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異世界には村もなかった  作者: 西玉
第3章 1000年後

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99 吸血鬼の城、潜入前夜

 俺たちが潜り込んだ巣穴は、シルフが指摘した土熊とは別種の、トカゲに近い動物に住処で、そもそも古いものではなかったが、それは些細なことだ。

 夜に吸血鬼に怯えて木の上で過ごすことを考えれば、数十体の人間大のトカゲを殺して住処を奪うことなど、簡単なことだった。


「王都には、生きた人間が飼われているんだったな?」


 大きなトカゲを丸焼きにして食べながら、俺は手足のない吸血鬼ドランの戒めを解いた。

 完全な雑食のウーは俺の隣でトカゲの丸焼きに手を出しているが、シルフは虫を探して土をほじり、アリスは木の根をかじっていた。

 俺は、再び死霊魔法で従えてから、吸血鬼ドランに尋ねた。


「ああ。人間を皆殺しにしては、俺たちの乾きは永遠に癒されることがない。王は、人間を独占することで吸血鬼たちの王になられたのだ」

「昼間、城壁の上を歩いている人間がいた。あれも飼われているのか?」

「人間が外に出ていたのか?」

「ああ」


 ドランは首を傾げた。手足がないため、それ以外の動作はほとんどできない。


「それなら……訓練された人間だろう。吸血鬼は……お前も同じだろうが、昼間はとにかく喉が渇いて動くのが辛い。攻めてくる連中に備えて、人間を使う案は昔から出ていた。だが、人間は弱いから、見張りも満足にできなかった。そのため、王が与える護符を持った人間は襲ってはならないという勅命が出された。護符を与えられていても、我慢できずに襲いかかる吸血鬼はいる。護符を与えられる人間は、少数の吸血鬼からなら自分の身ぐらい守れる者にすべきだと、当時から言われていた」


 吸血鬼は魔物だが、人間が全滅しては都合が悪いのは確かなのだろう。

 吸血鬼なりの共存共栄といったところだ。

 だが、俺が気にかかったのは別の点だった。


「王都に昼間攻め込もうとする奴がいるのか?」

「それはいるさ。人間を独占している王のことを面白く思わない奴が出てくるのは当然だろう」

「……王と交渉して、恵んでもらわないのか?」

「吸血鬼がどれほどいると思うんだ。とても人間の数が足りない」


「でも、昼間は辛いんだろう?」

「人間を奪うためなら、無理もするさ」

「なるほど」


 それほど、人間の生き血というのは魅力的だということだ。


「ソウジ、どうします? 吸血鬼は昼間が嫌いだといっても、ソウジが行けば囲まれるでしょう」


 焼けたトカゲを少しずつ口に運んでいたウーが、俺が黙ったのを見計らって尋ねた。

 俺は、トカゲの腹を嚙み千切りながら、ドランを黙らせた。

 ドランが眠りに落ちると、俺はウーに答えた。


「オーブが王都の中にあるのは間違いない。これまでの傾向から言って、吸血鬼の王が持っているんだろう。どちらにしろ、王都には入らなければならない。王都以外に人間がいないのかどうか、王都の人間たちなら知っているはずだ。それに……吸血鬼たちは、人間を利用することも考えている。この世界でどんな文明が発展しているのか、確かめる必要はあるさ」


「吸血鬼はどうします?」

「王都には、人間がいても不思議ではないそうだ。俺が一人入ったからといって、匂いに群がるとは思えない。まず……王が人間に与えるという護符を奪う必要があるな」

「鍛えられた強い人間らしいですよ」


「その人間から護符を奪えなくて、オーブを壊せるか?」

「さすがソウジ、自信があるんですね」

「そうだよな」


 シルフが口の端に芋虫をくわえながら、拳銃の引き金を引く動作をした。

 俺には、魔法以外にほかのダンジョンから持ち帰った武器がある。

 シルフにも使わせたことがある。

 普段は口にしなくとも、シルフは俺の奥の手を理解しているようだ。


 ※


 俺は朝を待ち、アイテムの中からライフル銃を持ち出した。

 残弾数は多くない。4発撃てば、精巧なライフル銃も振り回すぐらいしか役に立たない。

 弾丸を込め、スコープから覗く。

 だんだん太陽が高い位置に登り、壁の上に明らかに吸血鬼ではない人間が立った。


 スコープから覗くと、吸血鬼ではないということがはっきりわかる。

 壁の上にいることで下を見て緊張することは、吸血鬼ではありえない。

 虫に刺されて追い払うこともあり得ない。

 疲れて汗を拭うこともあり得ない。


 ドランの話では、生身で吸血鬼と渡りあえるだけの、鍛えられた人間たちだということだ。

 だが、俺には、ごく普通の人間にしか見えなかった。

 俺が知らない時代の地球から来た、進化した地球人より、はるかに人間らしい。

 スコープを覗き、安全装置を外し、引き金に指をかけ、俺は戸惑った。


 何もしていないのに、汗が吹き出して滴り落ちた。

 ひとしずくの汗が顎の先から落ちた時、俺はライフル銃から指を離した。

 アイテムとして、魔法の石板に収納する。


「どうしました? 随分長く固まっていましたね」


 ウーが、杖の水晶を目玉に押し付けながら言った。


「人間を、自分の都合で殺すほど……俺は人間を辞めていない」

「なんだか、今更って感じだけどな」


 シルフは相変わらず土をほじくりながら言った。


「魔法の力を奪われても、怒らなかったんです。ソウジは臆病なんですよ」

「ああ。アリスの言う通りだろう。人を殺したことはある。そうしなければ、生きられない世界だった。ダイナマイトで吹き飛ばしたこともあったな。だが、あれは敵討ちだった。でも、これは違う。俺だけの都合で、人殺しなんかしたくない」

「じゃあ、どうするんですか? 吸血鬼の城に乗り込んで、人間を殴り倒して、護符を奪うんですか?」


 ウーが不満そうに鼻を鳴らした。ウーは善良で臆病な性格をしているが、人間には容赦がない。


「しかし、護符を奪われた人間は吸血鬼に襲われるんだろう。なら、奪ったりしては、俺が殺したも同然になる」

「じゃあ、何もできないじゃないですか」


 ウーのぼやきに、シルフが顔をあげた。口からミミズが出ているが、食べ物を強請りたいわけではないようだ。


「ソウジが背負って来たあの魔物は、護符を持った人間は襲わないように、王が命令したって言ったんだろう?」

「そうですね」


 シルフの言葉に、横から足をたしたしと叩きながらアリスが返事をした。俺も同意して頷く。シルフが続けた。


「なら、護符自体に特別な力はないってことだろう。形だけ同じ物をつくればいい。こんな風に」


 シルフは、俺が植物の蔓で編んだ靴を掲げてみせた。


「ああ。そうだな。シルフの言う通りだ。あそこにいる人間から、護符を見せてもらって、同じものを作ればいい。さすがシルフ、頭がいいな」

「へへっ。そうだろ」


 シルフが嬉しそうに鼻を擦る。


「よし。方針は決まった。潜入なら俺だけの方がいい」


 俺が魔法の石板を見せると、よくわかっている魔物たちは次々に画面に触れ、魔法の石板に吸い込まれて行った。

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