116 異世界の人間
半年ぶりとなってしまいましたが、再開します。
お休み中に、こっそりイラストを入れてみました。
お楽しみいただければ幸いです。
俺は、丸いふっくらとした柱が立ち並び、強烈な太陽の光が、遮る物無く刺し込まれる建物にいた。
均等に立ち並ぶ丸い柱は、俺の昔いた世界で、パンテオンと呼ばれる神殿を思い起こさせた。
建物から外を見ると、果てしなく広がる大地の先に、太陽が見えた。
太陽が登ろうとしているのか、沈もうとしているのかわからない。
俺は、魔法の石板のマップを確認した。
オーブは遠く離れた場所にある。
この異世界では、かなり遠くまで移動できるようだ。
「余の神殿に侵入するとは、命が要らぬようだな。捉えよ」
甲高い声に振り返ると、褐色の肌をした額に角のある女性が、マントを翻して叫んでいた。
白い髪で片目が隠れている。口元から牙が飛び出ている。
言い方からすると、神殿に祀られている神だろうか。
女の命令に動いたのは、緑色の小柄な人型の何かだった。
頭部にツノがあり、簡素な棍棒を持っていることから、ゴブリンだと思われる。
「待て。俺は、突然ここに出たんだ。ここは何の場所なんだ? 勝手に入ったことは謝る」
「人間風情が、頭が高いわ。殺しておけ」
俺は耳を疑った。俺のことを、奇妙な呼び方をした。
「はっ」
俺が問いただす前に、ゴブリンたちの親分だろうか、牛の頭に逞しい体をした魔物が最後に現れ、返事をした。
話を聞いてくれない。
この場所は神殿に見えたが、どうやら神を祀っているわけではない。魔物をしたがえているのだから、魔王といったところなのだろうか。
ゴブリンたちは十匹以上もいるだろう。
俺は、元の世界で最初に遭遇したゴブリンを思い出した。
身長は低いが、逞しく、強い魔物だった。
それに比べれば、きわめて非力に見える。だが、多勢に無勢である。
俺は魔法の石板を握りしめながら、神殿風の建物から飛び出した。
高台に作られていたらしく、神殿から出ると、なだらかに降った荒野が広がっていた。
隠れる場所もない。
俺はゴブリンに追われながら、足元をもつれさせて倒れ込んだ。
地面に張り付きながら、魔法画面をタップする。
同化魔法に指が触れていた。
俺は、たまたま地面に張り付いていた。
地面に同化することを意識した。
ゴブリンたちが俺を踏みつけて駆け抜ける。
途中で止まった。俺を見失ったのだ。
「どうした? 殺したか?」
牛の頭部をした魔物が、俺の背中を踏みつけた。
俺は呻いた後、自分で口を塞ぐ。
牛頭の巨漢は足元を見下ろしたが、何も言わずにゴブリンたちの報告を受けた。
「逃げた」
「無くした」
「居ない」
ゴブリンたちが短い言葉を次々に発する。あまり知能は高くないらしい。
「探せ」
「はい」
牛の頭なので、俺の知る知識と合わせて牛頭と呼ぶことにする。
牛頭は短く命令すると、ゴブリンたちは散っていった。
全ての魔物が俺の上を通り過ぎ、背中を向けたタイミングで、俺は地面から体を起こした。
この世界には、神殿に住む魔王がいる。
魔王は、俺を人間と呼んだ。
魔物と人間がいて、おそらくは争っている。
俺は、望んだ世界に来たのだと理解した。
問題は、時間を遡れるほど、魔法が発達しているかどうかだ。
さっきは、突然見つかって、攻撃をしかけられた。そのために、何もできなかった。
俺は、丘の上に立つパンテオン風の神殿を見上げた。
この世界の知識はない。ならば、これまで培った知識と魔法で、手っ取り早く情報を収集した方がいいだろう。
俺は決断すると、神殿に向かった。
※
この世界に来た直後は油断していたが、同化魔法を使用すれば簡単には見つからない。
俺は同化魔法をタップして、床に這いつくばるように神殿に戻った。
柱が均等に並んだ神殿のような構造の奥に、祭壇と拓けた場所があった。
祭壇の上に椅子がある。
魔王の玉座なのだろう。
だが、現在は誰もいない。
神殿の中には多くの魔物がいた。
牛の頭部をした魔物もいたし、ゴブリンと呼ばれていた緑色の小鬼が掃除をしていた。
魔物たちは俺に気づかない。
俺を殺せと命じた、褐色の肌をした角のある女の魔王はいなかった。
俺は見つからなかったが、ゴブリンたちの世間話は聞こえたし、言語として理解できた。
どうやら、褐色の肌の美女は魔王で間違いないらしい。ゴブリンたちが『魔王』と呼んでいたのだ。
俺は、再び同化魔法をタップして祭壇に近づいた。
突然呼び止められるのではないかと不安になり、緊張しながら、周囲を警戒しながらのことだった。
結局、誰にも呼び止められなかった。
祭壇を上がる。
魔王の玉座に腰掛けてみた。
誰にも気づかれず、呼び止められもしない。
同化魔法を解除するわけにはいかない。
俺は、玉座に腰掛けたまま、祭壇から見下ろす光景に思いを馳せた。
突然、右手側にモニターらしい画面が出現した。
空間に直接表示させたような画面は、千年後の地球人が使用していたリティカーと呼ばれる画面を想像させた。
通信用の装置のようだ。
画面の中に、俺がこの世界に来た直後に遭遇した、魔王と呼ばれる女が映っていた。
『……貴様、さっきの人間だな? 余の玉座で何をしておる?』
モニター画面の中から問いかけられた。話せばいいのだろうか。
「俺のことが、見えるのか?」
『わかって起動させたのではないのか?』
「……『起動』?」
俺は不思議に思って尋ねた。たまたま、俺が右手を置いた椅子の肘置きに、魔法陣らしいものが刻まれているのに気づいた。
ボタンのようなものはない。魔法陣に触れることで、何かを起動させたのだろう。
『とりあえず、退け。貴様がそこに座っていると、余が転移できん』
「……俺を殺さないなら、退きます」
『ならん。人間風情が、余と取引か? 貴様を殺す手段ぐらい、いくらでもあるのだぞ』
魔王の言葉と同時に、俺の前にふわりと浮かび上がったものがある。大きな筒のような物体だった。
魔物には見えない。
俺の世界の基準では、大砲に酷似している。
「あんた、魔王か?」
言いながら、俺は生命魔法をタップした。
「ああ。そうだ」
言葉と同時に、俺の目の前に浮かぶ大きな筒が火を噴いた。俺は、あらかじめ足に意識を集中させていた。
魔王の玉座に大砲が打ち込まれ、破裂する音を足元で聞いた。
生命魔法で強化した力で飛び上がったため、想定よ高く飛び上がっていた。
着地しようとした。
だが、足からではなかった。
背中を、柔らかいものに支えられた。
「余と話しながら、あれを避けるか。器用なやつだ」
俺が飛び上がり、空席となった一瞬で、魔王が玉座に転移していた。
俺は、魔王の膝の上で抱えられていた。
友好的な相手でないことはわかっていた。
俺はすぐに体を回転させるように、魔王の膝から降りようとした。
飛び降りた俺の胸ぐらが、魔王の細くしなやかで、力強い手につかまれた。
魔王はまるで、俺の知る『ギャル』と呼ばれる女子のように、爪を長く伸ばしていた。
違うのは、おそらく鋼鉄よりも頑丈で、ナイフよりも鋭利だということだ。
胸ぐらを掴まれる時、俺は胸の肉を深く抉られた。
「んっ? よく見るとお前、人間とは少し違うな。まるで……余がこの世界に産み落とされる前に存在した、ホモサピエンスのようだ」
魔王は言いながら、右手を引きよせた。掴んだ俺ごとなので、魔王の顔が目の前に迫る。
魔王は、自分の右手を口元に運んだ。
舌を伸ばし、舐めた。舐めたのは、俺の傷ついた胸であり、溢れ出す血液だ。
「ホ、ホモサピエンス? それは、滅んだんですか?」
ホモサピエンスという呼び方は、俺も知っていた。俺の元々いた世界で、人間は自分達のことをそう分類していた。
霊長類人科ホモサピエンスである。
「ああ。滅んだ。現在の人間は、少なくともお前よりは強く、逞しい。余の配下の魔物たちでは、簡単には討ち取れん」
「ど、どんな奴らですか? 俺にとって、この世界の人間は同族ではない。俺は、魔王様に協力できるかもしれない」
「ふん。所詮は人間の仲間だ。信用はできん。だが……こういう奴らだ」
魔王が俺の頭を掴み、玉座に表示させたモニターの画面を変えた。
そこには、人間だとして表示された、猿がいた。




