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異世界には村もなかった  作者: 西玉
第3章 1000年後

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111 ダンジョンからの帰還3度目

 俺は、草むらにいた。

 森だらけのこの世界で、やや開けた場所にある草むらだ。

 ススキのようなゴワゴワした草の葉が肌に痛い。

 振り返っても、ただ草があるだけだった。


 ダンジョンは破壊された。

 もう、あの異世界に行くことはできない。

 俺は、魔法の石板を取り出した。

 マップを表示する。


 ダンジョン内にいればオーブの位置を示すマップが、元の世界では、ダンジョンの位置を示すマップが出る。

 俺は表示された画面に、ドラゴンたちが支配する元の世界に帰ってきたのだと納得した。

 魔法画面を確認する。


 ダンジョンを攻略しなければ、レベルが上がらないらしい。

 確認すると、生命魔法がレベル4、精神魔法がレベル3になったほか、死霊、爆発、同化の魔法がレベル2になっていた。

 新しい魔法の習得はない。


 ダンジョン内での経験によって、取得する魔法とレベルの上がり方が違うらしい。

 俺は、魔物アイコンをタップして、魔法の石板に収納している魔物たちを次々に呼び出した。

 魔法の石板に入っている間、魔物たちは時間が停止するらしい。

 弱っていれば、次回呼び出した時は弱った状態で出現する。


 それでは俺が困るため、次のダンジョンに向かう前に、魔物たちに休息を取らせたかった。

 アリス、シルフ、ウー、ハンヘドとタッブし、ベティアのところで指を止めた。

 ベティアは、前のダンジョンで仲間にした吸血鬼の王だ。

 外見は幼女だが、人間が滅びかけた異世界から人間がたっぶりいる異世界に行くために、俺に従った。


 この世界に放てば、勝手に人間の血を吸いに行きかねない。俺は、ベティアのアイコンに触れずに指を止めた。

 呼び出された魔物たちは、アリスは喜んで草にかぶりつき、ウーは元の世界に戻ってきたことに喜び、ハンヘドは吸血鬼との戦いの痕を撫でていた。

 シルフだけが、俺の手元を覗き見た。


「誰か、新しく仲間にしたのか?」


 魔物の画面であることを知って、シルフが尋ねた。俺は頷く。


「ああ。さっきのダンジョンで、オーブを持っていたのが吸血鬼の王だった。別の異世界に連れていく条件で、オーブを俺に引き渡したんだ。あの世界では、餌となる人間が滅びかけていたからな」

「その滅びかけた人間を再生させて、吸血鬼を退治しようとしないところが、ソウジのいいところですね。魔法士万歳!」


 ウーは誉めているのだろうが、俺にはそう感じられなかった。


「あの世界で生き残っていた人間に協力して、吸血鬼を退治した方がよかったか?」

「何年かけるつもりですか? あの世界、人間はほとんど残っていなかったんでしょう? ソウジが死ぬまで頑張っても、無理ですね」


 ウーが冷静に評した。確かに、人間が世界の主導権を取り戻すまで付き合っていたら、俺はあの世界から一生出られなかっただろう。


「俺の他の魔法士は、オーブを壊すより先に、行った世界を救おうとしていたのか?」

「あるいは、食い殺されたかです」


 アリスが、口の中を草でいっぱいにしながら言った。


「ウー、異世界を救うかどうかより、異世界から連れてきた吸血鬼の王をどうするかだ。この世界に放っていいと思うか?」

「いいんじゃないですか?」


 ウーはあっさりと言った。


「この世界の人間の血を吸い尽くすかもしれないぞ」

「でも、ソウジは千年前に戻るんでしょう? この世界に放って、1000年前に戻れば、ソウジが会うことは二度とありません」

「ウー……お前は悪い魔物だな」

「私、なにかおかしなことを言いましたか?」


 シルフは困ったように首を傾げる。アリスは何も言わなかった。ハンヘドが言った。


「この世界の人間は、わしの仲間も簡単に殺す。人間を餌にする吸血鬼も、この世界で簡単に人間たちを殺せるとは限らない。もし邪魔なら、ドラゴンたちが始末する」

「わかった」


 唯一この1000年後の世界で生きてきたハンヘドの言葉に従い、俺は吸血鬼の王ベティアのアイコンをタップした。


「ここは、どこじゃ?」


 地面に座った形で出現した吸血鬼の王は、目をぎらつかせて首を巡らせた。


「約束通り、異世界だ」


 俺が言うと、ベティアはよだれも出ていない口元を拭った。


「なるほど……美味そうじゃ」


 目をらんらんと輝かせ、ベティアがシルフを見た。


「おい、ソウジ?」


 怯えたシルフが、俺に助けを求める。


「ウー、光れ」

「私が光るわけじゃないですけどね」


 言いながら、ウーは杖の先端を光らせた。


「ぬっ!」


 ウーの魔法で生み出される光は、蛍光灯や電球より太陽光に近い。

 俺は、何度も見た経験からそう感じていた。

 間違ってはいなかったようだ。

 周囲は明るいというのに、ウーが杖を光らせると、ベティアが鬱陶しそうに光を遮った。

 空からは別の光が降り注いでいるのにも関わらずである。


「ちっ」

「ソウジ、こっちにきます」


 ベティアがシルフからウーに狙いを変えた。


「ハンヘド、抑えろ!」

「はいよ」


 執事長のジャミロフは霧に変わる能力を持っていたが、全ての吸血鬼に同じような能力があるとは限らない。

 何より、光に照らされた状況では使用できる能力は限定されているはずだと、俺は勝手に想像した。


 俺の勝手に抱いた妄想のいくつかは間違っていなかった。

 ジャミロフを捉えられなかったハンヘドが、後脚でしっかりとベティアを踏みつけて拘束したのだ。

 俺は、ベティアの前に座った。


「ベティアが最初に襲おうとしていたのがシルフ、次がウー、ハンヘドは知っているな。全て、俺の仲間だ。異世界に連れてきてやったんだ。襲うな」

「私も忘れないでください」


 口の中が草で詰まっているためにもごもごと言いながら、アリスが跳ねてきた。


「アリスだ」

「貴様、妾にこのような真似をして、ただと済むと思うな」

「俺に従うと約束しただろう。異世界に連れてきてやったんだ。襲うなら、他の人間を襲え」


「むっ? 他にもいるのか。そうじゃな。そうでなければ、異世界にきた意味がない。どこじゃ?」

「俺は、この世界の他の人間とは接触がない。自分でさがせ」

「なんじゃ。ぼっちか」

「大きなお世話だ。ウー、この石版に登録された魔物を、解放する方法がわかるか?」


 ベティアを連れていくのは危険すぎる。

 俺は、魔法の石板を見つめた。登録した魔物を消去する方法を探した。


「消せないんですか?」


 ウーが魔法の石板の操作方法を知っているはずがないと思いながら尋ねてみた。やはり何も知らないらしく、俺は直接試してみることにした。

 俺がかつていた世界で使用していた、スマートフォンと呼ばれる携帯機械では、アイコンを長押しすることで削除の操作ができた。


 これまで、仲間にした魔物が消えることは、その魔物が死亡もしくは消滅した時だった。

 生きているのに削除したことはない。

 試しに、ベティアが登録され現在は不在であることが表示されているアイコンに触れてみる。

 全員外に出ているので、実際には全てが不在だが、不在時はアイコンの色が薄くなるのだ。

 ずっと触れていると、消去を示すバツ印が表示された。


「おっ、消せそうだ」

「ソウジ、いいのか? 契約を切ると、ソウジに襲いかかってくるかもしれないぞ」


 シルフが俺の手元を覗きながら言う。


「それはそうだが、この世界に放っても、アイコンに登録したままなら、次のダンジョンに行くとそのダンジョンに自動で連れていくことになりそうだ。一つ前のダンジョンで、シルフがオーブを壊しただろう。壊した瞬間には、シルフは外に出ていたんだ。でも、今はここにいるだろう」

「シルフ、そんな経験をしたんですか?」


 ウーが羨ましそうに言った。鼻をブヒブヒと鳴らしているのは、オークの感情表現だろうか。


「ああ。あたしは信頼されているからな」

「ソウジ、次は私ですよ」

「私は?」

「アリスは、どうやって道具を使う?」

「これで」


 アリスは、力強い後ろ足で地面をたしたしと叩いた。


「それは無理だろう。ウーも、俺の拳銃を使えるなら貸すが……壊せそうなら呼び出すよ」


 俺は、ウーの手を見た。魔法の杖を使って様々に不思議なことを行うウーだが、手は二つに分かれている。

 指が2本しかないというのと同じことだ。

 要は、蹄なのだ。

 拳銃を持つことはできても、引き金は引けない。


「おい、いい加減に妾を離せ」

「ハンヘド」

「いいのか?」


 恐竜のハンヘドが脚をどかす。

 ベティアが不満そうに体を起こした。


「妾が本気なら、こんなトカゲ、どうにでもなるのじゃ」

「ああ。わかっている。俺と、俺の仲間たちを襲わないなら、自由にしてやる。この世界には、人間が大勢いる。好きにしていい」


 俺は言いながら、吸血鬼を示すアイコンを削除した。


「……行っていいのじゃな?」

「好きにしろ」


 俺が言った瞬間、吸血鬼の王ベティアが消えた。

 飛んだのでも転移したのでもない。単純に、地面を蹴ったのだ。


「よかったんですか? この世界……さっきのダンジョンみたいに、簡単に餌になる人間も魔物もいませんよ」


 ウーが心配するが、そこまで俺が関わる必要はないはずだ。


「いいさ。それより、どうする? すぐに次のダンジョンに行ってもいいし、次のダンジョンに備えて、休憩するか?」

「さすが魔法士、やる気ですね」


 ウーが嬉しそうだ。


「休憩するなら、温泉に連れて行こう」

「温泉があるのか。それはいいな」


 ハンヘドの提案に、俺は飛びついた。


 ハンヘドの提案だということを、俺は理解していなかったのだ。

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