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異世界には村もなかった  作者: 西玉
第3章 1000年後

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100 王城への潜入1 ☆

 俺は、同化魔法をタップしてから地面に這いつくばった。

 これで、地面に同化して見られるはずだ。

 同化魔法は前回のダンジョンの経験から習得することになったはずだが、前回のダンジョンでは俺は壁にめり込まされ、壁の一部となっていた。


 同化魔法は周囲と同化して見られるだけで、つまりカメレオンのような擬態に過ぎないと考えている。

 同化魔法にもレベルが存在するので、レベルを上げていけばいずれ同化した物体の一部となれるのかもしれない。


 もっとも、俺にとっては見破られなければ一緒なので、地面の中にめり込みたいわけではない。

 実際、同化魔法を使用中に誰かに見咎められたことはない。単なる擬態ではなく、魔法的な効果で発見されにくくなっているのかもしれない。魔法についての説明がどこにもないので、全ては推測と経験だ。

 同化魔法を使用しているからといって、俺は堂々と歩いていくだけの自信はなかった。


 魔法を使用してから、地面に這いつくばってほふく前進を試みた。

 結果として、俺は誰にも見咎められず、王都の門にたどり着いた。

 普通に歩いたらどうなるかを検証できなかったのは残念だが、目的は達した。


 立ち上がる。

 誰もいない。

 この街の支配者は吸血鬼だ。人間たちを使役しているといっても、その数は多くはないのだろう。

 門も開いている。

 門番もいない。


 門番の休憩所があるのは、もともとは人間が作った施設を吸血鬼が使用しているのか、人間の真似をして吸血鬼が用途も考えず作ったのかはわからない。

 だが、ほとんど使用されていないことはわかる。

 机と椅子があるが、明らかに朽ちている。


 複数の魔法を同時には使えない。

 俺は再び同化魔法を使用して門番の休憩室に入ると、生命魔法に切り替えて意識を耳に集中させた。

 これまでシルフやアリスに頼ってきたが、二人によれば、魔法使用時の俺の聴力は二人を凌ぐらしい。

 吸血鬼の数はわからない。吸血鬼は昼間動かないし、呼吸もしない。


 動いている生物がいれば、おそらく人間だ。

 しばらくして、近くには誰もいないことを確信した。

 外からは、街を囲む壁の上に人間がいるのが見えたが、近づくと非常に高い壁だった。

 俺に足音や呼吸音が聞こえる範囲にはいないのだろう。


 動いている人間は、吸血鬼と渡り合えるだけの鍛えられた人間ばかりのはずだ。

 その人間たちにとって、俺の存在がどう見えるのかはわからない。

 俺は再び、同化魔法をタップした。

 王都に入った瞬間から、はるか先に王城があるのが見えている。


 王城に向かえば、人間もいるだろう。

 だが、吸血鬼は昼間眠っていることが多いが、起きないわけではない。

 いきなり王城に突っ込むのは、あまりにも危険が大きい。

 迷ったあげく、俺は同化魔法を使用しながら、街を囲む壁を登ることにした。


 外側からは登ることができないが、街の内側には、人間二人が並んで歩けるぐらいの幅の階段を設えられていた。

 階段を見上げると、その先に外を警戒している人間がいた。

 動作からして、人間に違いない。


 俺は同化魔法を使用したままで階段を登った。

 高さにして20メートル以上ある。

 異世界に来る前だったら息切れしていたところだが、異世界で体力も鍛えられたのだろう。生命魔法を使わずに、息を乱さずに俺は階段を登りきった。


 街の壁の上で見張りをしている人間が、俺の前を通り過ぎた。

 俺は、魔法の石板を取り出した。

 現在は同化魔法を使用し続けている。

 俺は、通り過ぎた人間の背中を見つめた。


 髪を刈り上げた男で、たくましい肉体を薄い衣で包んでいる。

 本来なら鎧でも着ていておかしくはないが、吸血鬼は痛みを感じない。

 防具など作らないし、人間だけで作れる状況でもないのだろう。

 男が戻ってきた。


 髪は短いが、太い眉に鋭い眼光が印象的だ。

 俺の前を再び通り過ぎる。

 俺は、魔法の石板をタップした。

 男が振り向く。

 俺が魔法を切り替えただけで、俺の存在に気づいたのだ。


 感覚は研ぎ澄まされていたのだろう。

 持っていた槍を掲げ、俺に突き刺そうとした。

 だが、俺はすでに魔法を発動させていた。

 俺の鍛えられた精神魔法は、一瞬で男の精神を刈り取った。


 ※


 人間の数は本当に限られているのだろう。

 壁の上の男を気絶させても、誰にも気づかれなかった。

 気絶した男を支え、生命魔法に切り替える。

 耳に意識を集中しても、何も聞こえない。


 俺は、武装した男を背中に、登ってきた階段を駆け下りた。

 すでに背中には手足を失った吸血鬼ドランを縛り上げてくくりつけてあるため、吸血鬼が筋肉質の男の体に潰されることになる。

 寝ている上に痛みを感じないのなら、問題はないだろう。


 地上に降り、先ほど忍び込んだ門番の休憩室に戻る。

 少なくとも何十年と使われた気配がない部屋だ。見つかる可能性は少ないと思えた。

 俺は、魔法の石板からシルフとウーを呼び出した。

 アリスは避けた。室内では草が生えていない。アリスがじっといているとは思えなかった。


「おっ……これが吸血鬼に鍛えられた人間ですか? 憎たらしいですね」


 ウーは、もともと人間が嫌いだ。俺が床に横たえた気絶した人間を見つけると、毒づきながら、さっそく足で踏みつけた。


「あたしたちを呼び出して、どうするんだ?」


 シルフも人間は嫌いだが、どちらかというと恐れている。

 寝ているとはいえ、武装した人間に近づこうとはしなかった。


「シルフ、この部屋に近づく奴がいないか、警戒してくれ。ウー、あの扉が開かないようにできるか?」

「接着魔法を使えば、絶対に開きません」


 俺が尋ねると、ウーは胸を張って魔法の杖を掲げて見せた。


「凄いな。頼む」


 ほかに出入り口はない。ウーが言うとおりなら、安全を確保できる。


「ただし、魔法を使い続けている間しか効果がないので、私はここから動けませんけどね」


 ウーは、扉に魔法の杖を押し当てながら言った。


「あー……うん。それは我慢しよう」


 俺が言うと、ウーは魔法を使用しながら、こっくりと頷いた。

 俺は、さっきまでウーに踏みつけにされていた男に、再び精神魔法を施した。


 ※


 男は気がつき、俺を見つける前に、俺の精神魔法にかけられた。

 精神魔法は扱いが難しい。効果が出ているのかどうか、見た目で判断できないからだ。

 虫のような小さな相手なら集団で操作することもできるが、人間のような複雑な思考を持つ相手には、対象を一人に絞らないとうまく作用しない。


 もっとも、全ては俺の経験則に過ぎない。

 誰も、俺が使用している魔法の仕様を説明してくれていないのだから、試して実感するしかない。

 どの世界でも、失敗が死に直結しかねないのが問題だ。


「久しぶりだな」


 俺が声をかけると、男は振り向いた。目覚めると同時に武器に手を伸ばしていたが、安心したように武器から手を引いた。


「ああ……あんたか」


 シルフもウーも、空気を読んでいるのか声を出さない。アリスを呼びださなくてよかったと思いながら、俺は尋ねた。


「護符は持っているか?」

「ああ。無くすはずがない」


 男は、言いながら自分の首筋を叩いた。

 吸血鬼ドランから得た情報の一環が正しかったことを意味する。

 護符は、吸血鬼から身を守るために必要なものなのだ。

 男の動作から、俺は護符がネックレスだろうと見当をつけた。


「もし無くしたら、どうすればいい? 再発行してもらえるだろうか?」

「『無くす』だって? 冗談だろう。皮でも剥がされたのか?」


 男は笑って言った。俺は、まさかと思いながら尋ねた。


「いや……たまたま、その部分を火傷してしまったんだ。もう一度、護符を描いてもらえるだろうか?」


 護符が何か、確信を持っていたわけではない。だが、男の反応から、他には考えにくかった。

 男は、俺のために真剣に悩んでから口を開いた。


「直接か……王に会えれば、入れ直してくれるかもしれない。だが、その前に狙われるぞ。刺青は魔力で刷り込まれる。服の上からでも、護符があるかどうかわかるらしい」

「そうか。ありがとう」

「ああ」


 男は、返事をしながら眠りに落ちた。俺の精神魔法である。

 俺は、眠りこけた男の服を緩めた。

 男が手で覆っていた場所、つまり首元に、翼を持った動物の意匠が刺青されていた。

 蝙蝠のように見える。

 吸血鬼を回避するための刺青ではなく、おそらく吸血鬼の所有物であることを意味する刺青だ。


「ウー、こっちに」

「私がここから離れると、扉が開きますよ」

「シルフ、近くに誰かいるか?」

「生きている奴はいない。死んでいる奴も、足音はしないな」


 シルフが言う『死んでいる奴』とは、吸血鬼のことだ。


「ウー大丈夫だ。ちょっと意見を聴きたい」

「はいはい」


 ウーは、扉に杖の水晶を押し当てるのを辞めて、俺の元に小走りに走ってきた。


「この刺青は、魔力のこもったものだろうか? この刺青が入っていると、吸血鬼にはわかるらしい」

「ちょっと拝見」


 ウーは、扉に押し付けていた水晶を、今度は自分の瞳にあてがって覗き込んだ。

 青黒い蝙蝠の刺青を見つめていたウーが、俺を見上げた。


「何も、魔法的な効果はないと思います。試してみたらどうですか? そこの吸血鬼で」

「『試す』? ああ。魔法的な力がなくても、臭いとかでわかるようになっているのかもしれないな。試すのが一番だが、もし護符に本当は何も効果がないのなら、この男を殺すことになる」

「何か問題でもありますか?」


 ウーが首を傾げる。ウーは、ダンジョンに挑む魔法士以外の人間は敵だと認識しているようだ。


「いや。問題はないが、俺の気分の問題だ。この男は、まだ俺にとって敵じゃない。生かしておけば、味方に……いや、利用できるかもしれない」

「なるほど。ただの大食らいのウサギを下僕にしているソウジですから、そういう考え方もあるのでしょうね」

「ウー、アリスは仲間だ」

「失礼しました」


 仲間の悪口を言われたことで、俺が気分を害したことは理解したようだ。ウーは小さく頭を下げた。

 俺は、縛ったまま転がしておいた吸血鬼ドランの戒めを解いた。

 まだ寝ている。


「ウー、男の護符を隠せ」

「はい」


 ウーが、布の切れ端で男の首元を隠す。

 俺は、死霊魔法をタップした。

 両手足を失った吸血鬼ドランが、びくりと震えた。

 死霊魔法で吸血鬼を起こしただけで、現在ドランには一切の魔法を使用していない。


 俺は、ウーとシルフを抱えて床に同化した。

 結局、俺はウーの提案通り、護符の効果を試すことにした。俺たちが同化魔法使い近くで見ているのは、罪を犯したわけでもないこの男を、殺させないためだ。

 ドランが周囲を見回し、寝ている男を見つけた。


 息苦しいような音を喉から発し、芋虫のように床を這い進む。

 男の喉元に顔を近づけ、大きく口を開けた。

 服の上から、ドランの牙が男の首筋に突き刺さろうとする。

 その瞬間、吸血鬼ドランの頭部が爆発した。


 俺が爆発魔法を使用したのだ。

 ダイナマイトよりはるかに小さな、爆竹並みの火力に過ぎないが、毎回建物を吹き飛ばさずに住む分使い勝手はいい。

 頭部の上半分を失い、吸血鬼ドランは床に倒れた。


 もともと、長い時間手足を失って衰弱していたのだろう。

 床の上に横倒しに倒れると、長時間放置した野菜のようにぐずぐずと原型を持たずに四散した。


「……ウー、どういうことだと思う? 護符とかいっても、効果がなさそうだが」

「もともと、我慢できずに襲おうとする吸血鬼もいたって話でしたよね。この吸血鬼は、とても飢えていたからじゃないですか?」

「あるいは、護符には効果なんかないのかもしれないぞ」


 壁に片耳を押し当てながら、シルフが口を挟んだ。護符に魔力がないことはウーが調べた通りだが、何の効果もないとまでは考えていなかった。


「シルフ、どういう意味だ? 効果が何もなくて、どうして吸血鬼から身を守れるんだ?」

「護符があるから安全だって、人間は思うんだろう?」

「ああ。そうだな」


「それが態度に出れば、どうどうとしている人間は護符を持っているはずだから襲ってはいけないって、吸血鬼たちが思うんじゃないか?」

「まさかそんな……ウーはどう思う?」

「そうかもしれませんけど、断定はできません。試してみますか?」


 ウーとシルフが俺を見た。


 シルフの仮説を試すのには、護符を持たずに出歩く人間が必要で、要は俺しかいないのだ。


挿絵(By みてみん)

※吸血鬼の城のイメージです。昼間は無人です。

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