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異世界には村もなかった  作者: 西玉
第3章 1000年後

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154 見知らぬ惑星2

 俺は、魔法の石板のマップ画面を呼び出した。

 俺自身の位置とオーブの位置が表示される。

 まだ遠くに感じるが、これまでの宇宙の果てにあったような位置から考えれば、十分に近い。

 おそらく、同じ惑星の中にある。


「この星のどこかだ」

「遠いんだか近いんだか、わからんのう」

「どこだ? ここは?」


 ベティアと小ドラゴンが魔法の石板を覗き込んだ。


「方向としてはあっちだな」


 俺が指差すと、その方向は島の中央の方向で、海が見渡せた。

 つまり、七色サンゴの宇宙船は、簡単に見渡せるほどの小さな島に落ちたのだ。


「海の向こうか? やれやれ。濡れてしまうのう」


 ベティアが、長いスカートの丈を捲り上げて調節した。俺には、ベティアの意図がわからなかった。


「なにをするつもりだ?」

「決まっておる。歩くのじゃ。オーブを壊さねば、別の世界に行けんじゃろう。この世界に居座って、サンゴたちが人間に進化するのを待つよりはましじゃ」

「海の上を歩けるのか?」

「それは無理じゃな。じゃが、海底を歩くのなら問題ない」


 ベティアは足を見せる。裾を捲り上げただけで、濡れなくなるわけがない。


「おいらも平気だよ。息をする必要もないからな」


 小ドラゴンは金色に輝きながら飛び回る。

 もともと、小ドラゴンの心配はしていないが、俺はかろうじてそうは言わなかった。


「でも、俺は無理だ。海を渡るほど泳げないし、海底を歩くこともできない。呼吸できないと、数分で死ぬんだ」

「よく、そんな脆弱な体で、この世界に来たな」


 小ドラゴンに同じことを言われたのは、1度や2度ではない。


「……オーブを壊せば、元の世界に戻れると思うんだ。ベティア、ちょっと行って、壊してきてくれないか?」


 俺が言うと、ベティアは露骨に嫌そうな顔をした。


「向こうの方、としかわからんのじゃろう。オーブって、妾が持っていたものと同じじゃろう。角度が一度でもずれれば、数百メートルはずれる。しかも、地上に転がっているとは限らん。見つけられるとは思えん」

「……そうか。俺も、同意見だ」


 俺が言うと、ベティアが俺の足を蹴飛ばした。それなら言うなという意味だろう。

 小ドラゴンは俺の頭上に乗っかって翼をたたんだ。


「この世界に、突然色々な宇宙船が現れたらしい。わしがこの世界にきたのも、多分おんなじタイミングだ。わしは、この世界の宇宙の中心にいた。その前のことは覚えていない。オーブが原因なら、そのオーブがあることで、はっきりした変化が起きているだろう。近づけば、わかるんじゃないか?」


「なるほど……その可能性はあるが……では、どうやって海を渡る?」

「知らん」


 小ドラゴンが俺の頭の上で翼をたたみ、首を曲げて丸まった。


「まあ、この島を横断して向こう側じゃろう。行ってみようではないか。確かに海が広がっているが、ひょっとすると、この星の海はひどく浅いかもしれんぞ」


 ベティアは、両手で水深の浅さを表現した。

 確かに、それならベティアがスカートの裾を捲り上げた理由も納得できる。


「ほんとうに、そう思うか?」

「まあ、そんなはずがないじゃろうな。じゃが、ここで唸っているよりもましじゃろう」

「だといいがな」


 俺は応じると、頭に乗せた小ドラゴンを落とさないように気を使いながら、小島の中央に向かって歩き出した。


 ※


 30分も歩くことなく、島を横断した。

 島の中央に申し訳程度の林があるが、見たことのない植物だった。 

 草を見るとウサギのアリスを思い出すが、俺はアリスを出さなかった。

 アリスが喜ぶほど草の量がなく、美味しそうだと思うどうか、自信がなかった。


 アリスを呼び出すのは、あの自慢の耳を頼る時だろう。

 俺は思いながら、島を横断した。

 初めから、視界には見えたままの海に着いた。

 島の反対側の海と、何も変わらない。


「おおっ、やはり、こっちにきて正解じゃったな」


 ベティアが嬉しそうに海に入る。


「正解って、何がある?」

「見ておれ」


 俺の頭の上で丸くなっていた、小ドラゴンが言った。

 ベティアがばしゃばしゃと海の上を歩き、驚いたことに、歩き続けた。

 吸血鬼は、流れる水の上では力を失うという伝説が、俺の元々いた世界ではある。


 そのため、船の上に乗せられた棺の中に吸血鬼がいても、海に浮かんでいる間は安全だというものだ。

 だが、異世界の吸血鬼にその伝説が通じるとはかぎらず、何より吸血鬼の王であるベティアにそんな弱点があるとは思えない。


 ベティア自身も、海の底を歩くのだと言った。

 だが、現在ベティアは海の上を歩いている。


「おーい、ベティア、どうやっているんだ?」

「どうもこうもあるまい。ソウジも来い。どこまで行けるかは、妾もわからんがな」

「来いって……」


 俺は、海を覗き込んだ。

 すると、ベティアが歩いていった海の中に、道があるのがわかった。

 俺は靴を脱ぎ、海に足を沈めた。

 足が途中で止まる。

 ざらざらとした何かを踏んだ。


「……サンゴか?」

「ああ。そのようじゃな」

「だ、大丈夫なのか?」


 俺は、両足を踏み出した。

 俺の体重を支えている。

 サンゴは、木の枝のような姿をした、海中の生物だ。

 だが、俺が乗ったのは、サンゴの破片で構成された、海中の道だった。


 サンゴは、俺の認識では赤い。宇宙船の中では、七色に光っていた。

 だが、海に沈んだサンゴたちは、白かった。

 白化という現象を、俺は知っていた。

 白くなったのは、サンゴの死体だ。


「……サンゴの墓場か?」

「そんないいもんじゃない。この星の支配者がサンゴたちだが……サンゴたちは死んだ者は栄養としてしか存在を認めない。吸い取る栄養もなくなったから、ただここに捨てているうちに、海流にならされて道になっただけだ」

「……ただの偶然か?」

「そうだな」


 黄金の小ドラゴンは、まるで何千年もこの星を見続けていたかのように言った。


「あんた……この世界に何年いる?」

「わからないな。ただ……わしが目覚めた時には、何もなかった。白い爆発が起きて、さまざまなものが誕生した。この星は、宇宙の端だ。わしが、宇宙の外から見るのに飽きて、内側に入ったとき、一番近くにあった星がこれだから、随分長いこと観察していた」


 俺は、誤解していたことに気づいた。

 何千年と観察していたのではない。間違いなく、何十億年と観察している。


「この世界ができる前からいたのかもしれないんだろう。そんな存在が、俺と一緒に別の世界にいって、大丈夫か?」


 俺は、サンゴの上を恐々歩きながら言った。


「大丈夫さ。言っただろう。世界ができる前から、わしは居た。わしが居ようが居るまいが、世界はできたのだ。居なくなったところで、問題など起こりようがない」

「……そうか」


「それに、ソウジといると退屈しない。ずっと氷漬けでいた数万年すら、眺めていると飽きなかった」

「……あまり嬉しくはないが……」

「そうだろうな」


 小ドラゴンは、俺の頭の上で楽しげに羽ばたいた。

 体を起こし、立ち上がるのがわかったが、姿勢を変えただけで飛びもせず、元の体勢に戻った。

 寝直したのだ。


「ソウジ、サンゴがなくなる」


 はるか前で、ベティアが言った。振り返り、手招いていた。


「そこからどうする? 俺は、泳げないぞ」


 泳ぐことはできる。だが、見渡す限り海しかない。

 泳ぎ続けられはしない。その意味で、俺は無理だと言った。


「心配ない。乗せてくれるそうじゃ」

「何に?」

「聞いておる」


 引き返したくなったが、ベティアが手招いている。

 俺が警戒しながら近づくと、ベティアの背後に、ぷるりとした生物が立ち上がった。

 巨大なナマズのようにも見えるが、もっとずっと原始的で、ただ丸い柱のようにも見える。


「噛みつかないか?」

「噛むはずがなかろう。歯がないからな」


 立ち上がった丸みを帯びた柱に、黒い穴が空いた。

 それがどうやら口らしい。


「行こう。気のいいやつだ」


 俺の頭の上で、小ドラゴンが言った。


「知っているのか?」

「種族としてはな。五万年以上、姿を変えていない。性質も変わらないだろう」

「……だといいが」


 俺は、ぼやきながら、ぬめぬめとした巨大な生物に飲み込まれた。

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