58話 オークの洞窟
ソウジは、竜騎士に沢に運ばれた。
知っている場所に似ていた。ヒナとの思い出の場所とも近そうだ。
似ているだけだろう。この世界は、どこまでいってもほぼ森しかない。
俺の感覚ではそうなっている。
沢がある思い出の場所といえば、ゴブリンにヒナがさらわれて助け出した思い出で、助け出したものの瀕死になったので、いい思い出ではない。
竜騎士は飛び去った。俺の足元に、今はシルフとアリスがいる。
「ソウジ、ダンジョンはどこだ?」
「シルフ、やる気だな」
俺は魔法の石版を操作する。やはり近い。沢沿いに歩けばつきそうだ。
「場所がわかれば、逃げられますから」
アリスは、石の間に生えていた草を噛みながら言った。
「なんだ……次のダンジョンには一緒に来てくれないのか?」
「魔法士をダンジョンに案内するのが、あたしの役目なんだ。今まで、ダンジョンを解放した魔法士がいなかった……ソウジがやるなら、協力するさ」
「アリスはどうなんだ?」
「比べられてもなあ……」
シルフがぼやく。俺はおかしくなって、笑い出した。
沢を歩く。途中で、ゾンビに溢れる最初のダンジョンで拾った携帯食を取り出した。
シルフに食べたいか尋ねる。
「シルフばかり、ずるいですよ」
草を食べていたはずのアリスが追いかけてきた。
「アリスが食べられるかな」
「私に食べられないものなんて、肉と魚ぐらいです」
俺がパッケージを破ると、直方体の栄養食が出てきた。二本入りだったので、俺が一本もらい、残る一本をシルフとアリスで半分に分けた。
「……うん。草よりは美味しい。でも、あたしは芋虫のほうが好きだな」
「草の方が美味しいです」
二人の感想が違う。シルフは気に入ったようだ。芋虫には敵わない。その感覚は、やはり俺とは違う。
携帯食を食べ終わった頃、俺はダンジョンがある場所を視界に入れた。
沢が流れ出る岩場の横に穴が空いている。その穴がダンジョンではない。
ダンジョンの入り口は、その穴の奥にあるようだ。
「……ダンジョンの中にダンジョンなのかな?」
「ダンジョンはダンジョンだろう」
「そうですね」
シルフとアリスは気軽に言ったが、俺は似たような環境で、ゴブリンを相手に死にかけた。
やや緊張して洞窟の近くまで歩み寄る。
「シルフ、この洞窟にもし何か住み着いていたら、ダンジョンに影響があると思うか?」
「ダンジョンには、魔法士しか入れないんだ。もし、近くに何か住んでいても、ダンジョンの入り口と知らずに住んでいるはずだし……ダンジョンには別に影響はないよ」
「……何か住んでいると思うか?」
「オークがいるね」
シルフは、地面を触りながら言った。
「足跡でもあるのか?」
「うん」
「オーク……見たことがないな」
「そりゃ、ソウジはドラゴンたちに殺される理由がないからね」
シルフは、また俺にはわからないことを言い出した。
「オークは……ドラゴンが誰かを殺すために作ったのか?」
俺が尋ねると、シルフは当然のことのように答えた。
「攻撃的な魔物は大抵、ドラゴンが邪魔な人間を殺すために作ったものだよ。特に勇者ね」
「そうか……『勇者』か? 『勇者』がいるのか?」
「魔法士の中で、ドラゴン族に逆らっている奴は全部勇者だよ」
「……逆らうって……」
「魔法士の力を上げるためにダンジョンの攻略をしないで、ほかの魔法士から奪う奴らさ」
「ああ……俺も一人知っている。そうか……貴族と言っていたが……あれは勇者か……」
「本当の魔法士は、この世界にソウジだけってことだな」
シルフがにっこりと笑う。褒めてくれているのはわかる。
俺が貴族マーレシアに従った時、まだシルフには自分が何者かという記憶がなかったはずだ。それにしては、強硬に反対したのを覚えている。
俺は、意味もなくシルフの頭を撫でていた。
※
オークが勇者を殺すために作られたというのなら、ゴブリンも同じはずだ。
この世界の勇者は強くない。ダンジョンの攻略に挑まない時点で、魔法士はドラゴンに敵対する勇者と認定されるのだ。
俺が最初にダンジョンに挑むまでは、俺も勇者だったということだ。
つまり、オークの強さも過大評価することはない。
「アリス、穴の中にオークがいるかわかるかい?」
俺が聴くと、白いウサギのアリスは長い耳をぱたぱたと動かした。
「……中は広いですね。だれか喋っています」
「オークって喋るのか?」
「勇者を殺すための魔物は人間の言葉は話しません。私たちは、魔法士を導くのが役目ですから」
「うん。それはわかった」
俺は、胸を張るアリスの頭を撫でた。
※
洞窟に侵入する。魔法の石版を見る限り、ダンジョンの位置は洞窟の奥だ。
俺はアイテムに収納していた籠手と膝当て、鎧がわりの外套を身につけ、短剣を腰に挿した。
前回のダンジョンだったゾンビの町では、世界観からして違和感があったので、身につけなかったのだ。
生きた人間は最終的にいなくなったので、どんな格好をしていたも問題なかったとは、今更ながら思う。
短剣を腰にしたところで、俺は武器として拳銃を手にした。口径は小さいが、カードリッジ式の弾倉で10発連射できるのは有難い。
散弾銃を捨てて来たのは悔やまれる。薬莢がなかったので、棍棒ぐらいにしか役には立たないが。
洞窟を進むと、奥に明かりがあった。陽の光のようだ。
奥で外につながっているようだ。
広い空間があるのがわかる。
見張りはいない。
アリスが先頭を、そのすぐ後にシルフが続いた。
俺は最後だ。足音を殺すのが、俺は致命的に下手らしいのだ。生命魔法を使っても、足音は消せなかった。
アリスが止まった。シルフはアリスを抱き上げて振り返る。
シルフの指が三本立っていた。頭を傾けて、アリスを枕のように頬に当てる。
三体のオークが寝ているのだ。
俺はシルフを手招いて呼び戻す。
「石版に隠れるか?」
「それじゃ、見張りもできないだろう?」
シルフは笑って見せた。勇敢だ。アリスは隠れたそうだったが、何も言わなかった。
俺はシルフの代わりに進む。
洞窟の奥の、丸い空間に頭を出した。
豚が寝ている。だが、豚は仰向けでは寝ない。
頭部が豚になっている3人の巨漢が寝ていた。
手に長い指がついており、足の形状が二足で歩くのに適した大きさになっている。寝ている姿勢ではあるが、本来は二足歩行の魔物なのだろう。
寝ている向こう側に、木の蔓で手足を縛られた人間の女がいた。アリスが聞いた話し声の正体だろう。
俺が顔を出すと、女の視線が俺に向いた。
「助けて。こいつら……私を食べるつもりなの」
俺は魔法の石版を確認した。ダンジョンの位置は、女のいる背後の窪みだ。




