97 吸血鬼の城を目指して
俺が死霊魔法を、体の半分を失った吸血鬼に対して使用すると、ケダモノのように唸っていた吸血鬼の表情が消えた。
何が起きたかわからないようだ。
「……あんたは?」
体の半分を失っても痛みはないのだろう。床に転がったまま俺に尋ねてきた。
声は極めて平静だ。
「仲間だ」
俺は、昼間に地上で会ったニキヤのことを思い出した。
ひょっとして、主人だと名乗っても信じられるかもしれないが、抵抗された時のことを考えて、昼間成功した方法をとることにした。
「……そうか? ああ……そうなんだろうな。そんな気がする。俺は、どうしてこんな姿になっているんだ?」
「爆発があったようだ。原因はわからないが」
「爆発だって? 旧人類の残した兵器か? まだ、生き残っていたのか?」
「兵器かどうかはわからないが……旧人類が生き残っていたとして、どうする?」
吸血鬼が言う『旧人類』という存在が何なのかはわからなかった。
ただ、俺と同じような当たり前の人間だろうと推測して話を進めた。
「決まっている。生き血を貰うさ。旧人類にそれ以外の価値があるか?」
吸血鬼は、舌なめずりをした。
「そんな姿で、生き血を啜ってどうする?」
「新鮮な生き血をすすれば回復する。これぐらいはな」
吸血鬼は、自分の体を見回しながら言った。
これぐらい、という程度が、人間であれば致命傷、生命力の強いケダモノですら九割は死ぬほどだ。生き残るのは、ミミズかプラナリアぐらいのものだろうという怪我なのだ。
俺が、かつて行った異世界は、動く死体であふれていた。
だが、動いて本能的に襲いかかってくるだけで、理性的に考えることはできなかった。
あの世界の人間たちの文明がどうなっていたのかは、もうわからない。
俺が生き延びるには、オーブを破壊して元の異世界に帰るしかなかったのだ。
「旧人類がどこにもいなければ、回復できないか?」
「そうだな。少しばかり不便だが、腕が一本残っている。王都に行けば、牧場の獲物を分けてもらえるだろう。順番待ちだが、怪我の程度がひどければ、優先してもらえる」
俺にとっては、非常に重要なことを吸血鬼は語った。
人間が生きている場所がある。
吸血鬼たちの王がいる。
吸血鬼の王は、牧場と呼ばれる場所で、人間たちを飼育して、生き血を生産しているのだ。
「王都か。行ったことがないな」
「それはちょうどいい。俺は王の使用人だった。牧場の獲物を盗んで解雇されたが……気持ちはわかるだろう? 牧場の管理なんて、つまみ食いをしなければ地獄そのものだ。案内してやる。連れて行ってくれ」
「ああ。そうだな」
吸血鬼は、ドランと名乗った。
唯一失われていなかった左腕を伸ばしてきた。
俺は、ドランの左腕を握りながら、扉に視線を向けた。
ハンヘドが大きな頭部を押し付けて抑えているが、扉が歪みそうだ。
外側から、非常に強い力で押されているのだ。
「なんだ? あれは?」
恐竜であるハンヘドを背後から見て、吸血鬼ドランが驚愕した。
「心配ない。この辺りには、よくいる奴だ」
俺はでまかせを言った。この辺りのことなど、そもそも俺は知らない。
「そ、そうなのか。田舎の村だと思っていたが、危険な場所なんだな?」
「そうでもない」
俺は、ドランを担ぎ上げる。
「ドラン、この辺りに、吸血鬼はどのぐらいいる?」
「あんたもそうなんだろう。変わったことを聞くな。小さな村だから、20人ぐらいじゃないか?」
「そうか。じゃあ、俺を王都に案内してくれるんだろう。頼むぞ」
「わかった」
俺は、ドランに再び死霊魔法を使用した。
ドランの意識を失わせようと使用する。
うまくいったようだ。
吸血鬼のドランは、ぐったりとして動かなくなった。
俺は、扉を抑えていたハンヘドに尋ねた。
「俺とこの荷物を背中に乗せて、外に出られるか? 外にいる連中、牙があるらしいが」
「外にいるのがティラノサウルスでなければ、問題ない」
ハンヘドの返事を頼もしく感じ、俺はごつごつした背中に張り付いた。
ハンヘドが扉を離す。
俺の血の匂いに群がってきた吸血鬼たちが地下室になだれ込む。
「ハンヘド、行け!」
「わかった」
小さな扉を潜るため、恐竜が屈んだ。
踏み出した脚に、女吸血鬼がプチッと潰れた。
俺は、潰れたのがニキヤだと見て取ったが、すでに昼間話した時とは別人だった。凶暴に血を求め、醜い牙を剝きだしにしていた。
ハンヘドが走り出す。
長い階段をいくつも飛ばし、俺は身体中に瓦礫の破片を受けながら、地下室から飛び出した。
※
飛び出した地上は、水瓶が並んだ元厨房だ。
ハンヘドは水瓶を踏み潰し、吸血鬼たちに囲まれた。
「あっちに扉がある」
「わかった」
俺の指示に、ハンヘドは応じた。
だが、俺は自分が言ったことが、全く意味がなかったことを思い知ることになった。
ハンヘドは、俺が教えた扉の方向に突進し、扉の横の壁に頭から激突、壁を破壊して外に出たのだ。
吸血鬼たちがわらわらと取り囲む。
何人かが、ハンヘドの足や尻尾に噛み付いた。
「噛まれているぞ!」
「そうかい? 感じなかったな」
ハンヘドが尻尾を振ると、吸血鬼が3人飛んでいった。
吸血鬼の牙では、恐竜の皮膚を貫けないのだ。
「ハンヘド、森の中へ」
「わかった」
俺を仲間だと思い込ませた吸血鬼のドランは、意識を失ったまま俺が抱えている。
人間がいるという王都に向かいたいが、方向がわからない。
夜が明ければ、吸血鬼は追ってこないはずだ。
襲いかかって来る吸血鬼を振り払いながら、俺とハンヘドは森の中深くに逃げ込んだ。
※
森の奥の大きな岩にできた洞窟に、俺は潜り込んだ。
ハンヘドを魔法の石板に戻し、俺はウーとアリス、シルフを呼び出した。
「ここはどこです?」
「ダンジョンを攻略したのか?」
「美味しくなさそうな草の匂いがしますね」
3人がそれぞれに感想を漏らした。
俺は、途中で拾ってきた木の枝を集め、別の異世界で拾ったライターで火をつけた。
「俺は科学技術が発達した異世界を希望したんだが、ドラゴンのキリシアンは、人間が化け物に変化した異世界に送り込んだらしい」
「仕方ありませんよ。ドラゴン様たちも、ダンジョンの中まではわからないはずです」
ウーはドラゴンに心酔している。俺が渡した携帯食料を嬉しそうに頬張った。
これも、最初のダンジョンで見つけたものだ。
携帯食料を喜んでくれるのは、ウーだけだ。
アリスは勝手に草をむしって食べているし、シルフは地中から虫をほじくり出して口に運んでいる。
「そうだな。だが、人間が食料として飼われている場所があるらしい。人間なら、吸血鬼に対抗する方法を研究しているはずだ。人間に会いに行こうと思う」
「吸血鬼って何ですか?」
「ソウジ、これはなんですか?」
ウーの問いと同時に、アリスが気絶している吸血鬼ドランを蹴飛ばした。
アリスの足では大した衝撃ではなかったはずだが、時間が経過して、効果が弱まっていたのだろう。
ドランの目が開いた。
「あれが吸血鬼だ」
「キャ! ソウジ、助けて!」
ドランが唯一残った腕でアリスを掴み、大きく口を開けて牙を露出させた。
「ウー、太陽の光を出せるか?」
「はい」
ウーが杖を光らせる。いつもの照明代りの明かりではない。
太陽の光を再現した強力な光に、ドランが苦痛に顔を歪ませ、アリスを手放す。
その間に、俺は死霊魔法をタップした。
「眠れ」
ドランの目が、再び閉ざされる。咄嗟に使用したが、上手く機能したようだ。
「シルフ、夜明けまでどのぐらいだ?」
「3分ぐらいかな」
シルフが、手のひらにミミズを乗せながら言った。
俺が外に視線を向けると、夜明け近くの柔らかい光が降り注いでいた。




