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異世界には村もなかった  作者: 西玉
第3章 1000年後

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152 氷結のブレス

 金色の小ドラゴンがどうやって動力を供給しているのかといえば、小ドラゴンの体に細い繊維のような触手が伸びている。

 伸びた先は、壁の凹凸である。

 壁のサンゴは、まだ生きているはずだ。


 サンゴが触手を伸ばすという話も、俺は聞いたことがない。

 俺が知るサンゴとは違うのだろう。

 俺の知るサンゴは動物だし、七色もしていない。

 陸上で生活できないし、そもそも歩かないし、話もしない。


 宇宙船を支配することもない。

 サンゴに似ているし、サンゴと呼んでいるが、別の生物だ。

 俺は金色の小ドラゴンに案内され、宇宙船の内部を巡った。小ドラゴンが移動すると、別の壁から別の、似たような触手が伸びてくる。


 宇宙船から出なければ、小ドラゴンがどこに居ようが支障はなさそうだ。

 いくつかの部屋に通されたが、どの部屋も、同じような凹凸で覆われている。機械も操縦装置もあるが、サンゴに覆われているので、それがなにか、わからない。


「この船、誰が動かしているんだ?」

「サンゴたちだ。言っただろう。サンゴ自身でさえ、意識が個々のものか全体の共有か、判断できていない。サンゴたちは、宇宙船の隅々まで熟知している。わしがエネルギーを供給することで、効率的に旅することができるのだ」


「……この世界では、知的生命体は集団で意思を共有する傾向があるんだな」

「ああ。そうなるな」


 宇宙船の通路を歩きながら俺たちは話していた。ベティアは話に加わらず、時々壁を剥がしては手の中で潰している。

 サンゴたちが何も言わないので、痛いというわけでもないのだろう。


「どうして、ドラゴンのような存在が発生しているんだ?」

「……その世界にいる存在に、どうして生まれてきたのかと聞いて、理解している奴がいるものか」

「それはそうかもしれないが……」


 この世界で、強者と思われる知的生命体を知るほど、小ドラゴンの存在は歪に感じる。

 ただし、ドラゴンの言うとおり、その世界の存在に、どうして生み出されたのか聞いても、答えられないだろう。

 俺は考えるのをやめようとしたが、口を開いたのはドラゴンだった。


「この世界で生まれた者は、種族単位で見ると、ほぼ同等の力を持っているようだな。他の世界でどうなっているのかは知らないが、個々の力が弱い種族は、数が多い。動くことができない種族は、考えることが得意で、意思を統一することも多い。わしは……ただ1人で一種族として存在した。我は卵から孵ったが、卵を産んだ存在に会ったことはない」


「この世界で唯一にだからこそ、最強の存在か……」

「見直したか?」


 ドラゴンが俺の肩の上でふんぞりかえる。俺は言った。


「もともと、見損なってはいないよ。俺が来た世界では、ドラゴンは支配者だった。山のように大きなドラゴンもいるが……その世界では、ドラゴンは力を増すほど、脱皮して体が小さくなっていく。最も強いドラゴンロードは、俺と変わらない大きさだった」


 俺は言いながら、ドラゴン王は巨大だったことを思い出した。

 あれはなぜなのだろう。

 俺が考え出すと、小ドラゴンは体の割に長い尾をぶんぶんと振った。


「ほうほう。それは、ますます興味が出てきたな。その世界では、わしはまさにドラゴンの王となるか?」

「王となるかどうかは、わからないが」


 俺がそう言った時、通路は行き止まりになった。


「この先で、外を見られる」

「そうか」


 俺が取手に触れるが、動かなかった。

 ベティアに譲る。

 ベティアの手で取手が動く。ばりばりという騒音が上がった。


「何か詰まっていたようだな」

「サンゴだろう」


 俺が言うと、ドラゴンが答える。

 ベティアがそのまま、扉を押した。

 その部屋も、七色のサンゴに覆われたごつごつとした部屋だ。


 ただ、正面にモニターらしいものがある。

 ガラスの窓ではないだろう。

 外の景色が映っているのだとすれば、俺の期待とは全く違った。

 外は宇宙ではなく、不可解な色がまだらに混じりあった、気持ち悪い光景だった。


「……ここは……どこじゃ?」


 ベティアも顔をしかめる。


「空間を歪めて航行している最中だ。空間が捩れて、さまざまな色に発行しているのだ」


 ドラゴンは、俺の肩を蹴ってばたばたと飛んだ。

 空中で静止する。


「ワープとか……俺が思っているようなものだろうな。あの星から、目的までどれぐらいかかる?」

「最速で5000年というところだろうな」

「なっ!」

「長いのう」


 俺が絶句し、ベティアがぼやいた。

 小ドラゴンは言った。


「宇宙は広い。空間を歪めて短縮したところで、ある程度の時間はかかる。だから、サンゴたちがあれほど遠くまで旅をすることができた。他の生物のほとんどは、途中で命が尽きる」

「サンゴは……5000年を生きられるのか?」

「ソウジ、お前は?」


 小ドラゴンが俺に尋ねた。

 大真面目だ。金色の小ドラゴンは、間違いなく5000年程度は生き続けられるのだ。


「長く生きて、50年ぐらいだろう」

「……嘘だろう。どうしてそんな短命な種族が、宇宙船に乗っているんだ」


 呆れるように言った小ドラゴンの言葉に、俺は選択した移動方法が間違っていたと考えざるを得なかった。


「ソウジ、どうするのじゃ? このまま船に乗っていては、オーブに辿り着く前に年老いて死ぬぞ」


 ベティアが言った。まさにその通りなのだが、他にどうしようもない。


「もっと、早く移動する方法はないのか?」

「当然、宇宙船によって航行速度は違うが……たった50年で行き着くには、遠すぎるぞ」


 小ドラゴンがばたばたと翼を動かす。


「……もともと、無理なことだったか……確実に攻略できる方法を、ドラゴンたちが用意しているはずもない。連中は、異世界に中身までは詳しく知らないんだ。せめて……コールドスリープ装置でもあれば……」

「それはなんだ?」


 小ドラゴンが、体の割に長い首を揺蕩わせる。

 人間であれば、首を傾げているといったところだろう。


「冷凍睡眠装置じゃな。理屈だけは知っていた。妾の世界では、餌が少なくてな。餌が増えるまで、寝て過ごそうとした者が何人もいた」


 ベティアは、世界の支配者の地位にいただけあり、奇妙なことを知っていた。


「それで、実用化されたのか?」

「わからん。寝た奴を起こした例がない。そもそも……妾の同族が一斉に眠らなければ、餌が増えるはずもない」


 ベティアの言う餌というのは、人間だ。


「なら、どうしたその一部は睡眠に入ったんだ?」

「生き血をすすれずに過ごす時間が、よほど苦痛だったのじゃろうな」

「凍った者を起こす方法があるのか?」


 突然尋ねたのは、小ドラゴンだった。

 ベティアは頷いた。


「溶ければ目覚めるじゃろう」

「もっと、科学的な分析は……」

「科学とは、失敗を繰り替えして真実を推測するものじゃろう? 失敗した者は大抵死ぬから、正解は常に推測じゃ」


 ベティアが言ったのは暴論に違いないが、俺は否定できなかった。


「……俺で試して、失敗したらどうなる?」

「そもそも、試すことができるのか?」


 確かに、俺を凍らせる方法がなければただの空想だ。


「できるぞ。我のブレスで、数千年どころか数万年は凍り付かせることができる」


 小ドラゴンが宣言した。


「なら、決まりじゃな」

「ちょっと待ってくれ。もっと、慎重に……」

「慎重に何十年検討したところで、結果は変わらんぞ」


 ベティアの言うとおりなのだろう。俺は、小ドラゴンに尋ねた。


「俺が起きる必要がある時は、誰が起こしてくれるんだ?」

「我が氷を溶かす」


 黄金の小さなドラゴンが、口から炎を出した。


「数万年間、あんたは何をしているんだ?」

「なにもしていないだろうな。大部分、寝てすごす」

「この宇宙船を支配している七色サンゴたちが、それを許すか?」


「目的地に着くまで凍らせておくというのに、邪魔するはずがない」

「決まりじゃ」

「ベティアはどうする?」

「心配するな。妾も一緒に凍っておく。寂しくはないぞ」


 ベティアが妙なことを言い出した。俺は、魔法の石板を見せる。


「入っておくか? その方が、安全だろう?」


 ベティアが唇を尖らせた。


「逆じゃな。むしろ、この場合は外にいたほうが安全じゃ。そもそも、妾は数万年経とうが何も変わらん。ただ、血も飲めんのに数万年何もせずにいることが辛いだけじゃ。なら、凍っておるほうがいい。ソウジが凍ったまま2度と起きなかった場合、妾はどうなる? まだ、一緒に凍っておる方がましじゃ。ソウジが凍ったまま死んだとしても、妾は死なぬだろうからな」

「……なるほど」


 俺は納得した。

 このまま宇宙船の中で年老いて死ぬか、凍りついて眠って過ごすという賭けに出るかしか、選択肢はないのだ。


「ドラゴン、頼む」

「承知した」


 小さな金色のドラゴンの口が開き、真っ白い冷気が放出された。


 俺はその瞬間、意識を失った。

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