【番外編】「神様がいなくなった日曜日」その15
本『番外編』の最終話となります。
【番外編】「神様がいなくなった日曜日」その15
‐エピローグ‐ 大切なものは何ですか?
私が、死んで生き返った時、私の時間は止まってしまったようです。
なんの役にも立たない、ちっぽけな私が、神様の命と引き換えに、今も生きている。
少しでも威厳ある、そんな神様になりたくて、リゼさんに髪を切って貰った。
素材が悪いので、そんな変わらないだろうと思ったのですが、意外や意外、
結構イケてる感じになったんですよ? リゼさんすごい!……でも、
……ほんの数分で元に戻ってしまったのです。
私は一度死んで、神様として生き返った、
ただ、その代償として……私の体は成長しなくなってしまったようです。
身体に遺された傷も、管理者権限で癒せるかもしれません。
ですが、それを実行することは躊躇われました。
この傷は、この痛みは、きっと私への罰ではないのでしょうか……。
パパとママ、そして、エリナおばさんを死なせてしまった私への……。
贖罪……なのでしょうか? 神様となってからも辛い事が続きます。
私が目を覚ました瞬間、エリナおばさんの声が頭の中で聞こえた。
それは、リアちゃんの存在を隠さないと、リアちゃんの身に危険が及ぶという内容でした。
目覚めたばかりで混乱している私に、追い打ちをかける様に監査団の方がやってきたのもその時でした。
……ただひたすらに、リアちゃんの存在を隠し、恥辱に耐え続けた。
施設部のみんなも、リアちゃんの事を隠してくれているようだったので、執拗な尋問にも口を割りませんでした。
私が解放されてから、全てを知りました
エリナおばさんは、ココから消え去る前に、この後の事を遺書として遺していた。
未熟な私が、新しく生まれたコクーンと共に管理者になれば、よからぬことを企む方々が、
身内であるリアちゃんに目をつけるのは必然。その前に……。
私が目覚めるまでの間に、エリナおばさんの遺書に従い、みんなが頑張ってくれていたようです。
私の戸籍等を改ざんし、実家も別名義で偽装の上、私は実家から遠いアパートという事になっていました。リアちゃんも遠くの幼稚園に移ってもらい、先生たちには口止めをしておいたとの事です。
リゼさんが私の実家で寝泊まりし、リアちゃんの面倒を見てくれていたようでした。
仕事とリアちゃんのお世話……リゼさんお疲れ様ですぅぅぅっと、心からお礼をします。
パパとママのお墓も建てていただきました。
神職専用のお墓が、施設部に隣接する岩山にあるなんて、今まで知りませんでした。
墓石には、私の要望でパパとママの他に、自分の名前も彫って貰いました。
将来リアちゃんが結婚して、幸せな家庭を持ったら……本当の意味で”フォーレン”でなくなれば、
リアちゃんは普通の人として、人生を全うできるでしょう……。
………
……
…
早いもので、リアちゃんの卒園の日が迫ってきた。
「皆さんにお話があります」
トリスおじさんを始め、施設部の皆を集めてお話をしました。
リアちゃんが卒園するまではと、私の我侭に付き合ってくれた。
神様とお姉ちゃんという、二足わらじを、やな顔一つせず見守ってくれた。
そのおかげで、短いながらもリアちゃんとの生活を続けることが出来た。
でも、いつまでも甘えていてはいけませんよね……。
トリスおじさんだけじゃない、リゼさんもスタッフの皆も”気にしなくていいと”言ってくれますが、
目立たず生活するのにも限界がある事は、私が一番よく分かっています。
「年をとらないお化けが、いつまでも人のフリをしてられません……」
「リコ……ちゃん」
私のメディカルチェックもしてくれているリゼさんは、私の身体が成長していない事に最初に気付いていた。背も髪も爪も伸びないし、髪を切っても元に戻ります。 それに、本来なら高校生になる私に、未だ初潮はきていない。
あの時の時間を固定されているかの様に……。
………
……
…
『エデン上層・とある幼稚園』
リアちゃんが通う幼稚園。前の幼稚園から急な転園にもかかわらず、リアちゃんはすっかり周りとうちとけていて楽しそうだった。友達もいっぱい出来たようで何よりです。
リゼさんの姪っ子さんもここに通っていたようで、紹介して貰った時は色々助かりました。
流石に、親がいないのも悪目立ちしてしまうので、”奥さんに逃げられたダメ亭主”をトリスおじさんに演じて頂き、園長先生をだましていたのです。 ごめんなさい。
………
……
…
傷の痛みが増している。顔には出さない様にしてリアちゃんの手を引き、
夕焼けの河川敷を歩いている、トリスおじさんも一緒だ。
「リアちゃん、卒園おめでとうですよぉ……」
「あ、おねーちゃん! あのね! あのね! 今日ね、サリアがね!」
この時間がずっと続けばいいのに……と、決心を鈍らせるがそれはダメ!
足を止め、リアちゃんの顔を、真っすぐに見つめる。
「……リアちゃん、よく聞いて」
「ん? おねーちゃん? どうしてないてるの?」
無理に笑顔を作っても、一滴の涙がその邪魔をします。
「リアちゃん、お別れです……」
「え? どうゆう……」
胸を押さえ、呼吸が乱れてきた私を、リアちゃんが心配してすがりつく。
その両肩に、トリスおじさんがそっと手を置いた。
「リア……お前はな、今日からうちの子になるんだ……」
「やー、もみあげー! おねーちゃんが泣いてるのー! なにするのー!」
トリスおじさんがリアちゃんを抑えている間に、私は激痛に耐えながら、精一杯笑顔を作る。
「リアちゃん……リアちゃんは今日から”リアリス・フォーレン”ではなく”リアリス・リード”になります。トリスおじさんが、あなたのパパになるのです……よぉ」
リアちゃんが驚いた顔のまま固まる。
「おねーちゃん? なんで? パパとママを忘れちゃうの? パパとママが、かわいそうだよ!」
私はそっと首を振る……。
「私も、リアちゃんのお姉ちゃんじゃなくなります。 パパとママは、私がいつまでも覚えています」
「うそ……うそだもん! おねーちゃんはリアとずっといっしょだって言ったもん!」
辛い……辛いです、笑顔を作るのも限界になり、リアちゃんたちに背を向けます。
「ゆびきりしたもん! ウソついたら……」
「ごめんなさい、私は嘘つきで、身勝手で……う、うぐ……」
最後の方は言葉にならなかった。
「ただ、これだけは言えます。 私は、リアちゃんをいつまでも、いつまでも愛しています!」
すぐにでも振り向いて、リアちゃんを抱きしめたい! そんな自分を振り払う様に、
その場を走って後にした。
「やぁ……ウソつきぃぃぃぃ! おねーちゃんのウソつきぃぃぃ! やだ、やだぁ!」
私は、今にも叫びだしてしまいそうな口を抑え、走る。 涙がとめどなく溢れるが、拭ってる暇なんかない。
「おねぇちゃぁぁぁぁぁん!! リアをおいていかないでぇ! ひとりにしないでぇぇぇぇ!!!」
リアちゃんの泣き叫ぶ声を背中に受けながら、建物の陰に入、り転倒した後、私は意識を失った。
………
……
…
■トリス視点
「ああ、分かった、後を頼む……」
限界を超え、倒れたリコを回収したと連絡を受け、安堵する。
リアは滅茶苦茶に暴れたが、ようやく静かになった。
「おねーちゃん……おねーちゃん」
「まったくよぉ、無茶しやがって……」
うなされるように眠るリアを抱きかかえ、わが家へと足を進める。
暫く一人だった家に、新しく家族が加わることになる。荷物は既に運び終えていて、前の部屋と同じ様には整えてある。
「はは、お前が、あれだけ望んでた子供が、こんな形でとはよぉ……」
亡き妻の仏壇を隠さないとな……。そう思いながら空を見上げるとすっかり暗くなっていた。
………
……
…
生まれる前の子共を失い、そして妻を失い、今は娘が一人できた。まさに台風が飛び込んできた様なもんだった……。
落ち込んでいたかと思ったら、大暴れしやがるし、メシに手を付けないと思ったら、夜中に冷蔵庫を漁ってやがる。子育ては戦いってのは本当だった。
「いでで、おーいてぇ……」
「我慢してください、自分で選んだんでしょうに……」
リゼに治療され、ひとごこちつく。
「大分落ち着いたとはいえ、来週は入学式か……心配だぜ……」
「すっかり父親ですね」
「そのうち、パパのパンツと一緒に洗濯しないで!とか言われるんだろうなぁ」
「リアちゃんが彼氏作ったら、殴り倒しそうだよな?」
「でも、結婚とかなったら、施設長泣くな、かけてもいい」
「てめぇら……ぶち殺すぞ!」
「「「「へーい」」」」
「リゼ、リコの様子はどうだ?」
「ぶっつけ本番みたいなものですが、良くやっていると思います、通常時の15%の消化率です」
「トラブルは?」
「管理者権限の選択ミス等はありますが、許容内ですね、問題は……」
「ん?」
「施設長には言わないで欲しいと言われていますが、補填に納得いかない者に暴行を受けました」
「よし、殺そう、そのバカ野郎は何処だ?」
湯呑を握り潰して新たな怪我を増やしつつ立ち上がる。
「リコちゃんの手によって、ランダム転生処理を受けました……ノーマルですが」
「そ、そうか……」
複雑な気分で、腰を下ろし手の治療を受ける。モニター越しに見る『審判の間』はあの頃と変わらないが、中では小さな神様が今も頑張っている。
「ったく、無茶すんなよ……」
聞こえもしないし、聞こえても、絶対無茶をするであろう、頼りない神様に向かって呟いた。
………
……
…
‐11年後‐
『審判の間・中央』
■リコリス視点
「ふぅ……今日はこのくらいでしょうか……」
今日の魂との面会は割と少なめでした……あと10分位でゲートを閉じて、本日は終了となります。
私一人だと無茶をするので……と、トリスおじさんに定時を決められてしまいました。
「静かですね……」
管理者の椅子に背を預け、白い天井を見上げる。昔と変わらぬ、先の見えない白い空間だ。
「変わりませんねぇ……あの頃と」
ふと、全てを失った日のことを思い出す。
「11年前の今日……正確には、後6時間ほどでしょうか?」
あの日、私の所為で特異点がここに現れ、パパとママを殺した。
「私が……我がまま言わなければ……」
私を助けようと、エリナおばさんも命を落とした。
「私が、生きてさえいなければ……」
何度も自問自答した、無意味な後悔を振り払うように首を振る。
『審判の間』の内部は、パパとママがいた時と同じだ。無意識にそう望んだのだろう。
『魂の書庫』への扉も再現は可能だけど、見えない様にしている。 今の私なら中に入らずとも機能を使う事は可能だし、何よりも開けるのが、とても、とても……恐ろしいのです。
コト……
度の入っていない大きな眼鏡を外し、執務机に置く。
笑顔を絶やさず、数多くの魂と対話するための仮面として、用意して貰いました。
「より幼く見えるというのは、難点なのですが……」
『審判長』として、時には謝罪し、相談に乗り、諭したりと様々な対応が求められます。
転生の補填内容に”納得がいかない”と殴られることもあれば、
小娘だからと難癖をつけられ、犯されそうになったこともあります。
やむを得ず、説得が不可である場合、強制的にランダム転移を行う事も少なくはありません。
「どうして、過度な力を欲しがるのでしょうか……」
パパとママが護った世界で、酷い事はしたくありません、極力我慢です。
私一人が傷つくだけで、この世界が護れるんならそれでいいじゃないですか。
私が笑顔でいるだけで、リアちゃんの幸せが護れるならそれでいいじゃないですか。
誰にも理解されなくても、私が我慢すれば、それでいいじゃないですか。
「だって、私はこの世界の神様で、リアちゃんの、たった一人のお姉ちゃんなんだから」
未練なのはわかっています。リアちゃんも、もう私の事を忘れているでしょう。
トリスおじさんの話や、持ってきてくれるビデオで、リアちゃんの成長は確認できます。
お別れした時は、大分すさんだと聞いて、心配もしましたが、
今は血のつながった本当の親子みたいだと聞き、安心しています。
「パパ、ママ、私頑張ってるよ? 神様も、見てるだけだけどお姉ちゃんも頑張ってるよ?
いつか、リアちゃんがお嫁に行って、家族ができて、私の事なんか……すっかり忘れちゃって、
私が役目を終えて、そっちに行ったら……褒めてくれるかな……?」
一人になって気が緩んだのか、涙がどんどん溢れてくる。
「よくやったぞっ……て、頑張った……ねって、立派な……お姉ちゃ……んだねって……。」
ダメ、弱音を吐いちゃ……我慢するって、決めたのに。
「う……うぐぅ……ひっく、辛く……ない……辛くなん……て……ないんだか……らぁ……」
「審判長……今日はもうゲートは閉じました」
「ひぐぅ?」
感情が爆発しそうな私の背後から、トリスおじさんの声がした……。
「ト……トリス施設長……」
ダメ、私が泣いているところなんか見られたら……、振り向ずに、慌てて袖で涙を拭う。
「……お疲れでしょう、今日はシステムもメンテナンスに入るため、
ここも明かりを落とし、誰も立ち入りません。明日のために少しお休みください……」
「トリ……スおじ……さん?……ぐす……」
涙を拭いきれず、くしゃくしゃの顔で振り向いてしまった。
「ったく、やっとその名で呼んでくれたか。 分かってる、俺は分かってるから、
今はリコになっていい、なっていいんだ……」
昔のように、ゴツゴツした大きな手で頭を撫でられる。
「ふえ……」
もう限界でした、トリスおじさんに抱き着き、子供のように大声をあげて泣いてしまった。
「ひっぐ……え……あうぅ……ああああ!! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「よく頑張ったな」
「パパぁ! ママぁ! 辛いよぉ!! 悲しいよぉ!! 寂しいよぉ!! 助けてよぉぉぉ!!」
「ああ、分かってる、分かってる……」
「もうやだよぉぉぉ!! 苦しいよぉぉぉ!! やだよぉ……やだぁぁぁぁ……」
「大丈夫だ、俺たちが付いてる」
トリスおじさんは優しく、ただ優しく、私を抱きしめ、私を受け止めてくれていた……。
…………
……
…
何年ぶりだろう、ぐっすり寝れた気がした……。
気が付けばソファーに寝かされ、ローブの外套がかけられていました……。
「トリスおじさん?」
トリスおじさんの姿は見当たらない、私を休ませる為、既に出て行ったのでしょう。
「まだまだですねぇ……私も……ん?」
テーブルの上にメモが置いてあった……。
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いつかリコを理解してくれる人が現れる。
俺は当然、昔っから理解してるがな!
俺の親友の大事な娘へ
トリス
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「くす、そんな人はいないと思いますよぉ……でも、いるといいですねぇ……」
そんなありえない人物のイメージを試みるも、想像すらできませんでした。
「もし、そんな奇特な人がいたら、惚れてしまうかもしれませんよぉ……」
クリエイトで造り出したお風呂で湯浴みを済ませ、眼鏡と笑顔という仮面をつける。
…………
……
…
あの時と同じ様に、異世界転生希望者の増加の為、魂が沢山集まってきています。
ゲートを解放するシステムは施設部との連携により、一度に面会できるのは調整可能だ、
複数人を纏めれば効率は上がります。 でも、それはしたくありません。
あの事件の発生時と同じだから? その恐怖はぬぐい切れません、ですが、違います。
パパが、尊敬する管理者と同じ様に、効率は悪くても、一人一人、しっかりと対話をしたいからです。
(審判長、対面の準備が整いました。単身面会モードにて、ゲートを解放します)
(わかりましたぁ、今日も宜しくお願いしますですよぉ!)
「はぁーい、最初の方、どうぞなのですよぉー!」
ガコオォォォォン……
観音開きの扉が現れ、ゆっくりと開く。
私の神様としての、『審判の間』の審判長としての一日が始まります。
パパ、ママ、リアちゃん! 私は今日も、大切なものの為に、頑張ってますよぉ!
ようやく本番外編の最終話を書き上げることが出来ました。
上手く纏める事も出来ず、何度も挫けそうになりながらも最初のイメージ通りに終えることが出来ました。ひとえに読んで頂けたであろう数少ない読者様による、PVの増加が支えてなっていました。
本外伝を執筆するにあたって、神ちゃんの心情は、
TVアニメ『アキハバラ電脳組』の EDテーマ、奥井雅美さんの「太陽の花」を何度も聞きながらイメージを固めていました。この曲を聞きながら読んで頂けると何か伝わるものがあるんじゃないかと思います。 次回から本編再開となります。お付き合い有難うございました!