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怪滅神甲ダイダラ  作者: 足洗
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22話 笑えぬ悪報

 職員室で事務的な処理に加え、学年主任、そして担任教師との顔合わせを済ませた。

 応接室に通されてから初めこそびくついていたエルも、二、三遣り取りをする内に落ち着きを取り戻していった。担任の女性教諭が同族の妖精種であったこと、それも掌大の小ささとあって、威圧感などというものから程遠かったことも一因であろうか。むしろ己の方が面を食らった程だ。

 花の精(プリムラ)は、その小翅から小刻みに燐光を散らしながら入学案内の上で滞空する。


「ではでは『刈間エル』さん、本日から一年D組への編入になります。ちなみに今回の編入クラスの選定に学科試験の結果は反映されてません。でもでもエルさんの成績なら希望を出したら特進クラスに入れますよ。今回の語学・数学・魔学、三科目どれも正答率9割! よく勉強されてますね~!」

「いやいやぁそれほどでも」

「ほぉ、そいつぁまた、顔に似合わぬ特技だな」

「失礼にゃ。これでも趣味は読書なんスから。それに教材は毎年まとまった量が捨ててあって読み応えが」

「捨て?」

「にゃんんんでもないッス!」

「特進なりなんなり、本人が目指してぇと言うなら宜しくしてやってください……と、後見人も申しておりました」


 エルは魔界からの留学生、そして己はその寄宿先の家族。兄代わりとなってエルのことはまるで妹のようにとても可愛がっている。可愛がるあまり過保護にもこうして面談に同席する程なのです……といった設定で行きみゃしょうとはエルからの進言であった。

 加えて、未成年という体でこの学園に籍を置く己がまさか後見人でござい、などとは言える訳もない。

 プリムラの教諭は、エルとその居もしない後見人何某が勉学に熱心なことを甚く感動した様子だ。


「さ! クラスに移動しましょっか! 刈間くんも付き添いご苦労様です。それにしても初登校の子を心配して付いて来てくれるなんて、ふふふ! 優しいお兄さんですね~」

「にゃふ、わりとしょっちゅう意地悪ッスけどね~」


 肩口に娘の小さな頭がぶつかる。なにやら(すこぶ)る上機嫌にエルは笑った。

 応接室から廊下へ出る。

 すると、白く長い耳が二本、さらに赤く鋭い角が一本視界に屹立する。純白の被毛。赤い目。


「あら? 因幡先生。どうされたんですか?」

「おはようございますレシー先生。いえね、刈間くんを捕まえに来たんですよ。授業はとっくに始まってるっていうのに、いつまで立っても来る気配がなかったので」


 我らを出迎えたのは、一角兎(アルミラージ)の因幡教諭であった。

 ────瞬き一つ、赤い流し目が己を刺す。


「丁度いいです。教材を運びますから、刈間くんはひとつ馬車馬になってください」

「ありゃま、とっとと逃げるんだったな」

「あはは、わかりました! それじゃあエルさん、寂しいでしょうけどお兄さんとはここで一旦お別れです。D組に案内しますね」

「あ、はいッス。じゃ、兄貴……行ってきます」

「おう、行ってきな」


 ひらひらと舞うプリムラに伴われ、猫娘は一路教室へ向かって行った。





「迂闊ですよ」


 目当ての資料室に入り扉を閉めて開口一番、因幡教諭は言った。


「名ばかりとはいえ保護者の身ゆえ。娘子の学校生活の初日とあらば心配が募るってなもんでな」

「言い直します。軽率だ、と言ってるんです。気安く、子供を引き取るなんて……武力装置が何を考えてるんですか」


 幼気な面差しに似合わぬ冷厳さで教諭は己の軽口を切って捨てた。

 格別、反駁は浮かばなんだ。それが己に対する指図というより、あの娘を慮っての言であるからだ。


「少なくとも独り立ちできるまでとは考えておるよ。五年か、いや八年そこらか? まあ異界人種の(よわい)と人の年波を比べても詮無いことだが」

「責任は持つんですね」

「無論だとも。この仕事、給金はまあ(はした)だが使う宛がねぇってんで貯えはそこそこある。大学くれぇは行かせてやれるさ」

「そうではないでしょう」


 声色になお一層険が宿る。怒りも露わに教職者たる女生が己を睨む。


「貴方はこの國を護る武力です。戦う責務を負っている。そんな貴方の傍にあんな小さな子を置くと言うんですか。危険が大き過ぎます。あの子を貴方の戦いに巻き込まないこと、あの子を護ると、責任を負えるのか!? そう聞いてるんです! なにより……貴方が中途に斃れないと、どうして保証できますか」

「できる」


 鰾膠(にべ)も無く言い放った。反駁はないと、今ほど腹の内に思っていた者が。

 だが真実だ。


「俺は死なぬ。もはや、死ねぬ」

「…………」

「この身がどういうモノかは貴職もご存知の筈だ。人の定命を外れて久しい。カカッ、もう千年近い。地の神の骸(ダイダラ)は永久不滅。それに宿り、囚われたこの魂も、もはや()()ことはない」

「それは……」


 その表情が翳る。どうしてかひどく、痛ましげに。


「おいおい、憐れみを乞うてこんな話をした訳ではないぞ。安心してくれと言うておるのさ。中途でほっぽりだすような真似はせん。なんとなれば、あの娘が天寿を全うする姿を見届けてやってもいい」

「っ……」


 白兎の赤い瞳が俯いた。甲斐も無い身命、そんな己のような者にすら憐れみを抱かずにおれぬ。慈悲深いその気性。

 この娘が“表の”仕事に教職を選んだ理由がわかるような気がした。

 鼻から短く息を吐く。他人に気苦労負わせてりゃ様ぁねぇや。


「だが確かに、俺と神共の戦に娘っ子を巻き込むようなことがあっては元も子もないな。里親を探そう。善い引き取り手が見付かればいいが」

「……相談くらいは乗りますよ。あの子はもう、私の生徒でもありますから」

「そいつぁありがてぇ」


 感謝を込めて笑みを送るが、因幡教諭はむすっと不機嫌そうにそっぽを向いた。


「ところで、要件はこれだけではあるまい」

「……ええ、ここからはお仕事の話。昨夜のニュースは見ましたか?」

「繁華街で起きた乱痴気騒ぎか。薬絡みとの報だが……やはり」

「はい、殺生石との関与が疑われます。それになにより今回、容疑者として逮捕されたのは……この学園の生徒の家族です」

「ほう」


 娘の相貌が歪む。苦く、辛く。心を痛めて。

 それもしかし一瞬のこと。


「逮捕されたのは一ノ目アイ。この学園には、妹さんの一ノ目メイが在籍しています。素行は、あまり良いとは言えません。以前から深夜徘徊で注意を受けていて、補導歴もあります」

「単眼種は、薬学に通じているのだったな」

「……血統や生まれた部族の特色にもよりますが、一般的には」


 とある単眼の神にその血の起源を持つとされる単眼種。かの種族は部族集団ごとに様々な秀でた技能を有する。古くは鍛冶製鉄や呪術を得手としたが、時代の推移と共に呪的医術が変化し、薬物の調合技術が発展していったとか。

 薬による事件に、薬に秀でた異界人種。

 繋がりが無いと判ずる方が無理というものだ。検めねばなるまい。


「ちぃと探りを入れるか。一ノ目メイとやらはどのクラスだぃ?」

「一年D組です」

「なに?」


 それは、先刻決まったエルの所属学級ではなかったか。

 偶然にこんな事態が起こる、訳はない。


「お前さんの差し金か。なかなかどうして抜け目のない」

「……皮肉は甘んじて受けましょう。でもこれでD組に顔を出す口実にはなる筈です」

「その辺りの手管は流石、年の功というやつかな」

「串刺しにしますよ」


 赤く眼光を稲光る。

 一震、小さな足が床面を打ち鋭く鳴り響いた。

 くわばらくわばら。


「ふんっ……今回の件、私なりに情報収集を試みましたが、生徒はどうしても教師を前にすると口が重くなるみたいです。特に、今回のような場合は」

「ガッコの先生と夜遊びの話をする子供は、そうおらぬか」

「貴方のその生徒という立場から聞き込みをしてください」

「承知した」

「ただ、一ノ目メイは昨日から学校を休んでいます。今回の件で体調を崩した、と連絡は来ていましたが……学園側としては、白を切られると打つ手がありません。警察のように家に押し掛けて詰問する訳にもいきませんし」


 欠席の理由が虚偽である可能性もある。

 であれば、一ノ目メイの居所を急ぎ突き止めねばならない。

 級友らからその手掛かりを得られればよいが。


「それにしても」

「はい?」

「この学園に“縁”が()()()()()……そう抜かしたフトダマめの正占(ますら)はどうやら当たっちまってるらしい」

「……」


 メイヤノイテの暴走に続き、時を空けずにこうしてまた一人生徒が事件に関わっている。その可能性が浮上した。

 悪い予感ほどよく当たる。

 まったく、笑えぬ冗談だ。











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