159 ドラゴンが支配する世界の終焉
俺は、岩をくり抜き、穴をあけ、這い出した。
俺が異世界に旅立った時には、綺麗な泉のほとりの洞窟だったが、泉は存在せず、植物も育たない荒れ果てた土地となっていた。
石積みの階段があった。
俺は、階段の中央をくり抜き、這い出した形になったようだ。
眼下に、赤黒い大地が広がる。
とても、荒涼とした土地だった。そう変わってしまったのだ。
穴から這い出た俺の前に、人間と同じぐらいのサイズのドラゴンがいた。
ドラゴンと呼んでいいのだろうか。直立し、服を着ている。
ただ、顔立ちや姿勢に四つ足の名残があり、背中には翼が生えている。
異形の存在だが、俺は見覚えがあった。
「……ドラゴンロードか?」
「おお。ソウジよ、戻ったか。戻るとは思わなかった」
「……どうして、俺が戻るとは思わなかったんだ?」
ドラゴンロードは、竜王に継ぐ力を持ち、地位にある。
俺が異世界に旅立つ時に、その地位にいるのは、世界に一人しかいなかったはずだ。
「それはそうだろう。ダンジョンの内部とこの世界では、時間の流れ方は変わらない。ソウジは、そう言ったはずだ」
「……ああ」
俺は、言った記憶がなかった。忘れているだけだろう。似たようなことは言った。ダンジョンの中に千年いる間、こちらの世界で千年が経過していたといえば、誰でもそう考える。
「人間のその体で生きられるのは、精々千年程度だろう」
「……いや。百年とは体がもたない」
随分、人間の体を過大評価しているようだ。ドラゴンロードの口ぶりからは、千年しか生きられないというのは、あまりにも短い寿命なのだろう。
「ならば、なおさらだ。ソウジ出て行ってから、3万年が経過している。ソウジが3万年を生き続けることができない以上、死んでいるとみなすのは当然だ」
「3万? まさか……そんな……」
俺は絶句した。
以前攻略したダンジョンで、一万年もの時間を遡ってしまった。
それは、俺の判断ミスだ。
正確には、何年遡ったのかわからない。
一万年ほどといっても、実際には十万年単位で遡っている可能性はある。
今回、俺は三万年後の世界に戻ってきた。
それは、ほぼ正確に三万年なのだろう。老いることのないドラゴンロードが待っていたのなら、それほどずれているとも思えない。
仮にずれていたとして、三千年ぐらいだろう。
俺が遡るのに、ものすごく苦労したのが千年だ。
俺は、絶望しながら尋ねた。
「……よく、俺がこのタイミングで戻るとわかりましたね。ああ……異世界を覗けるんでしたか?」
「……確かに、わしはダンジョンの中を覗くことはできるが、正確に見たい場所を見られるわけではない。ソウジがいつ戻るのか、予見することは難しい。だから……わしは、ずっと待っていたのさ」
ドラゴンロードは言った。
それが、当然のことであるかのように言った。
「……3万年間、ずっとここで?」
「ああ」
「ずっと、動かずに?」
「そうだな」
「なんで、そんな……」
3万年を動かずにいる。そんな話を、どこかで聞いたような気がした。
俺は思い出した。
攻略したばかりのダンジョンで、金色の小ドラゴンと同じ話をしたのだ。
「ソウジは、すでに四つ、竜王の魂の破片を回収した。その魔法士が、戻ると言ったのだ。それを信用できなくてどうする」
「……でも……ドラゴンロード、ずっと移動できないのでは、色々なことで困っているのでは……」
「3万年、ずっと困り続けていると思うか?」
ドラゴンロードは、鼻の穴から炎を覗かせた。
笑っているような気がする。ただ、恐ろしい顔つきが変わらない。
「では……どうやって、移動を?」
「移動はしていない。わしはな。ただこの場所は、この世界のあらゆる機関の中心となっている。すでに五つ目のオーブは壊れた。全ての力がこの地に集うように、わしが細工をした」
「……なるほど。では……綺麗な泉があった場所が、荒野に変わったのは……」
「変わったのではない。変えたのだ。木々は薙ぎ払った。三万年という年月は、植物が自我を持ち、われらドラゴン種に反旗を翻すのに、十分な時間だったのだろう」
ドラゴンロードは静かに言うと、再び鼻から炎を覗かせていた。
「では……この世界には、植物はいないのか?」
「そうではない。我らに反旗を翻したのは、大木たちにすぎない。大部分の草や苔、藻や黴は、変わらず仕えている。もちろん……全てを焼き尽くしたのではない。大木たちの天敵、キノコの群れをけしかけたのだ」
ドラゴンロードは、くっくと笑う。
大木たちに襲いかかるキノコの群れを想像し、静かな戦争だったに違いないと俺は不思議な気持ちになった。
ドラゴンロードは荒っぽく、植物を薙ぎ払ったと言うが、実際には一万年ぐらいをかけた、静かな戦いだったのではないだろうか。
俺は、本題に入った。
「俺は……元々いた時代に戻りたいんだ。最初、千年後の時代に出た。ダンジョンを攻略し、一万年前に戻ってしまった。それから、三万年が経過しているのなら、二万年遡りたい」
ドラゴンロードは、俺をじっと見つめた。
大きく澄んだ瞳だが、3万年間ほぼ動かなかったということは、他者を使役してきたということだ。
純粋な心の持ち主のはずがない。
ドラゴンロードは言った。
「どうして、元の時代に固執する? 以前にも言ったが、ダンジョンには全てがある。また、二万年を遡る方法があるダンジョンを探せばよい。だが……人間にとっては、数百年といえどずれてしまえば、元の時代ではないのだろう?」
「当然だ。一年も、ずれてほしくない」
「ならば……それは無理だな。一万年単位で移動しているのに、一年もずれずに元の時代に戻ることは不可能だろう。よほど、自在に時間を行き来する異世界があるば別だが」
「……二万年が経過しているんだ。それぐらいの時間移動の方法は、いろんな世界で発明されているんじゃないのか?」
「……逆だな。多くの世界で、文明が滅んでいる。文明が滅んでも、竜王の魂のかけらがある限り、その世界は滅びることができない。それこそが、竜王を殺そうとした混沌への報復なのだから」
俺は憤った。飛び上がって抗議した。
「俺は、3万年かけて、オーブを壊した。その間に、たくさんのオーブが壊されて、ダンジョンはもうなくなっているんじゃないのか?」
ドラゴンロードは表情を動かさず、声音も変えずに答える。
「それは……ソウジ以外の魔法士が、オーブを壊しているはずだということだな?」
「ああ。そうだ。ダンジョンの数は、全部で108なんだろう? 俺1人だけのはずがない。他の魔法士が、オーブを壊しているはずだ」
「わしは……五つ目のオーブが壊れたのを確認したと言ったはずだ。ソウジ以外に、オーブを壊せる者がいれば、わしが3万年もこの場に止まることはあり得ん」
それは、その通りだろう。
俺は、ドラゴンロードの言葉の正しさに頷かざるを得なかった。
「じゃあ……他の誰も……オーブを壊していないし……俺が、壊すべき異世界はまだ、たくさんあるんだな?」
「そうだ。先ほどの、わしの質問に答えていないぞ。どうしてソウジは、元々いたという時代に戻りたいのだ? 元の時代に戻って……元の世界に戻るつもりか? 地球と……その世界のことを呼んでいるのだったな……」
「ああ……そうじゃない」
俺は、どうしてドラゴンたちが、これまでに俺の望みを聞いてくれたし、俺だけが竜王の魂を取り戻すことに役立っているのにも関わらず、目的にあった異世界に行かせさもらえないのか、理解した。
ドラゴンたちは、唯一、オーブを壊してこの世界に戻ってくる俺が、地球に戻りたがっていると勘違いをしているのだ。
地球上で、百年違えば全く違う世界だ。
ドラゴンたちは、役に立つ俺を手放したくないのだ。
「……この世界で、好きになった娘ができた。その娘に会いたい。それだけだ」
「なるほど。承知した」
ドラゴンロードは応諾した。
だが、俺はより不安になった。
俺の目的を、笑いも疑いもせず肯定した。ドラゴンたちにとって、俺の願いは異常ではないのだろうか。
俺が不安に思っていると、ドラゴンロードは高く咆哮した。




