51話 ゾンビの街 ☆
俺が侵入した民家の2階で、頭部を銃で撃った死体がベッドに倒れていた。
銃があることに、俺は驚いた。
俺が転移した異世界には、そもそも村さえなかった。
集落はあったが、十数人がようやく住んでいる程度で、村といえる規模ですらなかった。
森を抜ければ町があるのではないかと期待したこともあった。今は知っている。俺のいた異世界は、どこまで行っても森しかないのだ。
貴族という存在がいた。俺のような魔法の石版を与えられた者を管理する権限を持っていた。
俺が知識として知っている、領地を持って税収で生活する貴族とは、根本的に違うのかもしれない。
呼び名が貴族だというだけで、貴族のような生活はしていないだろうと想像できた。
だから、銃があるはずがなかった。
ダンジョンの中は、閉鎖された異世界だとシルフは言った。
俺が知る、元いた世界でゾンビ映画は無数に作られていたが、現実にゾンビがいた歴史はない。
俺が入ったダンジョンは、異世界なのだろう。俺の元いた世界同様に文明が発展し、ただゾンビがいる異世界だったのだ。
俺は、銃が欲しかった。異世界にきてから、どれほど欲したかわからない。
以前の世界で、使用したことはない。だが、ナイフより殺傷能力に優れた武器であることは間違いない。
俺は銃に触れようとして、思いとどまった。
外にはゾンビがいる。ゾンビを殺すには、頭を破壊する必要がある。
そういう映画はたしかに見たことがある。
だが、人間の臓器で、最も破壊されやすいのが脳だ。常に頭蓋骨という最も硬い骨で守られ、髄液という液体に浸かっていなければならず、酸素の供給が5分止まっただけで機能を失うほどやわな臓器だ。
ゾンビが呼吸しているはずもなく、ならば、脳が機能していると考えるのは矛盾している。
つまり、頭を銃で撃って、ゾンビを殺せるはずがない。
そこまで考え、俺はさらに戸惑った。
この死んでいるらしい人間は、ゾンビにならなかったのではないだろうか。
俺が外で見たゾンビが、ゾンビとして母親から生まれて成長したのでないかぎり、もともとは俺とそう変わらない人間だったはずだ。
全てのゾンビに人間だった時があるとすれば、人間だった時に完全に死んでしまえば、ゾンビとなる余地はない。
ベッドの上に倒れた男は、きっと自殺だったのだろう。
俺は、そう信じることにした。
信じながら、貴族マーレシアから貰った短剣を逆手に構え、振り上げながら、死体の手にある銃に触れた。
「アガァァァァァ……」
死体が顔をあげる。
どうやら、俺が近づくのを待っていたようだ。
ゾンビにも知恵があるのだろうか。
俺は不思議に思いながら、振り上げておいた短剣を叩きつけた。
生命魔法で力を強化するまでもない。
剣の切っ先を首筋に打ち込み、ベッドごと貫くと、引き抜いて何度も叩きつけた。
胴体から首が離れる。
それでも、ゾンビは立ち上がった。俺は生命魔法で力をあげ、転がった頭部を踏みつける。やはり脆くなっていたのか、頭部は簡単に潰れた。
それでも胴体だけで動いていたが、もはや徘徊する死体だ。
俺はゾンビの手首を切り落とし、握っていた拳銃を手に入れた。
ゾンビにも、多少の知恵はあるらしい。だが、決して高くはないようだ。
地上で俺に集団で襲いかかってきたゾンビたちは、ゾンビを踏みつけて民家の2階に転がり込んだ俺を、どうやら見失ったらしい。
すぐには追って来ず、俺が窓から見ると、目的もなく徘徊するか、何もせず立ち尽くしていた。
ゾンビがどういう基準で襲いかかってくるのかもわからない。
いずれ見つかって襲いかかってくるのだろうが、しばらくは時間があるだろう。
俺は、奪った拳銃をいじってみた。
使い方がわからないが、それほど複雑なものでもないだろう。
銃口を自分に向けなければ危険でもないだろうと思い、触っているうちに、使い方はわかった。
安全装置を外し、引き金を引くと、勝手に撃鉄を起こして弾丸を発射するようだ。
持つところ、グリップの部分にカートリッジ式の弾丸入れがあり、カートリッジ一本で10発入る。
寝室の机の引き出しを開けると、銃のカートリッジが5本まとめてしまわれていた。
拳銃をそう使う機会はなかったのだろと思うが、この家主の趣味なのだろうか。
現在の俺には需要がある。俺はすべていただくことにしたが、ポケットがない。
思いついて、拳銃を置いて魔法の石版を取り出した。
銃のカートリッジを石版の画面に触れさせると、吸い込まれるように消えた。
所持物の画面を表示させる。銃のカートリッジがアイコンになっていた。
続けて、拳銃そのものも石版に触れさせる。
吸い込まれた。
取り出してみた。
問題なさそうだ。
もし生きた人間に会うことがあれば、銃を持っていない方がいいだろう。
俺がそう思っていた時、部屋の外から木の軋む音が聞こえてきた。
※
生き残りの人間かもしれない。
俺は拳銃を片手に、もう片手に短剣を握って扉に手をかけた。
両手がふさがると、魔法の石版を取り出すことができない。
俺は不覚を悟ったが、最悪の場合は短剣を捨てる覚悟で扉を開けた。
出くわした。
腐って顔面の肉が半分ほどこそげ落ちた、人間の死体だ。立って歩き、喉から奇妙な音を鳴らして俺に掴みかかってくる。
俺は構えていた拳銃を撃ち放した。
至近距離である。
ゾンビの額に命中し、ゾンビは後方に倒れた。
だが、そのすぐ背後に団体が待ち構えていた。
しかも、倒れた一体も首を上げ、床を手で押している。
ごく短時間、無力化するだけだ。
俺は部屋に戻ろうと視線を向けた。
窓の外に、腐った死体が群れていた。
俺は、魔法の石版を手にしたかった。
手に持っていた。
持っていたはずの拳銃が消えていた。
画面が所持品の画面を表示していた。
アイコンに、拳銃がある。
俺が魔法の石版を求めたために、手の中に出現したのだ。持っていたものは、石版の中に収納されるのだ。
実に便利だ。俺は、竜兵が言った魔法の石版についての呼び方を思い出した。
『魂の結晶』竜兵はそう呼んでいた。
魂の存在さえ信じていないが、俺の大事ななにかと繋がっているのは確かなのだろう。そうでなければ、俺の考えを読み取って出現するようなことができるはずがない。
分析は置いておいて、俺は魔法画面を表示し、生命魔法をタップした。
すでに窓からは出られない。
俺は、ベッドの上に天井裏に入る扉があるのを見つけた。作業用の四角い枠だ。
ベッドに登り、生命魔法をタップする。
足に意識を集中させて強化し、飛び上がる。
目の前に迫った四角い枠を体当たりで開ける。
四角い穴が空いた。
枠を掴み、体を引き上げた。
「クアァァァァ……」
石版の機能に、ライト点灯はない。スマホとは違う。
だが、ほんのりと光っている。俺は生命魔法を再びタップしながら、声がしたと思われる方向に視線を向けた。下の部屋からの声ではない。天井裏に、何かがいるのだ。
目が強化され、闇を見透かす。
目の前に、皮膚がただれた見にくいゾンビがいた。
グールではないかと見まごう容貌だが、手足が腐っているらしく、体を支える腕の先はちぎれている。
天井裏の隙間で、高さは50センチほどしかない。
俺は、迫ってくる死体の首を短剣で薙いだ。
千切れた首が転がる。俺は、遠くに蹴飛ばした。
閉鎖された場所だからか、ゾンビは一体だけだった。
俺は目を凝らして、天井裏から屋根に登る出口を見つけた。
周囲にゾンビがいないことを確認しながら、屋根裏へ出るの扉を開ける。
外だ。
屋根の上に出た。
民家の屋根は幸いにして平らで、俺は転がり落ちることなく、横倒しに転がった。
下の地面には、まだゾンビが徘徊している。
この場所も、すぐにゾンビに見つかるだろう。
屋根の上に登ってくる手段がゾンビにあるのかどうかわからないが、ひとときだけでも休憩ができるのは有難い。
俺は、魔法の石版を取り出した。
シルフは、ダンジョンを脱出するのにはオーブを破壊しなければならないと言っていた。
俺は、ダンジョンに竜兵によって送り出された。
このダンジョンで、ヒナを買い戻すための金貨500枚が手に入るのだろうか。
もともと、金貨がないダンジョンに行くよう、竜兵に騙された可能性もある。
俺の知る現代に近く、ただ俺の世界にはいなかったゾンビのいる異世界だ。
俺の認識しているような文明の進歩をしているなら、そもそも金貨なんてない可能性もある。
まずは、ダンジョンを脱出する方法を確認しておこうと、俺は地図を表示させる。
オーブの位置が記されていた。
地図によれば、家が立ち並ぶ道路をまっすぐ行った先にあるようだ。
それ以上はわからない。
ゾンビが徘徊する道路を突っ切らなければいけないらしい。
あるいは、民家の屋根伝いに移動したほうが安全だろうか。
俺が考えていると、俺が見上げている空に、細い雲が生じた。
ダンジョンは閉鎖された異世界らしい。
上方向には閉鎖されていないのだろうか。
俺の真上を横切り、雲を生み出したのは、どう見ても飛行機だ。
飛行機がある。
俺が知っている映画では、ゾンビだらけになって人間が滅んだ世界もあるが、この世界にはまだ人間がいる。文明が残っている。
俺はそう思いながら、結局この異世界に住み着くわけではないのだと思い出す。
そう思うと、特に感慨も浮かばなかった。
ただ、飛行機が飛び去った後、小さな点が残った。
点は5つあった。
ふらふらと漂っているようだが、近づいてくるにつれ、パラシュートをつけた人間だと判明した。




