【番外編】「神様がいなくなった日曜日」その12
【番外編】「神様がいなくなった日曜日」その12
‐あの事件から6日後の土曜日‐
■施設部・リゼ視点■
『審判の間・仮設治療エリア』
今日は土曜日。特異点による襲撃から、もう1週間が経とうとしている。
緊急事態も解除され、平穏な日々がゆっくりと戻っていく。
「おねーちゃん、まだねてるの?」
「そうね、いっぱい頑張り過ぎちゃったから、もうちょっと寝かせてあげましょうね」
私は、リアちゃんの手を引き、リコちゃんのお見舞いに来ている。
「無理に起こしちゃったら、よけいに眠たくなってホットケーキ作ってもらえなくなっちゃうよぉ?」
「むぅぅ」
コクーンから救出されたリコちゃんは、一度死んだ。
突然息を吹き返し、一命をとりとめたがこん睡状態は続いている。 私はリコちゃんの代わりに、リアちゃんの幼稚園の送り迎えや、このようにお見舞いに来て、リコちゃんの体を洗ったり、着替えをさせに来ている。
「……う」
リコちゃんの体を洗うために服を脱がすが、無数の刺し傷の痕を見ると手が止まる。何度見ても慣れる事はない。
施設長もエリナ先輩の葬儀を終え、職場に復帰しているが、リコちゃんのお見舞いは遠慮して貰っている。 何故なら、あの日以降、施設長は仕事の合間に休み時間すら取らずリコちゃんの側に居た。先輩を失い、ロイドさんとアリスさんも失った……無理をしているのは分かる。 リコちゃんたちは私が面倒を見て、逐一報告することで、施設長の心の負担を減らしているのだ。 普段なら格闘技の経験もある施設長が抵抗すれば、誰も手を出せないモノなのだが、今は女の私でも組み伏せられるほど弱っている。
「リコちゃん……」
リコちゃんの頭をそっと撫でる。いつも笑顔の頑張り屋さんは、今日も反応を返さない。
「リアちゃん、おまたせ~、じゃぁ、帰ろっか? お夕飯は何が食べたい?」
リコちゃんの着替え、仮設治療エリアの一室で絵本を読んでいたリアちゃんに声をかける。
「おねーちゃんのつくったハンバーグ……」
俯きながらリアちゃんは呟く、私にも同い年位の姪っ子がいるからわかる。これ以上の我侭を言わないための、せいいっぱいの、小さな我侭だという事を……。
「それは……リコちゃんが起きたら……だね?」
リアちゃんを連れて、仮設治療エリアを後にする。
リアちゃんを寝かしつけるまで、リコちゃんの代わりを続けるのが、今の日課になっているが……。
このまま”目覚めなかったら”という不安は払拭できない。仕事を肩代わりしてくれている皆が感じている事とは思うけど、顔には出さないように注意している。
「リゼおばちゃん、それなに?」
「あはは、おねーさんって言ってほしいなぁ、これは、私の大事な人が最後に残したものだよ」
消えてしまったエリナ先輩。その制服を掴んだまま、放そうとしない施設長からようやく奪い取り、クリーニングに出していたのを、帰り道の途中で回収していたのだ。後で施設長の自宅に届けるために……。
「だいじなおよーふく?」
「そうね、リアちゃんがおっきくなって、美人になった時、これ着たらすっごく似合うかもよ?」
「ほんと? かっこいい?」
おたがい、胸にぽっかり空いた穴を誤魔化す様に、笑いながら帰路についたのだった。
………
……
…
土曜日から日曜日に変わる頃、皮肉な事に、あの時と同じ時間に、リコちゃんの意識が戻ったと連絡があった。
リコちゃんの家に寝泊まりしていた私は、急いで制服に着替え、すっぴんのまま家を飛び出した。
リアちゃんはぐっすり寝ているが、念の為、戸締りは確認してある。
「先輩もあの時に……あれ? 施設長?」
急ぐ私の先に、ふらふらと歩いてる人影があり、よく見ると、それは施設長だった……。
施設長は、あの事件から仕事に没頭し、夜には自宅で、お酒に頼って眠りにつく生活を繰り返していた。最初は施設部で寝泊まりをしていたが、そうすると眠ろうとしないし、疲労で寝落ちをしたとしたとしても、うなされて跳び起きていた為、夜はスタッフの男連中が、自宅に無理にでも連れ帰っていた。
「リコ……今行く、だから……お前までいなくなるんじゃ……」
「施設長、何やってるんですか! リコちゃんは私が、ですから少しでも休んで……」
「うる、せぇ……俺ぁ……」
まるでゾンビの様だ、私の事も認識していない。施設長への連絡は、届かないようにしておくべきだったと後悔する。制服のままお酒を飲んだのだろう、髪もボサボサで、お酒の匂いがぷんぷんする。
「すぅぅ……」
私は意を決して、息を吸う。止めても聞かないなら……先輩、力を貸してください!
「ふざけんなぁ、このあんぽんたん!」
「ぶげ!」
施設長の胸倉を掴み、顔面に頭突きをお見舞いする。街路灯は私の背後で、施設長からは私の顔が見えない筈。 それを見越しての作戦……。
「エ……エリナ? お前、なのか?」
上手く行ったようだ、先輩に憧れて、髪型まで似せていたのが功をそうした。
「酔っ払って、しかも、そんなぐだぐだな格好でレディの前に出るつもりだったのかい?」
「う、……でもよぉ、目覚めないかと……思ってたリコが……」
「しゃらーっぷ! あの子は私に任せな! あんたは、あの子の為にする事があるだろう?」
施設長が冷静だったら、こんなヘタクソなモノマネバレちゃうんだろうけど……。
「今は私がいるんだ! あんたは今すぐ寝ろ! シャキッとして、酒の匂いじゃなくて、頼れる男の雰囲気をかもし出してから来い!」
「ああ、ああ……そうだな、リコに、こんな格好、見せられねぇ……わな……頼ん……」
「ひゃっ?」
施設長は、涙を流しながら安堵の表情を浮かべ、私に抱き着いて眠ってしまった。 どこにこんな力が残っていたのか、流石に引き剥がせなかったので、連絡のつく施設部スタッフに応援を求めた。
………
……
…
「まったく、なにが”男を腹の上で泣かせる”よ! そんなんじゃないってのに!」
駆け付けた施設部スタッフに、散々からかわれた。
施設長は無事に自宅へと運び込まれ、大分時間かかったけど、ようやく施設部に辿り着いた。
「リコちゃん……目覚めたばかりで何もわからない筈だし、急がなきゃ!」
恐らく、ロイドさんとアリスさんの事も知らない可能性がある。順を追って、少しずつ落ち着かせながら話さねばと、思案しながら施設内に入った時だった。
「リゼさん! 大変です! リコちゃんが!」
「え、何? 落ち着いて! リコちゃんに何が?」
まさか、全てを一度に知って、パニックでも? そう思ったが、実際はもっと酷かった。
「すみません、騒ぎを聞きつけた監査団が、簡易医療エリアを占拠して……リコちゃんが……」
コクーンを失った後、調査の為に監査団が来ていた。コクーンが再生しきってない為、安定しない状態の転移はしないだろうと思い、監査団もそれに合わせると思っていたのだが、監査団は転移を強行し、エデンにやって来ていた。
監査団はリコちゃんの意識が戻る迄、滞在する事となっていた。
私たちも事情聴取を受けたが、それは問題ない。ただ、リコちゃんの意識が戻り次第、調査という名の尋問が行われ、コクーンが再生しきれば、再稼働の為の立ち合いがあるのだろう。 どちらにしろ、時間の猶予が欲しかった。 意識が戻ったという事は、リコちゃんにとってあの事件から時間が動いていなかったのだから……。
私は、自分の迂闊さを呪った。リコちゃんの意識が戻っても、監査団に気付かれない様に、細心の注意をするべきだったのだ。
………
……
…
‐あの事件から13日後の土曜日‐
リコちゃんが、監査団に監禁されてから、1週間が経とうとしている。
追い出された医療班の話によれば、リコちゃんの意識ははっきりしており、蘇生した事も受け入れていたという事だ。パニックになっていない事には安堵したのだが、その後は面会も許されず、リコちゃんに会う事は出来ない。施設長が怒鳴り込んだが、銃を持った護衛に追い返されていた。
”特異点と接触し、汚染されている可能性があり、検査と治療のため立ち入りを禁ズ”
それが彼らの言い分だ。
施設長は何度も、直談判を試みてはいるが、ボロボロになって戻って来る。
「リコちゃん……酷い目にあっていなきゃいいんだけど」
施設部の誰もが、意識が戻り、見知った者のいない中で不安になっているであろう、リコちゃんを心配していた。
リアちゃんは笑わなくなった、口数も減り、幼稚園にお迎えに行った時も、迎えに来たのが私だと分かると一瞬表情を曇らせる。
「コクーンは既に再生しているのに、管理者がいなけりゃ……」
「よせ、監査団もそれを分かってるはずだ……」
「でも、施設長すら面会が無理なんてありえねえだろ!」
「情報すら、こちらに提示しない……やっぱり変ですよ!」
施設部の皆も、かなりいら立っている。 そんな時だった……。
「今夜、仕掛けるぞ……」
「「「「合点承知!」」」」
「え? ちょっと?」
まったく、男どもは……。 私抜きで、強行する作戦を練っていたらしい。 仲間はずれには物申したいが、全員捕縛された際、リアちゃんの事を任せられる人物がいなかったことを聞き、納得するしかなかった。
………
……
…
突入作戦は決行されることはなかった。
監査団が、持ち込んだ機材らしきものを運び出していたのだが、静かになった頃には、見張りもいなくなり、監査団の代表が施設部へやってきた。
「管理者の検査と治療は終わった、明日の朝にでも『就任の義』を行う、準備をしておけ!」
正気だろうか? もう日が変わりかけている。施設長たちは監査団代表に食って掛かるが、私はそんな事よりも、リコちゃんの身を心配し走った。
「リコちゃん! どこにいるの? 助けに来たわよ!」
簡易医療施設は人気が無く、機材も根こそぎ持って行ったのか、がらんとしていた。 リコちゃんが寝ていた部屋も資材置き場にされていたのか、見る影もない……。手術室も改装された跡があり、まるで研究所の様な実験を見るための空間になっていた。
「これは……まさかリコちゃんの?」
手術台というよりかは、”拘束台”と言った感じのモノに付着した血痕を見て、息がつまった。
「リゼさん! いました、こっちです!」
後になって駆け付けたスタッフの一人が、私を呼んだ。
リコちゃんは、独房の様な狭い空間にいた。発見者のスタッフが、助け出さずに私を待っていた事に腹を立てかけたが、それも仕方が無かったのかもしれない。リコちゃんは全裸で倒れていたのだから。
「これを、バスタブにお湯を張って、それから医療班にも連絡を!」
「は、はい!」
施設部のメンバーには、緊急時の為、外来用の個室の使用が許されている。私は自分の部屋の鍵を投げて渡し、指示を出した。
リコちゃんが、寝息を立てていることを確認した後、女の子が1週間も体を洗っていないという事に気付き、何とかしたかったのだ。
落ちていたシーツでリコちゃんの身体を隠し、医療仮設エリアからリコちゃんを運び出した。
………
……
…
準備された浴室でリコちゃんの体を拭き、髪を丁寧に洗った。
湯船に入れてあげたいが、拘束らしき跡や、何をされたか分からない傷痕が無数にある為、傷を避ける様に吹くのが精いっぱいだった。
「酷い……」
拘束されていたらしい手足は、皮が破け血が滲み、殴られたような痣も無数にあり、何より酷いのは、女の子にとって大事な部分も、赤く腫れあがっている。
後に医療班の人の診察で、性的暴行の為ではなく、医療器具によるものだと分かり安堵した。
駆け付けた施設長も、顔を緩め今はただ、再会を喜んでいた。
「こんな状態で数時間後に『就任の義』なんて……」
リコちゃんは命に別状はないが、酷く衰弱しており、絶対安静だという事だった。
「……ですが、患者を直ぐに元の場所にもどさねば」
「っ!」
そうだった、リコちゃんの身体は……コクーンから離れたままだと。
そう思った矢先、リコちゃんの別の傷口から、一斉に血が滲みだしていた。
「施設長、マスターキーはお持ちですね? 今ならコクーンの中へ入れるかもしれません」
「お、おう」
「決して監査団に見つからない様に、私もリコちゃんの身の回りの物を取ってきます!」
施設部のメンバーにも連絡を入れ、施設長が見つからない様に小細工を頼み、リコちゃんの家へと急いだ。
………
……
…
「はぁ、はぁ……つかれたぁ」
暫くして、リコちゃんの家からお布団一式とパジャマを抱えてコクーンの側に戻ってきた。
通信機で施設長に声をかけると、以前のコクーンと同じ様に扉が現れ、施設長が顔を出す。
「よかった、無事に入れたようですね……リコちゃんは?」
「ああ、コクーンの中だからか出血は止まった、痣とか小さい傷も消えかけている」
「とりあえずこれを! あと、お弁当もありますから、側に居てあげててください!」
「俺より、お前の方が……着替えだって、その……」
渡された荷物に、着替えが入ってる事を悟り、逃げ腰になる施設長。
「私はリアちゃんの面倒もあるので、施設長お願いします。タイミングを見計らって連絡を入れますので、監査団にかち合わないようにしてください」
「うぐ、そうだったな」
「まさか、自分の娘くらいの子に欲情したりしないでしょう? 困ったら通信機で! じゃ!」
私は、踵を返し、施設部へと戻る。『就任の義』の準備を整えるためだ。
監査団が何をするか分からない、少しでも短い時間で済ませたい。
リアちゃんの事もある、時間の割り振りはシビアだ……・
(ザ……リゼ、いいか?)
施設長から通信? 一体何が?
(施設長、トラブルですか?)
(あのよぉ、パンツってどうやって履かすんだ? なんか俺のと形も違ってて……)
「……」
私は成大に突っ伏した……。
………
……
…
ようやく最後まで書き上げたのですが、文字数が16000越えとめっさオーバーしてしまい、
5~6千文字辺りで分割し連日アップにすることにしました。3千~5千が読みやすい文字数という認識なので……。