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【番外編】「神様がいなくなった日曜日」その10

【番外編】「神様がいなくなった日曜日」その10



-日曜日 午前 1:13-


『審判の間・中央』


■ロイド視点■


光の雨が止んだ時、侵入者の少年は、既に息絶えていた。

管理者以外(・・・・・)を殺し尽くす機能……。

それは、対象が死ぬまで光の矢が降り注ぐというモノだ。


少年は、特異点の力なのか、システムに侵食し生き延びようとしていたが、

それも適わず、無数の穴を穿たれ、絶命した。


「できれば使いたくはなかったよ……がふ!」


少年の生命反応が完全に消えたのを確認した後、壁を支えに立ち上がるが、私の傷も深い。

なにせ、急所(心臓)は外れてるとはいえ刀が胸を貫いているんだ、正直動きたくない。


「ぐぅ、はぁ……まだだ、まだ倒れるわけには……」


管理者権限の力を最大限まで使えば、私一人なら助かるだろう。

それをしないのは、私には、まだしなければならない事があるからだ。


………


……



(ロイド……すまない、護れなかった……)


「エリナか……分かってる、きみは良くやってくれた、それに、今も無理をしてるんだろう?」


壁に寄りかかる様にして、魂の書庫へと向かう私の脳内に、友人の声が通った。


(私はいいさ、どのみち長くない……それに、コクーンが……)


「堕ちるんだろう? 特異点の少年に、かなり汚染されていた(・・・・・・・)様だね」


(今、神の眼で、強制的に干渉して抑えているけど、あまり持たない)


「やはり、神の眼を使ったんだね? そんな体で無茶をするなぁ……ごふ!」


(トリスには悪いけど、もう私の身体は……まぁ、いいさ、急げ!)


ガゴン……ゴガガ……


審判の間が傾いた……時間が無い、目が霞むが、管理者権限を通した視覚に切り替え、

微弱な生命反応に向かって、鉛のように重く感じる足を、ただ前へと進める。


(出口はなんとか確保する、それに……)


「わかってるさ、アリスの事だろう? 私も同じことを考えている……」


(……本当にいいのかい? 他に……)


「ああ、コクーンが汚染されて、暴走状態に入る前に全てを終わらせる」


管理者権限の力の流れは把握していた、アリスが大きな力を使用した事も……。

それに、もう止められない事も……。


(あと一回だ、次に大きな力を使えば、制御が効かなくなる……)


「ああ、それだけ分かれば十分だ、それまで何とか抑えてくれ!」


………


……



-日曜日 午前 1:16-


『魂の書庫』


審判の間が鳴動し、軋み始める。 間もなくこの……”コクーン”と呼ばれるモノは、

制御を失い、エデンから切り離され、異世界へと堕ちる事になる。


「ようやく、たどり着いた……」


書庫内には煙が広がっており、魂の記録が収められた本が燃えている。


「これは、まずいな……」


私の足元には、光の矢によって全身を穴だらけにされた、少年らしき亡骸がある。


「これが、生島礼二君だね……それと、さっきの少女か」


少年の側には、ナイフ使いの少女の変わり果てた姿を確認できた。

更に、その先に……同様に光の矢によって命を落とした者と、生き残った者が倒れている。


「……私は無力だな、愛する家族を護りきれないなんて」


「無数の穴を穿たれ、冷たくなった亡骸の頭をそっと撫でた」


「許してくれ、こんな無力な神様を……苦しかっただろう?」


愛する者を、丁重に弔ってやりたいが、あまり時間は残されていない。

未練を断ち切る様に、書庫内の唯一の生存者(・・・・・・・)の元に向き直る。


振るえる手で、おそるおそる胸元に触れた……。


……トクン……トクン……


指先に、かすかに伝わる鼓動に、涙を抑えられなかった……。


「よく頑張ったね……もう、大丈夫だ……」


書庫内の最後の生存者(もう一人の管理者)を抱き上げ、その場を後にする。


………


……



-日曜日 午前 1:20-


『審判の間・外壁』


■トリス視点■


危なかった……コクーンが鳴動を始め、エネルギーを供給していたケーブルは引き千切られた。

コクーン自体も制御が上手く行っていないのか、救出隊のいる橋に激突し、

危うく俺たちが異世界へ向けて落ちる所だった……。


「くそう、まだか! まだなのか!」


扉は閉ざされたままだ、しかもさっきの衝撃でコクーンが傾いてしまった。


「こいつぁ、開いたとしても……」


俺自身、ゲストとして中に入ったことがある。この角度だと、中から外に出るには厄介な傾斜になる。


(<<ザザ>>……施設長、コクーンの制御が安定しました。間もなく突入が可能になるはずです)


「よぉし、生存者は? リコ……いや、ロイドとアリスの位置は分かるか?」


そうだ、管理者以外を排除する機能の作動を確認したのだ。リコが生きている事はまずあり得ない。

それでも……ロイド達を救出し、リコの亡骸だけでも回収して弔ってやりたい。


(……一つしかありません)


「はぁ? リゼ何を言っている! 時間がねぇ!」


(管理者の反応が一つだけです……直前まで確認できたバイタルサインから……

今、アリスさんが亡くなったようです……)


「お、おい……こんな時に冗談……」


リコだけじゃなくアリスまで? 軽いめまいを覚え橋の柵に寄りかかる。


(それと、先輩からの最後の交信です……)


「エリナから? おい、最後ってどういうことだ?」


(”コクーンの制御に注力して、何とか扉を開けるから、後は頼んだ”と……)


「おい、最後って? エリナは無事なのか?」


(……馬鹿亭主、うだうだ言わずにさっさと助け出せ! 出来なきゃ離婚する!)


「んむ? え? リゼ……いきなり何を?」


(……と、施設長が”駄々をこねるなら言ってくれ”との伝言です)


「……ちっ、ロープだ、ロープを持ってこい!」


頬を叩き、気を引き締めた後、運ばれたロープを受け取った時だった……。


ギィィィィ……


「開いた……って、何だこの煙は!」


(魂の書庫で火災が発生しています。扉が開いたことにより、酸素が取り込まれて……)


「くそぉ、俺が中に降りる! 誰か支えて……」


俺が体にロープを結び付けようとした時だった、煙が溢れ出す扉の奥から声が聞こえた。


「トリス! そこにいるのはトリスか?」


「ロイド? 俺だ! 今助けに行く!」


「来るな! 足がやられて動けない、ロープがあるなら投げてくれ!」


「バカ野郎! 今俺が……それに、リコたちの亡骸だって!」


「ロープで身体を縛るから全力で引っ張り上げてくれ! 頼む! もう時間が無い!」


冷たいとも思える言葉にムッとなるが、妻と娘を一度に失ったロイドの心中を考えると、

何も言えずに、ただロープを投げ入れるしかなかった。


………


……



「ロイド! こっちはいつでも引っ張り上げられる!」


医療関係の者とスタッフも、ロープを掴み待機している。 

ロイド一人なら楽に引き上げられるはずだ。


「トリス! いいぞ! 引き上げてくれ!」


「おうよ! 野郎ども! 全力で引き上げろぉ! ぬぉ?」


俺の号令と共に、ロープが勢いよく引かれた……が、どうゆう事だ?

それ(・・)は驚くほど軽く、後ろに倒れ込んだ俺の胸に飛び込んできた。


「いつつ……何だ、どうなってやがる? おい、ロイ……」


俺の胸に飛び込んできたのは、ロイドではなかった。


(そん……な)


通信機越しに、リゼたちも絶句しているのが分かる。


「う、ぁ……」


混乱する思考の中、僅かな呻きが聞こえた!


「い、生きてる……医療班! 急げ! 早く、早く、助けてやってくれぇぇ!!」


全身、刺し傷だらけのリコの身体からロープを外した後、医療班に預けた。


「ロイド! リコは無事、引き上げた! お前も早く……な?」


ギィィィ……


再度、ロープを投げ入れる間もなく扉が閉じていく。


「リゼ! 扉が閉まっちまう! 何とか出来ねえのか!」


(<<ザザ>>……いいんだ、トリス)


「ロイド? お前、通信機使え……まさか?」


(ああ、そうでもしないと、トリスが飛び込んできそうだったからな)


「んなこたぁ、どうでもいい! 管理者権限で、扉をもう一度開けられないのか!」


(無理だ、管理者でなければ(・・・・・・・・)開けられない)


「お前、何言って……」


(管理者の脱出は成った、汚染されたコクーンは堕ちる)


「嘘だろ? おい、アリスはどうした? リコが生きていたんだ、アリスも一緒に」


(アリスは先に逝ったよ。強制排除を受けてね……)


「……馬鹿が、いいからお前だけでも脱出しろ! 無理矢理にでもこじ開け……うを?」


ガゴン……ゴゴゴゴゴゴゴ……


コクーンが再び鳴動し、徐々に高度を下げて(堕ちて)いく。


「リゼ! エリナはどうした? まだ中にロイドが!」


(エリナにも無理をさせてしまったね。 トリス、済まないが後の事は……)


「ふざけんな! リコはどうする? リアは? 俺に押し付けて育児放棄すんじゃねぇ!」


(耳が痛いな、でも頼むよ……トリスにしか頼めないんだ)


「リコが……あんなに頑張ってよぉ、なのによぉ……」


(わかってる、先代が個人対面こだわった理由が良く分かった)


「……管理者にされた(・・・・・・・)リコは苦しむぞ……それでもお前は!」


(ごめん、支え<<ザッ>>くれ……私に<<ザザ>>娘たちの未来さえ護って<<ザッ>>)


「うるせぇ、知った事か! 俺は、俺のやりたいようにやるだけだ!」


(<<ザザ>>はは、トリスは根が良い<<ザザ>>らな、頼ん<<ザザ>>)


「……最後までムカつく野郎だぜ、さっさと逝っちまえ!」


(<<ザザ>>異点は<<ザッ>>先代の<<ザザ>>に……<<ザーーー>>)


ロイドとの通信が途切れ、コクーンはゆっくりと異世界へと堕ちて行った……。


「チクショウ……そうだ、リゼ……」


「施設長……うぅ」


通信機から、リゼに呼びかけようとしたが不意に声をかけられた。


「施設長……リコちゃんが」


お前ら、どうしてここに? リゼはどうした?


「「「それが……」」」


「うぁあああああ!!!」


遠くでリゼの泣き叫ぶ声が聞こえる……おい、まさか!


俺は、部下たちを押しのけ声の元へと走った。 

そこは、リコの緊急治療をしている筈の場所だ。リゼが何かに、すがりつくように泣いていた。


「な、なんだ? 何でみんなうつむいてやがる? リコの治療を進めろよ!」


医療班の面々は、首を横に振った? お前ら、変な冗談かますとぶっ殺すぞ……。


リゼがすがりついているのは、顔に布をかけられたリコだった。


「はは、おい、よせよ……こんなの笑えねえだろ? なぁリコ?」


震える手で、リコの顔にかかった布を取る。


「もう、手の施しようがありませんでした。 生きていたのが不思議なくらいで」


……眠っている様に、穏やかな表情だった。


「なぁ、起きろよリコ、疲れちまったのか? 風邪ひくぞ?」


血の気の無い、リコの頬をぺちぺちと叩くが反応はない。


「おいおい、豚丼パーティーの幹事がいつまで……」


皆が涙を流していた。 ”ロイド達の代わりに護ってやる”って決めたのに、

それなのに死んじまうって、親子そろってふざけんじゃねぇよ……。


「おねーちゃん! おねーちゃんどこ?」


「な……どうしてここに?」


奥から聞こえてきたのは、間違いない、リアの声だ!


「どうやってこのエリアまで?」

「まずい、こっちに来る!」

「だれか、止めて!」


「リア……だめだ、こっちに来ちゃ……」


誰が止められる? 両親を、姉を……肉親がいなくなった幼い少女に。

今、誤魔化したところで何になる? 直ぐにわかってしまう事だ……。


この子は、ひとりぼっちになってしまったと……。


………


……



-日曜日 午前 1:30-


『審判の間・魂の書庫』


■ロイド視点■


リコをトリスに託し、私はここに戻ってきた。


「アリス、待たせたね……」


緊急排除によって、命を落としたアリスの亡骸を抱きあげる。

彼女は、緊急排除をセットし、瀕死のリコに管理者を譲渡(・・)する事を発動条件(トリガー)としたようだ。


「アリスは、本当に無茶をするね、せめて苦しまずに……だったらいいんだけど」


コクーンは、ゆっくりと堕ちていく。 やがてエデンから離れ、管理している異世界へと放たれる。


「よかった、まだ残っていた。流石、私たちの娘といった所かな?」


最後に辿り着きたかった場所、親子三人で最後に過ごしたカフェの一部……。

リコが、ゲストの管理者権限で造り出したカフェは、未だにそこに存在し続けていた。


「想いの強さ……か、リコだったらいい神様になれただろうね……」


カフェの壁に背を預け、アリスを抱えたまま座り込む。


「さて、せっかく来店してもらっても何も出せないわけだが?」


かすむ視界の先に、侵入者の少年が立っていた。


「やってくれたね……気づくのが後ちょっと遅れたら、流石に死んでたよ」


少年はボロボロで、流石に無傷と言うわけでなく瀕死状態の様だった。


「審判の間の機能が著しく低下しているようだけど、胸の傷を治さないって事は、

管理者権限を使わないんじゃなくて、使えないほど弱ってるのかな?

なら、瀕死の神様を僕の中に取り込んでしまえば、ココを完全に掌握できるよね」


「気の毒だけど、それは無理だと思うよ? 何せ、ココは今、落下中でね」


「はぁ? 何を馬鹿な事を……なっ?」


システムに侵食してたとはいえ、流石にこれは予想外だったのか、少年の表情が険しくなる。


「異世界へつなぐ要を? 神様がココにいるのに? ありえるわけないだろ!」


「ああ、さっきの話の中では触れなかったけどね、特異点を確実(・・)に排除する機能があってね」


「嘘だ! いや……管理者である神様を取り込んで、キャンセルさせればいいだけだ!」


「ああ、これも言ってなかったね……この中に管理者はもういない(・・・・・・・・・)


「それはどういう……」


「ああ、娘に管理者を譲渡(・・・・・・)した上で、脱出させたんだよ」


「娘に譲渡を? だが、そんなに簡単に……それに、こんなことで、審判の間を失わせるって」


「前例がないわけじゃない。 特異点に汚染された審判の間は……コクーンは管理している異世界に堕ちる(・・・)。 先々代の管理者が実行したらしいけど、まさか自分の代で再発するとはね」


「まてよ、審判の間がなくなったら……」


「次の管理者に全てを託した。 じきに再生されるだろうね」


「そんな……シンボルアイテムさえあれば、完全に制御できるはずだったのに!」


少年の身体が崩れ始めた。 おそらくコクーンを浸食し、先程の光の雨も、本体を捨て、一部を切り離して生き延びたのだろう……今となっては意味もないだろうが……。


「キミと私は、ただの異物という事さ、それに、強制排除の機能を先にセットしておいた(・・・・・)


「嘘だ、嘘だ、嘘だ! ならば、お前の身体を奪って外へ!」


少年が私の胸に刺さっていた剣を抜き、今度は、正確に心臓に突き立てた。


「がは!」


「僕だけでもここから……」


「発動……トリガーは……」


「何? まて、おい! ちぃ……」


<<ロックが解除されました、只今より管理者を覗く生命体の殲滅を開始します>>


警報とアナウンスが鳴り響く。


<<魂の書庫内、管理者の不在を確認。その他の生命体2を排除します>>


「こいつ、管理者であるうちに、自分が死んだら発動するように仕込んでいたのか!?」


私にも死が訪れてきた様だ、少年の声は既に聞こえない。 

光の雨が降りそそぎ、私と少年を包んでいく。


………


……



-日曜日 午前 1:20-


『審判の間・扉の内側』


■リコ視点■


「うぁ……うぅ……?」


あれ? なんで私、パパに抱きしめられているの? パパ? 何で泣いてるの?


ママはいないの? 仕事場は静かにって、なんでこんなに騒がしい(警報が鳴っている)の?

あれ? 煙の臭い? 火事かな? ……ダメ、魂の書庫が燃えちゃうよ!


誰か、火を消して! ママとパパのお仕事が……できなく……。


「……ぁ、うぁ……」


どうしたんだろう、声が出ないし、体も動かない。

私、何をしてたんだっけ? ただ、身体が燃えるように熱い……どうして?


そうだ、ママが、ママが危ない! パパ、早く助けてあげて!

でも、声は出ない。 怖い人たちがママを狙っていることを伝えたいのに!


「……すまないな、親として何もしてやれなくて」


パパは、私を横たえた……え? パパの胸に剣のようなモノが刺さっている?

大変です、早くお医者様に……でも、声は出ない。


「リコ……神様に憧れているのは知っていた。 それなのに、こんな形で叶えさせたくはなかった」


パパは辛そうな顔だった。 


「……管理者権限発動、我が魂と我が妻の想いを込めて、

現・神職である管理者の全てを、最愛の娘に託す……」


パパが何かを呟きながら、私の胸に触れた瞬間、私の中に何かが流れ込んできた。


「う、あぁ! かふっ、うぁぁ!」


視界が真っ赤になり、血が沸騰する様だった。 目や口や鼻、全身のありとあらゆる場所から、毛穴のひとつひとつに至るまで……まるで、審判の間の全てが、私の小さな身体に入り込もうとしている様に感じた。


………


……



「あれ? 私どうなったの?」


身体がバラバラになる様な、激しいエネルギーの蹂躙が終わった時、私は宙に浮いていた。


「はう? 何故に裸です? ……あれ? いっぱい刺された、傷がありません……」


何故か裸で、ほんのり光っている私の身体には、傷も痛みもなかったのです。

私の真下には、傷だらけの私が倒れていて、側にパパがいます。


……これは、幽体離脱というヤツでしょうか? 私、死んじゃったんでしょうか?


「パパ、私死んでしまったみたいです。 だから、私をそのままにして……いえ、正確には私だったというべきか、私がここにいるのに、そこにも私がいて、でも……」


「トリス! そこにいるのはトリスか?」

「……ロイド? 俺だ! 今……」

「来るな! 足がやられて動けない、ロープがあるなら投げてくれ!」

「……バカ野郎! 今俺が……それに……」

「ロープで身体を縛るから全力で引っ張り上げてくれ! 頼む! もう時間が無い!」


傾斜のついた通路を、煙が上の方に流れ始めました。 審判の間が傾いていることに今更ながら気づきました。


「ここは、出口に向かう通路だったのですね? トリスおじさんが助けに来てくれたみたいです」


暫くすると、ロープが下りてきました。パパが助かると安堵したのですが。


「パパ! 何で私の身体にロープを巻き付けているの? パパの身体に……」


声は出るのに届かない、手を伸ばせるのに触れない……。

パパは、”動けない”と言っていたが嘘だったようです、最初からこれをねらって?


「パパ、やめてください! 私は死んじゃってるんです、ママと一緒に早く……」


そうだ、ママは? 近くにママの姿が見えない。もうすでに外へ?


「ごめんな、ママは助けられなかった」


「え?」


パパの言葉に振り向いた時だった。パパは涙を零し、傷だらけの方の、私の顔を撫でていた。

ママが? そんな事って……私はその場にへたり込んでいた。


「ごめんな、ごめんなぁ、豚丼……みんなで食べたかったなぁ……う……」


「泣かないでパパ、私があんなこと言ったから……」


「なのに、娘のお前に、こんな酷い事……背負わせるなんて……うう……」


「パパ、何を言ってるの? 豚丼は、えと、また次回にでも……リアちゃんは怒るかもだけど……」


「すまない……お前とリアを、幼い二人を遺していく、愚かな私達を許してくれ」


「私も、お手伝い……もうできないけど、できなくても頑張るから、もう泣かないで……パパ!」


パパにすがりつくように訴えても、パパには私の声は聞こえないし触れない。


「動いて! 動いて! 私の体! パパを止めて! 何で動かないの!!」


ロープに固定された、私の身体に声を向けるが……自分自身にも応えて貰えませんでした。


「リコ……リコリス、さよならだ。リアを頼んだぞ、お前はお姉ちゃんなんだからな……」


パパは優しく笑って、そっと私の額に口づけをする。


「いやです、もう死んじゃった私じゃなくて、パパが助かるべきです!」


叫んだ、必死に、でも……。


「トリス! いいぞ!引き上げてくれ!」


それが、パパの声を聴いた最後の言葉だった……。


………


……



私の身体が、外へ引き上げられるのと同時に、私自身(・・・)も外へ出ていた。


「審判の間が……」


トリスおじさんが、スタッフの皆さんが、何かを叫んでると思うのですが……。

まるでテレビの音だけを消したように、私の耳には何も聞こえません。

徐々に審判の間が……パパとママのお仕事する場所が、煙を立てながら落ち始めています!


「トリスおじさん……パパが……パパとママが、まだ中に!」


トリスおじさんに助けを求めても、私の声も届かないし、やっぱり触れる事なんかできなかった。


忙しかったけど、パパとママと過ごせる唯一の場所が……見えなくなっていきます。


私は理解しました。

パパとママには、二度と会えないんだと……。

家族みんなで、豚丼パーティーはできなくなったんだと……。

そして、幼いリアちゃんをひとりぼっちにしてしまったのだと……。


リア、リアリス……私のたった一人の家族、たった一人の可愛い妹。


「リアちゃん……」


「私、リアちゃんになんて伝えたらいいの? ねぇ、パパ! ママ!」


「私、これからどうしたらいいの?」


……誰も答えない、応えてくれない……。


「みんなで、豚丼パーティ、したかったなぁ……」


私は、膝を抱えて座り込んでいた。 


「寒い……」


寒く感じるのは、裸だからじゃない。 きっと私の魂も消えかけているんでしょう。


「それでいいのかい? リコ……」


「え?」


不意に呼ばれた、振り向いた先には……。


「エリナおばさん!」


エリナおばさんが、真っすぐにこちらを見ていました……見ていたんです……が!


「エリナおばさんまで、な、何で裸なんですか! 

わ、私の様に貧相なら誰も気にしないでしょうけど、エリナおばさんみたいに、

綺麗でスタイルがいい人が、人前でそんな……」


パニックになった私は、エリナおばさんにそっと抱きしめられていた。


「リコ、今から言う事をよく聞くんだ」


「え?」


エリナおばさんの身体も、私と同じ様にほのかに光っている。 

それに、私が見えているし声も聞こえている?


「エリナおばさん……私、パパが、ママが!」


エリナおばさんの胸に、顔を埋めて泣き出したかった。

話を聞いて欲しかった。 そして……慰めて欲しかった。

……けれど、エリナおばさんはそれを許さず、私の肩を掴んで止めた。


「アリスは、自分を犠牲にしてリコを護った!」


「ママ……」


「ロイドは、この世界を護る為、コクーンと共に異世界に堕ちた!」


「パパぁ……いやぁ」


改めて突き付けられる現実に、涙が溢れる。 

私だって死んじゃったのに、誰も慰めてくれない。


「でも、リコにはまだ道がある……」


「でも、私、死んじゃって……」


私の身体を目で追うと、横たえられた私の顔には、白い布がかけられ、

リゼさんがすがりつく様に泣いているのが見えた。 医者の人でしょうか?

懸命に治療をしてくれたようですが、私はやはり死んでしまったみたいです。


「このままリアを一人にして、転生も出来ずに死ぬか?」


「え? リアちゃん……」


「それとも、ロイドとアリスの遺志を継いで、リアを護るか?」


「ひぅ?」


私の中の、何かが動いた。 

管理者・審判の間・魂の書庫・世界の鍵・コクーン……神の眼。

全ての情報が、私の中に入っている(・・・・・・・・・)ことを自覚した。


「リコに全てを押し付ける事になる。 それは死ぬより辛い選択だ、逃げてもいい」


「……リアちゃんを護れるなら、パパとママの護りたかったものが護れるなら」


私の中に残された最後の希望……失いたくない大事な人を護れるなら……。


「……ごめんよ、手助けをしてあげたいけど、私も……」


「エリナおばさん?」


エリナおばさんの身体が希薄になっていく。


「リコのような娘なら、産みたかったよ……」


「いや、やです! エリナおばさんまでいなくなったら……」


「ウチの馬鹿亭主もいる、リゼたちスタッフもいる……一人じゃないよ?」


「エリナおばさん、行っちゃ……」


エリナおばさんは、寂しそうな笑顔のまま消えていった……。


「神様になんて……どうすれば……え?」


審判の間があった場所に視線を移すと、そこには卵くらいの小さな光があった。


「新しい審判の間(コクーン)が生まれたのですね」


やるべきことは、すべて私の中にある(・・・・・・・・)

私は、横たえられた私の身体へと足を踏み出した……。


今ならまだ引き返せる。 私が進むのは(いばら)の道だ。

もう、人としては生きられない……人の形をした何かになる。


「いいんです、リアちゃんが笑える世界を護れるなら……」


人だった(・・・・)ころの私の側に膝をつき、手を伸ばす。


「……神様という名の、化け物にだってなれます……」


私の身体に手が触れた瞬間、私の意識は、そこで途絶えた……。


………


……



-日曜日 午前 1:55-


<日曜日に、神様はどこかへいなくなった(異世界に堕ちた)


<神様はいなくなったけど、新しい神様がやってくるだろう>







ようやく番外編の結末迄こぎつけました。

読んでくれていた方には遅くなってしまい、本当に申し訳ないです。

頭の中でイメージはあり、番外編の完結部分だけ先に書いていたのですが……。

上手くつなぎ合わせることが出来ずに、こんなに長く、調整しての編集にも時間がかかってしまいました(;^_^A


次話で最後に書き残していた部分エピローグを調整してアップすれば、その次にようやく本編の再開となります。


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