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異世界には村もなかった  作者: 西玉
第3章 1000年後

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122 チンパンジーの隠れ里

 この世界は、道の舗装をするという感覚はないらしい。

 俺の知る限り、チンバンジーのファルキが操っているのは平地を走るオンロード仕様だ。魔王から与えられたバイクである。


 だが、道は凹凸に富み、上下の振動が凄まじい。

 ファルキは見事にオートバイを操り、最初の休憩を取るために止まったのは、切り立った崖の上だった。


 オンロードのバイクでどうやって崖の上まで登ったのか、チンパンジーに抱きついたままの俺には想像もつかない。

 バイクが止まると、俺はチンパンジーの背中を離して地面に降りた。


「いい景色でしょう?」


 バイクに跨ったまま、チンパンジーはヘルメットを脱いだ。

 首から上は、紛れもなくチンパンジーに他ならない。


「ああ。そうだな」


 丘の上から見たこの世界は、見渡す限りの岩場だった。

 生きていくのには過酷な環境かもしれないが、遮蔽物がなく遠くまで見通せると、それだけで景色がいいと感じるのかもしれない。


「本当に?」

「何が言いたいんだ?」


 揶揄するようなチンパンジーの言葉に、その真意を聞きたくなった。

 チンパンジーは、『キキッ』と漏らしながら答える。


「あなたたち悪魔の一族が世界を汚染する前は、その世界は緑で覆われていたそうね。悪魔たちが汚染した世界では、動物はおろか植物ですら、原始的な種類しか生き残れないわ。魔物が現れて、少しずつ浄化されているけど、どうして浄化されているのかもわかっていないし……世界はまだ汚れたままだわ」


「君は……ファルキだよな?」

「ええ。魔王様と違って、あなたは私たちの見分けができるの?」


 チンパンジーのファルキは尋ねた。

 魔王は、この世界で見た中では、最も俺と外見が近い。

 本人は否定するだろうが、魔王がホモサピエンスと呼ぶ存在に、最も近いのが魔王本人だ。


 あるいは、この世界で最悪の存在に近いために魔王なのだとしたら、俺が悪魔だと呼ばれ続けるのも納得できる。

 ホモサピエンスに近い外見を持つ魔王は、新しい人間たちの見分けが不得意なのだろう。


 俺としても、個々の顔を見分ける自信は全くない。

 単に、この世界で会ったチンパンジー顔がファルキだけだったから、そうなのだろうと思っただけだ。

名前を尋ねたのは、俺の認識よりファルキが賢そうだったので、本人かどうか確認したかったのだ。いわば、失礼な理由である。

 だが、相手の気分を害させる必要もない。


「あまり自信はないけど、ファルキは解る。それより、どうして俺を助けてくれるんだい? 俺を悪魔の一族だと思っているのは、君も同じなんだろう?」

「ええ。否定はしないわ。でも……悪魔は世界を滅ぼしたけど、1人では何もできなかったと言われているの。あなたは、私の兄を倒したわ。格闘技界ではチャンプと呼ばれている私の兄に勝ったのよ。1人では何もできないのではないわ」


「いや……俺は、1人では何もできないよ。お兄さんに勝てたのも、1人じゃなかった」

「『1人じゃない』って、それのこと?」


 ファルキは、俺の左手を指差した。

 地面に降りた時から、つい習慣で魔法の石板を取り出していた。


「ああ。俺とチャンプしかいないはずの場所で、別の誰かがいただろう?」

「でも、それも含めて、あなたの力なのでしょう?」

「……そうだな」


 否定してもキリが無いだろう。

 俺はファルキに尋ねた。


「『勇者』っていのうは、チャンプより強いのかい?」

「ええ。噂では、ドラゴンすら殺すとか」

「……凄いな」


 俺は素直に言葉を失った。

 ドラゴンといえば、俺のいた世界では、世界の支配者だ。

 この世界では、ドラゴンというのは翼のある大きなトカゲでしかないようだ。

 それでも、ひとりで戦って倒すのは、常識的に考えて無理だ。勇者というのは、並の戦闘力ではないだろう。


「ファルキは、魔王の味方なのかい?」

「ええ。そうね。魔物たちなしでは、この世界は浄化できないもの。魔王はなくてはならない存在だわ。でも……それを理解しない人たちがいるの」

「それが、勇者か」


「ええ。ある意味、勇者は崇拝されている。勇者に従う人たちも多いのよ。勇者に近づくためには、守っている連中を突破しなければならない。場合によっては、仲間になる振りをしなくてはならないかも。あなたにできる?」


 チンパンジーが俺を見つめた。

 俺は首を振る。


「俺を仲間に入れようという人間がいるかい? 勇者たちは、俺を悪魔だと思わないのか?」

「……そうだったわね。丘を三つ超えた先に、私の実家があるわ。そこで、作戦を練りましょう」

「俺を連れて行って、大丈夫なのか?」


 ファルキの実家ということは、チャンプの実家でもあるのではないだろうか。

 悪魔と呼ばれる俺が、歓迎される場所があるとは思えない。


「ええ。私と兄は、血がつながっていないわ。私の集落は……ゴリラ族の襲撃を受けて全滅しかけたわ。私は、奴隷にされたの。兄が気まぐれで私を買うまで、私は奴隷として働かされていた。集落の生き残りがいることを知ったのも最近よ。悪魔だからって、殺されはしないわ。だって、私たちの部族にとっては……人間の方が怖いもの」


 悪魔より、人間の方が怖い。

 俺は、元々の世界でも聞いたことがあると思いはしたが、あえて口に出さなかった。


 ※


 俺は、ファルキに教えられてバイクの運転を覚えた。

 複雑な機械ではなく魔力を動力にしている分、操作は簡単だった。

 元々の世界のスクーターのようなものだ。

 ハンドルの操作を間違えると簡単に転倒することも含めて、俺が知るスクーターに似ていた。


 少しの訓練の後、俺は後部に、今度はファルキを乗せてバイクを操り、ファルキの一族が隠れ住むという場所に向かった。

 ファルキはフルフェイスのヘルメットを脱ぐと、俺に渡した。

 顔を隠せという意味はわかった。


 俺はこの世界では悪魔だ。

 隠しておいたほうがいいのは間違いない。

 俺は頭部をすっぽりと覆うヘルメットを被って、バイクを置いてファルキの後を追った。

 背後から見ると、やはりファルキはどう見てもチンパンジーだ。


 正面から、何かが飛んできた。

 ファルキは軽く頭を下げて避けた。

 目の前のファルキが避けるとは思わなかった俺は、胸に矢を受けて倒れた。

 魔王から託された防具は、肩や肘などの関節を覆うものだった。

 胸に当たった矢は、容易に服を破り、肉を抉った。


「ソ、ソウジ? ソウジ、どうして避けないの? 死ぬ気?」


 この世界の人間の能力を甘く見ていた。

 チンパンジーの姿をしたファルキは、五感も身体能力もチンパンジーなのだ。

 ファルキが避けた矢は一本だけだ。飛んできた矢は無数にあった。


 避けた1本以外の矢は、全て掴み取っていた。

 俺は、習慣で出したままだった魔法の石板をタップした。

 生命魔法を起動させ、胸に刺さった矢を引き抜く。

 怪我を癒しながら、地面に伏せた。


「……ファルキか? 逃げてきたのか? やはり、我らはゴリラ族とは相入れることはできないのだ」

「待って。どうして、この人を攻撃したの? 死んでしまうかもしれない」


 話している相手は、矢を放った連中だろう。

 服を着て、弓を持った、どう見てもチンパンジーの連中が、周囲から俺を取り囲んだ。


「侵入者がいれば攻撃する。それで死ぬような者は、弱い魔物だけだ。それは、この世界の常識だろう」


 一際シワの深いチンパンジーが俺を見下ろした。

 俺は、ヘルメットをしたままその猿を見上げた。

 チンパンジーの顔はシワだらけだが、その猿の顔は、年齢を重ねたシワの深さを感じさせた。


「でも、魔物じゃない。魔王ランドゥの使命を帯びた配下なのよ。私たちが殺したと知られれば、報復されるわ」

「おい、運べ。死なせるな。魔王の奴、どうしてこんな弱い奴を配下になんかしたんだ。因縁をつけて、私たちを皆殺しにするつもりか?」


 チンパンジーたちが、俺を抱え上げようとした。

 俺は、体を起こした。

 生命魔法の力により、傷口はすでに塞がりつつあった。


「魔王は、俺が死んだところで報復はしないさ。俺はただ、切り捨てられるだけだろう」


 言いながら、俺はヘルメットを脱いだ。

 息苦しかったのだ。

 チンパンジーたちが総毛立つ。


「悪魔!」

「ひいぃぃぃっ!」

「ど、どうしてこの世界にぃぃっ!」

「落ち着け」


 俺は精神魔法をタップしながら、声を発した。

 狼狽え、混乱に陥ろうとしていたチンパンジーたちが、声を殺して仲間どうしで見交わしていた。

 これまで、精神魔法を複数の対象に使うのは、虫のような原始生命体にだけだった。


 だが、極端な行為を取らせるのでなければ、複数の知的生物にも有効なのかもしれない。

 あるいは、精神魔法のレベルが上がったからかもしれない。


「俺は、異世界から来た。魔王に命じられて、勇者を殺すためだ。このファルキは、そのために、この隠れ里に俺を連れてきたんだ。俺は、あんたたちみたいに飛んでくる矢を避けることはできないが、魔王の闘技場でファルキの兄、ゴリラのチャンプに勝った。勇者を殺す。あんたたちは、勇者を殺したいんじゃないのか?」


 先ほどの年老いたチンパンジーが進み出た。


「チャンプを倒したというのは本当か?」

「ええ、本当よ。パパ」


 俺の隣で、ファルキが言った。

 俺の傷を見て、すでに完治していることに驚いているようだった。


「ならば、ある程度の強さはあるのだろう。だが、その程度では勇者には歯がたたん。勇者を見たことはあるのか?」

「……ない」

「だろうな。ファルキ、お前は、兄の元に戻らなければならないのか?」


 父であるチンパンジーに尋ねられ、娘であるチンパンジーのファルキは首を振る。


「この人に負けたことで、荒れているわ。私のことなんて目に入らないし、近くにいれば暴力を振るわれる。帰らなくていい口実があるなら、私は帰りたくないわ」

「わかった。皆、この者は悪魔の一族かもしれないが、我らは悪魔に手を借りてでも成し遂げなければならない悲願がある。それを忘れるな」


 ファルキの父にいわれ、周囲のチンパンジーたちが応じた。


「ついてこい」


 ファルキの父が背を向ける。


 ファルキは、あらためて俺の胸の傷を確認し、傷が塞がった痕もないことに驚いてから、俺についてくるように促した。

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