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異世界には村もなかった  作者: 西玉
第3章 1000年後

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104 人間の居住区

 俺は床にへばりつき、床と同化したままで魔法の石板のページをめくった。

 魔物のアイコンをタップする。


「なっ、なんだと?」


 重装備の兵士クルナスが、嬌声を発しながら立ち上がる。

 見上げていた。

 部屋いっぱいに登場した、堅そうな頭部を持った巨大な爬虫類を見上げていた。


「ここは……地下か?」


 野生の勘だろうか。地下であることを看破し、恐竜種のハンヘドは、ハンヘドにとっては狭い室内で首を巡らせた。


「せいやぁ!」


 甲冑姿のクルナスが、ハンヘドに槍を突き立てる。

 ハンヘドの皮膚に、槍の先端がめりこんだ。


「なんだこいつ」


 突き出された槍を短い腕で掴み、いかにも堅そうな頭部を振り下ろす。

 クルナスの首が不自然な方向に曲がり、床にばったりと倒れた。


「ご主人、こいつはなんだ?」

「人間の兵士だ。強くて手に負えなかった」

「食べてもいいか?」

「いや、いまはまずい。ありがとう。助かった」


「散歩してきていいか?」

「この部屋に、ハンヘドが通れる出入り口はないよ。それに、地下にあるなら、壁を壊しても外には出られない」

「それじゃあ、仕方ないな」


 ハンヘドはどさりと腰を下ろし、俺に鼻先を近づけた。

 自分の役割が終わったことを理解しているのだ。

 俺が魔法の石板で鼻先を撫でると、ハンヘドは再びアイコンに収まった。

 俺は、クルナスの鎧を外した。


 力強い筋肉がたっぷりと乗っているが、柔らかい肉体をした豊満な女だった。

 食べ物には、不味いかもしれないが、事欠かないのだろう。

 俺は鎧を外し、俺には大きすぎることに失望を感じながら、なんとか着ることができた。

 重いが、身動きができないほどではない。


 俺はクルナスが気絶しただけであることを確認し、下着姿のまま脇に転がしておいた。

 槍を持って、クルナスが腰掛けていた背後の扉に向かう。

 扉を試し、扉が開かないことに気づいた。

 内側からしか開かない仕掛けになっているか、特別な方法で封じられているようだ。


 俺は魔法の石板を左手に出現させたが、操作することができなかった。

 指先まで鋼鉄に覆われている。画面が反応しなかったのだ。

 俺は仕方なく左手の防具を取り外し、左手のみ剥き出しという奇妙な格好に甘んじることになった。

 アイコンをタップする。

 地面にウーが転がり出た。


「……まだ、オーブを壊していないんですね。場所が変わりましたね。どこです?」


 きょろきょろと見回すピンクのオークの頭に、俺は手を置いて言った。


「あの街の城だ。地下らしい。この扉が開かないんだ。開け方がわかるか?」

「とうぜんです。私は万能ですからね」


 ウーは、魔法の杖を持ち上げた。

 魔法の杖の先端の水晶を扉に押し当てる。

 ウーは実に多くの魔法を使用できるが、杖の水晶からしか魔法を発動できず、魔法を飛ばすこともできないため、できることは限られている。


「魔法の力で封じられています。ここにある魔法陣で封じていますね」


 ウーは、杖の先端で扉を叩いた。

 叩いた場所はただ金属の扉の一部だが、その内部に仕掛けがあるのだろう。


「中に入りたい。開けられるか?」

「魔法陣に触れられれば、開けられると思います」

「わかった」


 俺は、ウーが叩いた場所に爆発魔法を使用した。

 ごくちいさな爆発だ。

 扉に傷も生じない。

 だが、封じられていた扉がゆっくりと開いた。


「封印を解けたのだろうか?」

「いえ。的確に魔法陣を破壊したので、封印が壊れたんです」

「まあ、同じことだ」

「そうですか? 理由があって封印をしていたと思いますけど……」


「封印を直せるのか?」

「無理ですね。金属の中に埋まっていますし、見てもいませんから」

「なら、仕方ない」


 俺は言いながら、開きかけた扉を押し開けた。


「ソウジって、勇者に向きませんよね」

「勇者は敵だろう」

「はい。だから、褒めたんです」


 ウーと話しながら扉を開けると、暗い通路が真っ直ぐに伸びていた。


 ※ 


 この世界では、まだ吸血鬼以外の魔物を見ていない。

 人間に見られた時の反応がわからないため、俺は再びウーを魔法の石板に収納した。

 細く暗い通路を抜けると、幾つもの入り口がある広場に行き着いた。

 俺は、蟻の巣を連想した。


 シルフに言われたことを思い出し、俺は魔法の石板をタップして生命魔法を起動する。

 耳に意識を集中させると、激しい音が響いてくる入り口があるのに気づいた。

 街に入る前に聞いた、戦闘の訓練をしている場所なのだろう。

 他にも、子どもの声や作業をする人間たちの声を聞くことができた。


 俺はクルナスを思い出す。

 侵入者だと知られたら、この世界の人間たちを敵に回すかもしれない。

 戦闘の技術においては、手も足も出ないことが容易に想像できる。

 俺はいくつかの入り口から漏れ出てくる音を聞き、静かに会議をしているらしい場所を選んだ。


 戦闘になりそうにない場所を選んだのだ。

 そのため、クルナスから奪った鎧を脱ぐことにした。

 もともと、サイズが合っていないのだ。


 脱ぎ捨て、拾ってきた元々の服を着る。

 広い場所から再び狭い入り口に足を踏み入れる。

 急な階段を下り、俺は薄暗い中に車座になった老人たちのいる溜まり場に行き着いた。


「お呼びかい?」


 さほど広くはない暗がりに訪れた俺に驚く事なく、老人たちが振り向き、近くにいた老婆が尋ねた。俺が誰かを呼びに来たのだと勘違いしたようだ。


「いいや。迷い込んだ」


 俺が答えると、老人たちは囁き合った。

 会議をしているのだと思っていたが、俺の早とちりだったらしい。


「『迷い込んだ』? 生まれた時から、この街しか知らないだろう?」

「俺は外から来た。あんたたちは、いつから地下にいる?」

「人間は、この地下でしか生きられん。『外から』だと? どうやって?」


 老人たちの視線が全て俺に向いた。

 大勢いると思ったが、実際の人数は十人に満たない。


「方法は答えられない。だが、別の世界だ」

「ますます信じられん。よく吸血鬼たちに見つからずにいられたものだ」

「見つかったが、隠れた」

「『隠れた』? すでに噛まれた後ではないのか?」

「いいや。噛まれてはいない」


 俺は言いながら、服を脱いだ。

 老人たちの視線が、俺の首筋に向かうことは想定済みだ。


「なるほど。護符もないし、噛まれた跡もない。本当に異世界から来たとして、何がしたいんだ?」

「人間の文化や魔法が、この世界にどのぐらい残っているのかを知りたい」

「地下で生まれ、ほとんどが地下で死ぬ。それがこの世界の人間だよ。あんたが探しているものなんか、何も残ってはいない」

「吸血鬼に支配されるようになったのは、いつからだ?」

「さあね。ずっと昔だ。私たちの口伝でも伝わらないほどの昔さ」


 老人たちから聞けることは少ないようだ。俺が入ってきた場所以外に出入り口はなさそうだ。

 戻って他の入り口から入ってみるべきだろうか。

 俺が戻ろうかと思った時、背後から悲鳴が聞こえた。


 生命魔法は使用していない。それだけ大きな悲鳴が、どこかで上がっているのだ。

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