯一ウーは俺の味方だが、役に立っているかと言われるとそうでもない。
俺は、諦めて兵士に向き直った。
「異世界人だ」
「なに? お前……本気か?」
信じられないのだろう。俺も同感だ。
「敵意はない。それとも……この村は、人間から狙われているのか?」
「いや……このあたりは魔物が多いから、盗賊も出ない」
「なら、俺を警戒することはないだろう」
「……そっちは?」
兵士は、俺の背後にいる3人に槍を向けた。
どうやら、初めから見えていたらしい。
「……仲間、といって悪ければ、友達だ。人間に害があるように見えるか?」
「いや……ちょっと待て。ま、魔物は魔物なのだろう。村に入れていいか、確認する必要がある」
「そうか……なら、ちょうどいいんじゃないか?」
俺と兵士が話している間に、少女カンパリに連れられて、中年の男が走って来ていた。
※
俺の視線を追い、槍を持った兵士が振り向いた。
その間に、俺はアリスとウーを魔法の石版に収納した。流石に魔物が一緒だと思われると、面倒ごとになりかねないと思ったのだ。
「あたしは?」
「この世界は、ファンタジーに近い。エルフは人間だろう」
「そ、そうか?」
シルフが照れて自分の顔を両手で隠す。エルフは、世界によっては亜人種とされることが多い。少なくとも、魔物ではないだろうと、俺は勝手に解釈していた。
シルフの真っ白い肌が、珍しく紅潮していた。
「その男は魔物の手下だ。村に入れるな。殺せ」
「はっ?」
俺は、つい声を漏らした。あまりにも予想外の言葉だったのだ。
「承知しました」
門番の兵士が振り向く。
「ソウジ、なんとかしろ」
「わかっている」
俺は、すぐに魔法の石版から拳銃を取り出した。
兵士は槍を持っている。短剣では届かない。
兵士が槍を繰り出した。俺は、魔法の石版の生命魔法をタップした。
生命魔法のレベルは2になっている。なにができるか、俺は知っている。
指先に意識を集中し、兵士が槍を繰り出す動作に合わせ、俺の胸が貫かれる寸前に、引き金を引いた。
おもちゃのような軽い音が上がり、兵士の胸に穴が空いた。
倒れる。
「ひっ……ひっ!」
走って来たカンパリが尻餅をつく。連れてきた男が、目を見開いた。
「誰か! 魔王の手下だ!」
「……シルフ、なんのことだ?」
「あの女に騙されたんだ」
シルフがカンパリを指差した。
「……うん。それはわかっている」
男の呼びかけに、近くにいたのか、農作業の道具を持った人間たちが数人姿を見せた。
血を流して倒れた兵士の姿に、村人たちが震え上がった。
「そ、村長、魔王の手下なら……勇者様を……せめて冒険者を呼ぶしかないでしょうが……」
農民たちが震えている。
俺は、倒れた兵士を上向きにした。
事切れていた。
もともといた世界で、俺の国は平和だった。銃になど、触れたこともなかった。
正確に狙えるはずがない。
だが、兵士にとっては致命傷だった。どうやら、心臓を撃ち抜いてしまったらしい。
指先に生命魔法の効果を集中させた結果だろうか。
俺は、石版をタップした。
「立て」
俺を殺そうとした兵士だ。俺は、同情が湧かなかった。
俺に命じられ、槍を持った兵士が立ち上がった。
死んでいた兵士が立ち上がった。
だが、兵士が死んでいたと知っているのは俺だけだ。
「おお。大丈夫なのか?」
村長と呼ばれた男が尋ねた。
俺が使えるのは、死霊魔術レベル1だ。死体を動かす以上のことはできない。
死んだ兵士は振り返り、ただ槍を構えていた。
「ソウジ、どうする?」
俺が魔物に見えないからと石板にしまわなかった唯一の仲間、シルフが足元で尋ねた。
「俺が助けなければ、カンパリは死んでいたはずだ。その礼がこの扱いというのは納得いかない。直接事情を聞こう。人間を殺せ」
最後の言葉は、死んだ兵士への命令だ。
表情に何も浮かべず、ただ死んだ兵士は槍を持ち上げた。
目の前の村長の胸を貫く。村長を庇ったのか、農民の一人が飛び出し、胸を貫かれて倒れた。
「キャアァァァアーーー!」
カンパリが悲鳴をあげる。
俺は、石版に指を当てた。
「お前は、何も見ていない」
俺の指が向いたカンパリは、どうして口を開けているのかわからないような表情になり、自分の顔をぺたぺたと撫で始めた。
「凄いな」
シルフが感心する。
「精神魔法だ。人間が相手なら、多分一番効果的だ」
死んだ兵士は、槍を男の胸から抜き取り、さらに周囲の男たち向かった。見回しはしない。見えているのかどうかも疑わしい。
ただ、近くにいた男に槍を繰り出した。
その結果を、俺は見届けなかった。
シルフを抱え、村長の隣に立っていたカンパリに飛びつく。
村長を守ろうとした男が、門番の兵士に刺された。その衝撃に、ただの村人だと思われる人間たちは反応できなかった。
俺は、立ち尽くしているカンパリに再度精神魔法を使用した。
「倒れろ」
「どうして?」
抵抗された。だが、隙だらけだ。
俺は肩からカンパリにぶつかり、担ぎ上げて走り出す。
ずっと門を守っていた門番は死んだ。俺はあえて、村の中に飛び込んだ。
生命魔法をタップして、足と心臓に意識を向ける。
村の中に人影はない。活気がないのか、よそ者に警戒しているのかはわからない。
俺は、たまたま扉が開いていた小屋に飛び込んだ。
牛が飼われていた。
臭い。牛舎だ。
だが、この世界には牛がいる。
俺がいた異世界では、見たことがなかった。山羊はいたが、牛は見たことはなかった。
牛舎は二頭の牛がいるだけで、隅に乾草が積み上げられていた。牛の餌だろう。
俺は、抱えていたカンパリを投げ捨てた。
シルフを下ろす。
精神魔法をタップする。
「俺は、君の友達だ」
「ああ……そうね。友達よ。もちろん」
カンパリは、乾草の上に体を起こして座った。シルフは警戒している。尖った石を構えているのは、シルフにとっての便利な道具であり、武器なのだ。
「どうして俺を騙した? 俺を売って、何の得がある?」
「……別に、騙したりはしていないわ。だってあなた……リザードマンの巣を潰す冒険者様の計画を潰したじゃない。冒険者様の邪魔をするなら、魔王の仲間でしょう?」
「君の友達なのに?」
「友情とは別ものよ」
俺の問いに、カンパリは言った。精神魔法は強力だが、扱いが難しい。人間相手の場合、その難しさが増すようだ。
「リザードマンの巣を潰すって……カンパリはそのために死ぬところだったんだぞ」
「殺されないわ。リザードマンは、生きたまま獲物を住処に連れて行って、生きたまま一族総出で食べるのよ。私は、リザードマンの巣に連れていかれて、後をつけた冒険者様たちがリザードマンを一網打尽にする予定だったのに……」
「シルフ、あの時、近くにほかの人間がいたか?」
「いや」
「魔法的な隠ぺい方法が使用されていたか……カンパリが騙されているのか、どちらかだろうな」
「私が騙されたって、どうして?」
「その冒険者様は、もともと、お前を見捨てるつもりだったんじゃないか? つまり、カンパリを殺そうとしていたんだ」
「まさか……そうなの?」
カンパリが、顔色を青くする。
俺にはわからない。これ以上話すことはない。
俺が命じると、カンパリは眠りに落ちた。




