第10話「共有」
第10話『共有』
「もし、生まれ変われるなら…………また、お姉ちゃんの妹になりたいな」
ざしゅ!
私の耳に、肉を斬る嫌な音が伝わった……でも、私じゃない?
「ぎにゃぁぁぁぁ!!」
「え?」
私が舌を噛み切る前に、モヒカン野郎が悲鳴をあげた?
ざしゅ! ざしゅ! ざしゅ!
「あぎゃぁ! ぐぎゃぁ! がぁぁぁ!!」
何? 何が起こってるの……肉を斬る音は奴から聞こえてくる……その音がする度に、悲鳴をあげ、のたうち回りながら鮮血をまき散らす。
「かっ! 管理者……あぐ! 権限……がぁ! この攻撃を……防げぇ!!」
<<無効……管理者権限”共有”が発動中、解除されるまで継続されます>>
「な……んだと? ぎゃぁぁぁぁ!! 解除! 解除しろぉぉ!」
<<無効……管理者権限の優先度により、発令者以外の解除は受け入れられません>>
「な……ぎゃぁ! 痛ぇ! 痛ぇぇぇ!! あの、チビィィィ!」
私の耳にも……いや、脳に直接聞こえた、これは……審判の間のシステムメッセージ?
「お姉ちゃん……奴に飲み込まれる直前に呟いていた……」
(管理者……権限により……全てを共有します)
奴が受けているのは、お姉ちゃんが受けた苦痛と苦しみ……それを共有されているんだ。
「ぎゃぁぁぁぁ!! やめろぉ! やめてくれぇぇ!!!」
奴が悲鳴をあげる度、奴の胸や腹に鋭いナイフでめった刺しにされているかのような傷が穿たれる。 私はその凄惨な光景を目にしながら、胸が詰まる思いだった。
「ぐぎゃぁ! たすけ……ぎゃぁぁ!! やめ……がぁぁ!」
奴に同情したわけではない、大の大人が血を吐き、激痛にのたうち回っているのを目の当たりにし、今の私より幼かったお姉ちゃんは……本当のパパとママを失った上に、あの苦しみを受けて、それでも、私の前では笑っていたんだ、私と別れた後も一人でここで……自分だったらきっと耐えられない。
「ざまみろ……お姉ちゃんの苦しみを、痛みを味わえ!」
「がぁ……はぁ、はぁ、終わった? ……うぐ!? なんだおまえら! やめろ! 何をする!」
見えない刃に斬りつけられるのが終わったらしく、脂汗を垂らしながら肩で息をしていた奴が、今度はまるで、見えない誰かに囲まれて乱暴されているかの様に怯えて手を振り回す。
「く、来るなぁ! 俺はモルモットじゃねぇ……うぶ! うぶぇぇ!?」
「くっ……!」
私の拘束も緩んでいる。 今なら奴は動けない、外へ助けを呼びに……そう思ったが。
「逃げてどうなるの? もう、お姉ちゃんはいないのに……」
引き裂かれたローブ、壊された眼鏡、血だまり……それだけがお姉ちゃんがいた痕跡だ……。 お姉ちゃんは大蛇になった奴に食べられた、お姉ちゃんごと「管理者権限」を取り込んだのだ。
「パパ……私どうすればいいかなぁ? 何で助けにきてくれないの?」
パパのいる施設部から、審判の間はモニターされてるはず、奴がそうさせないようにしていたのなら、苦しみまわってる今がチャンスのはずなのに……。
………
……
…
「ぐぅ! 終わった……のか……へ、へへへ……ふざけやがって……」
奴がふらふらと立ち上がり、こちらを血走った目で睨みつける。
「きひ! きひひ……よくも、よくも、よくも! よくもぉぉぉぉ!!!」
半狂乱になった奴が私に詰め寄り、襟首を掴み上げた。
「ぐぅ!」
「あのクソチビにえらい目に遭わされたんだ、妹のお前に償ってもらわないとなぁ?」
怒りで我を忘れているのだろう、共有で受けた傷から血を流しながらお姉ちゃんへの恨みを私に向けている。 でも……。
「はぁ! ははは! 飼殺してやろうと思ったが、もういい! 今ここでドチャクソに辱めて、ぶち殺して外にいる奴らへの見せしめにしてやる! 管理者権限発動! 今すぐ……」
<<無効……管理者権限”共有”が発動中、解除されるまで継続されます>>
「は? おい、まて! ……や、やだ、やだ……やだぁぁぁぁ!!」
奴が私から手を放し、その場にうずくまり震えだした……今ならわかる、さっきのは12年前に受けたお姉ちゃんの苦しみと痛み……そして、今までお姉ちゃんが耐えてきた心の苦しみを共有してるのだろう。
「苦しい! 苦しい! 何なんだ、何なんだこの記憶はぁぁ!」
「お姉ちゃん、こんなに苦しかったの?」
共有をされているわけではないけど、お姉ちゃんの苦しみを知らず、捨てられたと思い込んで寂しさを誤魔化すため憎んですらいた……それを実感させられ、胸を抉られる気持ちにされる。
「助け……たす……ぎひぃ?」
私に縋りつこうと、両手を伸ばした時、奴の両腕がへし折られた様にだらりと下がる……。
「ぎゃぁぁぁ!!!」
「最後だね……それは覚えてるよ、お前に情けをかけたお姉ちゃんの腕を折った時のだね……ならわかるよね? そのあと、お前がお姉ちゃんに何をしたのか……」
「は、はひぃ? うぶぅ? げぶぁぁ!」
奴は血を吐きながら再び転げ回る……その腹はいびつに歪み、両目からも鮮血を流している。 シンボルアイテムを探すため、お姉ちゃんの身体の中を滅茶苦茶にして辱めて目まで潰した……その報いを今受けている、血の塊に喉を防がれくぐもった悲鳴をあげながら、身体中から流れ出す血で作られた血だまりで暴れ回り、そして奴は動かなくなった……。
「お姉ちゃん……奴は死んだよ……お姉ちゃんが倒したんだよ……全部終わったよ」
お姉ちゃんの遺品となった壊れた眼鏡を拾い、胸に抱き嗚咽を漏らす。
<<警告・共有の終了を確認、間もなくコクーンの全機能が停止します。 関係者は避難してください>>
「え? ちょっと……どういう事!」
<<侵入者による物理的閉鎖の解除を確認、管理者による閉鎖を解除します。関係者は至急避難してください、避難終了後、強制排除を実行します>>
「ちょっと……今なんて? 奴だけじゃなくお姉ちゃんが閉鎖していたってどういう事?」
奴が出口をロックしたのは分かる、でも、何でお姉ちゃんが閉鎖する必要があるの? それじゃ逃げる事もパパたちが入ってくることもできない!
「とりあえずパパに……え?」
「ヒハ! ひひひ……」
出口に向かおうとした私の前に巨大な蛇がいた……。
グボァ……ドチャァ!
「お姉ちゃん!」
大蛇から吐きだされたお姉ちゃんに駆け寄り、抱き起す。
「お姉ちゃん! お姉ちゃん!」
「リア……ちゃん? はやく……ごふ! 逃げな……さい、リアちゃんまで……堕ち……
がふ! ……ちゃいます」
「やっぱり……お姉ちゃんが?」
「やって……くれたなこのチビィ! 自分自身の責めで本当に逝っちまうとこだったぜぇ!」
大蛇の頭に奴の上半身が生え、私たちを見おろしている。
「寄生を解除しなきゃ……やばかったぜぇ、まさか、あんな仕込みをしているなんてなぁ、今度は小細工が出来ない様に、妹共々ぐちゃぐちゃのミンチにしてから取り込んでやる!」
本性を現したのか、あのふざけた口調も使わずに剥き出しの殺意を向け、無数の棘のついた尻尾を私たちに向けて振り上げた……だめ! お姉ちゃんは重傷で動けない、
「誰か……たすけて……お姉ちゃんだけでも!」
お姉ちゃんを強く抱きしめ、かすれる声で来るはずのない助けを求めた……。
「うぁっっったりまえどぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ズドン!
「ぎゃぶぅ!?」
「え?」
聞き覚えのある叫び声と共に、物凄い勢いで奴の顔(人間部分)に飛び蹴りを入れる人影が?
「て、てめ! またか! この……豚野郎?」
「うそ……まさか……」
私たちと奴の間に降り立った人物は、背を向けながら叫んだ!
「バカ野郎! 言っただろ、俺は”豚野郎”何て名前じゃねぇ!
俺の名は伊勢海助! いずれ、異世界生活王になる男だ!!!」
「そのセリフ……やっぱり、あの豚野郎じゃねぇか!」
豚の姿ではない人間の姿なのに、その間抜けなセリフにデジャビュを感じる。
「おい、べーやん! こうも言ったよな? 神ちゃんは俺が最初に唾つけたんだ! 俺が最初にぺろぺろするんだって! なのに、なのに! 神ちゃんにあんな事やこんな事……あまつさえ、こんな事やあんな事迄しやがって! うらやま……ぜってぇ許せねぇ!」
「豚野郎……生きてたんだ」
「神ちゃん、リアちゃん、もう大丈夫だ!」
なんだろう、あの頼りない豚野郎が来てくれただけで、こんなに安心できるなんて……。
「それが本体かよ……だがなぁ、俺にはまだ、疑似管理者権限がある! お前なんぞ、一飲みだ!」
「やってみろよ」
「次回予告」
あれ? ああ、あれだ、主人公だよ主人公!
影が薄いどころか、存在自体忘れてた? いやぁ都市伝説じゃなかったんだNE☆
神様もゲロられて戻ってきたのはいいけど、入り口閉鎖もしてた? 何考えてんの?
なにはともあれ、ようやく主人公が帰ってきたよ! 即行殺されそうだけど……。
勝ち目なんてないよね? 死ぬね、これは死ぬよね?
次回決着? ほんとにぃ?
次回! 第11話『大逆転』に、レッツ、異世界ドライブ!
※諸事情により、番組内容とタイトルが変更になる恐れがあります。ご了承ください。
明けてますおめでとうございます。 やっと続きが書けました……随分回り道をしてしまい、主人公の存在が希薄になっていましたが、ようやく再登場させることが出来ました。そのうち過去編は別に纏めたいと思いますが、いつになるやら。




