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異世界には村もなかった  作者: 西玉
第1章 異世界放浪編

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35話 旅の仲間

 そろそろヒナを探しに行こうかと思いながら、俺は朝になろうとしていた森を見降ろしていた。

 何日か経過し、体調はほぼ戻った後である。魔法の石版に現れる『精神魔法』が、いつの間にかレベル2に上がっていた。しばらく、ゆっくりと石版を見る機会もなかったので、正確にはいつレベルが上がったのかわからなかった。おそらく、孤児の集落でヤギを癒した時だろう。

 これで、『精神魔法』と『生命魔法』が共にレベル2になったことになる。『火炎魔法』は相変わらずレベル1のままだ。






 俺が借りている部屋がかなり高い位置にあるため、森は見渡す限りの緑の海だった。

 光が落ちて、朝露で輝く様は、まるで宝石の海を眺めているかのようだった。


「綺麗だろう? あたしも、ここで朝を迎えるのは好きだ」


 シルフが言いながら、俺の隣に座った。アリスは起きてこない。外敵の侵入がまずあり得ないとわかっている場所では、アリスは実に無防備に眠り続ける。


「そうだな。シルフ、俺はそろそろヒナを探しに行こうと思う。世話になりっぱなしなのに、何もできなくて済まなかった。でも……シルフが人間の集落に住むのは辞めたほうがいいと思うんだ。人間は、シルフが思っているほど、善良じゃない」

「あたしが、どうして人間に憧れたのか、知っているだろう?」


 シルフは俺の隣に座り、体を預けた。シルフの体は軽かったが、わずかの重みが心地よかった。


「ああ。聞いた。聞いたけど、やっぱりシルフのことを見れば、人間とは思わないだろう」

「もういいんだ。あたしが人間に憧れたのは……ほんの少しだけでよかったんだ。あたしは、こういうことがしたかったんだ」


 シルフは俺に寄りかかり、俺の腕に手を絡めた。

 俺が驚いて見ると、シルフは上向いて笑いかけた。シルフは、これまで俺と接触しようとしてこなかった。寝ぼけたとき以外には、直接肌が触れあうことはなかったため、俺は少なからず驚いた。


「……これだけでよかったのか?」

「……うん」


 ほかに何があるのかと言いたげな顔をする。

 俺は体をまるめ、顔を近づけた。

 シルフはただ俺を見返していた。

 俺の顔が近づいても、動かなかった。俺がなにをしようとしているのか、理解していないのだ。

 俺とシルフの顔が触れる。

 唇が触れあう。

 少しだけ唾液を交換し、離れた。


「……いまのは、何だ?」

「人間どうしは、好きな相手とこうする。気持ち悪いだろ?」

「いや……悪くない。そうか……でも、ソウジじゃなかったら、気持ち悪かったかもしれないな。『好きな相手と』というのはわかる気がする」

「本当に好きな相手とは、もっと続きがあるんだが……やめて置こう」

「……そうか。ソウジは、好きな人間がいるのだものな」


 俺はうなずきで答えた。

 ヒナはいま、どのあたりにいるのだろうか。

 土地勘が全くない俺には、距離を想像することもできない。

 竜兵とやらから、酷い扱いを受けていなければいいと願うほかはない。


「ソウジは、ここを出たらどこにいく?」

「竜兵の情報を聴きながら、近くの集落を探すしかないな」

「なら……人間の集落がどんな様子なのか、見ることもできるかもしれないな」


 シルフは少し楽しそうだった。

 俺が楽しいのだろうか。だから、シルフが楽しそうに見えるのだろうか。

 いや、少し違う。


「……一緒に来るのか?」

「もちろん、そのつもりだ。どうして、世間知らずの魔法士を、こんな広い世界に放り出すことができる? 一人だと……足を滑らせてここから落ちただけで死んでしまいそうなのに」


 確かに、ここから落ちたら回復する余裕もなく死にそうな気がする。


「……シルフはこの家から離れていいのか?」

「この森はどこでも家のようなものだ」

「勤めがあるのではないのか?」

「魔法士を助けるのがあたしの務めだが、あたしが最初に会った魔法士についていくことが、悪いはずがない。それに……」


 シルフは口ごもった。俺は待った。シルフは少しためらってから、言った。


「一生同じ相手と沿いとげるような動物はほとんどいない。そんなことをしていたら、種族が滅びてしまう。人間だって、例外じゃないだろう? なら……ソウジが……もっと、その先のことをあたしに教えようと思う時がくるかもしれない」


 シルフが人間であれば、告白されていると勘違いするところだ。シルフを人間として迎える男がいるかもしれないが、人間の本性を知っている俺には、率の良い賭けとは思えない。

 シルフの気持ちもわかる。ずっと憧れてきた人間の生活について、俺は否定してしまったのだ。俺が去り、一人になった後で、何を楽しみにしていけばいいのか、わからないだろう。


「言っておくが……魔法士の中でも、俺は弱いほうだと思うぞ」

「それなら気にするな。あたしは、魔物の中でも弱いほうだと思うが、あたしを捕まえられたのは竜兵だけだ」


 つまり、逃げることにためらいがないのだ。俺は可笑しくなり、もう一度、しフルの唇を奪った。シルフにはその意味がわからないらしく、ただ受け入れた。


「どうしました? 美味しい草でもみつけたんですか?」


 むくりと起き上ったアリスは、明らかに寝ぼけていた。


「心配するな。ちゃんと採って来てやる」

「わぁい……むにゃむにゃ……」


 アレスはパタリと倒れた。再び眠りに落ちたのだ。


「……あれはどうする?」


 シルフが尋ねた。お荷物だと思っていることは間違いない。俺は言った。


「あいつは、一人にすると寂しくて死んでしまいそうだ。シルフまでどこかに行ってしまうなら、連れていくしかないだろう」


 小動物は、相手をしてあげないと寂しくて死んでしまうとは俗説に違いないが、話ができるようになったウサギのアリスは、本当に寂しくて死んでしまうのではなないかと思われたのだ。


「そうだな。じゃあ、草を採ってくる。ソウジはここにいてくれ。一人の方が速い」


 言うと、シルフは木の洞から身を乗り出した。飛び降りる直前で、俺を振り返った。


「どうした?」

「勝手に出ていこうとしても無駄だぞ。あたしはすぐに追いつく」

「そんなことはしないよ」

「嘘つけ。今朝はそう考えていただろう」


 シルフは俺を睨みつけると、顔を寄せた。


「……すまない」


 俺が旅に出ると言えば、二人はついてくるのではないかとは考えていた。二人を巻き込みたくなかった。旅をする理由は俺にしかないのだ。

 だが、シルフにはばれていたようだ。シルフがこうして二人きりで話す時間をつくってくれなかったら、俺は勝手に旅に出たかもしれない。その時は、シルフは俺を恨み、俺を追おうとはしなかっただろう。


 シルフは唇を尖らせ、俺の真似をした。

 俺の唇を奪ったのだ。俺がさらに舌を伸ばしてシルフの唇を舐めると、シルフはやや驚いた顔をしながらも、楽しそうに宙に舞った。

 空を飛べるわけではない。途中で木の枝につかまるのだ。


「えっ? 行きますよ。どうして私が、あなたたちを見捨てるだなんて思ったんですか?」


 俺とシルフが一緒に旅に出ると知ったときの、白ウサギ、アリスの反応である。

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