アナタは神の使者ですか?
大自然が広がる天国(?)に到着していきなり訳も分からず真っ逆さまに転落して、また死を体験するなと思っていたが、俺の落ちた場所になぜか置いてあったトランポリンのようなモノがクッションとなって地面に直撃せずに命が救われた。
助かったのはいいんだが、なんだこれ。
触ったり押してみたりすると弾力性があって、かなり柔軟性のある柔らかい縄のような。
これが一体何なのかはさておいて、謎の縄に救われてひとまず心を落ち着かせた。のだが、
「俺、スッポンポンじゃん」
気が動転していて落ちている間気づかなかったが、俺の今の姿、完全丸裸だ。身を隠す物もなく、万が一、人に見られたら変質者だ。
まずはここから降りて、せめて大事な部分をそこらに生えてる葉っぱで隠すしかない。
よっと。 ……あれ?
出ようにも、そもそもこれに出口がない。
横から腕の力で千切ろうと試みるが、ビヨヨンと縄が伸びるだけで千切れそうになかった。身体を左右に動かして揺らしたりしても、縄がしっかりしていて解ける様子もない。
もしかしたらコレ。獲物とか捕まえたりするトラップとかなんじゃあ……
「見ろアソコ! 何か捕まってるぞ!」
やっぱりかああああ!
少し離れた木と木を挟んだ草の茂みの奥から、男の声が森周辺に響き渡り、聞こえた方角に目線を向けると、若そうな青年の男の顔がこちらから僅かに見えた。
若い青年と他に仲間の三人が警戒しながら俺の方にゆっくり近づいてくる。
おいおい何か物騒なモノ持ってんじゃん…
手には、先端に鋭く尖った刃がついた長い槍と銅のような素材で頑丈に固められた分厚い盾。それを持った男たちが俺に近づいてきているのだ。
裸だから俺が武器を持ってないのは見てわかるよな。しかし、裸の俺が攻撃の意志が無いことを相手が理解したところで住所とか聞かれたら何と答えれば…
と、考えてるうちに男たちがすぐ近くまで来ていた。
「誰だおまえ! この区域は許可された者以外は立ち入り禁止だぞ! それになぜ裸なんだ!」
若い青年が鋭い刃で目と鼻の先まで突き付けて、眼を鋭くして警戒心高めの怒鳴り声をあげる。
立ち入り禁止区域と言われましても、この世界で生まれたての俺が知らんがな。でも、答えないと殺されるかも。変に嘘つくよりありのままの事情を話そう。
「そのですね。信じてもらえるかはわかりませんが、僕、あの高い岩の上から落ちてきたんですよ」
「それで岩の上で何をしていた」
「えーと。走ってました」
そう言うと、槍の刃先が鼻に当たるか当たらないかの間隔まで縮められてしまった。
「ヒィィィッッ」
「何をふざけたこと言っている! 怪しいヤツめ!」
「いやホントなんですって! ほら! あそこの洞窟みたいなとこから抜けて一直線にここへ落ちてきたんです!」
まあそうなるよな普通。本当の事を言って、信じてもらえないのも無理もない。
さてどうするべき。
「洞窟? おまえ今、洞窟って言ったか?」
「へ? あ、はい」
青年は俺の口から出た洞窟というワードに反応して冷静な落ち着きで俺に問う。
「洞窟なんてないぞ」
「はあ? そんなはずは!」
確かに洞窟と言うのは例えであって、うる覚えだが俺が落ちる瞬間にすぐそこの岩の壁に黒い穴が見えた。だから洞窟と言ってみたが、まずかったか。
しかし、青年の顔色は変わらずに落ち着いたまま、しんみりとした表情を見せ、口が動く。
「だが、伝説の内の一説によると百年に一度、実体を持たない神様は地上の様子を覗うべく、次元の門が開門し、そこから神の使者が降臨すると伝説が残されている。その現象と使者を未だ誰も見たことはないがな」
構えた槍を下ろし、深々に伝説を語る青年は俺の顔を見て話しを続ける。
「神様が宿ると伝えられている神聖なる岩山を守衛する俺たちの監視から逃れ侵入できるのは魔物か、野生の動物くらいだ。お前は見たところただの人のようだな」
不審に思われていた俺が無害であると理解したのか、若い青年と他三人は持っていた槍と盾を背中に直し始めた。
若干冷や汗をかいた俺は一息ついて胸を撫で下ろす。
「神聖なる岩山にあるはずのない洞窟から現れた人… まさかアナタは神の使者ですか?」
そんな真顔で聞かれても困るんですけど。それにまだ俺、裸なんで、あまり見ないで恥ずかしい。
要するに死後、俺がたどり着いた場所は天国じゃなく、地球とは異なる別世界。この神様が宿る聖なる岩山に導かれ、降臨した?
でも、ここへ来て神様の姿なんて見てない。ただ、暗闇の中で光が差す方向に走っていただけ。
青年の言う一説が本当であれば、この世界の神様に導かれ、神の使者として俺が君臨した… なんで一般人の何も取り柄のない俺が?
風に揺らされる網の中で腕を組み胡坐を掻いて、頭の中で状況を自分なりに整理して、現状に合う答えを得た。
「いいえ、ただの一般人です。とりあえず服を貸してくださいませんか?」