家を造ろう 3
次の瞬間、あっという間にレンガ造りの家が目の前にあった。
玄関は、アッシュピンク、ボルドーカラー、ピンクゴールドで三重に縁取られたオフホワイトの重厚な一枚板らしき扉。中心に大きな青い薔薇の花模様が、縁取りのフレームには金銀の蔓薔薇が上に向かって巻きつくように精緻にきざまれている。
玄関ポーチから続く小道にさがって、家の全景からぐるっと周辺の様子に目を向けると、ブルーグレー調の敷石が、家を中心に何かをかたどったように敷き詰められているようだった。敷石のないところは青々とした芝草の庭が続き、白く縁取られた敷石の小道が延びている。振り返ると、今いる白い縁取りの小道もどこかに向かって遠くのびていた。
家に目を転じると、ピンクの風合いが想像の何倍も素敵なレンガの壁が、上に向かうにつれ淡いサーモンピンク、シャンパンゴールドに色調を変え、深く濃いボルドーカラーの屋根に良く映えている。
次は中を見ないと。家の外観全体をぐるっと見て回りたい要求もあったけれど、内装を見たい欲求はそれ以上だ。
玄関の扉を開けたとたんの檜の良い香り。中心が濃い青薔薇のタイルは美しい仕上がりで目をひく。玄関ホールはLDKの中を玄関から直接見せないための空間で、まさに狙いどおり。靴を脱いで作り付けの下駄箱にしまってから、玄関ホールをぐるっと見回した。腰壁もフローリングも檜の風合いそのままで、壁はオフホワイト。自分の好みは把握していたつもりだったので、シンプルなナチュラルウッド風の配色に少し驚いた。
次はLDK。LDKは驚きの広さだった。フローリングと腰壁はアッシュブラウン、吹き抜けの明るい広々とした室内、壁は淡いアッシュピンク。大きめのソファの一画や畳敷きの小上がりもちらっと見えたけれど、まずはキッチン。キッチンを見ないとね。
玄関側に工房も兼ねた広めのアイランド風キッチンが配置されていた。玄関横が張り出していると思ってはいたけれど、張り出した壁側にコンロと換気扇や同じ高さの作業台の下に作り付けの収納戸棚と、小さめの冷蔵庫が据付けられていた。作業台や冷蔵庫等々キッチン回りはオフホワイトのタイル調に統一されている。作業台の壁には広い窓があり、窓の上1mくらいまでオフホワイトの大きめのタイルが貼りつめられていた。広すぎず、かといって狭すぎない程良いスペースを空けて、広い作業台に大きめのシンク、作業台から少し高くして床と同じ色のカウンターテーブルが設えられている。
「ステキステキステキ~♪」
思わず変なメロディーをつけてしまった。
シンクの蛇口を押し上げてみる。水、出たよ。ジーン、地味に感動した。
引き出しを引くと、包丁と菜箸、お玉におしゃもじ、泡立て器と計量スプーンがちらっと見える。
何か凄くない?
これは、まだ見ぬ冷蔵庫にいやでも期待が高まってしまった。さぁ、来い、カモーン。
ということで、開けたらやっぱり普通にいろいろ入ってるんですけど。
冷蔵庫には、当面心配しなくても良いくらいの食糧が入っていた。チーズにバター、ヨーグルト、生クリーム、卵、鶏肉、スモークサーモン、ベーコン、生ハム、納豆にお豆腐もある。野菜室には、キャベツに白菜、大根、人参、玉ねぎ、じゃがいも、キノコ類、ワカメ等々、冷凍庫にはアイスクリームやひき肉、鮭の切り身、夏に煮たトマト、ブルーベリー、苺の袋詰めや保冷剤まであった。
ていうか、このラインナップ。とても見覚えがある。
もしかしなくてもこれ、我が家の冷蔵庫の中身じゃ?きちんと見てはいないけれど、他にもいろいろ入っていそうで嬉しい。
惜しむらくは、キュウリやナス、トマトが全くなさそうなことだけれど、かわりに野沢菜漬と沢庵漬があるはず。
でも、これがもし家にあったものの複製と仮定するなら、お店で売られているものも複製できるかも?
いやいやいやいや、仮にできたとしても、それまずいでしょ。厳密には盗んでいないだけで、その商品のアイデアやデザイン料、著作権料等々諸々を無視して、実際の生産コストも支払わずに、勝手に複製してしまうのだから。
などと、今のところどうにもならなさそうなことを、つらつらと考えこんでいたけれど、この未練がましい思い入れは、やっぱり、すっぱり、きっぱり忘れた方が良いに決まっている。
あの国民的漫画の続巻・・・うん、忘れよう、そうしよっ。
にしてもこの冷蔵庫、時間停止が付与されているから腐らない。なくなる前に中のものを複製すれば、ずっと食べられるんじゃなかろうか。既に家にあるものなら、買ったり作りおきしたものだから、複製しても良いよね?
ていうか、これ、複製じゃなくて、実はさっきから想像したものを片っ端から創造魔法で創っちゃっているとか?
もしそんなことなら、あの漫画の続巻を見ることは絶対に不可能だよね・・・涙。
やっぱり煩悩はなかなか去ってくれないようで。
と、そこで改めて考える。
冷蔵庫の中身なんて所帯じみたことや、趣味などについては、あれこれ考えるまでもない。まるで、記憶が湧きでるようにおもいだしている。それも、実に事細かにスムーズにだ。
ひきかえ、自分自身のことはといえば。名前はなんとなくおもいだしたよね、というくらいでしかない。
おもいだそう、とするともやもやっとした何かが、胸のあたりを圧迫する。まるで、胸をしめつけられるように・・・
いやっ!だめよっ!
はっとわれにかえると、おもいだしたくない何かを振り払おうとでもするように、自然とぶるぶる身震いがでた。
ここは、気を取り直して続きを確認してしまうのだ。もし仮に逃げているとしても、何も悪いことはないのと自分に言い聞かせた。
キッチンの収納をざっと確認すると、想像した以上の成果で、お米から調味料、ヤカンやお鍋にフライパン、炊飯器にオーブン、食器類等々、今すぐ普通に生活できるだけのものが全て揃っているように思えた。
お茶や珈琲等々の嗜好品まで、ラインナップされていて、緑茶を見たら無性にお茶が飲みたくなってしまう。
そうだ。気分転換も兼ねて、お湯沸かそ。コンロの試運転をせねば。
でもお茶を開ける前に、ついでにまず複製のスキルを創ろう。
創造できるのだから、複製する必要があるのかどうかは正直よくわからない。
ただ、創造と複製では、おそらく使用する魔力量が違ってくるだろうことは、想像に難くない。なので、複製も何らかの制限がないように、例えば所有権限や数量制限、品質劣化等々などおきることのないよう強くイメージしてから念じた。
試しに冷蔵庫とキャビネットの中のものを100個ずつ、と漠然と指定してストレージに収納するように、今創ったばかりの複製スキルを使う。ストレージを確認すると、【食品類】と【雑貨類】の2つが新しく割り当てられ、あいうえお順にリストアップされていた。
最初からこうして確認すれば良かったかな、とちょっと反省。因みに、ストレージの複製された雑貨にはヤカンはなかったので、後でヤカンも複製しようと思った。
そんなことをしている間に、ヤカンのお湯があっという間にシュンシュンと沸いている。
キャビネットから急須とマグカップをだして、ヤカンから急須にお湯を注ぐ。
お茶筒に緑茶を袋から移し換え、入っていた袋がゴミになることを初めて意識した。今回はお茶筒に入りきらなかったので、クリップがあったら袋の口を留められるのにと思いながら開口部を畳み、急須からマグカップにお湯を注ぐ。
温まった急須にお茶っ葉とお湯を入れ、お茶筒と袋をキャビネットに仕舞ってから、残った袋はお茶筒でキャビネットの壁面に押し付けるように置いた方が良かったかなとキャビネットを開くと、半分以上移し換えたはずのお茶の袋が新品にもどっていた。
一瞬目を疑ったけれど、これって全部使いきらなければ元に戻るってこと?
そしたら、もし全部使いきって袋だけもどしたらどうなるの??
家全体に状態保持や自己再生をもたせたからかな?などと考えながら、いずれにせよ検証は必要と思った。
とりあえずお茶がですぎちゃう前に、マグカップにお茶を注いだ。茶葉は蒸らしが肝心で、ほどよく蒸らしたお茶は良い香りで、美味しい。ちょっとだけほっとした。
二煎目をいれた後、お茶っ葉が生ゴミになることにも、やっと気がついた。
ご飯を作ったらお茶っ葉だけの問題ではなくなるけれど、一人分の生ゴミから肥料を作るにしてもさしたる量にはならないよねぇ。どこかで落ち葉を集めて腐葉土を作って一緒に混ぜこめば良いのかもしれない。
生ゴミ問題は、何となく解決の糸口がみえたので後で深く詰めるとして、100個もコピーしちゃったストレージの中身の出番はあるのかな?と薄く笑いがもれた。
さっきからピローンピローンと、ひっきりなしに謎の脳内案内音が続いているので、最初から時系列に沿ってこれまでの全履歴を残そう。ついでに『ヤカンのお湯が沸きました』とか危機管理的事案や重大案件を解析し、音声で警告や報告をしてくれるナビ的機能があったらいいなとイメージした。