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異世界には村もなかった  作者: 西玉
第3章 1000年後

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102 王城への潜入3 ☆

 男たちは誰ともすれ違わず、城の二階に登り、奥まった角の扉を開けた。

 細く暗い縦穴があり、ロープが垂らされている。

 当然のように、城の前で警備をしていた男がロープで降りていく。


 俺は、最後まで同化魔法を使用していた。

 後から降りた街壁で見張りをしていた男は、用心深く背後を振り返りながら、扉を閉めた。

 俺は同化魔法を解除し、扉を試した。


 俺は扉だと知っているが、見ただけでは壁だと思うだろう。

 表面に城に使われているのと同じ石の壁が貼り付けられている。

 取手に当たるところに凹みがあり、手が入るようになっていた。


 あの男たちは簡単に開けていたが、扉が重くて動かない。

 俺は生命魔法をタップし、力任せに扉を引いた。

 石の壁に偽装してある分重いのだろうと思っていたが、どうやら鍵がかかっていたらしい。


 男の背後から見ていたので、鍵を開ける動きはわからなかった。

 俺が力任せに引き開けたため、鍵の役割を果たしていたらしい金属の破片が弾け飛んだ。

 床に転がる金属片を、役にたつかどうかわからなかったが、拾って魔法の石板に収納した。


 開いた扉の中は、暗く、ロープが下がっている。

 男たちは下に降りた。上はどうなっているのかと覗いたが、やや高い天井に横棒が渡されており、ロープが縛り付けられていた。


 上に登っても、何もないようだ。

 俺は、縦穴に身を乗り出した。

 ロープに捕まり、扉を振り返る。


 扉の内側に、掴みやすい手すりが施されていた。

 扉を開けたままにはしておけない理由があるのだろう。

 俺は、手すりを掴んで扉を閉め、最初の男がやったようにロープを掴む手を緩めて滑り降りた。


 ※


 入口の扉を閉めたところから、ほぼ真っ暗でなにも見えなくなった。

 手の感覚だけで滑り降り、足元が明るくなってきた。

 かなりの距離を落ちてきた。


 下手に着地すると、足が折れるかもしれない。

 生命魔法をタップしようと左手を顔の前に持って来ようとした時、足元に強い衝撃があった。

 体を支えきれず、尻餅をつく。


 俺が落ちたのは、松明の篝火だけの薄暗い空間だった。

 真っ直ぐに落ちてきた。

 城の地下なのだろう。

 広い部屋ではない。


 周囲は石を積み上げた壁ではなく、掘り出し、くり抜いた土の壁だ。

 上を見ると、二メートルほど上の天井に丸い穴が空き、ロープが下がっているのが微かにわかった。


「すでに地上の戦士たちは帰還しているはずだ。お前は誰だ?」


 俺に呼びかける声とともに、金属のぶつかり合う音がする。

 俺が声のした方向に首を向けると、篝火に照らされた金属の鎧が立ち上がり、俺に槍を突きつけていた。

 俺はすかさず魔法の石板を取り出す。どんな人間であれ、精神を侵されれば無力化する。


 だが、吸血鬼と戦えるまでに鍛え上げらけた者たちしか任務を与えられないという言葉は本当のようだ。

 俺が魔法の石板を取り出した途端、容赦なく鎧の持つ槍が俺の左手を貫いた。

 血がほとばしる。俺の血だ。


「ぐっ……」


 俺は呻いた。自分の腕に穴が空き、鋼鉄の棒が突き刺さっている。


「質問に答えもせず、おかしな動きをするからだ」


 鎧の男は槍を引いた。俺はさらに呻いた。

 俺の腕を貫いていた槍は、引き抜かれる時にさらに俺の血肉をえぐったのだ。


「お、俺は、外から来た。人間だ。吸血鬼でなければ、味方だろう」

「ああ。人間であることはわかる。吸血鬼なら、腕を刺されたぐらいで痛まないし、血も流れない。だが、人間であれば味方というわけではない。俺たちを餌にする為に送り込まれた人間かもしれない」

「そんな奴がいるのか?」


 俺が尋ねると、男の槍が先端を俺の喉に突きつけられた。

 男が迷わず突けば、今後こそ俺は死ぬ。

 俺は、戦闘の訓練を受けたことはない。素人なのだ。

 どんなに魔法の力を身につけても、不意をつかなければ無力なのだと、俺は抵抗を諦めた。


「いるさ。外から来たと言ったな。どの方向からだ? 氷山か? 砂漠か? 毒の沼地か?」

「それは……方角じゃないな」


 氷山や砂漠が近くにあるのだろうか。

 槍を突きつけられながら、俺はゆっくりと両手をあげた。抵抗する意思がないことは伝わったようだ。


「方角? それはなんだ?」

「いや……なんでもない」


 この世界でどれほど前に人間の文明が滅んだのかはわからない。

 だが、確実に言えるのは、王都を作った人間がいたはずだ。あるいは、王都のような建物群をかつて作った人間の文明があったはずだ。

 この世界では、惑星に磁力が発生していないのかもしれない。北や南の概念が存在しないとしても、不思議ではないのだろう。


「どこから来たかで、吸血鬼たちの動きがわかる。隠しているなら、殺すぞ」

「城の外からじゃない。この世界の外からだ」

「世界の外? だから、こんなに弱いのか?」

「ああ。そうなんだろうな」


 どうやら、俺は驚かれるほど弱いらしい。


「異世界から来たと証明できるか?」

「右手を動かしてよければ」

「ああ。やってみろ」


 左手は、血を流しすぎて感覚がなくなっている。魔法の石板を持ったままなので、右手が動けば操作できる。


「ちょっと待ってくれ。この世界にはない食べ物を……」

「ほう」


 男の声が上ずった。食べ物には逆らい難いようだ。やはり、食には不自由しているのだろう。

 俺は、右手で魔法の石板の画面をスライドさせ、アイテム画面を出した。

 食べ物は捉えた獣などを調理することが増えてきたために、あまり食べなくなった、ブロックタイプの固形食料を取り出した。


 動物を食べるようになったのは、ウーの影響だ。シルフは芋虫が、アリスは草が主食だ。

 石の床に、固形食料が落ちる。


「……これか? 石だろう。食べられるはずがない」


 俺は、男を刺激しないよう、ゆっくりと膝を折った。

 手を伸ばし、固形食料を包んでいる袋を右手と口で破り、中身を露出させた。

 歯で噛み、砕く。

 チーズ味をベースに、様々な栄養素を固めた小麦粉の複雑な味が口の中に広がる。


「ほら」


 文明が衰退していれば、食料を分け合うことに抵抗もないだろう。

 多分に偏見で、俺はほぼ半分になった、食べかけの固形食料を差し出した。


「……ふむ。美味いのか?」

「好みによるだろう」

「味の好みを言えるほど、食材に恵まれた土地はないはずだ」


 言いながら、男は俺の差し出した食料に手を伸ばした。

 手甲に包まれた指で挟み、槍を地面に置いて、空いた手でヘルムに手をかけた。

 俺は、急いで生命魔法を使用し、痛んだ左手を癒そうとした。


 すぐに男に精神魔法を使用しなかったのは、食料に気をとられている間に、精神魔法を使用する時間はあるだろうと判断したためだ。

 男はヘルムを外した。

 俺は間違っていた。


 ヘルムの下にあったのは、長い黒髪を後頭部で束ねた、整った顔立ちの女性だった。

 声が枯れているのは、厳しい訓練の結果だろうか。

 頭部を晒した女性は、俺が渡した食料の半分を鼻に近づけ、怪訝な表情で口に運んだ。

 女の目が大きく開かれ、俺を凝視した。


 俺は、まずは傷の治療をすることにした判断は間違いだったかと感じた。

 だが、またもや俺の予測は外れた。


「なるほど。こんな美味いもの、異世界でなければ手に入らないだろうな」

「ああ。わかってくれてよかった」


 俺は左手の傷を塞ぎ、女はクルナスと名乗った。


挿絵(By みてみん)

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