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異世界には村もなかった  作者: 西玉
第3章 1000年後

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105 吸血鬼侵入

 老人たちの反応は顕著だった。

 耳が遠くなっているのか、何人か反応していなかったが、遠くから聞こえた悲鳴に気づいた老人は、いずれも体を小さく丸め、縮こまっていた。

 これが、俺がいた大元の世界であれば、何かに祈っていることだろう。


 世界のどこの国でも、祈る対象がない国はなかった。

 だが、このダンジョンの世界では、人間にとって祈る対象となるものは、すでに存在していないのだ。祈るような所作をする老人がいないことが、妙に奇異に感じられた。


「どこに行く?」


 俺が外に向かおうとしたとき、背後から声がかけられた。


「何が起きているのか、確かめに行く」

「行くまでもない。若者たちは、いずれも屈強に鍛えられておる。わしらも、昔はああだった。身を守ることができなくなった者は、こうして順番に、吸血鬼の生贄になるために順番を待っている。ああして、悲鳴をあげているということは……来るべき時がきたのだ」


「『来るべき時』ってなんのことだ?」

「この城の主人が死に、人間たちが1人も残らず生き血を絞り取られる時さ」

「あんたたちは、何もしないのか?」


 俺は、ただ怯えている老人たちに腹が立った。

 戦うことができなくなり、ただ順番を待っているというのであれば、若者の身代わりにはなれるのではないだろうか。

 だが、俺の考えが浅かったようだ。震えていた老婆が言った。


「見境のなくなった吸血鬼たちに、道理など通じない。満たされるまで何人でも食らうだろう。運が良ければ生き残る。まあ、誰も生き残らないだろうがね」


 老人たちは、吸血鬼に怯えて生き続けてきたのだ。

 下手を打った後のことも知り尽くしている。俺が言えることはなかった。


「それでも、俺は行く」

「ああ。吸血鬼になりたてが、一番飢えているらしい。吸血鬼になる前に、若者たちから離れておくれ」

「わかったよ」


 俺が吸血鬼によって血を吸われる前提で話しているのが気になるが、悲鳴が聞こえてきた場所に行くというのは、そういうことなのだ。

 俺は老人たちの溜まり場から抜け出し、狭い穴を登った。


 ※


 多くの入り口に分岐する広場に戻って俺が見たのは、戦士と思われる人間の首筋に食らいつき、血を啜る、見覚えのある姿だった。

 俺に、クルナスと名乗った女だ。


 俺に槍を突き立て、化け物は殺すと宣言した女が、自ら吸血鬼となって仲間の首筋に食らいついていた。

 吸血鬼はクルナスだけではない。十人以上の吸血鬼が、武装した人間たちに切り刻まれ、あるいは噛み付いている。


「クルナス、何をしている」


 俺が目の前のクルナスに尋ねると、かつて俺が渡した保存食を美味しそうに貪り食らっていた女の大きな瞳が、ぎろりと動いた。


「外の吸血鬼を呼び込んだのはお前だ」

「なんのことだ?」

「見張りである私の鎧を剥がし、気絶させた。その上、封じられていた地下室の入り口を開け放った」


 言いながら、クルナスは抱えていた戦士を離した。

 人間だった塊がどさりと倒れ、口から真っ赤な血を滴らせた半裸の吸血鬼が立っていた。

 人間だった時の記憶を保っているようだ。

 俺は思い出した。


 外で城の見張りをしていた兵士2人が、夜になる前に地下に戻った。

 俺は人間に会うために2人の後を追ったが、仕掛けがわからずに閉じ方がわからなかった。

 地下に下り、クルナスの説得を諦め、気絶させた。

 鎧を奪ったのは、自分で着るためだ。

 結果的に脱いでしまったが、その結果、クルナスは自分の身すら守れなくなった。


「……俺のせいだ」


 全てを理解した。

 目の前に広がる惨状は、全て俺が原因だ。


「こっちに来い」


 俺の腕を掴んだ何者かがいた。

 俺は腕を引かれながら、左手に魔法の石板を取り出していた。

 無数にある出入り口に引き込まれそうになった。

 俺は、俺の腕を掴む手を振り解いた。


「あいつらのことは諦めろ。もう、広場に人間は1人も残っていない。全員、化け物に変わった」


 誰かわからないが、俺の耳元で叫んでいる。

 俺はわかっていた。


「わかっている。こいつらは、全部化け物だ」


 俺は取り出したダイナマイトを広場に放り込んだ。

 さらに魔法を使用する。

 爆発魔法をタップし、放り込んだダイナマイトに向けて放つ。

 俺は背後に飛んだ。


 轟音と爆風が破裂し、俺は吹き飛ばされた。

 細く暗い穴の中で、視界が閉じた。

 ダイナマイトの爆発で、入り口が埋まってしまったのだ。


「ついてこい」


 俺を引き入れた誰かが、俺に言った。

 俺が振り向くと、男の背中が見えた。

 男が進む方向から、かすかに光が射している。

 俺は、男について歩き出した。


 ※


 俺が連れていかれたのは、広い空間だった。

 地下であるため薄暗いのは仕方ないが、いくものランプが灯され、不自由のない程度には明るかった。

 何もない広い空間かと思ったが、あちこちで武器を振るう人間がいる。

 本来は訓練場なのだろう。


 現在は、入り込んだ吸血鬼を殺すために忙しそうだ。

 先ほどの、分岐する広場は吸血鬼で溢れていた。

 あれで全部ではなかったのだ。


「ここはどこだ?」


 俺が尋ねると、俺を導いた男が剣を向けた。クルナスより軽装だが、しっかりとした武装をしている。


「お前は吸血鬼か?」

「違う。噛まれてもいない」

「さっきの言葉はどういう意味だ? 何が、『お前のせい』なのだ?」


 俺のつぶやきを聞かれたのだ。だから、男は俺を問いただすために連れてきたのだ。

 全てを言うべきだろうか。

 誤魔化すことはできないだろう。

 俺は、よそ者なのだ。覚悟を決めた。


「見張りをしていたクルナスを倒した。クルナスが見張りを続けていれば、こんなことにはならなかったはずだ」

「クルナスを? お前が?」


 男の目が険しい。

 俺は非力に見えるはずだ。疑わしいのだろう。


「ああ。本当だ」


 正確には、俺の召喚した恐竜がだが、俺はそこまでは言わなかった。


「その話が本当なら、吸血鬼を追い出すのに協力しろ。入り込んだのは、まともな思考力を持っていない下等種だ。時間を稼げば、騒ぎに気づいて城の主人たちが動き出す」

「わかった」


 よそ者で信用できないはずの俺に、助力を求めるほどの緊急事態だということだ。

 俺は、左手に出しておいた魔法の石板を握りしめた。


「おい。上で起きた爆発も、お前の仕業か?」


 俺が頷いたところで、男が話題をかえる。


「ああ。そうだ」

「よくやった。あの力は、コントロールできるのか?」

「無理だ。生きている人間が誰もいないと思ったからやったんだ」

「そうか」


 男が周囲に目を転じる。

 ここにいるのは、鍛えられた人間ばかりなのだろう。

 剣や槍を持ち、入り込んだ吸血鬼たちと対決している。

 だが、痛みを感じず膂力に勝る吸血鬼の相手は簡単ではない。

 決して、人間が優勢というわけではない。


「武器は?」

「これがある」


 俺は、手にしていた魔法の石板を持ち上げてみせた。


「そんなもので戦えるか。使え」


 男は、手にしていたのとは別に、腰に下げていた短剣を抜き、俺に放った。

 クルナスから奪った槍は、どこかで手放してしまった。

 剣を受け取る。


「お前が生き残ったら、詳しく聞かせろ」

「わかった」


 男が仲間を救うために走り出す。


 俺も、慣れない剣に戸惑いながら、自分の体に刺さった槍を握りつぶした吸血鬼に近づいた。

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