61話 ダンジョン 2つ目
俺は草原にいた。
柔らかく風になびく草に覆われた大地に、俺は立っていた。
ここはダンジョンの中だ。
ダンジョンの中では、魔法の石版の画面には、ダンジョンの位置ではなくオーブの位置が表示される。
ダンジョンを示す光とオーブを示す光は違い、俺の持つ石板の画面は、かつてゾンビで溢れる異世界で見たものと酷似していた。
周囲の地形も、敵の位置も表示しない画面を出しておいてもしかたがない。
最初のダンジョンは、一刻もはやく脱出しなければならない異世界だった。
今度のダンジョンがそうだとは限らない。
むしろ、俺はそもそもダンジョンには金貨を稼ぐために来たのだ。
急いでオーブを壊しに行く理由はない。
気持ちのいい風を感じながら、俺は石板の魔物画面をタップした。
俺の足元に、ウサギのアリスとエルフのシルフ、オークのウーがまろび出た。
「わあい。美味しい草がいっぱいですね」
アリスは歓声をあげ、柔らかい草に噛み付いた。
「ソウジ、ここはダンジョンの中かい? 魂の中に入っている間は、記憶がなくなるんだ」
「ああ……洞窟にいたはずですもんね。でも……魂の結晶に入れて、場所を変えただけで元の世界かもしれません。本当に、ダンジョンの中なんですか?」
オークのウーは、円らな瞳で俺を見つめた。
「証明しろとか言わないでくれよ。俺だって、ダンジョンに入ってみるまで、どんな異世界なのかわからないんだ。オーブのある方向だけはわかっている。だから……今回は逆に行こう」
俺が、オーブのある方向とは逆を指差すと、ウーが鼻を鳴らした。
「どうしてです? 魔法士は、ダンジョンを攻略しないといけないのに」
「俺は、ヒナっていう人間の女をドラゴンから買い戻すために、金貨を集めなくちゃならないんだ。オーブを壊すのは、金貨を集めてからだよ。前回のダンジョンには……そもそも金貨なんかなかったんだ」
「でも……」
ウーの脚を、シルフが突いたのが見えた。俺は、魔法の石板をスクロールさせ、生命魔法をタップし、耳に意識を集中させた。
「ソウジは、目的がはっきりしているから信用できる。目的もない魔法士がダンジョンに入ったって、オーブを壊そうとするとは限らない。でもソウジなら、金貨を集めたら、絶対にオーブを壊す」
「……わかりました。私も、微力ながら協力しましょう」
俺が耳に意識を集中させていると、2人の話しがまとまったようだ。
ウーは、オークにしては珍しく、ペット用の豚である。持っているのは武器ではなく、石がついた杖だ。勇ましく杖を構えても、おそらく戦闘では役に立たない。
「うん……アリス、満足したら自慢の耳であたりを探ってくれ。俺たちを襲ってくるような生物がいないかどうか、注意してくれ」
アリスは、まるでリスのように頬を脹めて草を食んでいた。
「私たちには襲いかかって来ませんけど……襲われている人がいますね」
「どこだ?」
「あっちだよ」
指差したのは、アリスとシルフとウーがほぼ同時だった。
つまり、俺以外には全員聞こえていたのだ。
生命魔法で強化しても、聴覚は野生の動物には敵わないということか。
「聞こえていたなら、早く言え」
「だって、怖いじゃないですか」
「襲われているのは、人間ですよ」
「ここがダンジョンなら、魔法士はいない。あたしたちが助ける理由はない」
アリス、ウー、シルフの順に言い訳をする。
「この世界のことを知るには、この世界の人間に聞くしかないだろう」
俺は走り出した。
「おい。慌てるなよ」
「早く来い」
文句を言うシルフに俺は言い返した。
急いで走る。アリスたちにいつから悲鳴が聞こえていたのかわからないが、すでに手遅れということもある。
もっとも、この世界にどんな生物がいるのか、まだ全くわからない。
悲鳴を発した人間というのが、本当に人間の姿をしているという保証もない。
俺は、大量の不安を抱えながら、ただ祈るような気持ちで脚を動かした。
草の丈が徐々に高くなり、掻き分けないと前に進めなくなって来た。
俺の身長よりも高い草を分けた先に、草むらに消えて行こうとしていた女の姿を認めた。
引きずられていく。意識を失っているか、死んでいる。
草むらに両手をあげた姿勢で引きずられていったということは、その人間を捉えた何者かがいるということだ。
女の姿が草の中に消えた。
女は服を着ていた。この世界の人間は、少なくとも、俺がいた世界と同等程度の文明は持っているはずだ。
ならば、話もできるだろう。
「おい、待て!」
俺は呼び止めたが、すでに女は草むらに消えている。
しばらくして、高い草しか見えない場所で、ごそごそと動く音が聞こえた。
草が揺れる。
左右に別れた丈の高い草の間から、鱗に覆われた上下の顎が突き出ていた。
「何の用だ?」
「その人をどうする?」
草を分け、全身を見せたのは、二足歩行の爬虫類だった。
爬虫類は喋った。ここは俺が転移した異世界から、さらにダンジョンとして潜った別の異世界のはずだが、問題なく言葉を理解できた。
「獲物だ。食らう。質問しているのは……食べ方か? 半分は刺身で、もう半分は腐らせてから食らう」
二足歩行の爬虫類は、当然のことのように答えた。
「いや、食べ方はどうでもいい。人間だろう?」
「そうだな」
「俺もそうだ」
「それがどうした?」
「同族だ。助けさせてもらう」
「それは……こういうことか?」
爬虫類の外見を持つ者は、剣を抜いた。粗雑な作りだが、剣だとわかる。
逆の手には盾もある。背中には槍もくくりつけてある。
「ソウジ、人間はいたかい?」
背後から、アリスを頭に乗せたシルフが顔を出した。
「ああ。それ以外にもいた」
「リザードマンですね」
シルフの頭に張り付いていたアリスが、二本足の爬虫類を見るなり言った。
「んっ? お前の仲間か?」
アリスがリザードマンと呼んだ二足歩行のトカゲは、シルフとアリスを見て言った。トカゲの表情は分かりにくいが、驚いているようだ。ソウジは答える。
「そうだ」
「なんだ。お前は人間でも、仲間は魔物じゃないか。お前はどっちだ? 魔物の味方をする人間か? それとも、魔物を洗脳した人間か?」
「魔物の味方をする人間ですよ」
最後に、オークのウーが姿を見せる。
「いや……違うと思うが……」
「ドラゴンたちに言われてダンジョンを攻略しているんだから、魔物の味方をする人間だよ」
シルフは断言する。俺も思い出した。俺以外の魔法士は、ドラゴンの言う通りに誰もしていないのだ。
「どっちでもいい」
尋ねたはずのリザードマンは、剣の先をウーに向けた。
「どういうつもりだ?」
「美味そうだ」
「わ、私を食べるつもりですか?」
「ああ」
「待て……ウーのことを美味そうだと言うなら、もっといいものがある」
俺は、アイテムの中から、ダンジョンに入る直前に手に入れたアイテムを取り出した。
俺たちの前に、新鮮なオークの巨大な死体が出現した。




