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01 女子が苦手な僕です


 今、とあるメイドカフェの入り口付近で佇んでいる一人の男がいた。


「女子が苦手な僕を、今日をもって卒業する!」


 その男の名は渋川海斗(しぶかわかいと)。冴えないその顔は、見ようによってはオタク系。だが以外にも体格はがっちりとしている社会人だ。


「よ、ようし……勇気を出せ。今日こそ僕は、新たな一歩を踏み出すんだっ」


 と、握り拳を作り胸の前で小さくガッツポーズをして、自らを奮い立たせていたのだが……


 この場所で、もうどれくらいの時が過ぎたのだろうか。まるで足がコンクリートで固まったと錯覚するくらいに、一歩も踏み出せない。

 海斗の顔は、焦りの色で染まっていく。


 傍から見れば、何かに取り憑かれているかのように、挙動不審丸出しの青年にしか見えないので、通り過ぎる人々からの怪訝な目をひたすら浴びていたのだ。


「僕は今日、この場所で生まれ変わる……そう、決めて来たはずだぞ」


 今までの自分と決別するために、そして新しい自分の人生を手に入れるためにここへ来た。

 そう、メイドカフェの女の子たちならば、きっと新しい世界を見せてくれると海斗は信じているのである。


 ふと、目的である店舗の店構えを見上げてみれば、ピンク色主体のパステルカラーの壁一面に店舗特有のメイド衣装姿の女の子の写真が沢山張り付けてある。

 その圧倒的雰囲気にのまれそうになる海斗。同時に緊張もはしり、そのせいで喉の渇きにも襲われていた。


「くっ、ここまで来て、引き返すとかは無しだからな」と、ぶつぶつ自分に言い聞かせている。


 何を隠そう、海斗はメイドカフェは初体験。

 意気込んで店前にたどり着いたまでは良かったものの、ここからの一歩を踏みだす勇気が湧かずに立ち止まっていた。



 ある意味気弱な、引き籠り少年感丸出しの海斗。実は去年の春から就職したばかりの社会人であり、もうすぐ二十歳(はたち)を迎えるれっきとした成人なのである。



 ……そう、社会人であると言えば聞こえはいい。

 だが実際のところは大学受験に失敗してしまい、そこからの選択で就職という道を選んだだけにすぎなかった。


 浪人生として再度大学入試に挑戦する、という選択肢もあったにはあった。

 大学受験に失敗した友達も、その殆どが浪人生として予備校に通いながら、もう一年必死に勉強すると言っていた。

 海斗の両親も浪人するのならと、それはそれで構わないと背中を押してくれていたのだ。


 それにもかかわらず、海斗はサラリーマンとなって働く道を選んだ。


 海斗は浪人生活をおくる考えに、どうにも気持ちが乗らなかった。そもそも勉強なるものが嫌いで、大学受験なんかは周りの雰囲気につられて何となく受けていただけだった。そのため、勉学に自分の時間を費やすなど考えるだけでも嫌気がさしていたのだ。

 

 少しばかり紆余曲折したあと就職すると決めた海斗は、田舎の親元を離れて上京し働きだした。

 就職といっても、そもそも高卒の海斗には選択できる業種は少なく、高層ビルにオフィスを構える企業なんかは、ほぼ大卒以上しか相手にしない。


 そうして転がり込んだのは、下町の小さな加工業だった。


 勉強はできなくても体力には自信がある海斗に、加工現場の仕事はうってつけであり、今は見習の下っ端として日々頑張っている。


 住んでいるアパートも出来るだけ家賃の安い所を選んだために、職場から遠く離れた寂しい場所になってしまった。通勤には時間がかかるし、ぼろアパートでちょっとだけ不便だったが、それでもこの道を選択したことに後悔はしていない。



 そんな海斗がメイドカフェに憧れるのには理由があった。それは……


 気軽に女の子と楽しく会話をしたい。

 欲を言えば、彼女が欲しい。


 健康な男子なら、誰しも抱く欲望である。

 その欲望が、外見以外に自らの症状によって叶えられない。


 それというのも、海斗は女子に対して極度に緊張してしまう『あがり症』なのである。まともな会話どころか、相手の顔すら見られない。

 そんな症状は、年齢を重ねるにしたがって、徐々に酷くなっていった。


 特に目の前の女の子が見知った人物であると、余計な意識をしてしまう。気遣ったつもりでも、会話が成立しないせいで、その度に失敗を繰り返していた。

 そうなると余計に周りの友達からからかわれ、苦手意識が段々と積み重なって現在に至っていたのだ


 自暴自棄に陥り、二次元の女の子に現実逃避をしたこともあったが、何故だか心の隙間を満たしてくれるとまではいかなかった。


 ――こうして、海斗はある考えにたどり着く。


 もしかすると、相手が赤の他人なら、接客業の娘ならきっと上手く会話が出来るのでは?


 

 その答えを立証するために、そしてあがり症を克服するために、海斗はこの場所を選んだのだ。


 たとえ客と店員の関係性であっても、いや、そういう関係性だからこそ、店員側がいろいろと気を使ってくれるはずと期待している。

 結果、女の子と楽しい時間をすごせる夢のような場所に違いないと淡い希望を抱いていた。


 それが上手くいけば症状を克服できるだろうし、ゆくゆくは念願の彼女を作って、リア充万歳で勝ち組の仲間入りを果たせるだろうと。

 とにかく、彼女いない歴=実年齢の海斗にとって、絶対に失敗出来ないミッションなのである。


 社会人になってこのまま女性に苦手意識を持っていては本当にまずい。女性に対してのあがり症の克服にはこの方法しかないと、海斗は意気込んでいた。



「ふうーー。よし! 行くか」


 こんなとこで足掻いても何の解決にもならない。

 ――――心を決めた海斗。

 大きく腕を振りながら深呼吸をすると、鼻をすんと鳴らす。

 そして、ようやくその第一歩を踏み出したのだ。




 入り口付近に近づくと、そこにいた呼び込み担当のメイドさんに声を掛けられた。

 限界まで短くして美脚を大胆に魅せるスカート。胸元を開放させたコルセットっぽい物がキュッとウエストを細く強調させていて、綺麗なフリルで彩られた大胆な胸には否が応でも男性の視線を奪ってしまう。


 呼び込みのメイドさんは、にこりと笑顔で「どうぞ、こちらですぅー」と、魅惑の世界へご案内。


 思った以上の鼻にかかる甲高い声だったので、海斗の思考はフリーズしそうになるも、なんとか堪えて店内へ。すると、


「「お帰りなさいませ、ご主人様!」」と、近くにいたメイド姿の女性たちが一斉に海斗へ挨拶をした。

 

「…………っ!」


 事前に下調べをしていたので、テンプレの挨拶に驚きはしない。だが圧倒的な迫力に海斗は気圧されてしまい、すぐさま恥ずかしさが襲ってきていた。

 店内を見渡してみれば、沢山の客と、そのお客を楽しませている華やかなメイド姿の女の子たちでごった返している。


 場違い感が半端ない。

 だめだ……もう帰りたい。


「す、す、すみません……やっぱり僕……あの」


 あまりの気恥ずかしさに耳まで熱くなってしまった海斗は、申し訳なさそうに今入ってきた出入り口の方へ振りかえろうとした。


「えっとぉ、ご主人様のお席はこちらになりますー」


 受付近くに集まっていたメイドさんたちに出口を塞がれて万事休す。

 一斉に同じ笑顔を向けられて、各々可愛らしさを猛アピールくるメイドさん達。

 彼女らは全く悪気はないと思うのだが、今の海斗には恐ろしい魔女たちの微笑みにしか見えず、若干の恐怖を覚えていた。


「あ、は……はい」もうなるようにしかならないと、諦めた海斗。


 そして、あれよあれよという間に店内の席に案内されて、気が付けば着席して紅茶と定番のオムライスを頼んでしまっていた。


 海斗は俯いたまま頭を抱えて、自分の考えの甘さに今更ながらこの場所へ来たことを後悔している。



 程なくして、海斗の席に担当となるメイド服の女の子がやってきた。


「こんにちはーご主人様! わたくしはノンコと言いますー」


 ノンコと名乗ったメイドさんは、ほかの店員さん達よりもひときわ大きく強調された胸と、二重瞼に薄い茶色の大きな瞳がチャームポイントの可愛らしい顔立ちの女の子だった。


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