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異世界には村もなかった  作者: 西玉
第2章 ダンジョン攻略編

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50話 ダンジョン潜入 1 ☆

 俺を包んでいた光が収まる。

 腕の中に、シルフの重さとアリスの温もりを感じる。シルフが暖かくないのでない。アリスは重さを感じるほど重くないのだ。


 俺は目を瞬かせた。

 周囲の景色が見えるようになってくる。

 俺は、街にいた。


「……ダンジョンに来たんじゃないのか?」

「そうですよ」


 アリスが、俺の腕に捕まって、俺の腕に隠れながら、周囲を覗き見る。


「ダンジョンって……地下牢の意味だろう? 最近じゃ、迷宮みたいな意味でも使われているらしいが……」

「シルフ、どうしたんです?」


 シルフは、俺の腕の中でもがき出した。

 頭を抱えている。

 俺はシルフを解放し、危険はないか、周囲に視線を送った。

 間違いなく街だ。


 しかも地面は石畳、建物はコンクリートだ。幅9メートル以上の道路に沿って、二階建ての建物がずらりとならび、一階部分は店なのだろう、看板が出ている。

俺には読めた。だが、書かれているのは俺の知らない文字だ。


「なんだか……急に知識が流れ込んできたみたいだ……」


 シルフは、額をゴシゴシと擦った。


「知識? どんなのだ?」

「ダンジョンに始めて入ると、魔物には知識が流れ込んでくる」


 シルフは言った。俺は思わず、腕の中のアリスを見た。


「わ、私も……ああ……私も頭が……なんでしたっけ?」


 アリスは脳の容量が少なすぎたのかもしれない。たしたしと顔を掻こうとしていたが、俺の腕を蹴飛ばすことになった。


「道の真ん中は落ち着かない。端に寄ろう」


 自動車が走っていてもおかしくない整備された道路と道幅に俺が提案すると、シルフも同意した。

 歩きながらシルフが言った。


「ダンジョンってのは……閉鎖された異世界のこと……みたいだ」


 突然流れ込んできた知識のため、シルフも実際には正しいかどうかわからないのだろう。

 俺自身も混乱しながら尋ねる。


「ダンジョンによって、違う異世界なのか?」

「ああ。そうだ。共通しているのは、閉鎖された異世界のどこかにオーブがある。それを壊せば元の場所に戻れる」


「どこにあるかは、わからないのか?」

「魔法士が知っている」

「……そうか」


 多分、魔法の石版に表示されるのだろう。あとで確認しようと思いながら、別のことを尋ねた。


「オーブを壊せなければ?」

「ずっと、その異世界に止まることになる」

「オーブを壊すと、その異世界はどうなる?」

「閉鎖される」


「オーブっていうのは、なんだ?」

「ガラス玉みたいな、丸いものだ」

「いや……見た目じゃなくて、そもそも……なんなんだ? ダンジョンの仕掛けか?」

「違う。だけど……あたしにはわからない」


 そこまでの知識はないということか。俺が尋ねる前に、シルフは付け加えて言った。


「魔法士はそもそも、ダンジョンを破壊するために、ドラゴンロードたちが生み出した存在だ。ダンジョンの中で得たものは元の世界に持ち出せるし、魔法士の能力は、ダンジョンの中でなければ成長しない。他の魔法士から奪うというのは、本来の法則を無視した邪道な方法だ」


 シルフは、まるで操られているような無表情だった。

 なにかがシルフに話させている。俺はそう感じ、あえて尋ねた。


「じゃあ……人間の貴族っていうのは……何者なんだ?」

「世界の創始者である竜族に反逆する、人間たちの組織だ」

「……なるほど……」


 どこまでが本当かはわからない。

 だが、俺はすでにダンジョンに入ってしまい、出るにはオーブという玉を破壊するしかないのだという。

 ダンジョンを攻略してみれば、俺がそのあとすべきこともわかるだろう。

 俺が頷くと、シルフの体から力が抜け、がっくりとうなだれた。


「シルフ、大丈夫か?」

「疲れているみたいですね。回復するまで、休ませたらいいと思いますよ」


 アリスがシルフの頬を肉球で叩いていた。


「ああ。しかし……俺はこのダンジョンは入ったばかりだ。街が目の前にあるが……どんな奴が住んでいるのかわからないぞ」

「どうして、結晶の中で休ませてやらないんですか?」


 ウサギの顔が斜めになった。俺に問いかけているのだ。


「『結晶の中』だって?」


 俺は、魔法の石版を取り出した。『魂の結晶』だと、俺をダンジョンに送り込んだ竜兵は言っていた。

 画面はマップ表示のままだ。

 ダンジョンの位置を示していたはずだが、現在は俺の位置ともう一つ、青いマークがある。


「……これがオーブか?」


 俺はアリスに見せた。


「ああ……そうですね。ひゃあっ!」


 俺に教えようと、アリスが前足を伸ばした。結果として、石版の画面に触れた。

 同時にアリスが消えた。まるで、石版に吸い込まれたようだ。

 俺が慌てて石版の画面を見つめ、ページをめくると、魔物のアイコン画面が増えていた。


 魔法、マップ、魔物、加えて所持物、装備の画面がある。

 間違いなく機能が増えている。竜兵によって力が解放されたのか、ダンジョンにいるからか。おそらくは両方だ。


 俺は、魔物の画面にウサギの姿を見つけた。

 眠っているシルフの指先を画面に触れさせると、シルフもやはり、アイコンに変化して姿を消した。


 ※


 俺は改めて石版の画面を確認する。

 異世界に転移した当初、石版には使用できる魔法を表示する1ページだけだった。

 竜兵に触れた時、1ページ追加された。ダンジョンの位置を示すマップだった。


 ちゃんと確認はしなかったが、そのときには別のページも出現していたのかもしれない。

 魔物を収納するページと、所有物を収納するページ、装備品を収納するページがある。所有物を収納するページに、どうやら所持金も表せるらしいが、現在は0となっている。


 シルフとアリスに間違いないアイコンがあるが、中はどうなっているのだろう。石版に入るのに条件があるのだろうか。アリスもシルフも、画面に触れただけでアイコンになってしまった。俺はずっと触っているので、俺が中に入れないのは確実だ。


 アリスもシルフも、自分のことを魔物だと言っていた。召喚モンスター的な扱いなのだろうか。

 俺が石版を眺め、再びアリスをタップしてみようかと迷っていると、突然凄まじい勢いで目の前の家の扉が開いた。


 アリスとシルフが収納されてしまったことで意識が削がれていたが、俺が現在いる場所はダンジョンの中で、ダンジョンとはシルフの脳に与えられたらしい情報では、閉鎖された異世界だという。

 俺の目には、現代に戻ってきたように見えていた。シルフから見れば、まさに異世界だろう。


 現代の、やや寂れた街並みに見える。ただし、看板の文字は知らないものだ。

 勢いよく扉が開いたのは、一軒ではなかった。

 道沿いに立ち並ぶ民家も店舗も、全ての扉が一斉に開いた。


 次の瞬間、俺は現代に戻ってきたのではないかという思いを放棄した。

 一斉に開いた扉から集団で出てきたのは、腐った人間の死体だった。

 どうして死体だと断定したのかといえば、どす黒く変色した肌と硬直した表情だ。


 しかも、皮膚が剥がれて赤い肉がむきだしになっているのに、手当もしていない。

 唸りながら、一斉に俺に向かって視線を向けた。

 動く死体だ。ゾンビと言っていいだろう。


 俺を見つけた途端、ゾンビたちが走り出す。

 俺は石版の画面に指を当てた。

 ページをめくり、生命魔法をタップする。


 背中を向けて逃げることも考えた。

 だがシルフは、ダンジョンというのは閉鎖された異世界だと言った。俺が訪れた場所が、異世界の端である可能性はある。


 背後に向かって走った場合、なにが起こるのかわからない。

 俺は生命魔法の起動を感じ、意識を足に向けた。

 ゾンビの数は300もいるだろう。目の前の建物群にだけに住んでいた人間がゾンビになったにしては多すぎる。


 周囲には街が広がっているのかもしれない。

 確認するためにも、高い位置に行く必要がある。

 ゾンビが意外なほど元気に、俺に向かって走ってくる。


 俺の背後に目標があることは期待しない方がいいだろう。俺を食おうとしているのだ。

 俺は足に力を込めた。

 地面を覆う石畳を蹴りつける。


 俺は、自分の体が宙を舞うのを感じた。

 視界が変わる。

 着地場所に、ゾンビの頭部を選んだ。


 足蹴にしたゾンビの頭部が首からもげるのと引き換えに、俺はさらに跳んだ。

 2度目の跳躍で、俺は左右に立ち並ぶ民家の2階の窓に飛びついた。

 窓ガラスがあり、鍵がかかっていなかった。


 俺は窓のサッシにしがみついた。ガラス越しに、無人であることを確認する。

 窓を横にスライドさせて開け、転がり込んだ。

 急いで窓を閉めて鍵をかける。


 足が痛んだ。思い切りジャンプしたので、たった2歩で健が切れた。

 再び生命魔法で足を修復しながら、俺は見知らぬ部屋に忍び込み、体を隠すようにうずくまった。

 ベッドと机、クローゼットがある。


 フローリングの床はざらざらして、家の持ち主が土足で生活する習慣であると感じた。

 床の上に本や雑貨が転がっている。出入り口の扉がある。

 足の痛みが引いたところで、俺はまず出入り口の扉を閉め、クローゼットを倒して塞いだ。


 立ち上がり、部屋を見回すと、ベッドの上で男が死んでいた。気づかなかった。ずっとこうしていたのだろう。

 俺が部屋に入ってからいままで気づかなかった謎を追う機会がないのを残念に思いながら、俺はベッドに近づいた。

 男が手に拳銃を持ち、頭から血を流していた。


挿絵(By みてみん)

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