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異世界には村もなかった  作者: 西玉
第3章 1000年後

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153 見知らぬ惑星 ~遥か未来で~

 俺が目覚めたのは、砂浜だった。

 海があり、波が打ち寄せる。

 何もない。そう思ってから、俺は自分の感想が間違いだったと知った。


 俺の背後に、巨大な質量があった。

 大きなサンゴ、つまり俺が乗っていた宇宙船が、俺の認識とは上下が逆に、砂地に突き刺さっていたのだ。


「……なんだ? これは……」


 俺は、何が起きたのか思い出そうとした。

 直前の会話を思い出す。

 俺を、凍らせて眠りにつかせようと言っていたはずだ。


 ただ、凍った後、目覚めさせる方法ははっきりとしなかった。溶ければ目覚めるのではないかという、曖昧なものだった。

 俺は抵抗した記憶があるが、結果として、小ドラゴンの冷たそうなブレスと同時に記憶が途絶えていた。


 俺は、凍ったまま宇宙旅行をしていたのだろう。

 砂浜と海に囲まれた場所で、俺は目覚めた。


「ベティア! ドラゴン!」


 俺は叫んだ。

 ベティアも、同時に凍っていたはずだ。

 ただ、もともと体温がないベティアは、凍ったところで意識を失わないかもしれない。凍ったままでも動けるのかもしれない。


 俺を置いて、どこかに行ってしまったかもしれない。

 俺が不安になって叫ぶと、砂浜に突き刺さった宇宙船から、白い人影が飛び降りた。

 砂ほこりを巻き上げ、小さな人影が降り立つ。


「おお。起きたか。そのまま死んでしまうかと思ったぞ」

「ベティア、ここはどこだ? 何が起きた? ベティアは……いつから目覚めていた?」

「質問が多いのう。何が起きたのかは、妾もわからん。妾は、この宇宙船が墜落した時に目覚めた。その時は、まだ氷の中じゃったがな。凍ろうが凍るまいが、眠りたいだけ眠るのが我が一族じゃ」


 不死の魔物の最たる存在だとはいえ、ベティアの言葉は真実ではないだろう。

 いつまでも眠り続けられるなら、渇きに苦しむ者などいないはずだ。


「ドラゴンは?」

「はて。さっきまでいたがのう。それより、ここはどこかと聞きたいのは妾じゃ。ソウジが起きるのを待っておった。ソウジがちっとも起きないから、溶けやすいように太陽の元に置いたのじゃ」

「ああ……なるほど」


 俺が宇宙船の中から出ていたのは、凍っていた俺を溶かそうとして、ベティアが運び出した結果らしい。

 俺は、魔法の石板を取り出した。

 マップ画面を表示させる。


「……オーブが近いな」

「ほう。といっても、光の速度で何年もかかるか?」


 宇宙を旅してきた感覚のままだと、近いと言っても何光年ということもある。

 だが、この場合は違った。


「いや。たぶん……この星にある」

「なら、目と鼻の先じゃな」


 宇宙を旅しなければならない状況から考えれば、その通りだろう。

 最も、この惑星の大きさがわからない。

 重力の感じ方からいって、俺の知る地球とそれほど違わないと思うが、実際のところはわからない。


「だが、海がある。どうやって海を渡る?」

「決まっておる。泳ぐか、歩くかじゃ」

「……どっちも無理だ」


「……ふむ。しかし、まずは腹ごしらえじゃ。ソウジ、目覚めたということは、凍っていた体内の血も溶けたな?」

「俺も食べないと……血を造れないな」

「ちっ、仕方ない。海があるのじゃ。食物ぐらいあるじゃろう」


 ベティアが海に向かう。俺は止めようとした。全く違う惑星だ。海の生物が、食べられるとは限らない。

 俺が止めようとした時、ベティアの目の前で、海から水柱が立ち上がった。

 ベティアが飛びすさる。

 その場所に、光を反射させて眩いばかりの、小さなドラゴンが飛び出した。


「ようやく捕まえた。ソウジも起きたな」


 小ドラゴンだ。

 ドラゴンの後から、空中を舞って落ちてきたのは、細長いぶよぶよとした物体だった。

 見た目で俺が知る最も近い生物は、ナマコだ。


「ドラゴン、何があった? 俺が凍ってから、どのぐらい経っている?」


 砂浜に放り出された巨大ナマコといい、聞きたいことは山ほどあったが、まずは俺がどのぐらい凍っていたのかが知りたかった。


「長く寝ていたよ。何が起きたのか……言わないとわからないか?」


 小ドラゴンはベティアを見た。ベティアは答える。


「宇宙船が落ちた」

「その通り」


 ベティアの答えに、小ドラゴンが大きく首を縦に振る。


「いや。それはわかる。問題は、何が起きて、こうなったかだ」

「それ、重要か?」

「つまらんことを気にするな」


 小ドラゴンとベティアは口々に言う。気が合いそうだ。

 俺は、詳細を聞き出すのは諦めた。

 ただ、尋ねた。


「七色サンゴはどうしている? まだ、宇宙船の中にいるのか?」


 俺が逆さになった宇宙船を指差すと、小ドラゴンは、まるで初めて気がついたように前足を打ち合わせた。


「無事といえば無事だな。中にいた連中は、全て海に戻って行った。この星に動物が現れれば、もう宇宙に出ることはないだろう」


 小ドラゴンの言葉に、俺は首を傾げた。


「この星に……サンゴ以外の動物はいないのか?」


 サンゴが動物か植物かという問いに触れたくなかったので、俺は言葉を濁して尋ねた。

 小ドラゴンは言った。


「いると言えばいるが、いないと言えばいない」

「曖昧だな。『いると言えば』というのは、どう言えばいることになるんだ?」

「動物になる前の、細胞がまだ生まれていない。海に栄養は満ちたから、自然に生まれるのを待つだけだ。だが……それがいつ起きるのかわからない」


「『いないと言えば』というのは?」

「永遠に生まれないかもしれない」

「その状況で、どうして先にサンゴが発生したんだ?」

「世界に変容が起きたのだ。異世界から、何か飛んできたんじゃないかな」

「ああ……なるほど」


 俺は納得した。

 俺がどれだけ寝ていたのかわからないが、世界に起きた変容には心当たりがあった。

 俺が立ち会ったのだ。

 俺が送り込まれた世界で、竜王が自分の魂を分散させて異世界に送った。

 俺は、それを回収しているのだが、竜王の魂であるオーブは、各世界に様々な変容を引き起こしていた。


「でも……俺がこの世界に来たのは、異世界からの変容が起きてすぐだったはずだ。その時には、もう宇宙船で飛び回っている奴らがいたぞ」

「世界単位で見れば、時間というのは曖昧なものでな。異世界に変容を起こした直後にその世界に行ったにしても、変容はずっと前に起きたことになっているということもあるだろう」


 一つの世界の主人だったという吸血鬼王が口添えする。

 俺は混乱した。


「時間が曖昧なら……俺が行きたい時間に行くのに、どうしてこんなに苦労するんだ?」


 ベティアが俺を見る。姿は幼女だが、その目は少なくとも数百年を生きて、世界の変容を見つめてきた。

 普段は暴れることしか能が無さそうなのに、俺を憐んでいるように見える。


「数億年の時間軸の中で、たった数年……狙った数ヶ月に行き着きたいということが、いかに無茶なのかを知るべきじゃな。ソウジは、未来に行った。それだけならよい。元の時間帯に戻りたいなら、戻ればよかった。じゃが、過去に戻りすぎた。元の時間に戻っても、目的が消えているかもしれんぞ」


「目的が消える?」

「そもそも、どうしてソウジは元の時間に戻りたいのじゃ?」

「……好きになった女がいる。その女を助けたかった。だから、俺はあの世界のドラゴンたちに言われて、異世界のオーブを壊している」


「その女が、そもそも産まれていないことになっとるかもしれん。妾とて……人間の生き血を啜りたくてソウジについてきたのに、いくのは人間がいない世界ばかりじゃ」

「難儀だなあ」


 小ドラゴンがぼやいた。


「……ヒナが産まれていないことになったなら……また生まれるように、過去に戻るさ」

「ソウジは、その女のことをどれだけ知っておる? その女の両親はどこから来た」

「……知らない」


 思えば、俺はヒナのことをそれほど知らなかった。

 ヒナの人となりや外見や癖はいくらでも知っている。

 だが、孤児の集落と呼ばれる閉鎖的な空間で、蔑まれて生きてきたこと以外、ヒナの過去を知らなかった。


「それで、どう過去を変えれば、その女がいたことになるのか、わかるのか?」

「何度でも、やり直すさ」

「その前に、多分オーブを壊し切るんじゃないか? オーブだって、無限にあるはずがないだろうしな。でも……ソウジが好きな猿がいないことになっているかどうか、戻ってみないとわからないだろう」


 小ドラゴンが言ったが、俺は同意できなかった。


「ヒナは猿じゃない」

「ソウジ、ドラゴンから見れば、二本足で歩くものは全て猿じゃ」


 ベティアの言葉に、俺は種族としての感覚の違いを思い知らされた。

 俺は首を振って、悪い想像を払拭しようとした。


「この宇宙船は、サンゴが作ったんじゃないのか?」


 俺は、逆さに突き立った宇宙船に向かう。

 形がサンゴ型だったので、サンゴたちが作り上げたものだと思っていたが、俺が会ったサンゴたちが、こんなものを作れたとは思えない。


「宇宙船は、誰も作っていないな。わしが突然この世界に出現したように、宇宙船が突然現れた。これも、世界の変容だろう」

「……あんたも、突然現れたのか?」


 俺は、宇宙船と金色の小ドラゴンを見比べた。


「ああ。突然、何もない宇宙にいた。この星で、与えられた宇宙船が何かもわかっていなかったサンゴたちに力を貸して、飛べるようにしてやった。その当時は、死霊たちすらいなかったから、宇宙旅行は退屈していたがな」

「この世界……進歩なんかしていないじゃないか」


 俺は脱力して膝をついた。


「ダンジョンに入る前に、どんな世界かはわからんのじゃろう?」

「この世界は別だ。ドラゴンロードに聞いたんだ。宇宙船が飛び回っているような世界がいいって。だから……あっ……」


「どんな方法で手に入れようと、宇宙船が飛び回っている世界ではあったのう」

「……そうだな」


 別に、ドラゴンロードは間違っていなかったのだ。

 ドラゴンロードも、108あるはずのオーブが、すでに四つ壊れていたことに首を傾げていた。

 時間は、ベティアの言うように曖昧で、捉え難いのかもしれない。

 俺より遥かに知能も力も強い、ドラゴンロードですら把握できないほどに。


「……オーブを探すか」


 俺は言うと、あらためて魔法の石板を手にした。

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