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異世界には村もなかった  作者: 西玉
第1章 異世界放浪編

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4話 初めての仕事

 少年に『おじさん』と呼ばれた。俺の外見が、こちらの世界にくる前と変わらず、他人から見ても変わっていないということの検証にはなった。

 少年は見たところ、十代の前半ぐらいだろう。

 少年から見たら、俺は十分に『おじさん』だ。


「こらっ、パーク、そんなこと言ったら駄目じゃない」

「なんで?」


 どうやら本気で理解できないらしい少年に、俺は大人の余裕を見せようとした。


「いいよ、いいよ。俺はおじさんだし。ヒナから見てもそうだろう?」


 俺は謙遜したつもりだった。

 それと、この後ヒナに振られる予防線も張っていた。

 ヒナに何かするとも、何かできるとも言えない前から、振られた時の言いわけを用意するのは、悲しくもあり、俺にとっては必要なことでもある。


「そうじゃなくて、自分が小さいのに小さくないなんて、嘘を言っちゃ駄目でしょ」

「はぁい」


 ヒナが叱ったのは、俺を『おじさん』と呼んだことではないようだ。正直に生きている二人である。

 できればそのまま正直であって欲しいと思う。

 正直が災いして不幸になればいい。






 俺が二人の不幸を願っている間に、パーク少年とヒナはヤギがきちんと18頭いることを確認した。

 パーク少年がヤギと共に山道を下る。

 ヒナは山道を一人で登る。

 俺はまごまごしていた。


「さぁっ、行きましょう」


 ヒナは元気に山道を登っていく。俺にかけられた声だとは、まだ確信できずにいた。

 少年は山道を下っていく。

 ひょっとして、山道を下れば人里があるのではないか。

 少年はヤギを人里の持ち主に届けに行くのではないのか。

 人里に行けば、宿屋とかないのか。


 ……宿屋があったとしても、俺には金がない。


「何しているの? 早くおいでよ」


 まごまごしている俺に、ヒナは苛立ったように声をかけた。

色々と考えるべきことはあったはずだが、ヒナは迷わず俺に来いと言っているのだ。

 山道をこれだけ苦も無く踏破するヒナが、人里まで降りようとしない。

 よほど人里までが遠いのだろうか。

 いずれにしても、俺はあまり社交的とは言えない。

 知らない人間に愛想を使って泊めてもらう自信はない。

 ひょっとして、ゲームなら初期装備としてある程度の金は持っているのではないだろうか。

 自分の体をまさぐってみたが、それらしい物はもっていなかった。

 俺の持ち物は、ただタブレット型の小さな機械があるだけだ。


「ちょっと、何しているの?」


 ヤギたちと別れた場所から動こうとしない俺に、ヒナが3度目の声をかけてきた。






 俺を見つめるヒナの顔が少し不安そうだ。

 ヤギのうちの2頭がヒナと一緒にいた。どうやら、あの2頭だけがヒナのヤギのようだ。

 薄暗い森の中で、白皙の肌とブロンドの髪は俺の思考力を奪うのに十分だった。

 ヒナが仮に夜になると人を食う山姥だったとしても、美しいヒナの栄養になるだけだ。

 恐れる必要のあることでもない。


「なんでもない。教えてほしいことが沢山あるんだ。いいかな」

「いいよ。歩きながらならね。でも、山小屋についてからの方がいいかな? だって、ソウジは足が遅いみたいだから」


 とてもいい娘には違いない。

 だが、少しだけ正直がすぎる。


「そうかもね。山小屋までは遠いの?」

「里に下りるよりは近いよ」


 そうでなければ、ヒナが山小屋で生活している理由がないだろう。

 結局、その後1時間以上山道を登り続けた。

 この異世界は、俺が思った以上に広いようだ。

 世界が広いのと同じくらい、俺には体力がないことも判明した。

 ヒナは俺が歩くのに合わせきれずに、見通しがいい場所に出たところでまっすぐ進むよう言ってから、先に山道を登っていった。

 俺は遠ざかるヒナの背中を見ながら、肩で息をしていた。全身が汗にまみれている。

 異世界の生活は甘くはないようだ。






 山小屋は俺が思っていたより立派だった。

 ずっと上り斜面が続いた後、さらに後方に見える山脈を背負うように、二階建てのログハウスが現れた。

 現代の日本であれば、ペンションとして利用していても不思議はないものだ。

 ひょっとすると、普通に宿屋なのだろうか。

 まあ、この後ヒナと何かあると期待したわけではあるが、簡単にいくとは思っていない。

 俺が遅ればせながら山小屋にたどり着くと、ヒナは桶に張った水で洗濯をしていた。

 山小屋の隣にある、厩舎を小さくしたような納屋で、ヒナが連れて帰ったヤギが休んでいた。

 洗濯といっても洗濯機があるわけではない。

 見る限り、なかなかの力仕事だ。

 体力があるわけだ、

 水は、山小屋の近くの壁(法面)から湧水が出ているようだ。


「ヒナは足が速いね」

「ソウジが遅いんだよ」


 まさにその通りである。


「何か手伝えるかい?」

「薪を割ってくれる?」


 ヒナは山小屋の反対側を指で示した。

 なるほど、田舎暮らしは素人の俺でも、ヒナに従っていればなんとかなりそうだ。

 山小屋で暮らすのに必要なことを、ヒナはどこまでこなしているのだろうか。

 俺は気になって尋ねてみることにした。


「この小屋、ほかに誰が住んでいるの?」

「わたしだけ。なんで?」


 つまり、小屋にはヒナと俺しかいないのだ。


「じゃあ、やることはたくさんあるね」

「でも、いつもわたしだけだから。今日は早いよ」


 ヒナは、水に濡れた手を動かしながらにこりと笑った。

 本当に嬉しそうに笑う。

 俺は満足して薪割りに向かった。

 ヒナが笑った顔を見ると、なぜか解決したような気分になる。

 俺は、そんなに単純な人間だっただろうか。

 なるほど、これがスローライフの効果というものか。

 まだ生活は始まってもいないのに、俺はそんなことを考えた。

 しかしながら、田舎暮らしもスローライフも、俺には少しばかり敷居が高いことを思い知ることになった。






 まず、薪にしなければいけない丸太からして、こんなに大きいのかと驚かされた。

 加えて、道具も大きくて重い。

 元の世界にあった道具が、どれほど洗練させていたかがわかる。

 どうやって持ってきたのかがわからないが、山小屋を迂回した場所には切り出された倒木が山と積まれていた。

 物置があり、扉を開けると斧が何本か出てきた。

 のこぎりはない。

 鉈もない。

 すべてを、斧のみで行うというのだろう。

 すでにある程度の薪は積まれており、今日俺が最終的に全くの役立たずだと判明しても、すぐに困るというわけではない。


 薪割りといえば、平らな木の切り株があって、その上で手ごろな大きさの木材を、鉈で燃えやすい大きさに割っていく。

という印象があった。

 俺の見たところ、少なくとも台に使えそうな手ごろな切り株はない。

 切り株の上で燃えやすくする、手ごろな木材もない。

 あるのは、地面に転がる丸太のみだ。

 しかも、枝打ちもされておらず、まっすぐにもなっていない。

 どうやって薪にするのだろう。

 ヒナはどうやって薪にしているのだろう。


 倒れた木が転がっているのはわからなくもない。里から手伝いが来たに違いない。

 さすがにヒナに、一人で森から木を伐りだしてくることなどできるはずがないからだ。 

 枝付きの丸太を丸太と呼んでいいのかすらわからないが、地面に転がるだけでなく、何本も野積みにされていたのだ。


 薪割りを頼まれたのだ。

 これ以上の無能ぶりを晒したくはなかった。

 俺は、ヒナが昨日までに作っただろう薪を観察することにした。

 薪を濡らさないためか、丸太を組み合わせた箱に入れられている。

 上部には木の葉と木の枝で作った覆いが被せられているが、横に取り出し口がついている。

 俺は箱に手を入れて薪を取り出した。

 少しだけ安心した。

 きちんと割られた薪はほとんどなく、不格好な木くずが大半だったのだ。

 ヒナの言う薪割りとは、斧を使って適当な大きさに、木を破片にする作業なのだ。

 ならば、野積みにされた丸太を切り分けるという作業は不要だ。

 俺は手ごろな斧を持ち、丸太に歩み寄った。

 確かに、不細工に削り取られた痕があちこちにある。


 俺は斧を振り上げた。

 重かった。

 斧とはこんなに重いものだろうか。

 振り下ろす。

 まっすぐ木に当たらず、はじかれて地面に落ちた。

 俺は、斧を見て改めて気が付いた。斧はしっかりとした造りで、鉄で作られている。

 この世界にも鉄があり、鉄を加工する技術はごく当たり前に存在するのだ。

 元の世界なら、少なくとも中世ぐらいの文明水準には達しているはずだ。


 などと分析をしていても何も進まないため、俺はもう一度斧を振り上げた。

 振り下ろす。

 衝撃に木のカスが飛び散り、俺の手の皮がむけた。

 痛い。

 ごくわずかにはがれた木の皮は、俺にとっては大切な戦利品でもある。

 感慨深く拾い上げたものの、大事に持っていても役に立たないので、結局薪が保存されている箱の中に放り入れた。

 作業を続けた。

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