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異世界には村もなかった  作者: 西玉
第3章 1000年後

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103 異世界の戦士クルナス

 携帯食料を食べ終わると、クルナスは食料を口に運んだ手をしばらく舐めていた。

 俺は空腹なのだと理解し、もう一つ取り出した。

 携帯食料も無限にあるわけではないが、ダンボールで一箱見つけたので、余裕はある。


 俺が包み紙を破るのを、クルナスは目を大きく見開いて見つめていた。

 袋から取りだす。

 俺は、携帯食料をつまみ上げた。


「そ、それは、お前の分だよな?」

「欲しいか?」

「く、くれるのか?」


 尋ねながら、クルナスは手甲をした手の平を上に向けて、俺に向かって突き出した。


「この世界の人間のことを教えてほしい」

「教えたら、くれるのか?」

「教えると約束してくれれば、やる」

「教える」


 即答だった。クルナスは、顔立ちの整った愛嬌ある美女だ。

 鎧に身を包み、まともに戦えば俺など手玉に取られるほど強い。

 その女性が、携帯食料欲しさに震えているのは見ものだった。


「わかった」


 相手が1人なら、精神魔法を使用すれば言いなりにはできるだろう。

 だが、クルナスには精神魔法を使用したくなかった。クルナスのよく変わる表情を見ていたいという願望があったこともある。


 何より、俺を味方としてずっと認識してもらうためには、精神魔法を使用しないほうがいいと感じたのだ。

 俺がクルナスの手の平に固形食料を載せると、動物を捉える罠が閉じるような勢いでクルナスの手が閉じ、甲冑の胸に押し付けた。


「た、食べるぞ。もう、もらったのだ。私のものだ」

「ああ。クルナスのものだ。取らないから、ゆっくり食べてくれ」

「う、うん」


 クルナスが固形食料をむさぼるのを、俺はしばらく眺めていることになった。


 ※


 クルナスの幸せそうな食事風景が終わったところで、俺は石の地面に尻を下ろして尋ねた。


「この世界は、吸血鬼に支配されているんだろう?」

「そうだ。そんなことを聞くなんて、本当に別の世界から来たみたいだな」


 クルナスは再びヘルムを被り、槍を構えて俺が最初に見た位置に戻った。

 やや高く、座りにくそうな石の椅子がある。

 クルナスの動きを見て、甲冑を来たままで座るのに適した高さなのだと理解した。


「信じていないのか?」

「信じているさ。この世界の人間は、全て吸血鬼の餌として生かされているだけだ。餌に美味しい食べ物を与えても、血の味は変わらないらしい。だから、美味しい食べ物を与える必要はない」


 俺が与えた固形食料は、俺の世界の完全栄養食と似た味がする。

 栄養を追求したものであり、味は二の次のはずだが、この世界の食事はそれほど劣悪なのだろう。


「この城には、どれぐらいの人間がいるんだ?」

「それを他の吸血鬼に教えられると、この城が敵だらけになる」


 つまり、かなりの数がいるのだろう。

 外に出ていた兵士たちやクルナスは、その中でも指折りの強い人間たちなのだ。


「この城は、吸血鬼が建てたのか?」

「昔の人間が建てたものを利用しているはずだ。だが、壊れた場合は吸血鬼のシモベたちに修復させている。現在残っている場所で、壊れていない場所もないだろうがな」

「人間の文明は、どのぐらい残っている?」


「なにも残っていない。吸血鬼たちの命令で、体を鍛えることと数を増やすことを命じられている」

「では、ほかの城の人間たちも似たようなものだろうか?」

「ほかの城には、ほとんど人間は残っていないそうだ。たまにいるかもしれない。そういう、別の城の人間が忍び込んで、他所の吸血鬼を手引きしないよう、私が警戒しているのだ」

「なるほど……俺に怪我をさせるわけだ」


 俺は、クルナスの槍で突かれた左手に目をやった。

 生命魔法で癒したので、すでに傷はふさがっている。


「うん? その手、私が串刺しにしたはずだが」

「まあな」

「お前……吸血鬼化しているのか? まあ、別の世界から来たと言うのなら、吸血鬼のことも知らないだろう。この城に、無傷ではたどり着けないのも仕方ない。それなら、時間の問題だ」

「……時間の問題って、どういう意味だ?」


 俺が尋ねると、クルナスは立ち上がり、再び槍を構えた。


「お前、ソウジといったな。ソウジが吸血鬼になるまでだ」

「俺は血を吸われたわけじゃない」

「嘘をつくな。人間にそんな再生能力があるはずがない。もう魔物化しているのだろう。なら、すぐに殺さなければならない」


 クルナスの強さはよく知っている。俺は、死を意識しながら、言葉を探した。


「俺は、吸血鬼に噛まれていない。疑うなら、全裸になってもいい」


 俺が言うと、クルナスの眉が寄った。どうやら、とても嫌そうである。


「裸を見せたいのか?」

「見せたいわけじゃない」

「まあ、いい。脱いでみろ。本当に噛まれた傷がないのかどうか確認する」

「ああ」


 俺は、怪我をした片腕を上げたまま、服を脱いだ。

 上着を脱いだ段階で、クレナスが待っていられなくなったのか、俺の服を剥ぎ取った。


「お前……護符はどうした?」

「自分で入れようとしたが、上手くいかなかった」


 俺は、人間たちにとっての護符とは、首に描いた刺青だと理解している。

 服を着ると見えなくなるが、護符を持っているという思い込みで吸血鬼を恐れなくなるために、標的にされにくくなるのだ。というシルフの推論に基づいている。


「護符のない人間がいるとは思わなかった」

「そうだろう。俺は吸血鬼でもないし、この世界の人間じゃない」

「異世界から来たということか……ふむ。ということは、異世界の人間はみんなそんなに怪我の治りが早いのか?」


 クルナスは、槍の先端を俺の左腕に向けた。


「ああ……そうだな」

「そうか」


 クルナスは、突然立ちあがって俺を串刺しにしようとした。

 俺は慌てて下がる。

 クルナスは鍛えられた屈強な戦士かもしれないが、吸血鬼に対抗するために全身を重い鎧で覆っている。

 逃げるだけであれば、不可能ではない。

 俺は下着同然の姿になっているが、かえって身軽だ。


「何をする」

「その回復力があれば、もっと戦える。この世界の人間が生き残るために必要だ」

「待て。だからといって、どうして俺を殺そうとする?」

「回復力の高い肉を食べれば、私も回復力が高くなる。仲間たちにも食べさせる」


 俺が下がったところに、再び槍が迫った。

 投擲したのだと理解した時、俺は咄嗟に石畳の床にへばりついていた。

 魔法の石板をタップする。

 同化魔法を使用した。


 精神魔法を使用して、万が一効果がなかった場合、次の魔法を使用する前に死ぬのではないかと想像したのだ。

 それに、クルナスのような特異な考え方をする人間に、精神魔法が狙い通りに作用するかどうか、自信がなかったのもある。


「消えた? やはり、化物だったのか?」


 クルナスが呆然と呟いている時、俺は自分の口元を必死で塞いでいた。

 何しろ、全身鎧を身につけた巨大な筋肉の塊が、気づかずに俺の背中を踏みつけにしていたのだ。

 しばらくウロウロと歩き回り、諦めてクルナスは元の位置に戻った。

 クルナスが仁王像のように座っている場所のすぐ後ろに、小さな扉があることに気づいた。


 どうやら中に入るのには、クルナスをもう一度移動させなければいけないらしい。

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