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異世界には村もなかった  作者: 西玉
第3章 1000年後

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108 吸血鬼の王 ☆

 死霊魔法を使えば、ジャミロフすら従えられるかもしれない。

 だが、俺の指は死霊魔法には伸びなかった。

 ジャミロフを従えるイメージが湧かなかったのだ。

 それより、俺は同化魔法を選択した。

 ただし、指をあてがっただけで発動はしなかった。


 俺を見下ろすジャミロフの表情が、意外と穏やかだったためである。

「俺は、異世界から来た」

「ほう。そういうことか。お前が異物だということは承知している。人間たちに多大な被害を出させ、それにも関わらず人間たちと共闘している存在を、どう理解すべきかわからなかったのだがな」


「俺が異世界から来た、ということで、全てを納得してくれるのか?」

「納得しろとは、お前を見逃せということか?」


 俺は、視線を一瞬だけ左手に落とした。

 同化魔法の上に指が乗っているのを確認し、ジャミロフに視線を戻す。

 一瞬の賭けだったが、どうやら部が悪かったらしい。

 ジャミロフは、俺の視線の先にある魔法の石板を認めた。

 だが、あえて何も言わなかった。


「……俺を殺さないでくれることが見逃すことになるのなら、そうなるな」

「城をうろつく人間を、生き血もすすらずに野放しにしておくのは、見逃す以外の何者でもない」

「では、見逃してほしい」

「それは、お前がこの世界に、何をしに来たのかによる」


 ジャミロフは表情を変えずに言った。

 俺が驚いたのは、ジャミロフは俺が異世界からきたことを、疑いもせずに受け入れたことだ。

 この世界の人間は、誰も理解できなかった。理解したふりをした人間はいたが、本気にしていないのはわかっていた。


「他にも、この世界に来た人間がいるのか?」

「1000年ほど前には、頻繁にいた。特殊な能力を持つ人間が多く、当時の魔王は人間によって滅ぼされた」

「あんたは、それを見たのか?」


 まるで見ていたかのよう言うジャミロフに、俺は尋ねてみた。


「ああ。かつて、魔王の配下として吸血鬼たちを率いていたこともある。今の王が君臨するまでのことだ」


 つまり、ジャミロフは1000年以上を生きているということだ。

 俺は長く息を吐いた。

 この世界には、おそらく俺がいた世界から、何人も転生してきたのだろう。


 ドラゴンの世界からではない。ドラゴンの世界にさらわれた人間たちは、ドラゴンの思惑とは違って、異世界を攻略しようとはしていない。

 俺がドラゴンの世界の前にいた世界だ。

 当時、異世界に転生する物語が流行していたのを、俺は知っている。

 どうやら、実話を含んでいたらしい。


「俺は、1000年前に戻る方法を探してこの世界に来た。俺は、別の世界で1000年を、無理矢理過ごさせられたんだ。助けたい女がいた。時間を遡って、ひと目会いたい。そのための方法を探している」

「時を遡るか……文明も魔法研究も失われたこの世界では、望めぬことだ。そんな方法があれば、この世界はここまで荒廃していない」


「……だろうな。俺も、この城を見て無理だと思った」

「では、元の世界に帰るのか?」

「ああ。だが、その前にオーブを見せてほしい。多分、この城の主人が持っていると思う」


 帰れと言われるか、殺すと言われるかの二択だと思っていた。

 だから、俺はオーブの話を持ち出した。

 この世界で時間の逆行を諦めるとしても、オーブを破壊しなければ別の異世界で方法を探すこともできない。


「何のために?」

「そのオーブも、異世界からもたらされたもののはずだ。異世界を行き来する力が宿っている」


 嘘ではない。この世界の住人が知らない情報のはずだ。

 ドラゴンたちは、1000年という期間をごく短い期間だと認識していした。

 オーブがもたらされたのは、数万年単位の昔のはずだ。

 城の執事長ジャミロフが目を細めた。


「……ほう。貴様、その使い方を知っているのか?」

「ああ。そうでなければ、この世界にはこない」

「1000年前にこの世界にきた人間たちは、結局自分の世界への帰り方を知らなかった」

「そうだろうな。俺は違う」


「……異世界へ渡るか。よかろう。王は王の間にいる。ここより五階ほど上のフロアだ。私はお前を殺さない。自力で行き着くがいい。先に行って待っている」

「承知した」


 俺が言うと、ジャミロフは頷いて掻き消えた。

 霧になったのだ。

 俺は、ジャミロフの影が周囲にないことを確認し、同化魔法をタップした。


 ※


 同化魔法の持続時間はそれほど短くないはずだ。一度使えば数分は維持されるはずだが、精神魔法や生命魔法と同じように、効果が切れたことを使用者がわからない。

 俺は、慎重に同化魔法を使用し続けながら、マップページと切り替えて進んだ。


 オーブは確実に近づいてくる。

 執事長ジャミロフに教えられたように、俺が休憩をとった場所から五階分上がったところで、俺が移動するほど、近づくようになってきた。

 おそらく、同じフロアなのだろうと推測した。


 進み続け、次の部屋にあるはずだという場所に到達した。

 俺の目の前に、身長の3倍ほどの両開きの扉があった。

 同化魔法の持続時間中であれば、他の魔法を使用しても効果は持続される。


 俺は、何度か試してそれが分かっていた。

 生命魔法をタップする。

 全身に意識を向け、巨人が出入りするような立ちはだかる扉に挑む。

 鍵はかかってなかった。


 だが、やはり普通の人間に開けられる扉ではなかったようだ。

 俺が全力で挑み、ゆっくりと扉が動いた。

 隙間ができれば、体を滑り込ませることはできる。

 扉の隙間に入り込んだ俺を待っていたのは、広い部屋だった。


 何もない。見た時はそう思った。

 だが、視界の先に厳つい椅子が設らえられているのに気づくと、俺は千年前の記憶が蘇った。

 魔王の城の玉座の間に似ていたのだ。

 俺が壁に埋め込まれ、千年を経過した場所だ。


 だが、あの異世界は閉じた。

 オーブを壊した以上、二度と行くことはできない。

 似ているだけだ。

 吸血鬼の王の城なのだ。


 魔王の城と似ていて当たり前だ。

 俺は、自分に言い聞かせた。

 同化魔法は、何もない場所では効果がない。

 同化できるものがないと、意味がないのだ。


 壁の近くなら壁に、なければ床か地面に同化してきた。

 俺は、壁際を歩くか地面に這いつくばって同化して進むか考えた。

 視線の先に椅子があることに気づくと、立派な椅子が空席ではないことにも気づいた。

 空には太陽が登っている。


 吸血鬼の活動時間ではないが、王の座る椅子に何が座っているのか、吸血鬼の常識はわからない。

 俺は、真っ直ぐに進む道を選んだ。

 床に這いつくばり、同化魔法に指を伸ばした。


「はっはっはっ。そのように、遠くで平伏せずともよい。妾に用であろう。立て」


 その声は、非常に幼く感じた。

 だが、吸血鬼の年齢を外見で測ることはできない。声でも同様だ。

 同化魔法が切れてしまっていたのだろう。

 俺は、体裁が悪い思いをしながら立ち上がる。


「陛下、何が来たのでしょうか?」

「そなたが言っていた人間ではないのか? 扉が開くのは見えたであろう」


 答えたのは、玉座に腰掛けた小さな姿だ。

 その傍に、俺が見たことのある姿があった。

 執事長ジャミロフだ。


 どうやら、ジャミロフには見えていなかったようだ。同化魔法の効果は切れていなかった。俺が立ち上がったことにより、気づいたのがわかった。

 つまり、玉座に座り陛下と呼ばれる存在には、俺の同化魔法は通用しないのだ。

 誤魔化そうとするのは逆効果だ。ジャミロフは、俺を殺さないと言った。


 俺は同化魔法を使用するのを諦め、真っすぐに歩き出した。


挿絵(By みてみん)

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