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20 夢の中の住人



 ◇



 ◇ ◇



 ◇ ◇ ◇





 ただ真っ白く、何もない空間。


 彩乃は再びこの夢の世界を見ていた。


 またこの場所に来てしまったと、眉をひそめている。


「――!」


 不意に、何者かの気配に気づいた彩乃。

 振り向いた先には、美しいオーラが。

 それと共に、女性の姿が浮かび上がっていく。


『――また会えたね、彩乃さん』


 間違いない。

 現れた女性は、彩乃と瓜二つの、そして謎の人物「アヤノ」だ。


 再び会ったアヤノと視線が交わえば、彼女は口角を上げて薄笑いを浮かべていた。

 

 露出の多いセクシーな戦闘服に身を包んで、腰には一振りの長剣を収めている。

 海斗の読んでいたあの本の表紙絵の女の子。それとそっくりな格好をしているアヤノに、少しだけ彩乃は不思議な感覚になった。

 もしも自分がアヤノの立場なら、決してあのような大っぴらな格好など好まない。もっと品のある服装にするだろうと考え至ってしまう。


『やだ彩乃さん、品が無いとか思ってるんでしょ。私はこの戦闘服、結構気に入ってるんだけどなあ。まあ、この恰好で世界を暴れ回ってたのは彩乃さん、あなたなんだけどね』


 まるで心の中などお見通しと言わんばかりにアヤノは鼻を鳴らして、自慢げに言い放った。

 何の恥ずかしげなく自慢の胸を張るアヤノを、羨ましくも思う彩乃。


 アヤノの体格は彩乃とさほど変わらないように見えるのだが、すっと背筋を伸ばして足を開いた立ち姿と一片のよどみない喋り方が、彼女を一回り大きく魅せていた。


「またあなたなのね……アヤはいつここに? 一体どうして?」


 困惑気味の彩乃は、眉を寄せて不安げな表情を浮かべている。


『さあ、どうしてでしょね』


 アヤノは悪戯っぽく、クスクスと笑っていた。


『嫌だなぁ、そんなに警戒しないでよ。私達は本々同じ人格、心なんだから。そうでしょ、赤の他人ってわけじゃないのよ』


「……」


『とは言っても、まあ、この体だけはね。…………ちょっとだけ若い時の、女子高生だった彩乃さんのを私が借りてるんだけれどね』


「――――えっ!」


 驚きの声を漏らす彩乃。

 よくよく目を凝らせば、顔つきも髪の染具合も今の自分とはなんとなく少し違うのがわかる。確かに、高校生だった時の姿と言われればそう見えなくもない。

 ただそれを裏付けるように、当時凝っていた足の爪に施したペディキュアまであの時の自分を再現していた。


『ね、よく見てよ。この完璧な美しいボディライン。艶と張りのある透き通った肌。そして……』


 両手の指を広げたアヤノは、そのまま掌を自分の両胸に被せた。


『この、二つ揃った美しい乳房』


 鼻を鳴らすと、体をくねらせて視線だけ彩乃に送る。


『手術する前の、一番美しかった頃の彩乃さん、あなた自身の体なのよ』


 彩乃は何も言えないまま俯き頭を掻きむしった。


「…………そんな」


 声を震わせながら、小さく呟いた彩乃。


「……これは、自分の……夢よね?」


 震えた両手を見つめながら、彩乃は自分に問いかけていた。

 目の前に要るアヤノの存在を無視するように。


 ただ、彩乃の考えを肯定するように、目の前のアヤノは強い口調で言い放った。


『ええ、そうよ。間違いなく、あなた自身の夢』


 これは悪魔。

 自分の願望……いいや、薄汚い欲望が。あきらめきれない未練が、目の前で形になっている悪夢。


 ならば目の前の分身は、自分に何を伝えたいのか……



 黙り込む彩乃に、女子高生の彩乃が問いかけた。


『どう? 幼馴染の海斗君とは上手くいってる?』


 暫くの沈黙のあと「ええ、それなりに……」と彩乃は口を開いた。


『あら、イマイチ歯切れが悪い返事ね。どうせウジウジとつまらない考えのまま、海斗君をいいように振り回しているだけじゃないの?』


「カイとはただの幼馴染なだけよ、別に特別な感情なんて……」


『まあ、彼ならそうかもね。でも、あなたは違うでしょ? 彼に再会できて嬉しくてたまらない。感情が高ぶる。隠そうとしてもダメ、それくらいの気持ち、私には手に取るようにわかるわよ』


「くっ!」


 彩乃は地面に視線を落としたまま、下唇を噛みしめていた。

 鋭い眼差しで彩乃を見据えているアヤノは、大きく息を吸い込むと、矢継早に言葉をぶつけてきた。


『そのみっともない体をさらけ出すのが怖いだけなんでしょ? 臆病者。そんなんじゃ彼、あなたになんか振り向いてくれないわよ』

『どうせ叶わぬ恋なら、思い切って打ち明けてみたら? オッパイ無い彼女だけど、どう? って』

『好きなら好きって言えばいいじゃない? そう思わない? 私ならそうするなぁ……あ、勿論この完璧な体でだけどね、告白するなら』

『彼も男なんだしさあ、いつまでも幼馴染の仲良しでなんて居られないと思う訳よ。そのうち体、求められるかもしれないかもね。そしたらどうする? 断る?』



 全部、彩乃の抱いているコンプレックス。それを的確に突いてくる。

 しかしそれは、彩乃が心の内に秘めた思いであり、アヤノが全て言葉として具現化しているにすぎなかった。


 怖くて、一歩が踏み出せないでいる彩乃の気持ちを代弁しただけ。


『ねえ、彩乃さん』


「…………」


『彩乃さんがこっちの世界に来るのは、まだ全然早いと思うの』


「……世界?」


『そう、あなたが手術を受けてから半年間、昏睡状態だった時の世界』


「それって!!」


 彩乃は前のめりになって訊き返した。


 この真っ白な空間を作り出した自分の思考。はっきりと記憶に残る映像や会話。

 ただの夢ではないことぐらい判別できる。

 こんな夢を見る自分の脳は一体どうなってしまっているのか、その答えを知りたかった。

 きっと、今は記憶に無い空白の半年間の事実を知ることが出来るかもしれないと。


 だが、アヤノから返ってきた答えは、彩乃の期待とは違っていた。


『ううん、ごめんなさい、今のあなたには必要ない情報だったわ。それよりも……』


 瞳を閉じて頭を振るアヤノ。そして、やさしい笑みで彩乃に語り掛けた。


『私は、彩乃さんには後悔してほしくないと思っているのよ』


「…………」


『彼も、頼れる女性は彩乃さんしかいないの。わかるでしょ?』


 それは言われなくても分かっているつもりだった。

 女性を苦手とする海斗は、彩乃にだけは普通に接することが出来ている。幼馴染としての特権なのかもしれない。

 その事実を逆手に取れば、海斗を独占することだって可能だ。


 しかし、海斗本人はその苦手意識を克服したいと考えている筈である。社会人としてコミュ障では、何事も上手く事は運ばない。ゆえに、彩乃のバイト先に来たのもその為で、今でも克服の考えは消えていないと考えるのが普通だ。

 だとすれば……彩乃が海斗のために協力できる事とは何か。

 好きだという感情だけでは、幼馴染を救えない。彼のために何ができるか考えなければ。


 そして、彩乃本人もまた、海斗と再会したことによって心を救われたのである。

 


『だから、彩乃さんも彼を必要としないと……だって海斗君、良い人だから、ね』


 

 そう言い残したアヤノは、目を細めていた。


 そして霧になって姿を消した。



 ◇ ◇ ◇



 ◇ ◇



 ◇




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