115 4つ目のダンジョンに ☆
騒動の原因は、俺と無関係ではない。ダンジョンから連れてきて、この世界に放ったのだ。
だが、すでに俺の配下ではない。魔法の石板に表示されていた吸血鬼のアイコンは削除してある。
「ソウジ、貴様、騙しおったな!」
周囲の魔物をものともせず、襲いかかってくる魔物たちを一蹴して吸血鬼王ベティアが叫んだ。
「何のことだ? 異世界に連れてくる約束だっただろう。ここは、異世界だ」
「違う! 妾が求めておるのは、こんな世界ではない! この世界には、魔物しかおらぬではないか! 人間らしい連中を見つけたと思ったら、皮膚が厚くて牙が通らん。指から光を出して妾を焼こうとするのじゃ。あんなもの、人間ではないわ!」
ベティアもどうやら、銀色の防護服を着ているのがこの世界の人間だという結論に達しているらしい。
誤解を解く必要もない。連中の基地に入らない限り、防護服を脱いだ姿を見ることはないのだ。
「俺は、異世界に連れて行くと言っただけだ。ここは、異世界だっただろう」
「では……貴様は、この世界で妾に生きていけというのか? 他に、もっと人間が大勢いる異世界には行かぬのか?」
俺は、アリスの治療をしていたウーとシルフを見た。
アリスは回復しつつあり、2人とも俺を見ていた。
俺を見て、小さく頷いた。
「俺は、次に行く異世界がどんな異世界かは知らない。行ってみなければわからない。俺が今まで行った中では、ベティアがいた世界が、最も人間が少なかったのは事実だ」
正確には、最初の異世界で会った人間はもっと少なかったが、ゾンビに覆われて世界で、人間がどれだけ生きているのかは俺は把握できなかった。
「次の異世界じゃと? いつ行く?」
「ここを出てすぐだろうな。外で、案内役のドラゴンが待っているだろう」
「わ、妾も連れて行け」
ベティアが、前のめりに身を乗り出す。
「俺に、ベティアを連れて行くメリットはないだろう。この世界に戻って、すぐにベティアはこの世界に飛び出していった。俺の指示なんか聞く気もないだろう。他の異世界に行って好きに暴れられては、俺の目的を達せないかもしれない」
「よかろう。もし、別の異世界に連れて行くなら、妾もソウジに従おう。好きには暴れぬ。じゃが、妾は生き血を啜らねば、本来の力は出せぬ。そのことは、理解してもらいたい」
「俺の言うことに従って、俺の役に立つのか? それが嫌だと言うのなら、俺が承知しても、俺を監視しているこの世界の主人たち、つまりドラゴンたちが許さないだろう」
ベティアは唇を噛んだ。迷っているのだ。
元の世界では、王と呼ばれていたのだ。
欲に任せて俺に従った。だが、本当に俺の下僕になるつもりなどなかったのだろう。
「妾は役に立つ。証明することもできる」
「どうやって?」
「血を、少しだけ飲ませてくれ。ソウジは人間じゃな? ソウジの血を飲めば証明してやろう」
「俺を吸血鬼にするのか?」
「血を飲んだからといって、相手を全て吸血鬼に変えるはずがなかろう。そう言う奴がいるから、餌が減るのじゃ」
人間を家畜扱いしてきた主人だけに、説得力はあった。
「……わかった。少しだぞ」
「うむ」
俺は、温泉から上がったばかりで湯気の出ている自分の体を晒そうとした。
ウーの杖が、俺の手に添えられた。
「心臓の近くの血は避けたほうがいいですよ」
「そうか」
「豚め、余計な……いや、なんでもない。独り言じゃ」
俺が睨むと、ベティアがあせって顔を背けた。
俺は、腕を差し出した。
ベティアが、俺の腕に噛み付く。
俺は、魔法の石板の魔法画面を表示させた。
どの魔法を使用するか迷っている間に、ベティアが口を離す。
ベティアが俺の血を飲み干そうとした時に使用しようとしていた魔法は、使わずに済んだ。
ベティアが口を拭う。
その瞬間だった。瞬く間に、ベティアの姿が変わった。
身長が伸び、顔つきも、体つきも変わる。
10代半ばほどの美しい少女の姿だった。
もともとダブついていた服は、体の成長によりすっきりとしたワンピースになっていた。
体が変化することを前提にした作られた服だったようだ。
「どうじゃ? 美しかろう?」
ベティアが妖艶に笑い、髪をかき上げる。
見た目は10代半ばほどだが、実際には数百年を生きているのだ。
10代の少女には出せない色気だろう。
「ああ。だが……どう役に立つんだ?」
「貴様、無粋な男じゃな。人間の男なら、これほどの美女を見て、欲情しないはずがあるまい。妾は役に立つ。役に立たないはずがあるまい?」
成長したベティアは決めつけると、長くなった脚を、スカートを捲り上げて見せつけた。
「それ以外に何ができる?」
「飲んだ血の量による。今は、特に何もできん。大量の血を飲めば、ジャミロフごときには負けんぞ」
俺は、シルフとウーを見た。答えたのは、ようやく復活したアリスだった。
「ソウジはいつもお盛んですから、仕方ありませんね。私が襲われなくなりますから、安心して眠れるようになります。いいんじゃないですか?」
俺は、心外だった。
「俺がいつ、アリスを襲おうとした?」
「そうなのか。兎にまで欲情するとは……流石の妾も早まったかもしれん」
ベティアが、青ざめた顔で俺を見る。
「誤解だ」
「そういえば、20人の女たちをほんの数日で孕ませたらしいな」
「あ、あれは、そうしないと出さないと言われたからで、魔法を使ったんだ」
「ソウジ、最低です」
ウーが青ざめていた。
「あたしは、ソウジがそういう奴だって知っていた」
シルフの言葉は、慰めではなかった。
「いいよ。わかった。一緒に連れて行く。絶対に、役に立たせるからな」
「断言しおった。このスケベめ」
言いながら、ベティアが幼女の姿に戻る。
俺の血が少なかったようだ。
「じゃあ、もう一度これに触れろ。当初の契約は削除してしまった」
「うむ」
ベティアが魔法の石板に触れると、吸い込まれるように掻き消えた。
「では、そろそろいこう。外で、本当にドラゴンが待っているかもしれない」
「そうですね」
ウーを筆頭に、シルフとアリスが従う。
ずっと成り行きを眺めていた、魔物たちのまとめ役らしいカッパが尋ねた。
「あの……あなたは本当に、魔法士……」
「だから、ずっとそう言っているだろう」
「ひえぇぇっ。とんだご無礼を」
魔物たちが一斉に平伏する。
「私たちの像、似ていませんよ」
もともと像を作られていないウーが、笑いながら言った。
※
外に出ると、ドラゴンナイトのキリシアンが待っていた。
足元で、ハンヘドがぐったりとしている。
「ハンヘド、どうした?」
「のぼせたようだ。ほんの80度ぐらいのお湯で、ぐったりしていたのでつれてきたのだ」
「なるほど、アリスと同じか」
「……心外だ」
ハンマー状の大きな頭を持ち上げ、ハンヘドがつぶやいた。
「私のセリフです」
同じように温泉でのぼせたアリスが、ハンヘドの固い頭をたしたしと足で叩いた。
「それより、頼んでおいたダンジョンは見つかったのか?」
俺がキリシアンに頼んだのは、俺が2番目に攻略したダンジョンと似た匂いのダンジョンだ。
二つ目のダンジョンに入ったのは1000年前だが、出てきたのは最近だ。
最初のダンジョンに似たダンジョンを簡単に見つけたキシリアンであれば、困難な頼みではないだろうと想像してのことだ。
「ああ。だが、何度も言っているとおり、そのダンジョンの中がどうなっているのかは知らないぞ」
「わかっている。また期待はずれだった時は、オーブを壊して出てくるさ」
「うむ。では、乗れ」
キリシアンが、鱗に覆われた前足を突き出した。
「待ってくれ。俺がわざわざ温泉にきたのは、ダンジョンの中で呼び出した時、仲間たちがすぐに活動できるようにするためだ。ハンヘドがぐったりしているのでは困る」
前回のダンジョンでは、困るとハンヘドを呼び出した。
吸血鬼の牙が通らない恐竜の存在は、起死回生の一手となった。
「わかった」
「ソウジ……私たちは、もういいですよね?」
キリシアンがどっしりと座る横で、ウーが蹄で俺の服を引っ張った。
「ああ」
俺が魔法の石板を見せると、ウーとアリス、シルフが次々に飛び込む。
「お前に従う仲間たちは、みなやる気のようだな。結構だ」
「ドラゴンに造られたと言っていた。役に立ちたいのだろう」
俺が言うと、山のようなドラゴンが大声で笑う。
実際には、3人はドラゴンを恐れている。
温泉の洞窟のすぐ外で待っているとは思っていなかったのだろう。
俺はハンヘドに触れると、ハンヘドは頑丈な頭部を振りながら立ち上がった。
「もう大丈夫だ」
「頼む」
「うむ」
俺が魔法の石板を突き出すと、ハンヘドが触れて吸い込まれた。
俺はドラゴンのキリシアンに連れられて、新しいダンジョンの入り口に到着した。
切り立った岩の上にできた窪地に、奇妙な歪みが見えた。
キリシアンが飛び立った後、魔法の石板を確認すると、ダンジョンの入り口だと確認できた。
俺は切り立つ岩を登る。
空間の奇妙な歪みに吸い込まれるように、俺はダンジョンに入った。
※コメディ的な場面のつもりでしたが、イラストにしてみると怖かったです。
ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました。
次の4番目のダンジョンの設定に苦戦しまして、何度か書き直しています。
まだ投稿できるほどに詰まっていないため、しばらく休載とします。
来週から、こっそり書いていた「それほどチートではなかった…」の後日譚を掲載していきます。
お付き合いいただければ幸いです。




