62話 異世界で村を発見する ☆
俺が魔法の石版からオークの死体を取り出すと、リザードマンが、舌なめずりをして姿を見せた。
異世界から連れてきた魔物たちを背後に隠し、俺は人間の女とオークの死体を交換した。
「……お前、変わっているな。人間のくせに、人間を食うのか?」
ザラザラとした声で、げっげっと笑う。
「いや、食べるためじゃない」
「そうか? まあいい。また美味いものがあったら、持ってこい」
言いながら、リザードマンは草むらの中に沈んだ。
俺は気絶した女を抱え、見晴らしのいい場所を探した。
せっかく助けたのに、また草むらから狙われてはたまらないと思ったのだ。
視界がひらけた丘の上にたどり着く。
アリスとシルフが、食べられる草を見つけてきた。ウーが杖をかざす。
「癒しましょうか?」
ウーは、オークメイジであるらしい。杖を持っており、先端の結晶に触れたものに限り、魔法を行使できる。
「ああ……この女、怪我をしているのか?」
俺が尋ねると、ウーは、俺がオークの死体と交換した人間の女を覗き込んだ。
「気絶しているだけだと思いますが、頭を撃っているかもしれません」
「わかった。とにかく……頼む」
「はい」
ウーが杖に飾られた結晶を女の頭部に当てた。
その間、俺は女を観察する。
まだ若いだろう。10代半ばぐらいに見える。
髪は長く、長いスカートと長袖の服を着ていた。
簡単だがしっかりとした服を着ており、少なくとも、ダンジョンとなっているこの世界は、リザードマンだけの世界ではないだろうと判断できた。
「ソウジ、美味しい草です」
「美味しそうな芋虫もいた」
アリスとシルフが草と芋虫を俺に見せる。
「うん……ありがとう。俺は、これでいい」
俺は、荷物のアイコンをタップして、ゾンビで溢れたダンジョンで確保した保存食を取り出した。
銀色の包装紙で包まれた、完全栄養食であるブロック型の固形食物だ。
ウーの杖が、女の頭部に触れる。
しばらくして、女は目を開けた。
「……あなたは?」
「リザードマンから、あんたを買った者だ」
「へっ? リザードマンから?」
「あなたは、ソウジが助けなければ、人型の爬虫類に食べられていたところだったんですよ」
「へっ? ウサギが……喋った……」
女は口をポカンと開けた。
「ソウジ、この人間……ちょっとおかしいんじゃないか?」
「うん……シルフ、おかしいのは俺たちの方だろうって、今思っていたところだ」
「ソウジさんは、おかしくないですよ」
ウーは慰めてくれる。
「……豚まで喋っている……」
俺の肩を叩いたウーに、少女はぽかんと口を開けた。
「せめて……オークって言ってくれませんかね?」
ウーの言い分はもっともだが、俺は急いで口を挟んだ。
「待て。待て、待て。お前たちが話をすると、先に進まない。ちょっと黙っていてくれ。あんた……最初に俺が言った通りだ。あんたはリザードマンに食料として連れ去られるところで、俺が持ち物と交換した。恩を売るつもりはないが、助けたのは間違いない。俺は……ここがどこなのか知りたい。近くに、町や村があるのか?」
女は、俺をじっと見つめた。美人ではないが愛嬌のある顔立ちで、大きな目は薄い青色をしていた。少女は俺の全身を眺め渡し、やや考えるように言った。
「この近くに、薬草の群生地があるから摘みに行くってことになっている。でも……時々帰ってこない子がいるから、気をつけるように言われていたわね。そう……リザードマンがね……」
言いながら、途中で少女は自分の肩を抱いて震えだした。
「俺はソウジ」
「うん……知っている。さっき……そこのウサギがそう呼んでいたよね。私はカンパリ、ティアルの村に住んでいるのよ」
「ティアルの村か……村があるのか?」
「……うん。当たり前じゃない。旅をしている途中でもないんだし……」
カンパリと名乗った少女は、首を傾げた。
だが、俺にとっては特別なことだ。
「やっと……異世界に来て、村にたどり着いた。まあ……俺が望んでいた異世界とは、異世界違いだけどな」
「おめでとう、ソウジ」
俺の苦労を理解してくれるシルフが、俺の肩を叩いた。
※
女は、スワヒリ草という名の薬草を取りに来たのだと言った。
食べられそうになったところで助かったと言っても、薬草を摘まずに戻るわけにはいかないらしく、俺は薬草の採取に付き合うことになった。
薬草を手に入れた後、助けてくれたお礼に村に案内すると約束してくれた。
スワヒリ草というのがどんなものかわからないが、手当たり次第に摘んだ草を魔法の石版に収納すると、名前が表示される。
違ったら取り出して捨てるを繰り返して、俺はスワヒリ草という非常に貴重らしい薬草を、大量に手に入れることに成功した。
女はスワヒリ草の群生地があると言ったが、群生地があるという噂があるだけで、発見した者はいないのだそうだ。
「こんなもの、何に使うんです?」
ウサギのアリスは、貴重だという噂の薬草をボリボリとかじりながら尋ねた。
「この世界の人間には、特殊な効果でもあるのかな?」
首を傾げながら、シルフも両手に抱えるほどのスワヒリ草を持っている。
「なにかの原料でしょうかねぇ?」
オークのウーも、二人ほどではないがひと束掴んでいた。杖の先端に飾った水晶を近づけているのは、魔術で調べているのかもしれない。
3人とも、俺が見つけた薬草とは別に、俺が教えた草を易々と見つけ出したのだ。
魔物の能力なのか、山の中で暮らしているからなのか、俺にもわからない。
ちなみに、俺が見つけたスワヒリ草は50本だけだ。3人とも俺の後を歩いてついて来たことを考えると、俺が見つけられなかった薬草がそれだけあったのだろう。
「ソウジ、そっちはどう? 私の方には、何もなかったけど……」
言いながら、カンパリが草むらをかき分けて来た。
「俺が見つけたのは、これだけだ」
カンパリが姿を見せる前に、石版のことを聞かれても面倒なので、薬草を取り出しておいた。
「へえ……すごいじゃない。とりあえず、それでいいよ。あの……分けてくれるよね?」
カンパリは、そばかすの目立つ華奢な少女だ。俺がもともといた異世界は、ほとんどの人間が困窮していた。それよりは恵まれているかもしれないが、この世界でも、村暮らしでは裕福ではないのだろうと想像できる体つきだった。
「もちろん。俺には役に立たないからね」
「そう? 割と、万能薬として有名だよ」
「……そうなのか?」
「万能薬ってなんです?」
俺が背後の魔物たちに尋ねると、アリスに尋ね返された。
「なんでも治る薬じゃないか?」
シルフが答えた。
「そんな都合のいいものがあるのかい?」
「あたしが知るかい。ソウジ、どうなんだ?」
ウーに尋ねられたシルフに振られた。
「……魔法のポーションになるのなら、なんでも治るんじゃないのか?」
俺も適当に答えると、カンパリが笑った。
「そうだよ。このスワヒリ草は、魔法のポーションの原料として有名なんだ」
「そうなんですか?」
「騙されているんだろう」
背後でアリスとシルフが呟くのを、とりあえず無視した。
カンパリは、俺以外の魔物たちのことは、見えないことにしたらしい。
「じゃあ、村に案内してくれるんだな?」
「もちろん。付いて来て」
「わかった」
カンパリが俺からスワヒリ草を受け取り、背を向ける。
草むらをかき分けて進むと、砂利が敷かれて雑草の抑制をした道に出た。
「この道を真っすぐなんだ」
俺がいた異世界に、道はなかった。木々の間を潜って移動した。
巨大な道があるかと思えば、それは道幅と同じだけの体躯を誇るドラゴンが、森を喰らい尽くした後だった。
石畳でもなければアスファルト舗装でもない単純な道に、俺は人工物を感じて感極まった。
「わっ……草がない。どうして、こんな酷いことをするんでしょう」
「ウサギ避けじゃないか?」
「私を避けてどうするんです?」
「ウサギが空腹だと、ウサギを食べる動物も空腹になって、みんな腹ペコになるなぁ……」
魔物たちの感想は独特だ。
カンパリが前を行く。
俺は、魔法の石版でマップを確認した。このマップは、オーブの位置しか表さない。
ほとんど、オーブの位置が変わっていない。
俺は、オーブの表示からあえて反対方向に進んだはずだ。
位置が変わっていないということは、もともとかなり離れた場所にあるのだと感じた。
「見えて来たよ」
カンパリが指差した先には、村とは思えないほどしっかりとした、防護柵が見えた。
道は直接門に繋がり、閉ざされた門の前には、槍を持った男が立っていた。
「……ティアルの村って、どこかと戦争でもしているのかい? 門を兵士が警備しているなんて」
「まさか……どこの村も一緒でしょ? 魔物に警戒しているんだ」
「魔物にねぇ……」
俺は、背後の3人に視線を向けた。
「ソウジたちは大丈夫。私を助けてくれたんだし」
「……だといいけどな」
カンパリが走って行った。先に村に報告に行くのだと言った。
俺は、3人の魔物とゆっくりと付いてく。
カンパリが門の中に消え、俺はティアル村の前で、門番の兵士に槍を向けられた。




