152 氷結のブレス
金色の小ドラゴンがどうやって動力を供給しているのかといえば、小ドラゴンの体に細い繊維のような触手が伸びている。
伸びた先は、壁の凹凸である。
壁のサンゴは、まだ生きているはずだ。
サンゴが触手を伸ばすという話も、俺は聞いたことがない。
俺が知るサンゴとは違うのだろう。
俺の知るサンゴは動物だし、七色もしていない。
陸上で生活できないし、そもそも歩かないし、話もしない。
宇宙船を支配することもない。
サンゴに似ているし、サンゴと呼んでいるが、別の生物だ。
俺は金色の小ドラゴンに案内され、宇宙船の内部を巡った。小ドラゴンが移動すると、別の壁から別の、似たような触手が伸びてくる。
宇宙船から出なければ、小ドラゴンがどこに居ようが支障はなさそうだ。
いくつかの部屋に通されたが、どの部屋も、同じような凹凸で覆われている。機械も操縦装置もあるが、サンゴに覆われているので、それがなにか、わからない。
「この船、誰が動かしているんだ?」
「サンゴたちだ。言っただろう。サンゴ自身でさえ、意識が個々のものか全体の共有か、判断できていない。サンゴたちは、宇宙船の隅々まで熟知している。わしがエネルギーを供給することで、効率的に旅することができるのだ」
「……この世界では、知的生命体は集団で意思を共有する傾向があるんだな」
「ああ。そうなるな」
宇宙船の通路を歩きながら俺たちは話していた。ベティアは話に加わらず、時々壁を剥がしては手の中で潰している。
サンゴたちが何も言わないので、痛いというわけでもないのだろう。
「どうして、ドラゴンのような存在が発生しているんだ?」
「……その世界にいる存在に、どうして生まれてきたのかと聞いて、理解している奴がいるものか」
「それはそうかもしれないが……」
この世界で、強者と思われる知的生命体を知るほど、小ドラゴンの存在は歪に感じる。
ただし、ドラゴンの言うとおり、その世界の存在に、どうして生み出されたのか聞いても、答えられないだろう。
俺は考えるのをやめようとしたが、口を開いたのはドラゴンだった。
「この世界で生まれた者は、種族単位で見ると、ほぼ同等の力を持っているようだな。他の世界でどうなっているのかは知らないが、個々の力が弱い種族は、数が多い。動くことができない種族は、考えることが得意で、意思を統一することも多い。わしは……ただ1人で一種族として存在した。我は卵から孵ったが、卵を産んだ存在に会ったことはない」
「この世界で唯一にだからこそ、最強の存在か……」
「見直したか?」
ドラゴンが俺の肩の上でふんぞりかえる。俺は言った。
「もともと、見損なってはいないよ。俺が来た世界では、ドラゴンは支配者だった。山のように大きなドラゴンもいるが……その世界では、ドラゴンは力を増すほど、脱皮して体が小さくなっていく。最も強いドラゴンロードは、俺と変わらない大きさだった」
俺は言いながら、ドラゴン王は巨大だったことを思い出した。
あれはなぜなのだろう。
俺が考え出すと、小ドラゴンは体の割に長い尾をぶんぶんと振った。
「ほうほう。それは、ますます興味が出てきたな。その世界では、わしはまさにドラゴンの王となるか?」
「王となるかどうかは、わからないが」
俺がそう言った時、通路は行き止まりになった。
「この先で、外を見られる」
「そうか」
俺が取手に触れるが、動かなかった。
ベティアに譲る。
ベティアの手で取手が動く。ばりばりという騒音が上がった。
「何か詰まっていたようだな」
「サンゴだろう」
俺が言うと、ドラゴンが答える。
ベティアがそのまま、扉を押した。
その部屋も、七色のサンゴに覆われたごつごつとした部屋だ。
ただ、正面にモニターらしいものがある。
ガラスの窓ではないだろう。
外の景色が映っているのだとすれば、俺の期待とは全く違った。
外は宇宙ではなく、不可解な色がまだらに混じりあった、気持ち悪い光景だった。
「……ここは……どこじゃ?」
ベティアも顔をしかめる。
「空間を歪めて航行している最中だ。空間が捩れて、さまざまな色に発行しているのだ」
ドラゴンは、俺の肩を蹴ってばたばたと飛んだ。
空中で静止する。
「ワープとか……俺が思っているようなものだろうな。あの星から、目的までどれぐらいかかる?」
「最速で5000年というところだろうな」
「なっ!」
「長いのう」
俺が絶句し、ベティアがぼやいた。
小ドラゴンは言った。
「宇宙は広い。空間を歪めて短縮したところで、ある程度の時間はかかる。だから、サンゴたちがあれほど遠くまで旅をすることができた。他の生物のほとんどは、途中で命が尽きる」
「サンゴは……5000年を生きられるのか?」
「ソウジ、お前は?」
小ドラゴンが俺に尋ねた。
大真面目だ。金色の小ドラゴンは、間違いなく5000年程度は生き続けられるのだ。
「長く生きて、50年ぐらいだろう」
「……嘘だろう。どうしてそんな短命な種族が、宇宙船に乗っているんだ」
呆れるように言った小ドラゴンの言葉に、俺は選択した移動方法が間違っていたと考えざるを得なかった。
「ソウジ、どうするのじゃ? このまま船に乗っていては、オーブに辿り着く前に年老いて死ぬぞ」
ベティアが言った。まさにその通りなのだが、他にどうしようもない。
「もっと、早く移動する方法はないのか?」
「当然、宇宙船によって航行速度は違うが……たった50年で行き着くには、遠すぎるぞ」
小ドラゴンがばたばたと翼を動かす。
「……もともと、無理なことだったか……確実に攻略できる方法を、ドラゴンたちが用意しているはずもない。連中は、異世界に中身までは詳しく知らないんだ。せめて……コールドスリープ装置でもあれば……」
「それはなんだ?」
小ドラゴンが、体の割に長い首を揺蕩わせる。
人間であれば、首を傾げているといったところだろう。
「冷凍睡眠装置じゃな。理屈だけは知っていた。妾の世界では、餌が少なくてな。餌が増えるまで、寝て過ごそうとした者が何人もいた」
ベティアは、世界の支配者の地位にいただけあり、奇妙なことを知っていた。
「それで、実用化されたのか?」
「わからん。寝た奴を起こした例がない。そもそも……妾の同族が一斉に眠らなければ、餌が増えるはずもない」
ベティアの言う餌というのは、人間だ。
「なら、どうしたその一部は睡眠に入ったんだ?」
「生き血をすすれずに過ごす時間が、よほど苦痛だったのじゃろうな」
「凍った者を起こす方法があるのか?」
突然尋ねたのは、小ドラゴンだった。
ベティアは頷いた。
「溶ければ目覚めるじゃろう」
「もっと、科学的な分析は……」
「科学とは、失敗を繰り替えして真実を推測するものじゃろう? 失敗した者は大抵死ぬから、正解は常に推測じゃ」
ベティアが言ったのは暴論に違いないが、俺は否定できなかった。
「……俺で試して、失敗したらどうなる?」
「そもそも、試すことができるのか?」
確かに、俺を凍らせる方法がなければただの空想だ。
「できるぞ。我のブレスで、数千年どころか数万年は凍り付かせることができる」
小ドラゴンが宣言した。
「なら、決まりじゃな」
「ちょっと待ってくれ。もっと、慎重に……」
「慎重に何十年検討したところで、結果は変わらんぞ」
ベティアの言うとおりなのだろう。俺は、小ドラゴンに尋ねた。
「俺が起きる必要がある時は、誰が起こしてくれるんだ?」
「我が氷を溶かす」
黄金の小さなドラゴンが、口から炎を出した。
「数万年間、あんたは何をしているんだ?」
「なにもしていないだろうな。大部分、寝てすごす」
「この宇宙船を支配している七色サンゴたちが、それを許すか?」
「目的地に着くまで凍らせておくというのに、邪魔するはずがない」
「決まりじゃ」
「ベティアはどうする?」
「心配するな。妾も一緒に凍っておく。寂しくはないぞ」
ベティアが妙なことを言い出した。俺は、魔法の石板を見せる。
「入っておくか? その方が、安全だろう?」
ベティアが唇を尖らせた。
「逆じゃな。むしろ、この場合は外にいたほうが安全じゃ。そもそも、妾は数万年経とうが何も変わらん。ただ、血も飲めんのに数万年何もせずにいることが辛いだけじゃ。なら、凍っておるほうがいい。ソウジが凍ったまま2度と起きなかった場合、妾はどうなる? まだ、一緒に凍っておる方がましじゃ。ソウジが凍ったまま死んだとしても、妾は死なぬだろうからな」
「……なるほど」
俺は納得した。
このまま宇宙船の中で年老いて死ぬか、凍りついて眠って過ごすという賭けに出るかしか、選択肢はないのだ。
「ドラゴン、頼む」
「承知した」
小さな金色のドラゴンの口が開き、真っ白い冷気が放出された。
俺はその瞬間、意識を失った。




