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怪滅神甲ダイダラ  作者: 足洗
27/31

27話 計略



 烈風の拳撃は神気を孕む。

 それは魔なるモノ、闇の中に生きるモノ共に対し覿面の破壊力を示した。

 鎧われた拳骨が、巨大な蜂の額を打ち、沈み、骨格表層を砕く。

 そも、巨体の質量と速度を乗じた突進力、それが打撃一点に集約された貫徹力は尋常ではない。

 断末魔の悲鳴もなく、異形の蜂が路地を転がった。ビルの壁面を削り、アスファルトは捲れ上がる。


「っ!? う、上だ!」


 赤崎が叫ぶ。

 もう一匹。警告通りそれは直上から。

 これまた巨大な臀部から、槍の穂先ほどもある針を()()出して────不味い。

 スズメバチは毒針で外敵を攻撃するが、それは直接刺すばかりではなく。このように。

 毒を散布する。

 針先から、それは霧となって噴射された。

 頭上一面を黄ばんだ蟲毒が覆った。

 躱すのは容易い。よしんば毒に触れ、ないし吸引したところで己の肉体はそれを然程の痛痒も時間も要さず無害化するだろう。

 問題は、傍らの娘子。

 風を打って離脱する、あるいは風を逆巻いて毒を散らす。どちらも娘を毒という脅威から完全に守り果せるには僅かに足りぬ。

 ならば。


略式脚甲(りゃくしききゃっこう)!」

清祓(しんぎ)二十(ふたたり)、結べ』


 極限に短縮し、増速された祝詞と神楽。たった一瞬限りの神前儀式。

 その唱いと共に頭上に現れたる神鏡。光輝く円環へ向けて、跳ぶ。

 身体の上下を入れ替え、蹴り上げた右脚が光に包まれる。

 光になる。

 肉体が魂魄の次元から再構築され、それは武力の形を得る。

 銀の脚部装甲。その銘を。


「“紫水”」


 紫水の一蹴り、それは玉散らす、波を起こす、怒涛のような瀑布を生む。

 光砡より生成された水。神の気を帯びたそれは破邪の清水。

 巨大な傘のように放射状に展開した多量の水が頭上を覆う。ビル間の狭小な空間を満たすほどの流水。否、水塊である。

 散布された蟲の僅かな毒液など容易く呑み下す。

 そして清水に触れ、絡み混ざり合ったことでその毒気は完全に消え去った。

 さらにもう一打。背泳ぎの恰好のまま空間を蹴る。


「昇龍」


 落ちもせず止まりもせず、水は重力に反逆する。滝そのものが空へと昇る。

 中空の巨大な蜂諸共に。

 暴流に呑まれ揉まれ、そこに宿る神気によって彼奴の体内の怪力をも清め祓う。

 御神水の渦潮より解放された化け蟲が地に落ち、重く地響きを立てる。

 程なく、それは異形化から元の蜂人の姿へ戻った。


「た、倒した……」

「いや、もう一匹」


 ()()、流水を手繰る。

 それは今まさにこの場から飛び去ろうとする蜂人の女へ、すっかりと瓦解し果てた群の頭目へと殺到する。


「ひ、ひぃ!? た、だずっ……!?」


 命乞いと思しい文言を口にしようとした女は、逆柱となった水流に飲まれ、奇妙な濁音を吐いた。

 耳を傾けてやるには少々手遅れというもの。水中で暫時溺れさせ、気絶した辺りを見計らって女を解放した。

 情報源を捕縛し一先ずはこれにて決着……と、言いたいところだが。


「……」

「お前」


 傍に寄る気配に振り返ると、そこには赤崎の娘子がある。手にした警棒をこちらに向け、警戒と戸惑いを同じほどに含んだ眼で己を睨んでいる。


「何なんだ、いったい……その腕、その足! 特殊魔具の不法所持どころの騒ぎじゃないぞ。それにあの完全に異形化した異界種をたった一人で……お前、本当に人間か!?」

「無論だ。我が身は健康優良な、ただの人間だよ」

「ふざけんなッ!」

「ふざけちゃいねぇさ。まあ、確かにちょいとばかり(あめ)気触(かぶ)れっちまってるが、そういう御役目なんでな」

「役目……?」

「どうしても知りてぇってんならお前さんの上司に訊ねてみるといい。お前さんの立場なら、聞き知っておく意味もあろう」


 その権利がある。

 己の仕儀は、警察機構の当然の治安維持任務を嘲弄するも同じなのだから。


「…………」


 納得とは程遠い顔がそこに浮かぶ。不信と義憤、なにより悔しげな歯噛み。

 刑事という職責を重く、大切に背負えばこそ、眼前の男の無法が許せぬのだ。無法にも一人の人間に、法を超えた力を揮わせる“見えざる手”があると、朧気ながら理解してしまったのだ。

 憐れに思う。傲然と。

 それでもやらねばならぬのだ。己が誓いを果たす為。國民を脅かす力を消し去る。怪滅を為す。


『ギンジ』

「……ああ、わかってる」


 感傷に浸っていられる余暇など己にはない。許されない。

 コロニーの者共の動きは実に性急であった。一ノ目メイの名を出したただそれだけで相手の闇討ちを図るなど。

 如何に蟲の異界種が群体存続を優先するといえど、ここまで直接の暴挙はその優先事項をすら危うくするだろう。

 つまり今の奴らは、拙速に動かざるを得ない状況にある、ということ。

 どうやら事は一刻を争う。一ノ目メイという娘子の身柄を無事に確保するには。


「こりゃ悠長に家捜しする訳にはいかんな」

『どうする』

「お、おい、お前、さっきからなに独りでぶつぶつと……」


 気味悪げな娘子の言い様に苦笑しながら、ポケットからスマートフォンを取り出す。

 電話機能を起ち上げ、直接番号を打ち込んだ。つい先刻、美人な娘から貰い受けたばかりのそれ。

 呼び出し音を丁度三回聞いた頃。


『もしもーし、もしかしてギンジ?』

「当たりだ」


 店で向かい合った時より幾分間延びした声音であった。作らず飾らぬ。これが素なのだろう。

 ミグモはころころと上機嫌に笑った。


『あははっ、早速かけてきたね~。キミってば思ったよりガツガツしてますなぁ。ふふ、アフターのお誘い?』

「カッカッ、まあそんなようなもんだ……いや、出任せは止しておこう。白状するとな。お前さんに協力して欲しい」

『? 協力って?』

「己はある娘を探している。一ノ目メイという単眼種の娘だ。数日前から行方知れずで学校にも来ていない。おそらく、そのビルの何処かに囚われている。助け出したい」

『えっ、えっと』


 やにわに告げられた事柄の突拍子も無さに、電話口の声は当然戸惑った。


「いや娘の居所を教えろ、などと無茶は言わん。お前さんに頼みてぇのは……」


 端的な要請と、その店舗を運営する母体組織の実態を伝える。至極、手前勝手な事情を果たしてどのように受け取ったか。

 ミグモは声色の戸惑いを一旦仕舞い、こちらの言葉に耳を傾けた。


『……薄々思ってたけど、ここってそんなヤバい店だったんだ』

「悪いことは言わん。頼み云々はさて置いても、そこは早々に足抜けしちまいなよ。なんなら己が別の働き口を見繕うてもいい。勿論、お前さんの心持ち次第だが……」

『ホントに!? じゃあやるよ! 協力する! もう正直うんざりなんだ。バック安いし客層悪いし、一番はあの蜂女達の顔! ふつーに恐いんだもん!』


 打って変わって、あるいはいっそ晴れやかにミグモは声を上げた。快哉の如く。

 その現金さには思わず笑いが溢れる。


「わかった。請け負おう。そこよりずっとまとも仕事をな」

『できれば次は昼職がいいな~。昼夜逆転ってやっぱりキツくて』

「カッカッ! おうおう。承知したぞ」

『それからさ……今度ご飯行こうよ。ふふ、ギンジの奢りで』

「あぁ無論だとも。好きなもの鱈腹食わせてやる」

『やったね! ギンジ愛してる!』


 如何にも安っぽく軽やかな睦言で電話は切れた。

 ふと居直れば、不信から一気に不満爆発といった様子の赤崎が、スマートフォン片手に己を睨み付けていた。


「どういうことだ!? 今照会したら一ノ目ってあの、薬をやって暴れた異界人……」

「そう、その妹だ。今はコロニーの連中に捕まっている。おそらくは薬物の調合をさせる為に」

「なっ」

「今からその囚われの娘子を取り戻す。乗りかかった舟だ。いっちょお前さんにも手を貸してもらうぜ」

「はあ!? なんで私がお前なんかに!」

「一般市民が悪党に誘拐(かどわか)されたのだぞ。警官の姐さんを頼るなぁ至極真っ当な筋であろう?」

「こ、のっ、自分の役目がどうとか言っておいてぬけぬけと……!」


 憤懣遣る方なしと娘が歯軋りする。それでもこの場を立ち去らない生真面目さはやはり好ましい。その義侠心に敬意を覚える。

 溜息一つで、微かに怒りを鎮めて娘は当然の疑問を口にした。


「だ、だいたい、取り戻すって言ったってどうやってだ。あのビルは丸ごとコロニーの本拠地だろ。忍び込むのだって難しいぞ」


 忍び込む。行儀のよい手だ。正攻法でもある。

 備えを凝る時間があれば、それを選んでもよかったが。


「ゆえに次善策だ。忍び込むのはこの際諦めて……」

「うん」


 事は一刻を争う。どうやらそれは彼我共々同じこと。ならばこちらも敵のやり方に倣い、拙速を尊ぶとしよう。


「殴り込むのよ」

「…………はい?」









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