53話 コンテナハウス
一休みして腹ごしらえをしてから、5人は出発の準備を始めていた。
結局、5人のことはほとんど聞けなかった。
軍人というわけではなく、民間の会社に雇われているようだった。そのことすら直接は聞き出せず、俺の推測だ。口が硬く目的は聞き出せなかった。
5人がコンテナハウスを出るとき、俺は同行を申し出た。
だが、断られた。
「ここにいろ。食料も少しだが保存食が残っている。帰りに拾ってやる。迎えのヘリが来るんだ。1人ぐらい増えても問題ないはずだ」
リーダーのスケッチは、口調は乱暴だが優しい女だった。
俺に諭すように言ったのも、俺がついていけば死ぬのだと思っているからだ。
「……わかった。俺が見ちゃいけないものもあるだろう。できれば、武器を少し分けてもらえないか? そっちの余裕があればでいいんだ。俺は拳銃を拾ったけど、連中の頭に打ち込んでも、すぐに起き上がってくるんだ」
俺は所持していた拳銃を持ち上げた。どこに持っていたかと言えば、魔法の石版の中である。こっそりと取り出すのにだいぶ慣れてきた。
「ああ……その銃じゃ無理だな。あたしらの武器は、個人認識で登録してある。貸したところでソウジには使えないよ。でも……コンテナの中を探してみな。これまでの作戦で持ち込んだ武器も残っている。旧式の散弾銃ぐらいだが、拳銃よりはましだろう」
「そうか……悪い」
「生存者の捜索は任務にはなかったが、見つけた以上保護するのが当然だ」
「スケッチ、急げ。もう寄ってきたぞ」
先に出ていた4人が声をかけてきた。
スケッチは再びマスクで顔を隠すと、俺の頬を撫でて出て行った。
俺は、コンテナハウスの扉を閉めた。
再び1人になった。
元々の世界では、俺はずっと1人だったと思っていた。だが、実際には1人ではなかったのだ。
話ができる人間たちに接し、改めて実感した。
1人は寂しいのだ。
ついて行きたかった。だが、5人を困らせることになるだろう。
俺は、魔法の石版を確認した。
マップ画面を観ると、俺は、破壊しなければダンジョンから脱出できないというオーブがある位置に、町にいた時より近づいていた。
武装した5人が向かった先と俺が向かわなければいけない場所は、かなり近いようだ。少なくとも方向は一致している。
ついていけば5人の素性を探っていると思われるだろうし、俺がオーブを壊しに来た異世界人だと名乗らなくてはならない。
5人が向かった先で、たまたまオーブを壊してくれれば、それでも俺はダンジョンから生還できるのかもしれない。
問題は、5人の目的がわからないことだ。
悩んだ挙句、俺はコンテナハウスを家捜しすることにした。
ひとりでは寂しい。俺は、石版の魔物画面を呼び出し、ウサギと小さな女の子をタップした。
ウサギのアリスと、エルフのシルフが飛び出す。
アリスは驚いて周囲を見回し、シルフはぐったりとしている。
「あっ……ソウジ、ここはどこです? 景色が変わっていますけど……」
「アリスは俺の『魂の結晶』に入っていたんだ。覚えていないのか?」
アリスが忙しなく首を動かしている。周囲から聞こえてくる物音に敏感になっているようだ。俺にも聞こえている。
さきほどまで銃声も聞こえていたが、現在は徘徊するゾンビたちの物音だけになっている。
「何か……覚えているはずなんですか?」
「俺に聞かれてもわからないが……教えてくれ。石版……『魂の結晶』か……これには、誰でも入れるのか?」
「どうやって入るんです? そんな小さなものに」
「いや……アリスが触ったら、吸い込まれたぞ」
「……蟻地獄の魂ですか?」
「俺が蟻地獄でなければ、そんなはずがないだろう。アリスもシルフもこの中に入っていたはずなんだ」
「じゃあ……魔物なら入れるんでしょう。ソウジは入ってみましたか?」
「触るだけで入れるなら、俺は入れないだろう。画面にはずっと触っているからな」
「まあ……そうなんでしょうね」
アリスはたしたしと足で床を叩いた。ウサギが苛立っている時の動作だとは、俺は思っても言わなかった。
「シルフが寝たままだな」
床の上で、シルフは突っ伏していた。上向かせると、ただ眠っているだけのようだ。あどけない寝顔を晒している。
俺は抱き上げ、休憩用に使われていたベッドに寝かせた。
「どうして寝ているんです?」
「突然、頭に知識が流れ込んできて、疲れた……っていう感じだと思う。寝ているまま石版に吸い込まれて、まだ寝ているってことは、石版に入っている間は、時間が止まっているんだろうな。回復させるには、石版から出して治療するか休憩する必要があるんだろう」
「……知識? 何か知っているはずなんですか? 何も感じませんけど?」
「アリスだからな」
「どういう意味です?」
ウサギの脳には入りきらなかったのだろう。知識が流れ込んできても、アリスは受け取らなかったに違いない。
俺はアリスだからと言ったが、正確にはウサギだからだと思っている。
「褒めたんだ」
「ならいいです」
アリスは、上機嫌で長い髭を撫で付けた。
親切な民間兵士の言葉に従い、俺はコンテナの中を漁ってみた。
結果として、武器と食料が手に入った。
武器としては散弾銃と一箱分の散弾、ダイナマイトが一箱だ。
散弾銃は、通常の銃とは違い、人間より生命力の強い獣を殺すための銃だ。その分、殺傷力が高いと聞いたことがある。おそらく痛みを感じないゾンビたち相手には有効だろう。
ダイナマイトは火をつけて爆発させるもので、火炎魔法を失っているのは痛い。一緒にライターも入っていた。
普通なら、ダイナマイトの持ち運びまでは諦めるところだが、俺は魔法の石版にアイテムまで入ることを知っている。
誰がどうやって魔法の石版を作成したのかわからないが、具体的に物を出し入れできるだけでも非常に便利だ。
俺が散弾銃と弾包、ダイナマイトとライターを石版の画面に当てると、吸い込まれるように消えた。
画面を観ると、アイテムのアイコンが4つ増えていた。
食料は保存食だ。固形の栄養食である。
大人数で長期間滞在することでも想定していたのか、ダンボール一箱ぶんある。
保存食というのは、大量に用意される割に消費されない悲しい食事であるが、食料を調達できなかったときのための備えなので仕方がない。
賞味期限の表示があったが、現在のこのダンジョン内での日時がいつかわからないので判断のしようもない。
俺は、ありがたくいくつか取り出して、残りは全てダンボールごと石版に吸収させた。
コンテナの確認が終わったところで、シルフが目を覚ました。
「シルフ、大丈夫か?」
「ソウジ……あたしは……ああ、頭が痛くなって、寝てしまったのか」
「それだけ聴くと風邪みたいだが、頭に情報が流れ込んだんだろう? 今はどうだ?」
俺はシルフに保存食の固形食料を渡した。アリスにも持たせる。
「……なんともない」
「ダンジョンってのは、どういうものだ?」
「切り取られた異世界のことだろう」
シルフは、当たり前のことを語るように言った。
「……そうなんですか?」
以前にシルフがそう口走ったのを聞いていた俺には、知っていることだ。アリスは驚いていた。シルフの頭に流れ込んだ情報なのは間違いないだろう。こういう時は、アリスの存在は有難い。
「ダンジョンから出るには、どうする?」
「オーブを壊すしかないよ。できなければ、ダンジョンで暮らすしかない」
「暮らせるような異世界ならいいがな」
民間兵士たち言葉では、世界中にゾンビがあふれているらしい。とても暮らせるとは思えない。
「シルフ、どうしてそんなことを知っているんです?」
アリスが足をはたはたと叩いた。
「アリス、食ってみろ。上手い筈だ」
俺はアリスを落ち着かせるため、渡した保存食を食べるよう促した。
アリスが慌てている理由はわかる。シルフだけがさまざまな情報を持っている理由がわからないのだ。
「……珍しい草ですね」
「ああ。珍しい草だ」
「そうなのか」
アリスを騙すための嘘だったが、シルフまで信じた。原材料のほとんどが小麦だ。ウサギが食べても毒にはならないだろう。
2人が口に入れた。アリスは一口かじっただけで、警戒したのが匂いを嗅ぎだしたが、シルフは気に入ったようだ。
「オーブって、そもそもなんなんだ? 壊すと……何が起きる?」
俺は話を戻した。2人は保存食を食べながら答えた。俺も口に入れる。
知っている味だ。この世界は、俺が元々いた世界に近い文明を持っていたのは間違いない。
「オーブっていうぐらいだから、丸い玉なんじゃないか? 見たことはないよ。魔法士の方が詳しいんじゃないか?」
「ああ……そうだな」
シルフも、オーブの詳細までは知らないらしい。少なくとも、オーブの現在位置は魔法の石版でわかる。近づいて詳しく見れば、発見するのは難しくないだろう。
「壊しても、どうにもならないよ。ダンジョンとして閉鎖された異世界の、元々の世界にとってはただの異物だ。あたしたちがいた、元の世界に戻される。元の世界で、オーブに封印されているものが解き放たれる」
「……俺の知らない単語が出てきたな。オーブには、なにかが封印されているのか?」
「そうだ。でも、ダンジョンのひとつだけでオーブを破壊しても、一部が解放されるだけだ。全てのダンジョンでオーブを破壊しなければ、それは復活しない。魔法士は、ダンジョンで色々な物を持ち帰れる。強くもなれる。魔法士が喜んでダンジョンを攻略すると思って、あの世界から魔法士を招いたんだ。でも……大部分はうまくいかなかった。招かれた魔法士たちは、『魂の結晶』の力を誤解して、勝手に争い始めた」
「それが、貴族か……解放される存在は、どんな奴なんだ?」
「知らない」
シルフは、憑りつかれたように話している。知らないこと答えたことは、本当に知らないのだろう。
「そうか……シルフとアリス、この世界は、死んだ人間が知性を失って暴れまわっている。この世界で暮らすなんて嫌だから、この世界のオーブを壊そうと思う」
「それがいいだろう」
「そうですね。やっぱり、普通の草の方が美味しいです」
「周りは敵だらけだ。隠れていた方がいい」
「1人で大丈夫か?」
「そうですよ。ソウジは1人じゃ、なにもできないんですから」
アリスの言い方は傷つくが、心配してくれるのは嬉しかった。
「大丈夫だ。隠れていてもらうが、1人じゃない」
「どういう意味です?」
「わかった」
アリスは首を傾げたが、シルフは笑った。
シルフは残っていた保存食を口に入れて飲み込むと、たしたしと土を叩いていたアリスを抱き上げ、手を伸ばした。
俺は石版を向ける。
シルフとアリスがアイコンに変化した。




