必死の全力疾走
物陰に隠れて荒れた息を整え、必死に戦うコールスたちの激しい戦闘音が遠くからでも聞こえてくる。
まるで工事現場のようなうるさい雑音が聞こえてくるのは、多分この世界の日常茶飯事。一般人は安心して夜は眠れるのか。
「とんでもない世界に来ちまったな」
天国とは程遠い、地獄よりさらに堕ちた大地獄。
あんな得体の知れないバケモノが普通に居ながら、人々は生死の間で人生を歩んでいる。
元より居た地球も厳しく世知辛い世の中だったけど、これならまだ会社に飼い慣らされている社畜のほうがマシ。
「なのに、なんでなんだ。何の罪があって過酷な世界に導かれたと言うのか」
給料を全て夜の社交場につぎ込んだこと。金がないスネカジリが実家でまだ親に面倒を見てもらっていたこと。部長のことを影でハゲ頭と呼んで馬鹿にしたこと。ナンパしては何度も失敗……
思い返せは思い返すほどクソつまらない人生だった。
「俺こんなところで何やってんだろう。これは夢か」
前世の最後に覚えているのは横断歩道を渡っていたはずが空中に飛んだ。交通事故で間違いない。
死んだと思っていたけど実際は病院に運ばれて、病室で寝たきりで目を覚ましていない。だから、ファンタジー世界に俺がいる。普通に考えてありえない。
なるほど、そういうわけか。夢を見てるんだな。
だったら悪夢から目を覚まして現実に帰ろう。これを機に、もう一度真面目に働いて、家を出て、彼女作って家庭を築こう。
目を閉じて、心を無にし、身体を休めるように力を抜いて、そうすれば現実世界に。
「逃がすな! 絶対この場でアイツを仕留めるぞ!」
なんだろう。微かに揺れていただけなのに、段々揺れが激しくなっていくような… これじゃ集中できないだろ… 看護婦が俺の身体を揺らして起こしてくれているのか。だとすれば、その方が運命の人だといいな。
『グググウオオォォォ!』
「そんなこと言ってる場合じゃねえええ! バケモノ来てるじゃん!」
「そこで何をしている! 早く逃げろと言っただろ!」
魔獣が逃げた先にたまたま俺がいて、コールスは俺がいたのを気づき、魔獣を追いかけ、激怒しながら真っ先に知らせる。
慌てて物陰から飛び出し走るが、自慢の足でもあのバケモノのスピードに敵うはずがない。それに向かい風という最悪条件。だけど走って逃げるしかない。
ひたすら走るが腰に巻いた布がずるずる落ちていって、上に戻すがすぐにまたずれ落ちる。
イチモツ隠す為だけの布。これを取って走った方がもう少し早く走れる。と、なれば、
「生き恥を晒した方がマシだ! さらば布よ、ここでお別れだ!」
足を動かし風を切りながらコールスから借りた布を爽快に後ろへ投げる。また裸に戻ってしまい、今度はジャングルを走っている。
投げ捨てた布は寂しそうにしているかのように、ヒラヒラ飛んで風と共に離れていく。
すると、布が暴走する魔獣の顔にヒラヒラ近づき、そしてピタッと目の位置に張り付く。
『グオォォ』
コールスとの戦いで大分ダメージが蓄積されており、満足に空を飛べなくなった魔獣は脚もおぼつかず、布が被さって目隠し状態になり、前が見えないまま一本の大木に脚が引っかかり地面を滑っていった。
「いい判断だカナタ! このままコイツを仕留めさせてもらう!」
偶然なんだけど、何はともあれ魔獣をこかして暴走を止めた。
運も実力の内と心の中で思い、体力の限界だった俺はその場で足が崩れ地面に座り込んだ。
「はあはあ… もう走れねえ」
過呼吸で心臓がバクバク脈を打ち、傍に落ちていた大きい葉っぱを拾いイチモツに被せながら大の字で寝転ぶ。それでもまったく呼吸が整わない上に足の裏が傷だらけで激痛が走る。
もし、魔獣が再び起き上がり向かってくればもうおしまいだ。
『グルルルルルルル……』
「どこから飛んで来たかは知らないが駆除する」
『グルル……』
かなり弱っていたのか雄叫びも出せず、弱々しい鳴き声でコールスを睨む。
睨まれようが気にせず槍を構えたコールスたちは一斉にトドメの一撃を ――――
「ん?」
弱っていたと思っていた魔獣の口の中が微かに膨らみ、何かがくると瞬時に判断したコールスは手を止めて警戒する。
『ォォォォ……』
「クッ、マズイッ。離れろ!」
魔獣の口周りに薄っすらと揺らぐ煙が目に入り、冷静だったコールスが初めて血眼になって仲間に離れるように指示。そして、
『グオオオオオオオオオオ!』
予感していたそれが口の中から一気に吐き出され一直線に放出された。