52話 道連れ ☆
パラシュートにぶら下がっている影は人間の形をしているが、形だけでは信用できない。ゾンビも形は同じだ。
俺は少し迷ったが、今まで見たゾンビの知恵のレベルであれば、パラシュートを利用できるとは思えなかった。
どうせ、隠れていても見つかる。ダンジョンは閉鎖された異世界だとしても、もともとこの世界に暮らしている人間たちにとっては、閉鎖されていないかもしれない。
俺には行けない場所から飛行機を飛ばし、現在落下中である可能性もある。
接触をとってみよう。俺は、民家の屋根で立ち上がった。
拳銃を鳴らせば、ゾンビ以外の人間がいることがわかるはずだ。
パラシュートを使用しているのが、黒い防護服を纏い、ガスマスクのようなマスクで顔を覆った連中だとわかった。
手に持っているのは、どうやら火器だ。
俺が持っているような拳銃ではない。
機関銃を持っている者もいれば、散弾銃を持っている者もいる。
ゾンビを討伐に来たのなら、協力できる。ひょっとして、助けを求めてもいい。
俺は、頭上十メートルほどの位置に来た時、誰にも当たらない角度に注意して、拳銃の引き金を引いた。
数発、ただ音を鳴らす目的で空に放った。
俺は伏せた。
パラシュートを付けた人間たちが、武器の先端を下に向けたからだ。
俺を狙った訳ではなさそうだ。
だが、俺がいても構わなかったのも間違いない。
5人の人間たちが、地面にいたゾンビに向けて攻撃した。
発砲した者もいれば、火炎放射器を放った者もいる。
防護服の人間たちが道路に落ちた。その時には、あふれていたゾンビたちは肉片に変わっていた。
人間だと思われる者たちは、俺に目もくれず、道路を進もうとした。
抜け目なく武器を構え、警戒している。
5人が向かおうとしているのは、俺が進むべき、つまり壊さなければならないオーブがあるはずの方向でもあった。
置いていかれる。俺は焦った。
ここで置き去りになるということは、殺されなかったゾンビを俺は一人で突破しなければいけないということだ。
「おおい。待ってくれ。あんたたち、何者なんだ!」
言葉が通じるかどうかわからない。だが、俺は全く知らない異世界で、ヒナと話せた。
きっと話せる。
信じるしかなかった。
俺は、石版を取り出して生命魔法をタップした。
足を強化しながら、民家の屋根から飛び降りた。
膝をまげて着地する。
「おい、なんだこいつ?」
俺を銃口で指しながら、ひとりが口を聞いた。
ゾンビじゃない。防護服を着た人間だ。
まずは、賭けに勝った。俺は浅慮にもそう感じた。
「この街に生存者はいないはずだよ」
「報告にはなかったが、いても不思議はない。どこにでも、隠れる場所はある」
「どうする? 生存者の確認は、任務には入っていないぞ」
「こうしている間にも、また集まってくる。話し合いは後だ。おい、お前!」
面子の中では小柄だが、声の大きな、女だと思われる人間が俺に言った。
「なんだい?」
「噛まれていないだろうね?」
「何に?」
突然の質問に、俺は考えがまとまらなかった。結果として、ごく単純に尋ねた。
「頭が足りないのか? ゾンビに決まっている」
「噛まれていないが……噛まれていると困るのか?」
「傷口から感染するんだ。噛まれるのが一番感染しやすい」
「病気じゃあるまいし……」
「生物兵器だ。病気と変わらない。お前……この街にいて、そんなことも知らないのか?」
小柄な女は、俺の胸ぐらを掴み上げた。防護服に、スケッチと読める名札があった。
名札は、俺にはアルファベッドに見えた。
地球ではないはずだ。
俺の知る限り、人間がゾンビに変化する薬でもウイルスでも、ゲームと映画の中でしか見たことがない。
「すまない。最近来たばかりだ、スケッチ」
「気軽に私の名を呼ぶな。どこから来たって同じだろう。もう……この病気は世界中に蔓延しているだからな」
スケッチが手を離した。
声が消える。スケッチの背後で、機関銃を掃射した者がいた。
体格からは男だと思える。
「そろそろ行くぞ。街の中じゃ、どこからでも湧いてくる」
「ああ。お前、名前は?」
スケッチが周囲を見回しながら尋ねた。
「ソウジだ」
「おい、ソウジ。さっきは、屋根から飛び降りただろう」
「あ、ああ……」
「走れるのか?」
「問題ない」
生命魔法で強化済みだったからだ。
俺は、軽く跳ねてみせた。
「見た目より丈夫だな。いいだろう。ついてきな。私が隊長だ。命令には服従する。いいね?」
「わかりました」
「よし。行くよ」
周囲の4人が声をあげる。
スケッチたちが何者かを聞く時間はなかった。
弾薬を撒き散らしながら、スケッチ隊が動き出す。
ゾンビの密集を避けるためだろう。ほぼ駆け足だ。
俺は、仲間で動く頼もしさを異世界に来て始めて味わっていた。
※
左右に立ち並ぶ民家を眺めながら、道路を突っ切る。
障害物は次々に湧き出してくるゾンビたちだ。
防護服の5人は、かなり鍛えられた人間たちだと俺には見えた。
動きに無駄がなく、ゾンビに対して容赦がない。
任務を帯びた軍隊のチームなのではないだろうか。
ガスマスクのようなマスクをしているが、透明なプラスチック部分から見える目と目の周辺の肌を見る限り、生きた人間だと思われる。
5人に比べると俺は軽装だったが、以前の世界であれば、ついていくことができなかっただろう。それは体力的な問題である。
現在ではただ走ってついていくだけなら問題はない。仮についていけなくなても、生命魔法を使用すれば心肺機能も脚力もあげられる。
俺が感心しながらついていくと、家が途切れた。
行き止まりではなく、街並みが突然森に変わっていた。
道路は森の中にむかって続いている。
それまでは石畳で舗装されていたが、左右が森になった途端に砂利になり、さらに進むと草に覆われていた。
「よし。情報通りだ。以前に設営した拠点がある。そこまで行くよ」
「はっ」
リーダーらしい小柄な、俺にスケッチと名乗った女が指示すると、4人が答える。
「おい、あんた」
目の前の一番大柄な影が突然ふりむいた。
「は、はい」
「よくついてきたな。もう少しで休憩だ。頑張れよ」
肌が黒い大柄な男だが、優しい。
異世界に転移してから、優しくされなかったわけではない。だが、全ては打算だった。
単なる励ましに、泣きたくなるほど嬉しくなるとは思わなかった。
草に覆われた道から外れ、10メートルほど進んだ場所に鋼鉄の箱が現れた。
以前の世界でも見たことがある。
コンテナだ。巨大な鋼鉄の箱で、荷物を運ぶためのものだ。
荷物を運ぶ以外にも使い道はある。その頑丈さから、簡易的な家として利用する人たちがいるとも聞いたことがある。
近づいたコンテナも、やはり普通のものではなかった。
出入り口があるのだ。普通は、人間が出入りすることは想定しない。
人間が出入りして使うことを想定して改造されたのだろう。上部には短く細いが、煙突まである。
コンテナの中で窒息しないための配慮だし、ゾンビを警戒して大きくしなかったのだと考えられる。
小柄なリーダーが、コンテナに取り付いて聞き耳を立てた。
壁をノックする。
指で指示を飛ばす。
細身の背の高い人間が、扉の出っ張りにカードをかざした。
なにかが動いた。
電子ロックだと、俺は驚いた。
こんな捨てられたようなコンテナに、電子ロックを使用しているという事実に驚いた。
劣化して使えなくならないのだろうか。
電子ロックを解除した男が扉を開ける。
別の小柄な影が火炎放射器を手に飛び込んだ。
「大丈夫。なにも居ません」
「了解。全員入れ。あんたも……ソウジだったな」
一同のリーダー、スケッチが俺に促した。
※
コンテナは巨大だった。
中に入ると、その大きさがわかる。
なんとベッドが人数分置いてあり、部屋の中央にはカマド、その真上に煙突が作られていた。
扉は再び電子ロックで閉ざされている。
5人は顔のマスクをとった。
やはり人間だ。5人は手足を伸ばし、装備を下ろした。
防護服の一部を緩めたが、脱ぎはしなかった。
「貴方達は、何者なんですか?」
「本当に、どこに引きこもっていたら、そんなに世間知らずになれるんだ?」
スケッチが言うと、安全を確認して安心したのか、ほかの4人が笑った。
リーダーのスケッチのほかに、もう一人、たくましい女性がいた。
ほかの三人は男だ。たくましい色の黒い男と、背の高い痩せた男、がっしりとしているが身長はスケッチと変わらない男がいた。
「俺たちのことは……会社に雇われた。それ以上は言えないが、すぐにわかる。それをわかるだけ、あんた……ソウジだったか。ソウジが生きられればな」
これまで人が良さそうな笑顔を見せていた大男が、やや辛辣な物言いをした。
男はムスカだと名乗る。
リーダーのスケッチもそうだが、どうやら本名ではなさそうだと思いながら、俺は差し出されたムスカの手を握った。
明日から新作始めます。こちらも同じペースで続けるつもりですので、応援していただけると嬉しいです。
明日から始めるのは、タイトルに「100日」ってつく予定です。100日連続投稿…実現させたいと思います。




