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異世界には村もなかった  作者: 西玉
第3章 1000年後

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118 異世界の闘技場

 俺が最初に見たのは巨大な背中だったが、その場にいたのは巨大な者ばかりではなかった。

 大小様々な、魔物と呼ばれる歪な存在が、ひしめいていた。


「魔王様がお戻りだ! 場所を空けい!」


 近くで声がした。

 俺がその声に振り返ると、マントヒヒが怒声を発していた。

 俺は、相変わらず魔王に荷物のように首輪を持たれている。

 魔王を中心に、魔物たちは波が引くようにかしずいた。


「構わん。楽にせよ!」


 魔王はあえて大声を出したのだと、俺は感じた。

 魔王のすぐ背後に階段があり、玉座がある。

 俺は、魔王に引きずられるように運ばれた。


「魔王様、それはまさか……世界を滅ぼした悪魔ではありませんか?」


 階段を上る魔王の背後から、魔物たちを平伏させたマントヒヒがついてきて、俺を指さした。

俺が尋ねる。


「魔王様、あれもこの世界の人間ですか?」

「ああ。人間だ。人間は知恵が高く器用だからな。雑用に使うのには重宝している」


 魔王は言いながら、階段を上りきる。

 その上に、立派な玉座が設られていた。

 魔王が腰を下ろす。俺は、ぞんざいに転がされた。

 逃げられないよう、魔王が俺を踏みつける。


 魔王に踏まれたままだったが、高みから見下ろす光景を見ることが出来た。思わず、口を開けたまま閉ざすことを忘れるほど、呆気に取られた。

 円形の広い空間があり、中央にリングのような白い四角がある。


 魔物たちがひしめいていると思っていたが、実は整然と並んでいる。魔物たちは体の大きさがまちまちなため、不規則に押し込められているように見えたのだ。

 俺は、ドラゴンが支配する世界の前にいた世界の、ボクシングの試合会場を思い出した。

 魔王が座った大きな椅子は、さながら貴賓席と言ったところだろう。


「魔王様、どうして悪魔をお連れになったのですか?」


 魔王が答えなかったため、再びマントヒヒが俺を指さした。魔王が答えて言った。


「貴様は、生きた悪魔を見たことはあるか?」

「いえ。データでしか、見たことがございません。ですが、この不自然な姿を見れば、間違えようはありませんぞ」


「そうだ。余も初めて見た。余が生まれた時には、すでに滅んでいたはずのホモサピエンスがどうして突如出現したのか、貴様はわかるか?」

「……いえ。悪魔のすることなど、存じません」


「それが解明しないうちには、殺せんということだ。それに、こいつは人間の勇者を殺すために来たのだと言ったのだ。私の命を狙い、再び世界を滅ぼそうとする人間の勇者と、かつて世界いを滅ぼしたホモサピエンスの生き残り、面白いと思わんか?」


 マントヒヒは、俺を見つめた。

 顔に鮮やかな色の毛がある。

 先ほど会ったゴリラは直立していたが、どうやらマントヒヒの姿勢は真っ直ぐにはならなかったようだ。


「……ほう。ですが、こんな貧弱な体で、あの勇者と渡り合えるとは思えませんが」

「余もそう思う。だから連れてきた。今日の最後の試合に出せ」

「ほっほっ。承知しました。ですが、よろしいのですか? 最後の試合は、人間のチャンプと牛頭の巨人です。どちらに当てます?」


「勇者を殺すというのだ。当てるなら、チャンプの方だろう」

「なぶり殺しですな。承知しました」

「ちょっと待て。俺は聞いていない」

「黙れ。余に逆らうか」


 俺の背中を踏む足に力が入る。

 魔王は、肌の色と角や牙を除けば、露出の多い美女である。

 踏まれることに抵抗はない。むしろ、気持ちいいと言っていい。

 だが、あまりにも突然だ。


「勇者を殺しに来たと言ったのは貴様だ。この遊び場程度でくたばる奴が、勇者に勝てるものか」

「ル、ルールを。せてめルールを教えてくれ」

「説明してやれ」

「わかりました」


 魔王が足を退け、俺はマントヒヒに担がれた。

 俺がヒヒにかつがれて運ばれる間に、魔物たちが俺を楽しげに眺めていた。

 魔王の影響力は大きいのか、俺に手を出そうとする者はいなかった。

 あるいは、俺がこれから殺し合いをさせられることを理解しているのかもしれない。


 俺は、選手の控え室を想像させる部屋に運ばれた。

 あまり広い部屋ではない。

 だが、その中でも数人の魔物やゴリラが、これからの試合に向けて準備をしていた。


「魔王様の命令で、メインイベントでチャンプと試合をさせる。手を出すでない」


 俺を見た、主にゴリラたちがざわめいた。マントヒヒが告げると、ゴリラたちが黙って俺に背を向けた。

 どうやら、この世界では俺のような人間は徹底的に嫌われているらしい。

 マントヒヒは、俺にこれから始まる試合について説明を始めた。

 説明は短く、簡単だった。


 いわば総合格闘技のようなものだ。

 リングと呼ばれる、四角い台座の上で殺し合うのだ。

 殴る蹴るだけでなく、関節技や魔法の使用も可能らしい。

 武器や道具持ち込みは禁じられているが、何も持たずに入って、魔法などで道具を作り出すのは問題ないらしい。


 手にグローブなどはしない。

 歯を守るマウスピースもないらしい。

 どうしてそんなルールなのか、俺は控室で体を温めている選手たちを見て理解した。

 リングに上がるのは、ゴリラから進化して知恵をつけた、この世界での人間と魔物たちだ。


 サンドバックによく似たものを全力で殴りつけているゴリラがいたが、素手のままだった。

 俺は魔王からホモサピエンスと呼ばれるが、俺のようなホモサピエンスとは、進化の仕方が異なるとしか思えなかった。

 次々に選手が呼ばれ、リングがある試合会場から歓声が上がり、白目を剥いたゴリラが運び込まれてくる。


「チャンプの試合は、いつも最後、メインイベントだと決まっている。簡単に殺されるなよ」


 マントヒヒがにかりと笑って、出ていった。

 どうやら、俺は控室の選手の半数がのされるまで、待ち続けなければならないらしい。

 この世界を滅ぼした悪魔と同じ姿をした俺は、誰と話すこともできず、部屋の片隅で膝をかかえて座っていた。


「あなたのような痩せっぽっちが、何をしに来たの?」


 膝を抱えてうずくまる俺に、優しい言葉がかけられた。

 俺が声の方を振り向くと、選手たちに比べて小柄な、チンパンジーが俺を覗き込んでいた。


「えっ? あの……俺が、怖くないのかい?」

「『怖い』ですって? あなたのような人は、とっくに全滅しているはずよ。どうして怖がらないといけないの?」

「だって……」


「おい。俺の妹に手を出すな。ファルキも、悪魔に声をかけるんじゃない。どうせ、十分後には俺に殺されるんだ」

「あんたがチャンプか?」


 俺の前に立っていたのは、非常に均整の取れた体つきをした、ゴリラだった。

 ゴリラとチンパンジーで、兄妹などということがあるのだろうか。

 俺は不思議に思ったが、きっと複雑な家庭の事情があるのだろうと、深くは追求しなかった。


「ああ。世界を滅ぼした悪魔を殺せるとは運がいい。お前たちに滅ぼされた全生物の恨みを、思い知らせてやる」


 ゴリラが口を開け、牙を見せた。笑ったのかもしれない。俺もつい、言い返した。


「言っておくが……俺は何もしていないぞ」

「そうよ。ギャスティ兄さん、横暴よ。この時代に生きているホモサピエンスに、何ができるというの?」


「ファルキ、悪魔の肩を持つのか? そいつらは、一匹見つければ三十匹はいるという繁殖力で、この世界を覆い尽くしたというぞ。お前も、身籠るかもしれん」

「いや、それは流石に……」

「放っておいてよ。野蛮なギャスティ兄さんの友達に嫁ぐなら、悪魔の方がましよ」


 ファルキが、ゴリラに向かってウキーと歯を剥き出した。


「俺の友達を侮辱するな。チンパンジーの群れからはぐれたお前を、俺たちが保護して育てたんだぞ」


 血がつながっていなかったらしい。

 だが、俺自身はゴリラの家系図に興味はないのだ。

 俺は魔法の石板を取り出して、同化魔法をタップした。

 2人の口論が続いている。


「チャンプ、出番だ」


 控室に声が響いた。

 控室には、チャンプであるギャスティと義理の妹ファルキの他は、昏倒したゴリラたちしかいなかった。


「あいつはどこだ?」


 チャンプが見回す。

 俺は、同化魔法を解除した。


「ここだ」


 同化魔法を駆使すれば、戦わずに逃げることもできるだろう。

 だが、それでは俺の目的は果たせない。

 この世界であれば、時間を遡る方法があるかもしれない。


 その方法があるとすれば、実際に行使できるのは、世界を左右する力を持った者だ。

 その最有力の1人が魔王だ。

 魔王に取り入るため、俺はチャンプと戦って、自分の価値を示さなければならないのだ。


「私のために、死なないで!」


 俺は、途中から同化魔法で壁と一体化していた。

 話をちゃんと聞いていなかった。

 なぜか、チンパンジーのファルキが俺に向かって涙を拭っていた。


「妹が欲しければ、俺を倒すんだな」


 チャンプが猛々しく宣告する。


 今更、チンパンジーを欲しくないと言うこともできず、俺はリングに向かった。

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