天国のトビラ
…………
俺が死んで、あれから何時間、何分、何秒経ったのか。身体の感覚は今もないが、意識だけは戻ってきてるような気がする。
相変わらず視界は暗いまま。だと思ったのだが、遠い先に小さく輝く白い光が差し込んでいる。
天国への道しるべ。だったら良いが。
グシャ
光が差す場所に意識を集中すると、何処からか音がハッキリ聞こえた。
音が聞こえたということは、聴覚も復活したということになる。
グシャ、グシャ
身体の感覚がないとさっき言ったのだが、僅かに足の裏の感覚も戻ってきたらしく、踏んだ感触は海の砂浜を踏んでいるような感じで、俺は今、謎の暗い大地に一人立っている状態だと仮定する。
折角なら最初から天国に到着するようにしてほしかったのに、なんで途中からは徒歩なんだよ。
生きていた時の営業活動と徒歩通勤していた頃を思い出してしまうじゃないか。ブラック企業から解放されたばかりなのに、いきなり最悪の思い出が浮かんでくる。
嫌な気分になってきた……
一刻も早く天国に辿り着いて、カワイイ天使達に出迎えられて、俺をおもてなししてほしいさ。
段々、足や腕の感覚も戻ってきて、自分の身体は自分では見えないけど、感覚はしっかりあって、足をいっぱい動かせば走っているのがよくわかる。それと心地よい風が全身に感じる。
なんかウキウキしてきたぞ。
白く輝く天国のトビラも、走り出してから一気に近づき、体感五分くらいで到着できそうだ。
走る。ひたすら前に走り続ける。
その先に待っているのは正真正銘のヘヴン!
グシャ、グシャ、グシャ、グシャ
見えてきた、見えてきた!
こんなにも爽快な気分で全力で走ったのは高校生ぶりだろう。
俺は中学と高校六年間、陸上部に入り短距離と長距離どちらも得意で、常に一位を獲得してきた。
脚と体力には自信があって、運動系ならそれなりに活用して、運動神経はある程度良かった。
そこに関しては不満はなかったけど、現実はそう甘くなかった……
なぜか? それは全国の男子諸君が望む願望。それは……
「運動神経良くったって、顔面が不細工だったら女の子にはモテないんだよ~~~~~!」
あまりの悲しみの心の叫びでつい声に出してしまった。
あれ? てか、今、声出たよな?
走り続けながら、もう一度、喉に集中して声を出してみよう。
「走る~走る~♪ おれだ~け~♪」
おおおお、めっちゃ感動!! 天国でもちゃんと口で会話するんだな!
更にウキウキしてきて、光がもうすぐそばまで近づいてきた。このままラストスパート決めて天国に飛び出しちゃえ!!
「ううううおおおおおりゃああああああ!」
今度こそ本当にさようなら現実世界。俺は天国に行ってそこで一生住んで、カワイイ天使ちゃんと結婚して家族作って、子供を育てて、おじーちゃんになります。
二十六年間死にもの狂いに頑張って生きてきたのだから、そのくらいの幸せ感じてもバチは当たらないよな。
「もうゴールしていいよね?」
ほぼ目の先に白い光があり、光の奥先はまだ見えないけど、こんなにも眩しく輝いているのなら、きっとそこは幸せ感じる天国なのだろう。
最後の最後まで気を緩めず、全力でゴールに向かう。 ゴールテープを切れる瞬間は陸上選手にとってこれ以上にない感激よな。
「ゴーーーーーーーール!」
光の先を走り飛び込んだ瞬間、光源が眩しくてつい目を瞑ってしまい、見えてはいないが空を飛んでいるようなフワフワと宙に浮かぶ感覚。
恐る恐る目を開けると広がる透けて見える青い空と点々と浮かぶ大きい白い雲が薄っすら見えた。
と、その時、
ブワアアアアアア!
もの凄く勢いの強い風が真下から吹き飛ばすかのように噴き上げる。
「いやこれ真っ逆さまに俺が落ちてる!? 真下はジャングル!」
完全に目が開けた時、俺はこの世界が夢みた天国でないことを察した。
「ここ絶対天国じゃねえええええ!」
ああカミサマ。わたくしをどうかお許しを。
天国の門の前で欲望をぶちまけてしまい、さぞお怒りになって、天国の導きから場所不明のジャングルに変更したのでしょうか。
もう一回死んで反省しろってことか…
ここへたどり着く前まではウキウキしてたのに、今はなぜか落下しながら後悔の涙を流していた。