17 幼馴染の相談ごと
コンビニ弁当の夕食を食べ終えると、彩乃はノートパソコンと向き合った。
「大学に出さなきゃいけないからね、完成させるまで頑張るから」と言いながら。
ここでやるのは全然構わないのだが、どうせ本気になるのなら自宅でやってほしいと海斗は思う。
医学系の学部に通っている彩乃。専門的な知識が必要だそうで、授業についていくのはやっとやっとだとか。
テーブルに広げた教科書や参考書を見ればそんな感じの難しそうな資料だった。
なにはともあれ今日一日、ここに到達するまで色々とあった。
長い息抜きタイムだったが、ここで彩乃はやっと本腰を入れるつもりらしい。
気合を入れるためジャケットの腕をまくり臨戦態勢。
仕方なくお付き合いするしかないと海斗は諦める。
……とはいうものの、どうも手持ち無沙汰になってしまって、テレビを見ようにも勉強に集中している彼女の邪魔はしたくないし。
仕方なく彩乃が終わるまでは、静かに我慢することに。
読みかけの本でもと本棚へ手を伸ばすと、ポケットのスマホがブルルと振動した。メッセージの着信だ。
誰からだろうと思いスマホを見ると、送り主は会社の同僚の松下からだった。
『快勝!快勝!ピース!』と通知画面には表示されていた。
どうせパチンコで勝って喜んでいるのだろと思い、アプリを立ち上げる。
メッセージには居酒屋で飲んだくれている新村と松下の写真が添付されていた。
かなり出来上がている陽気な二人が肩を組んでピースサイン。
今日もパチンコに行って珍しく勝った、その記念に送ってきたのかもしれない。ホントに仲の良い二人だ。
写真を見た海斗は思わず笑いそうになる。
……と、続けて次のメッセージが届いた。
『渋川! 合コンのセッティング、くれぐれもよろしくなー』と。
「…………あ、しまった! 忘れてた!」
先輩たちから念押しされていたにも関わらず、合コンの事などすっかり忘れてしまっていた海斗。メッセージを見て思わず声が出てしまった。
忘れていたでは済まされないだろう。ダメもとでもアクションを起こさなければ、会社で新村から嫌みを言われ続けるのは明白だ。このタイミングでメッセージを送ってきた松下にチョットだけ感謝した。
静かな部屋で海斗が声を上げると、彩乃が視線を向けて首を傾げた。
「カイどうしたの? どこかで忘れ物でもしちゃった?」
具合が悪くなってしまった動物園のベンチ辺りで、何か置き忘れてきたのかと心配した彩乃。
その問いかけに、海斗は少し気まずそうにしながら話しを切り出した。
「あっいや……その……実はアヤにお願いというか、相談したい事があってさ……」
正面に座る彩乃は「え? 何、何、相談って何?」と前のめりになって訊き返してきた。
「ねえ、カイからのお願い事って、初めてのような気がするの」
「……そうだったっけ? 昔は違うだろ?」
海斗がそう言うと、彩乃は眉を寄せて首を振った。
「ううん、昔っからそう。いっつもお願いするのはアヤの方から。カイはそれを黙って聞いてくれるか、喧嘩になるかのどっちか。まあ、喧嘩になる方が多かったけどね、ふふっ懐かしい」
確かに。
過去の二人の関係性は、多分そんなふうに釣り合いを取っていたのだと、海斗は思い出す。
「だから、カイからのお願い事は結構嬉しかったりするのよ、アヤ的にね」
「へえ、そうなのか?」
「そうなのよ、ふふっ」
頬杖をついて笑う彩乃を見て少し安心した海斗は、言い出しづらかった合コンの件について話し出した。
「えっと、お願いっていうのが……僕の務めている会社の先輩たちが、飲み会したいらしいんだ。その……アヤと、アヤの学生友達何人かで」
「ほう、つまり合コンってこと?」
「そう、合コン」
「ふむ、……で?」
「で、その先輩は二人いるんだけど、一人は新村さんていう三十歳くらいの人。もう一人は松下さんで、僕より四つ上のちょっと見た目ヤンチャな人。二人とも独身なんだ」
「ほうほう、その人たちはアヤのこと知ってるのかしら?」
訊かれた海斗は、スマホをかざした。
「ほらこれ、この前彩乃が僕のスマホで自撮りして、そのまま壁紙に設定しただろ、この写真」
海斗と再会した日に彩乃が車の中で自撮りした写真だ。
「うん、可愛く撮れたやつよね」
「……まあ、可愛く撮れたかどうかは、ひとまず置いといてだな」
「えーーっ! なんで置いとくの? そこ一番重要じゃないの?」
彩乃は半立ちしながら猛抗議する。まあまあと両手を広げて制止させようとする海斗。
「……重要かもしれないけど、まあ聞いてくれ。」
「むぅー、あの写真、結構自信あったんだけどなぁ」と不貞腐れた顔で訴える。
「えっと……今朝の件について、アヤが最初にメッセージ送った日、覚えてるだろ?」
「ああ、うん覚えてる」
「丁度先輩たちと一緒に休憩中だったんだ。で、アヤのメッセージを確認しようとしたら、その時にこの写真見られちゃって」
「あー、それで、この可愛い娘は海斗君の彼女なのかぁーっ、みたいな風に責められた訳ね?」
「まあ、そういった経緯でほぼ間違い無いんだが……一応、幼馴染って話はしてあるからな」
「えー、恋人って設定じゃないのかぁ、まあいいけど」
「設定って…………」
今の二人の関係性は幼馴染以外にどういった表現がいいのか、海斗は思いもつかない。
彩乃の『設定』という言葉を聞いて、それも有りなんだと気づかされる。
恋人でもないのに恋人と言いふらすには、やっぱり許可が必要とは思うのだが。
「それよりもカイ! 先輩たちが問い詰めたってことは、やっぱりその写真、可愛く撮れていたってことじゃないの? どうなのっ!」
一旦置いといた話を蒸し返してきた。さっきと同じく半立ちに。
海斗は「はい、そうでした」と平謝り。
「で? その先輩方ってどんな人たち? どっちも年上でしょ、気難しい人は困っちゃうかな。独身ってことは、まさか! オタクっぽいとか?」
海斗は先ほど送られてきたへべれけ写真を「まあ、こんな感じの優しい先輩」と言って彩乃に見せた。
それを見た彩乃は「ぷぷっ」と笑い出す。
「へー、優しそうな人たちじゃない」
「だろ? なにかと面倒見がよくて、頼りになる先輩だよ」
ただし、ギャンブル依存が高いのは悩みどころである。あと、煙草も。
「ふうん、そっか……なんか面白そうね。明日にでも、しずかさんと京子ちゃんに相談してみるわ」
「ありがとうアヤ。よろしく頼むよ」
彩乃は目を細めて、笑顔で頷いた。
そしてすぐにパソコンのキーボードを打ち始めて、
「あ、その泥酔写真、アヤのスマホに送っておいてね。彼女達にもみてもらうから、よろしく」
とだけ言って、彩乃は再び作文作業に移った。
海斗も手に取った本をベッドに寝転びながら読みふけっていた。