109 吸血鬼の王の望み
俺が侵入した広間に、テーブルが出現した。
執事長ジャミロフが腕を一振りすると、床下から迫り上がってきたのだ。
大きなテーブルではあるが、貴族の食卓で想像するような巨大さではない。
一家5人で和気あいあいと食事できるぐらいのサイズ感だ。
俺は、警戒しながら近づいた。
同化魔法は効果がないのではないかと感じている。
魔法の石板に指を置いているが、魔法画面ではない。
「ジャミ、この者が、異世界から来たという人間か?」
玉座に腰掛け、陛下と尊称されていた少女が床に降りた。
頭部にはティアラが飾られ、着ている服は豪華に宝石で彩られている。
「はっ。間違いありません」
執事長ジャミロフが平伏する。俺は、実はジャミロフこそが王なのではないかと想定していたが、その推測は見事に外れていた。
「本人がそう言ったであろうことはわかるが、間違いなく異世界から来たとは、どうしてわかる?」
「証明しろ」
突然、ジャミロフが俺に命じた。
ジャミロフは、俺が異世界から来た人間だと判断したが、それは状況からの判断が大部分を占める。
俺に説明を命じたのは、自分で説明するのが面倒なのだろう。俺も、言葉で説明するのは困難だとわかっている。俺は、この世界にないものを取り出した。
魔法の石板をタップし、右手に拳銃を取り出した。
安全装置を外し、撃鉄を起こし、引き金を引く。
ジャミロフを狙った。
破裂音と共に、鉛の球が飛ぶ。
ジャミロフが手をかざし、俺が放った銃弾を掴み取っていた。
「なんだ? それは?」
「異世界の武器です」
俺が言うと、ジャミロフは笑った。
「人間が考えることは、どの世界でも同じですね。文明が崩壊する前は、そういった武器を持つ人間が多かった。だが、今は剣や槍に戻っております。現在の人間たちに、このような武器は作れません」
「……異世界の武器か……」
少女は、床の上を移動してジャミロフが用意したテーブルについた。椅子も一緒に呼び出されていたのだ。
「見るかい?」
俺は、ジャミロフを攻撃しようとしたのではないことを示すために、あえて尋ねた。
拳銃でジャミロフを倒せるとは、もともと考えてはいない。
「よいのか?」
「ああ」
「貴様、陛下に不敬を働くのは許さんぞ」
ジャミロフが脅す。俺は、拳銃をテーブルの上で滑らせた。
少女の手前で止まる。
少女は目の前の鉄の塊に手を伸ばし、掴み上げた。
「……ほう」
少女は、拳銃を手にとり、触り始めた。
「もっとも、俺もその武器を作った世界には、二度といけないが」
少女が拳銃を構えた。
発砲した。
俺は、ひっくり返って避けた。
銃口が向いてから発砲まで間があったから、なんとか避けられたのだ。
下手をすれば死んでいた。
「きゃははははっ。異世界人、面白いな」
「お、俺は面白くない」
ひっくり返ったまま、顔を上げる。
目の前に、拳銃が落ちてきた。少女が投げたのだ。
俺は、拳銃に手を伸ばして魔法の石板に収納した。
「かつて、この世界には数多くの異世界の人間が訪れたが、魔王が滅ぶと同時にこなくなった。貴様が異世界の人間だと言うのなら、まず答えてもらおう。貴様は、この世界に何かを求めてやってきたのか? あるいは、ただ迷い込んだのか?」
少女の言葉は、少し前に執事長から聞いた話と同じだった。
ただ、ジャミロフと違うのは、実体験ではなく聞いた話ではないかと思われたことだ。
聞いてくれたのはありがたい。俺は言った。
「目的があって、この世界に来た」
「なるほど……妾も、異世界から来た人間に託したい望みがある。貴様の目的はいくつある?」
少女の指が俺を指す。俺は頷いた。
「二つだ」
「二つか。欲張りなことだ。妾は一つだけだ。ならば、先に妾の望みを伝えよう。もし、それができるのならば、貴様の望みを聞いてやろう。もちろん、聞くだけだ。実現できるかどうかは、妾にもわからない」
「わかった。それでいい」
俺にとって条件が悪いともとれるが、少女の望みが叶えられる場合のみ俺の望みを聞いてやるというのは、この城の主人という立場であれば、むしろ当然だと俺は納得していた。
俺は、左手の魔法の石板に目を落とした。
目の前の少女がオーブを持っているのは間違いなかった。
俺が目を上げると、執事長ジャミロフが真っ赤な目で俺を睨んでいた。
俺の手元にある平たい道具を警戒しているのだろう。
俺は、左手の中に魔法の石板を隠しながら、視線を少女に向けた。
少女というより幼女かもしれない。
俺の知る人間という種であれば、5歳ぐらいにしかならないのではないだろうか。
肌は白く、茶色い髪が波打っている。
目が血走り、口元から犬歯が覗いていることを除けば、愛らしい幼女そのものの姿だった。
「妾の望みは、異世界に行くことじゃ」
幼女は、俺をしっかりと見つめながら言った。
吸血鬼に見つめられるという恐怖を克服し、俺は見つめ返した。
「何のためですか?」
「知れたこと。この世界では、もう人間は数えるほどしかおらん。妾を見よ。もう500年もこの姿のままじゃ。それも全て、栄養が足りないからに他ならぬ」
「あなたは……」
「ベティアじゃ」
ベティアというのが、幼女の名前なのだろう。
俺もソウジと名乗り、話を続けた。
「ベティアさんはこの城、いやこの国の王なのでしょう? 国を捨てるのですか?」
「王といっても、統治などはしておらん。人間の牧場はジャミロフが管理しておる。生き続けるだけなら食事など必要ない吸血鬼の世界に、統治などいらぬ。用があるのは、餌である人を管理し、増やすための方法でしかない。その餌ですら、いなければいないで問題などないのじゃ」
「なら、どうしてベティアさんが王なのですか?」
「その質問は、妾の望みを果たすのに必要か?」
「はい」
実際は違う。だが、俺は聞かずにはいられなかった。
執事長ジャミロフが実は王なのだと言われた方が、よほど納得がいく。
「ならば答えよう。妾は王として生まれた。それ以外は知らぬ」
「父親や母親はどうしました?」
「知らぬ」
「魔物の王に父や母などはいない。ある時突然、王として誕生する。同種の魔物は、それが王であることだけは、どうしても覆せない事実として受け入れるしかないのじゃ」
つまり、目の前のベティアには、人間だった過去はない。
この世界に魔王はいないだろう。だが、魔王がいたとすれば、ベティアと同じような生まれ方をするのだろう。
俺は、長く息を吐いた。
「結論から言えば、異世界に連れて行くことは可能だ。ただし、俺にしたがってもらう必要がある」
「異世界に行けるというのは、本当か?」
「ああ。現に、四体の魔物が俺に従い、何度も異世界を行き来している」
「ソウジに従うとはどういう意味じゃ?」
「文字通りの意味だ。俺のシモベとなることだ」
「貴様、我らが王に向かって」
「やめよ」
ベティアが制止すると、ジャミロフが黙った。本当に、王と執事の関係なのだろう。
「どのような魔物がいる?」
俺は、魔物のアイコンをタップした。
床の上に、ピンクオークのウーが飛び出した。
「ここは……」
「ほう」
「美味そうだ」
「ソウジ、どういうことです? やっぱり、私を囮にするんですか?」
ウーは慌てた様子で杖を構える。
俺が桃色の頭部に手を当てると、震えが少しだけ収まった。
「オークという種族だ。見ての通り、人間ではなく、言葉を話す」
「そこのお前、ソウジとはどのような関係だ?」
ベティアの問いに、ウーは俺を見上げた。
俺は頷く。自由に話していいと許可を与えたつもりだ。
「いつも、私が魔法で助けていますよ」
「それは否定しないが、ウーの望みは叶えているじゃないか」
「まだオーブを破壊していないんですね。早く、次のダンジョンに行きましょう」
正直に口を滑らせたウーに、俺は魔法の石板を押し当てた。
ウーが消える。
「俺に従えば、出入りが自由になる。俺が収納している間は時間が止まっているから、飢えることもない」
「オーブとはなんじゃ?」
やはり、ウーに自由に話させるのは失敗だったようだ。
ベティアが明らかに、怒気を放っていた。
「オーブは、丸い石のようなもので、俺はいろいろな異世界で、オーブを壊すことを依頼されている。ベティアさんも持っているだろう」
「妾が、生まれたときから手にしていたものじゃ」
ならば、ベティアはオーブによって、ドラゴン王の魂のかけらによって生み出されたのかもしれない。
「俺の望みを言っていなかったな。一つは、時間を遡る方法を見つけることだ。もう一つは、オーブを破壊すること。ベティアさん、オーブを持っているのだろう。渡してくれ。その代わり、異世界に連れて行くと約束する」
「……無理じゃな」
ベティアは言った。
言いながら、ずっとテーブルの下にあった右手を出した。
右手が、オーブと癒着している。
まるで、オーブからベティアが生えているかのようだ。
「オーブを破壊すれば、王が死ぬかもしれん。そのような危険は侵せない」
ジャミロフが口を挟む。
それは当然だろう。
俺は、あえて尋ねた。
「時間を遡ることはできそうかい?」
「無理じゃな。そんなことができるなら、人間がたんまりいる時代に行って、好きなだけ血を啜るわ」
「だよな」
俺は言いながら、拳銃を取り出した。
素早く安全装置を外し、撃鉄を起こし、引き金を引いた。
オーブは拳銃で破壊できる。
それも実証済みだ。
だが、吸血鬼の王の右手と癒着したオーブは、俺が放った銃弾を止めた。
主に、ベティアの手の肉によって止められた。吸血鬼の王である少女は、回転する鉛の玉など、意に介さなかった。
「貴様!」
ジャミロフが怒鳴った。
俺は床に伏せ、アイコンをタップした。
俺に掴みかかった執事長ジャミロフが、突然出現した恐竜によって踏み潰された。




