【番外編】「神様がいなくなった日曜日」その11
今回で終わるつもりでしたが、また分割になります。申し訳ない!
【番外編】「神様がいなくなった日曜日」その11
-日曜日 午前 2:00-
『審判の間・跡地』
■トリス視点■
リコは死んだ。 間違いなく死んでいた。
歩み寄るリアをだれも止められず、ただ見守るしかなかった。
「おねーちゃん? ホットケーキは? こんなところでねちゃだめー!」
「リア……リコは、お姉ちゃんはな……」
冷たくなったリコを揺さぶるリア。俺は止めようと手を伸ばしたが……。
「リア……ちゃん? ごめ……んね、ダメな……お姉ちゃんで……」
死んでいたはずのリコが手を伸ばし、リアの頭を撫でる。
「い、医療班! 急げ! なにぼーっとしてやがる!」
「「「「!!!!」」」」
医療班が我に返り、リコの治療を再開した。
「やー! おねーちゃんになにするのー!」
「落ち着けリア! リコは……疲れて眠いんだ、寝かせといてあげよう、な?」
暴れるリアを、リコから引っぺがし、必死になだめる。
「やー! ホットケーキ! やくそくしたのー!」
「いで、いでで! わかった、俺が食堂で、何でも好きなモン食わせてやるから!」
「……ほんと? チョコレートパフェも?」
俺のもみ上げを、ぐいぐい引っ張りながら暴れるリアがようやくおとなしくなった。
「そうよ、リアちゃんの大好きなプリンも沢山あるわよ? おねーさんが案内してあげるわ」
「プリンも? えへへ」
リゼが助け舟を出し、大人しくなったリアを受け取った。
「リゼ……」
「施設長は……先輩の元へ行ってあげてください……」
リアの手を引き、立ち去る寸前にリゼに耳打ちされた。 そうだ、エリナがここにいないって事は、動けない状態って事だ。 俺は医療班に後をまかせ、制御室へと走った。
………
……
…
「おい、これは一体どういう事だ? 俺をからかっているのか?」
俺が制御室に飛び込み、再び展開されている『神の眼』のコクピットを覗き込んだ。
だが、エリナの姿はそこになく、俺が見たのは、エリナの制服と、その上に置かれた施設部のマスターキーだけだった。
「おい、エリナ! どこだ? ふざけてないでお前も治療を……」
不自然だった……まるでエリナの身体だけが消えたような制服の状態。無造作に置かれたマスターキー。 リゼが、制御室のスタッフ全員が何故集まっていた?
フォン……ピー……
「な、なんだ?」
メインモニターに文字が表示されていく。
「……そうか、そういう事だったのか。 エリナ……馬鹿野郎!」
エリナの遺した『遺書』、何が起きたのか、そして、何が起きるのかを理解した。
「俺ぁ、お前に言ったよな?
”愛する女を置き去りにはしねえ、抱きかかえてでも前にすすむ”ってよぉ……。
それなのによぉ、何でお前が……お前が先に進んで行っちまうんだよぉ、ええ? おい!」
俺は、いなくなったエリナの存在をかき集める様に、愛する女が最後まで戦った場所にすがりつき、
エリナの制服を握りしめ、声を上げて無様なくらいみっともなく、誰もいない制御室で泣いた。
「……今だけは許してくれ、エリナ……、リコが目覚めたら、俺も……」
………
……
…
ある日曜日のこと、二人いた神様はいなくなった。
幼い女の子に全てを押しつけて、別の世界にいってしまった。
遺された女の子は、新しい神様になった。
………
……
…
■神様になった少女の視点
『審判の間・仮設治療エリア』
私の意識が戻った時、「最悪の日曜日」から1週間が経過していた。
医療班の人によると、一度心停止して、息を吹き返した私の身体は、この場所から動かすことが出来なかったそうです。私の身体に残された傷は、塞がっているとはいえ、癒える事はなく、新しく生まれた『審判の間』と呼ばれる『コクーン』から離れると、絶え間ない激痛が走り、無理をすれば傷口が一斉に開くのです。そのため、審判の間のあった空洞の側に、簡易的な治療室が設けられています。
「やあ、リコリス君だったね? もう会話は出来そうかな?」
「……はい」
パパとママの死を嘆く暇もなく、意識が戻った私を待っていたのは、
監査団による、生存者である私への、執拗なまでの調査でした。
特異点に襲われ、コクーンと同化することで生き残った私は、今までにない調査対象だったのでしょう。
着衣の自由すら奪われ、食事や睡眠、はては生理現象の自由すら全て管理され、連日のように、身体を隅々まで調べられます。身体に残った傷も何度も抉られ、身体の中も器具を使った調査により、全てを晒されました……。
私には人間としての尊厳は認められず、ただモルモットの様に、彼らの好きな様にされていました。
自白剤の様な薬も打たれ、ありとあらゆる情報を私から抜き出そうとしているかのようです……。
簡易治療室は、今や彼らの実験場の様でした。
施設部の人や、トリスおじさんの怒鳴り声が何度か聞こえるが、面会は許されない。
夜になったのだろうか、少しだけ自由になれる時間がある。それでも独房のような狭さで、トイレと簡易ベッドしかない。ただ小さな窓があり、便器の上に立ち、背伸びをすると外が見える。
「ほとんど元どおりですね……」
卵ほどの大きさだったコクーンは、今では何もなかったかのように、その巨大な姿を虚空に浮かべています。
今この瞬間も、複数あるカメラによって私の行動は記録されているようです。部屋の中には仕切りなどない、カメラの向こうで私を見ている人たちも、私の事を人間だとは思っていないのでしょうね。
プライバシーのまったくないこの部屋では、呟くことも恐ろしいです。 私はリアちゃんの存在だけは口にしないようにしていた。何度か質問されていた事……”他に身内はいないか?”に関して、自白剤を打たれても相手から見えない様に自らの傷を抉り、決して喋る事はありません。
私にそんな事を聞くという事は、リアちゃんの存在は、皆がうまく隠してくれているのでしょう。
私が、リアちゃんの事を口にさえしなければ……。名前を呼びたい、直ぐにでも抱きしめたい、そんな気持ちも全て押し殺し、私は恥辱に耐え続けています。
………
……
…
「駄目です、新生したコクーンは一切のアクセスを拒否します」
「ふぅ、やっぱり、コレにしか反応しないという事か……」
意識がもうろうとする中、監査団の人たちの話し声が聞こえてきます。新しく生まれたコクーンを、どうにかしたかったのでしょうか? それも徒労に終わったようです。
「なぁ、リコリス君? 何か知ってるんだろう? あのコクーンによって、命をとりとめた君なら、コクーンの制御も不死の謎だって……私たちに話してくれないかな? 悪いようにはしない」
「何を……言ってるんですかぁ? こんなに……私を辱めておいて、悪いようにはしないっておかしい……ですよねぇ?」
「くっ! 小娘が!」
「あぐ!」
髪を掴まれ、テーブルに顔を叩きつけられます。……ガマン比べは、私の勝ちのようです。私には羞恥による辱めは、あまり効果が無いと悟ったのか、彼はより暴力的に、私を痛めつける様になりました。
「代表……それ以上は……」
「……化け物め」
………
……
…
1週間ほど経った頃でしょうか、私はようやく解放されることになりました。
コクーンは、失われる前の審判の間と見分けがつかないほどになりました。あとは再起動を待つばかりです。
彼らは、それまでに私から情報と、管理者の権利を手に入れるつもりだったのでしょうか?
やたらと”不死の秘密”などと言っていましたが、おかしいですよね?普通に死ねることが、どんなに幸せなのかを分かっていないです。
「うぁ……」
開放されたと言っても、私は床に転がされたまま、動くことが出来ませんでした。 食事もまともに取らせてもらえず、コクーンから離され、尋問を受け続けていた為、立ち上がる力など残っていませんでした。 せめて服くらいは着せて行ってもらいたかったのですが、興味を失った実験動物に気をかける事などないですよね……。
……私は、冷たい床の上で眠りに落ちていきました。
………
……
…
「……ここは?」
私が目を覚ましたのは白い世界だった、明るいが何もない、ただ白く広い、とても広い空間。
「お布団? それに、私のパジャマ?」
固い床の上にひかれたお布団も、身に着けているパジャマも私の物だ……でも、なんで?
「ふが……」
「くす……、風邪ひいちゃうですよぉ?」
傍らで床に寝転がるトリスおじさんに、そっとお布団をかけ、私は立ち上がる。
「新しく生まれた、コクーンの中……」
私はパジャマをたくし上げ、胸やお腹を確認する。監察官に痛めつけられた痕はなく、無数につけられた刺し傷だけが、生々しくのこっている。この状態で動けるという事は、コクーンの中しか考えられないのです。
「パパ……ママ……」
ずっと抑えていた言葉が、不意に口から漏れる。
全てを受け継いだ私の頭の中に、あの時、審判の間で起きた事の情報が流れ込む。
「そん……な、ママは私を護る為に……パパも……」
侵入者と共に、光の雨に貫かれるママ……私を逃がすために侵入者と運命を共にしたパパの姿が、まるでその場にいたかのように、そして鮮明に、私に事実を見せつけた。
「エリナおばさん……なんてことを……」
浸食された審判の間を解放する為に『神の眼』を無理に起動させ、自らを燃やし尽くしたエリナおばさん……。
「う、うぶ!」
私は口を押えその場に膝をつく。胃に何も入っていなかったため、胃液しか出ませんでした。
「げぇ、はぁ、はぁ……」
激しい後悔と、身を引き裂かんばかりの罪悪感が私を包み込んでいきます。
「私が我侭を言わなければ、こんなことに……」
リアちゃんの喜ぶ顔が見たかった、家族みんなでご飯を食べたかった……。
「私が殺されていれば、エリナおばさんだって……」
神の眼は、本来ならば管理者しか使用できない……資格の無い者が無理に使い続ければ、その身はシステムに喰らい尽くされる。エリナおばさんはそれを知っていながら……。
「みんな……みんな、私が悪いんです」
私の手には、私を襲った侵入者の少女の持っていた、大きなナイフが握られていた。無意識に創造されたナイフを自分の喉にあてがう。
「私がいなければ……」
………
……
…
ナイフは、私の喉を貫くことはありませんでした。
喉を突く寸前で、背後からトリスおじさんにナイフを取り上げられたからです。
トリスおじさんは怒った、今まで見た事のない怒りの形相で、私の頬を叩いた。
……そして私を強く抱き締め、謝りながら泣いていた。
トリスおじさんは、エリナおばさんが無くなる原因となった私を責める事はしなかった。
エリナおばさんの遺した言葉を私に伝えてくれた。
……私には、死んで逃げられる様な、優しい道など、もう残されていなかったのでした。
………
……
…
『審判の間・外郭側』
■新しい管理者の視点■
「先代の管理者より、管理者権限と『魂の書庫』及び『世界の鍵』を引き継ぎました。
現・管理者、リコリス・フォーレンの名において、『審判の間』の復活を、ここに宣言します!」
管理者のローブを纏った私は、新生した審判の間の前で、管理者就任と審判の間の再稼働の宣言を行います。
未成年の、それも、資格を持つ候補者の中から審判の間により行われる『選定の義』を通さず管理者になるという、前例のない異例の事となります。 その為か、監査団の方々は良い顔をしていません。
「新管理者の就任、審判の間の再稼働、おめでとうございます。しかし随分と時間がかかりましたなぁ?」
監査団の代表と思われる、小太りの男が祝辞と皮肉を口にしています。
「申し訳ありません。”検査”に随分と無駄な時間を取られてしまいましてぇ」
「ぐっ、神職の頂点ともあろう者が、礼儀も知らぬ尻の青い小娘とは、施設部のスタッフも災難でしたなぁ?」
参列しているトリスおじさんが、今にも飛び掛かりそうな気配でしたが、視線でそれを制しました。
「そうですかぁ? 私を裸にして、毎日いやらしい事をしたのは、私のお尻の色を見るためだったのですかぁ?」
ニコニコと笑顔で皮肉を返すと、相手の顔はみるみると赤くなります。
私は彼らの名前は知りません。なぜなら名乗る事もなく、私を拘束して執拗に調査と尋問をするだけだったのですから。
「そ、そんな事は知らん! 特異点に襲われたというから、汚染などされていないか必要な検査をしただけだ! お前の為を思って、わざわざ……」
言い訳を続ける監査団代表。 当然、嘘であることは私が一番よく分かっています。部下の人たちはまだ罪悪感を浮かべた表情で作業を行っていましたが、代表の男だけは常にニタニタと笑ってモルモットにされていた私を見つめ、無理な指示も与えていたように見えていました。
「そうでしたかぁ、殴ったり、けったりしたのも、私の為だったのですねぇ?」
ザワ……
施設部の皆さんがいるあたりの空気が、すこし変わった気がします……。私が何をされていたかは、誰にも話していませんでした。 余計な心配をかけたくなかったのもありますが、やはり、私も女の子の端くれ……でしたので、あんな事をされていたことを、知られるのは恥ずかしかったのです。
「あ、あれは、錯乱して暴れる貴様を取り押さえるのに……ぬ?」
「いいのですよ、もう過ぎた事ですし……些細な事で仕事を滞らせたくはありませぇん」
いくら鈍い私でも、この人には腹がたってきます。言い訳は手で制しました。
こんな事をしている間にも、送られてくる魂は止まる事はないのですから……。
………
……
…
平日は時間が取れず、休日にちまちまと修正を重ねてきましたが、やはり1年近く前に書いていた部分との齟齬は大きく、調整と修正に時間がかかってしまい、文字数もオーバーしまくったため、今回を前編として、後半終わりまではほぼ出来ているので、その後にエピローグ部分の修正を上げて番外編の終了予定です。