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16 海斗のアパートへ

 間もなくして二人は、海斗のアパートに到着した。


「あれまあ、なかなか味のある古風なお住まいですこと……」


 車から降りた彩乃の第一声がそれだった。表情も渋めに。

 十二部屋程ある二階建てのアパートは、見た目通りに古かった。


「素直におんぼろって言えばいいのに」


「だよねぇ」


 少しだけ錆の目立つ鉄製の階段をカツカツと上り二階へ。

 海斗の手にはさっきコンビニで買った二人分のお弁当が。彩乃の手にはノートパソコンの入った鞄と、背中には中身の膨らんだリュックを背負っていた。


「急な訪問だし、少しだけ部屋の中片付けさせてもらうよ。その間チョットだけ外で待っててくれるかな?」


 まさか今日、彩乃が来るとは想定していなかった海斗。

 部屋の中は普段のまま。特に問題は無いとは思っているのだが、それでも一応チェックしないとだ。


「うんうん、わかる、わかるよカイのその気持ち。いきなり女の子をお部屋に招待するんだもん、しかも可愛い女子大生ときた。大事にしているエッチな本とか仕舞っとかないとねっ、ふふっ。心ゆくまで片付けをしていただきたいわ」


 自分で可愛いなどと言い放つ幼馴染。それもどうかと思いつつ海斗は、


「エッチな本などない! そして、招待した覚えは全くない!!」


「えー、またまたー」と彩乃はいやらしい目つきでニヤリ。


 ここへ来たいと言い出したのは彩乃だ。それもほぼ強引に。海斗は渋ってみたものの、幼馴染は引き下がろうとしなかった。

 最終的な決まり手は、中断した論文の事を持ち出してきたこと。しかも、遊びに出掛けたくなったのを海斗のせいにしだしたから始末が悪い。

 仕方なく彩乃の訪問を許可した海斗だった。


 予め彩乃が来ると分かっていたのなら、それなりに整理や掃除をしておいたのにと海斗は思う。


 全く良い気なものだと呆れ顔で彩乃を見ると、キラキラ瞳を輝かせてわくわく顔。


「男の一人暮らしのお部屋に入るの初めてなの。なんだかドキドキしてくるねー」


 本当に勝手なものである。



 『203』と書かれたドアの前で立ち止まると、海斗は玄関ドアのロックを外した。ドアノブを回しガチャリとドアを開けると、


「おっじゃましまあーーすっ!」

「――ッ! あっ、おい! コラッ!!」


 海斗をはねのけた彩乃は、我先にと玄関に入り込んだ。不意を突かれた海斗はよろけながらも、侵入する彩乃を制止しようとする。

 が、時すでに遅し。あっという間に靴を脱ぎ棄て、彩乃は奥に上がり込んでいった。


 つい先ほどまでぐったりとしていた人物とは思えない身のこなしと素早さに驚く海斗。道中寝ている彼女を目覚めさせてしまった自らの失態を悔やんでいた。


「わあーー、思ったよりきれいにしてあるじゃん。立派立派! カイってば、こういうのきちんとしていたもんね」


 雑誌や本はよく購入するらしく大量にはあるものの、そのすべてが壁際の本棚やラックに整理されていた。

 人に見せる分には恥ずかしくない程度に整理されている住まい。とは言うものの、今までにこの部屋を訪問したことがあるのは両親のみ。

 物を散らかさずに生活するのは、海斗の性格上であるのが大きい。


「エッチな本とか期待していたのに、カイったらつまんない奴」


「お前は一体何を期待していたんだ」


「だって、興味あるじゃん男の部屋って。うーん、これはアヤのお部屋の方がチョイとやばいかも、ね」


 などと言いながら、彩乃は隅々まで見回して部屋の様子をチェックしていた。


「あぁ確か、アヤは片付けるの大の苦手だったよな。そのせいでしょっちゅうおばさんに怒られていたし、僕も巻き添え食らうわで、えらい目にあったよ。今でもあの鬼の形相が瞼に焼き付いているぞ」


「そうそう、うちのお母さん怒るとホント怖かったよね」

「だよな、ホントに」


 二人で頷き、過去の思い出に共感する。


「あっ! そういう事か!」彩乃は何か閃いたのか、手をポンと叩いた。


「カイのソレ! メイドカフェで克服しようと無様に失敗した、女の人が苦手な病気か何か。それって、うちのお母さんが原因よ、絶対!」


 彩乃は自信ありげにドヤ顔で論破した。


「……ええ? そんな訳ないだろ。僕は、おばさんの事そんなに嫌いじゃないし」


「いいや、間違い無いわよ。あれが原因で、幼少期のカイのトラウマになって、今に至っている。うん、この仮説が一番しっくりくるかもね」


 海斗にしてみたら、にわかに信じがたい彩乃の仮説。もしこの仮説が正しければ、その要因となった彩乃に一番の責任があるように思えて仕方がなかった。


「とにかく今度、アヤん家に来てよ。そしたら仮説が立証されるのよ。お母さんもカイが来るの楽しみにしてたから」


「ああ、近いうちにお邪魔したいと思っているよ。そん時は怒られないように、アヤがしっかりとしていなきゃな。一緒に叱られるのだけは勘弁だぞ」


「何をおっしゃいますやら。アヤもこう見えて、もういい大人に成長したんだよ。散らかしてあっても、たまにしか怒られないからね」


 胸を張って威張っているが、とても威張れるような事ではない。


「怒られてんのかよ。それより先ずは、散らかすな、そして片付けなさい」


「わーん、カイがいじめるう。この、ひとでなし!」


「よおし、わかった! 今度は僕がアヤの部屋に抜き打ちチェックしてやるからな。覚悟しろよ」


「いや~ん、カイのえっち♡」とメイドの時と同じ声で肩を振った。


 散らかし放題で片付けられなかった幼き日の彩乃。いくらなんでもあの頃よりはマシになっていると思いたい。彼女の口っぷりから推測すると、まあまあやばいかもしれない。

 彩乃の家にお邪魔する時があれば、事前にちゃんと告知をしておこうと海斗は思う。特に彩乃の母へはしっかりと。



「へー、ベッドがあってテーブルもあって、それでもけっこうな広さがあるお部屋なんだ」


 海斗の部屋は1LDK。一人で住むにはまずまずの広さにもかかわらず、築年数が古かったせいで家賃がわりとお手頃だった。

 社会人になって二年目、まだまだ安月給の海斗にとって、今はこれくらいの住まいが精いっぱいなのである。

 それでも駐車スペースが確保されていて駅からも近い事から、それなりに満足している海斗だった。



「うん、これならアヤもお泊まり出来そうよね♡」


「おいおいおい、まさかとは思うが、泊まるつもりで来たんじゃないよな?」


「え? ダメなの?」


 彩乃は首を傾げて訊く。


「ダメも何も、男と二人きりなんだぞ。布団だって一組しか無いし」


「あはは、今更何言ってんの? 昔はよく一つの布団で一緒に寝たじゃない」


 確かに子供の頃はしょっちゅう一緒に寝ていたかも、と海斗は記憶をたどる。

 大人になった今、そんなことをしようものなら、幾ら相手が幼馴染とはいえ理性を保てない自信はあった。

 

「大丈夫。幼馴染のカイは変な事しないって信じてるから」


 海斗はどれだけ信用されているのか。

 目の前の彩乃の瞳は真っ直ぐに海斗を見つめていた。が、

 プッと笑い出す彩乃。


「冗談よ。論文が出来上がるまではここに居るつもりだけど、あとチョットだし。カイは気にしないで普通にしていればいいわ」


 からかわれていたことにチョットだけムッときた海斗は、素っ気無く返事を返した。


「……ああ、そうさせてもらうよ」


 海斗はテーブルに座り、コンビニの弁当を広げた。

 彩乃も向かい側に座って、弁当を受け取って食べだした。


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