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異世界には村もなかった  作者: 西玉
第3章 1000年後

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120 魔王の約束

 俺が寝かされていた部屋は、病室のようには見えなかった。

 俺の中の病室が、何もない簡素な部屋だというだけで、この世界の病室は違うのかもしれない。

 俺は体を起こし、頭に激痛が走って呻くことになった。

 手を触れると、大きな瘤ができていた。


 チャンピオン、ギャスティとの死闘で瘤を作った覚えはない。

 試合後、魔王に殴られた一撃でできたに違いない。

 魔法の石板で生命魔法を使用し、頭痛を治めながら再び室内を見回す。

 俺が寝かされていたのはちゃんとしたベッドで、天蓋と幕がついている。

 部屋は広く、机や洋服ダンスといった家具が整えられていた。


「……ここはどこだ?」

「起きたか」


 横合いから、ざらついたどことなく愛嬌のある声がかけられた。

 この世界で最もよく聞き馴染んだ声だ。

 俺は声のした方向に首を向け、ベッドの脇の椅子に腰掛けていた女性に体が反応して飛び退った。


「魔王」

「敬称をつけろ。あるいは、陛下だ」

「……陛下」

「よし」


 魔王ランドゥは頷くと、手にしていた本を閉ざした。俺が目覚めるのを、待っていたかのようだ。


「この世界に、印刷や製本の技術があるのですね」

「この本の事か? いや。魔物たちは文字を使わないし、人間たち、ホモサピエンスのお前から見たら、猿人と言ったほうが適切かもしれないが、そいつらも文字は使わない。これは、お前たちホモサピエンスが遺したものだ。魔物は文字を使わないが、遠方に意志を伝える方法は研究されている。その成果の一つだな。文字を知らないというのに、ここに何が書いてあるか、知る魔法がある」


 魔王は言うと、机の上に本を放り投げた。


「何が書いてあるんだ?」

「異世界の記述だよ。ホモサピエンスは、数多くの者たちが異世界に行き、戻ってきたという記録が残っている。問題は、異世界に行く明確な方法が残されていないということだ。ホモサピエンスが世界を滅ぼすに至った理由が、そこにあるのかもしれないというのにな」


 俺は、多分人間の作家が残したライトノベルなのではないかと思った。

 俺の知る、元々の世界で、似たような異世界転移、あるいは異世界転生ものといった軽文学が流行していた。

 魔王は、それを真実の記録として読んだのだろう。


「俺のこと、信用してくれたのか?」


 俺は話題を変えた。

 俺を気絶させたのは魔王だ。そのまま殺すのは簡単だったはずだ。

 連れ帰らず、観客に渡してもよかったはずだ。


 俺を、世界を滅ぼした悪魔の生き残りだと思っている猿人たちは、競って俺を八つ裂きにするだろう。

 だが、魔王は俺を殺さなかった。

 豪華な部屋に寝かせ、起きるまで待っていたのだ。


「信用などするものか。余を油断させて、再びこの世界を滅ぼすかもしれんのだ。だが、お前が異世界から来たという言葉を聞き、ホモサピエンスはかつて、様々な異世界に出入りしていたという記録を思い出しただけだ。まあ……お前が異世界から来たと言われても、あながち嘘ではないのだろうとは思っている。だが、それならむしろ、かつてこの世界を滅ぼした悪魔の一族と関連がある疑い、さらに高まったがな」


「俺は、この世界に来たのは初めてです。過去の者たちのことは知りません」

「初めて来たと言うが、どうしてこの世界に初めてきたと断言できる?」

「それは……」


 俺は言い淀んだ。堂々巡りだ。魔王は笑った。


「不毛な議論はやめるがいい。お前は、奇妙な力を使って、チャンプを倒したな。あの力、眠っている間に取り出そうとしたが、この世界の博士たちにはできなかった。あれはなんだ?」


 俺は、言われて左手に魔法の石板を出現させた。


「おっと……私を攻撃するなよ。反撃して、お前を殺してしまうかもしれない」


 魔王の目が赤く輝く。魔王に爆発魔法でも使おうものなら、魔王の全力の一撃で俺は消し飛ぶということだ。


「分かっています。俺が異世界から来たという証をお見せします」


 俺は告げると、魔法の石板を操った。

 ベッドの上に、拳銃が出現した。

 魔王は、拳銃に手を伸ばし、明らかに使い方を知っている持ち方をした。


「世界を滅ぼした悪魔の一族であることの証明か?」


 魔王は言いながら、撃鉄を起こして俺に銃口を向けた。


「使い方を知っているのですか?」

「初めて見たがな。実に原始的だ。こうであろう」


 魔王は安全装置を外し、撃鉄を起こして銃口を上向けた。

 引き金を引くと、軽い音がして天井に小さな穴が空いた。


「これが、異世界から来たことの証拠か?」

「この世界に無いものでしたら、証拠になりませんか?」


 魔王は、1発を無駄に放った拳銃に鼻を近づけた。

 匂いを嗅ぎ、拳銃を俺に投げる。


「あまりにも原始的だ。こんなもので、何ができるというのだ。原始的なものを持ち出して異世界の産物と言い張るなら、詐欺も同然だ」


 魔王は、呆れたように言うと、鷹揚に椅子に腰掛け、長い足を組んだ。

 腰に巻いたスカート状の布が短く、中が見えはしないかと期待したが、命を縮める恐れがあるため、覗いたりはしない。


「では……現状、俺が異世界から来たことを証明する手段はありません。俺が悪魔の一族だと言われても、正直、反論できません。俺の元々いた世界では……俺のような人間の科学者が環境を破壊して、生物が住めなくなる危険が叫ばれていました。俺は、その結果を見届けていませんが」

「悪魔の一族と認めたか」


「俺を殺すのか? 俺は……勇者が持つという玉を破壊すれば、この世界から消えていなくなる。この場で殺すのは、勿体無いと思わないか? この世界の人間の、チャンプと呼ばれるような強い奴にも、勝っただろう」


 魔王ランドゥは、腕組みをしてしばらく考えていた。

 俺は、あえて口を挟まなかった。


「勇者は、チャンプよりもはるかに強い。挑めば死ぬ」

「魔王に殺されるか、勇者に殺されるかの違いだ」


 俺にとっては、同じことだ。


「いいだろう。約束通り、お前は力を示したのだ。ここで殺しては、余は狭量と笑われよう。その左手から出す不思議な箱には興味があるが……仕組みは知っているか?」

「この力を俺に与えたのは、別の世界のドラゴンの一族だ」

「ドラゴンというのは、空飛ぶトカゲだぞ」


 この世界にもドラゴンはいるらしいが、どうやら扱いがかなり違うようだ。


「別の世界では、世界の支配者だ。勇者の持つオーブは、ドラゴンの王の魂のカケラらしい。他の世界に飛び散ったオーブを破壊して、ドラゴンの王に力を戻すのが、俺に命じられた仕事だ」

「……ふん。貴様らの世界のドラゴンは、悪魔の一族に劣らない、迷惑な連中らしいな」


 苦々しげに、魔王は唾棄した。この世界の勇者に、それほどまでに手を焼いているのだ。

 勇者がそれだけ強敵なのだと分かったが、俺にとっては都合がいい。

 魔王に恩を売ることができる。


「もし、俺が勇者を倒すことができたら、オーブを破壊して異世界に戻る前に、頼みがあるんだが」

「……余の体か?」

「いや」


 答えた俺の頭部が、吹き飛ぶほどの拳骨を食らった。

 俺は頭を抱えて言った。


「の、望まないわけじゃないが、畏れ多い。そ、そんな大それた望みじゃない」

「ふん。言ってみよ」

「もし、可能なら……時間を戻りたい」

「悪魔の仲間に会いに行くためか?」


「違う。俺は本当に、この世界の人間じゃない。かつてのホモサピエンスなんてどうでもいい。俺は、別の異世界で1000年間、壁の中に埋められていた。その間に、大切な人が死んでしまった。千年前に戻って、その人と過ごしたい。それだけだ」


 魔王ランドゥは、しばらく考えるように自分の頬を撫でていた。


「……ふむ。1000年か。時間を遡る手段はあるが、そこまで遡ったことはない。だが……1000年……試してみる価値はあるかもしれんな。まあ、お前があの勇者を倒せる可能性はほとんどない。もし倒せたら、戻ってこい。その時は考えてやる。ただし、ただでとはいかんが」


「……俺の体か?」

「悪魔の子などいらんわ」


 先ほどランドゥが言ったことのお返しのつもりだったが、俺の言ったことは軽く流された。


「体を休めよ。勇者に挑むにしても、簡単に死なれてはつまらん。装備を与える。勇者に一泡ぐらいは吹かせてやれ」


 魔王ランドゥは笑うと、立ち上がった。


 颯爽とした姿に、この世界は魔王こそが正義なのだろうと、俺は感じた。

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