夢のマイホーム 1
こんなにすっきりとした目覚めは久しぶりのように思いながら、おもいっきり伸びをした。
そういえば、時間が全くわからない。
時計どこかにないのかなと思って、んーと大きく伸びをすると手すりにもたれて下のLDKを眺めた。
それにしても、広い。
そして、これだけ広いのに肌寒さも一切感じない。うたた寝三昧、なんてことにならないように気をつけないとね、私。
眺めていると、さっきは気がつかなかったクリスタルガラスのドームの置時計らしきものが見えた。でも、ここからでは時間まではわからない。
お腹はやっぱりあんまり空いてないから、珈琲飲も、と思いたって居間におりた。
家にあった、簡易エスプレッソマシン擬きがあったらいいのにとちらっと思ったけれど、レギュラー珈琲を既に見つけていたので、フィルター内に少し溜めて蒸らしてから、ちょっとだけ圧力かけておとすイメージで淹れたら美味しいかも、とイメトレする。
クリスタルガラスのドームには、青薔薇が一輪、光を放って浮いていた。あら、時計じゃなかったのね、と思うとドームの上に白い大理石の円盤が現れた。
・・・もう何も言いますまい。
ここは、この世界の時間と同期させたはずだけれど、この世界の時間や、お金の単位、価値はどうなっているのかなと何となく考えながら、できたての時計を見ると七時半くらいだった。
時計の文字盤も二種類。内側が地球の表示、外側に薄く色分けされた見慣れぬ目盛りが、おそらくこの世界の時間表示かなと思う。
にしても、空は明るいので、もしかして朝まで寝ちゃったってこと?
ご飯がどうなったのか気になって、炊飯器を見にいくと、ボタンは緑色で保温されていた。蓋を開けると、まるで炊きたてのような甘い香りと、かすかに湯気がはじけたような音がする。
う~ん、良い香り。
ピカピカ光って立っているご飯の粒をつぶさないように、おしゃもじで底の方からひっくり返しながら優しくほぐした。
お腹空いてないけど、これは塩むすびでしょ。
ということで、キャビネットから小皿を二枚、木のお匙、白い陶製の蓋付きの小さなポットと、美味しいお塩と書かれた袋を出してきて、小皿に少し、ポットに塩を入れて、袋の塩とポット、出番のなかった木のお匙をしまう。
手を洗って、水に濡れた手をシンクの中で軽く振ってから、小皿の塩を指につけ反対の手のひらに塗りつけて、おしゃもじでご飯をすくって手のひらにのせた。
熱っ!
ラップがあればここまで熱くはないのに、と思いながら大きめの塩むすびを二つ、ミニマムサイズの小さな小むすびを一つ握る。
味見を兼ねて、小むすびはすぐに食べたけど。
絶妙な塩梅の塩、ふんわりと口の中でほどけるお米の粒、このなんともいえないお米の甘味と香り。これ、もしやコシヒカリの新米では?
超絶旨し!
前から思っていたけど、おむすびはもはや匠の域じゃ?などと盛大に自画自賛して、ちょっと赤くなった手のひらを冷やしつつ洗う。
大きなおむすび二つを、ラップしたいと思いながらも、小皿に載せてそのままストレージにしまった。もちろん、新しく【調理済み食品】を割り当てて浄化を付与したことは、いうまでもない。
小むすびで小腹も超いっぱいになったので、珈琲はまたにして。お散歩がてらお外を見に行こうと思いたつ。畑をどんな感じにするのか考えないとね。
居間のテラスの窓際に、淡いミントグリーンのスリッパが二足。
ラックのスリッパを取ってサッシを開ける。
この家の窓は、全て白いフレームの厚みのある二重サッシみたいだけれど、そもそもこの世界にサッシはあるのかな?いつか、どこかの街にこっそり行って、街並みを見てみたいとちらっと思う。
テラスに下りると、窓はそのままに、まずはあっちを見てこっちを見て。
居間のテラスは、回廊のように寝室のテラスまでつながっていた。寝室、外から見たらどんな感じと思ったら、ミラーガラスで私が映っている。やるな、私。
このまま、この素敵な家でのんびりずっと暮らす。 それだけで、もしかしたら十分幸せなんじゃない?
お料理やまだない畑の草取り、手芸にお昼寝、夢のような生活がここにあって、しかも生活の心配もない。
でも、この時の私は単純なことをわかっていなかった。
どれほど一人が良いと思いこんでいたとしても、日本にもさすがに家族はいたはずだろうし、何かを作って誰かに喜ばれたり、売れたりしたら、まるで自分が認められたようで嬉しかっただろうことを。
私のもの作りの原点は、そんな小さな喜びだった。
例えぼっちで、自分だけが大切に思っていたかもしれないとしても、小さなつながりにどれほど慰められていたのかを。
今の夢のような状況に、完全に浮かれて舞いあがっていたのだろう。でも、そのことに気がつくのは、まだ少し先のお話で。
居間のテラスにもどって、白い箱型ベンチの収納を見ると、長靴やショート丈のブーツ、手袋等々が入っている。もう一個の箱には、ハサミや鎌、柄の短い鍬、スコップ、紐や籠等々のお道具類。
とりあえず、スリッパからショートブーツに履き替えて庭に下り、敷石の小道を進んで行くと小川が見えた。
小川の脇にはリンゴの白い花、少しおいてあれは梅?その向こうは、何かわからないけれど小さな棚と蔓がある。
視線を転じると、その先にも何かわからぬ木があって。
果樹の下草には一面レンゲの花が咲き、リンゴの隣は小さな苺畑。小さな青い苺も既に生っていて、さらにベリーの繁みへと続いている。小道を進みベリーの繁みの門を抜けると、ひっそりと湧く小さな泉に行きついた。
マイナスイオンか、泉を取り囲む新芽の灌木の効果か、清浄な空気に癒されて、暫くぼんやり泉を見つめ和んでしまったけれど、気を取り直して。
新芽特有の緑の色や、爽やかな風、季節は初夏の輝きを見せていた。もし野菜を作るのなら、直ぐにも種は播いた方が良いかもしれない。
種から育てるなら時間も余計に必要で、魔法があるから直播きでも大丈夫だと思うし、それほど沢山はいらないから、畝を作る必要もない。
それぞれ一本ずつの区画を決めて、失敗しても良いから試してみよう、くらいの軽い気持ちで。
そうと決まれば、まずは土作りだよね。