【番外編】「神様がいなくなった日曜日」その10
【番外編】「神様がいなくなった日曜日」その10
-日曜日 午前 1:13-
『審判の間・中央』
■ロイド視点■
光の雨が止んだ時、侵入者の少年は、既に息絶えていた。
管理者以外を殺し尽くす機能……。
それは、対象が死ぬまで光の矢が降り注ぐというモノだ。
少年は、特異点の力なのか、システムに侵食し生き延びようとしていたが、
それも適わず、無数の穴を穿たれ、絶命した。
「できれば使いたくはなかったよ……がふ!」
少年の生命反応が完全に消えたのを確認した後、壁を支えに立ち上がるが、私の傷も深い。
なにせ、急所は外れてるとはいえ刀が胸を貫いているんだ、正直動きたくない。
「ぐぅ、はぁ……まだだ、まだ倒れるわけには……」
管理者権限の力を最大限まで使えば、私一人なら助かるだろう。
それをしないのは、私には、まだしなければならない事があるからだ。
………
……
…
(ロイド……すまない、護れなかった……)
「エリナか……分かってる、きみは良くやってくれた、それに、今も無理をしてるんだろう?」
壁に寄りかかる様にして、魂の書庫へと向かう私の脳内に、友人の声が通った。
(私はいいさ、どのみち長くない……それに、コクーンが……)
「堕ちるんだろう? 特異点の少年に、かなり汚染されていた様だね」
(今、神の眼で、強制的に干渉して抑えているけど、あまり持たない)
「やはり、神の眼を使ったんだね? そんな体で無茶をするなぁ……ごふ!」
(トリスには悪いけど、もう私の身体は……まぁ、いいさ、急げ!)
ガゴン……ゴガガ……
審判の間が傾いた……時間が無い、目が霞むが、管理者権限を通した視覚に切り替え、
微弱な生命反応に向かって、鉛のように重く感じる足を、ただ前へと進める。
(出口はなんとか確保する、それに……)
「わかってるさ、アリスの事だろう? 私も同じことを考えている……」
(……本当にいいのかい? 他に……)
「ああ、コクーンが汚染されて、暴走状態に入る前に全てを終わらせる」
管理者権限の力の流れは把握していた、アリスが大きな力を使用した事も……。
それに、もう止められない事も……。
(あと一回だ、次に大きな力を使えば、制御が効かなくなる……)
「ああ、それだけ分かれば十分だ、それまで何とか抑えてくれ!」
………
……
…
-日曜日 午前 1:16-
『魂の書庫』
審判の間が鳴動し、軋み始める。 間もなくこの……”コクーン”と呼ばれるモノは、
制御を失い、エデンから切り離され、異世界へと堕ちる事になる。
「ようやく、たどり着いた……」
書庫内には煙が広がっており、魂の記録が収められた本が燃えている。
「これは、まずいな……」
私の足元には、光の矢によって全身を穴だらけにされた、少年らしき亡骸がある。
「これが、生島礼二君だね……それと、さっきの少女か」
少年の側には、ナイフ使いの少女の変わり果てた姿を確認できた。
更に、その先に……同様に光の矢によって命を落とした者と、生き残った者が倒れている。
「……私は無力だな、愛する家族を護りきれないなんて」
「無数の穴を穿たれ、冷たくなった亡骸の頭をそっと撫でた」
「許してくれ、こんな無力な神様を……苦しかっただろう?」
愛する者を、丁重に弔ってやりたいが、あまり時間は残されていない。
未練を断ち切る様に、書庫内の唯一の生存者の元に向き直る。
振るえる手で、おそるおそる胸元に触れた……。
……トクン……トクン……
指先に、かすかに伝わる鼓動に、涙を抑えられなかった……。
「よく頑張ったね……もう、大丈夫だ……」
書庫内の最後の生存者を抱き上げ、その場を後にする。
………
……
…
-日曜日 午前 1:20-
『審判の間・外壁』
■トリス視点■
危なかった……コクーンが鳴動を始め、エネルギーを供給していたケーブルは引き千切られた。
コクーン自体も制御が上手く行っていないのか、救出隊のいる橋に激突し、
危うく俺たちが異世界へ向けて落ちる所だった……。
「くそう、まだか! まだなのか!」
扉は閉ざされたままだ、しかもさっきの衝撃でコクーンが傾いてしまった。
「こいつぁ、開いたとしても……」
俺自身、ゲストとして中に入ったことがある。この角度だと、中から外に出るには厄介な傾斜になる。
(<<ザザ>>……施設長、コクーンの制御が安定しました。間もなく突入が可能になるはずです)
「よぉし、生存者は? リコ……いや、ロイドとアリスの位置は分かるか?」
そうだ、管理者以外を排除する機能の作動を確認したのだ。リコが生きている事はまずあり得ない。
それでも……ロイド達を救出し、リコの亡骸だけでも回収して弔ってやりたい。
(……一つしかありません)
「はぁ? リゼ何を言っている! 時間がねぇ!」
(管理者の反応が一つだけです……直前まで確認できたバイタルサインから……
今、アリスさんが亡くなったようです……)
「お、おい……こんな時に冗談……」
リコだけじゃなくアリスまで? 軽いめまいを覚え橋の柵に寄りかかる。
(それと、先輩からの最後の交信です……)
「エリナから? おい、最後ってどういうことだ?」
(”コクーンの制御に注力して、何とか扉を開けるから、後は頼んだ”と……)
「おい、最後って? エリナは無事なのか?」
(……馬鹿亭主、うだうだ言わずにさっさと助け出せ! 出来なきゃ離婚する!)
「んむ? え? リゼ……いきなり何を?」
(……と、施設長が”駄々をこねるなら言ってくれ”との伝言です)
「……ちっ、ロープだ、ロープを持ってこい!」
頬を叩き、気を引き締めた後、運ばれたロープを受け取った時だった……。
ギィィィィ……
「開いた……って、何だこの煙は!」
(魂の書庫で火災が発生しています。扉が開いたことにより、酸素が取り込まれて……)
「くそぉ、俺が中に降りる! 誰か支えて……」
俺が体にロープを結び付けようとした時だった、煙が溢れ出す扉の奥から声が聞こえた。
「トリス! そこにいるのはトリスか?」
「ロイド? 俺だ! 今助けに行く!」
「来るな! 足がやられて動けない、ロープがあるなら投げてくれ!」
「バカ野郎! 今俺が……それに、リコたちの亡骸だって!」
「ロープで身体を縛るから全力で引っ張り上げてくれ! 頼む! もう時間が無い!」
冷たいとも思える言葉にムッとなるが、妻と娘を一度に失ったロイドの心中を考えると、
何も言えずに、ただロープを投げ入れるしかなかった。
………
……
…
「ロイド! こっちはいつでも引っ張り上げられる!」
医療関係の者とスタッフも、ロープを掴み待機している。
ロイド一人なら楽に引き上げられるはずだ。
「トリス! いいぞ! 引き上げてくれ!」
「おうよ! 野郎ども! 全力で引き上げろぉ! ぬぉ?」
俺の号令と共に、ロープが勢いよく引かれた……が、どうゆう事だ?
それは驚くほど軽く、後ろに倒れ込んだ俺の胸に飛び込んできた。
「いつつ……何だ、どうなってやがる? おい、ロイ……」
俺の胸に飛び込んできたのは、ロイドではなかった。
(そん……な)
通信機越しに、リゼたちも絶句しているのが分かる。
「う、ぁ……」
混乱する思考の中、僅かな呻きが聞こえた!
「い、生きてる……医療班! 急げ! 早く、早く、助けてやってくれぇぇ!!」
全身、刺し傷だらけのリコの身体からロープを外した後、医療班に預けた。
「ロイド! リコは無事、引き上げた! お前も早く……な?」
ギィィィ……
再度、ロープを投げ入れる間もなく扉が閉じていく。
「リゼ! 扉が閉まっちまう! 何とか出来ねえのか!」
(<<ザザ>>……いいんだ、トリス)
「ロイド? お前、通信機使え……まさか?」
(ああ、そうでもしないと、トリスが飛び込んできそうだったからな)
「んなこたぁ、どうでもいい! 管理者権限で、扉をもう一度開けられないのか!」
(無理だ、管理者でなければ開けられない)
「お前、何言って……」
(管理者の脱出は成った、汚染されたコクーンは堕ちる)
「嘘だろ? おい、アリスはどうした? リコが生きていたんだ、アリスも一緒に」
(アリスは先に逝ったよ。強制排除を受けてね……)
「……馬鹿が、いいからお前だけでも脱出しろ! 無理矢理にでもこじ開け……うを?」
ガゴン……ゴゴゴゴゴゴゴ……
コクーンが再び鳴動し、徐々に高度を下げていく。
「リゼ! エリナはどうした? まだ中にロイドが!」
(エリナにも無理をさせてしまったね。 トリス、済まないが後の事は……)
「ふざけんな! リコはどうする? リアは? 俺に押し付けて育児放棄すんじゃねぇ!」
(耳が痛いな、でも頼むよ……トリスにしか頼めないんだ)
「リコが……あんなに頑張ってよぉ、なのによぉ……」
(わかってる、先代が個人対面こだわった理由が良く分かった)
「……管理者にされたリコは苦しむぞ……それでもお前は!」
(ごめん、支え<<ザッ>>くれ……私に<<ザザ>>娘たちの未来さえ護って<<ザッ>>)
「うるせぇ、知った事か! 俺は、俺のやりたいようにやるだけだ!」
(<<ザザ>>はは、トリスは根が良い<<ザザ>>らな、頼ん<<ザザ>>)
「……最後までムカつく野郎だぜ、さっさと逝っちまえ!」
(<<ザザ>>異点は<<ザッ>>先代の<<ザザ>>に……<<ザーーー>>)
ロイドとの通信が途切れ、コクーンはゆっくりと異世界へと堕ちて行った……。
「チクショウ……そうだ、リゼ……」
「施設長……うぅ」
通信機から、リゼに呼びかけようとしたが不意に声をかけられた。
「施設長……リコちゃんが」
お前ら、どうしてここに? リゼはどうした?
「「「それが……」」」
「うぁあああああ!!!」
遠くでリゼの泣き叫ぶ声が聞こえる……おい、まさか!
俺は、部下たちを押しのけ声の元へと走った。
そこは、リコの緊急治療をしている筈の場所だ。リゼが何かに、すがりつくように泣いていた。
「な、なんだ? 何でみんなうつむいてやがる? リコの治療を進めろよ!」
医療班の面々は、首を横に振った? お前ら、変な冗談かますとぶっ殺すぞ……。
リゼがすがりついているのは、顔に布をかけられたリコだった。
「はは、おい、よせよ……こんなの笑えねえだろ? なぁリコ?」
震える手で、リコの顔にかかった布を取る。
「もう、手の施しようがありませんでした。 生きていたのが不思議なくらいで」
……眠っている様に、穏やかな表情だった。
「なぁ、起きろよリコ、疲れちまったのか? 風邪ひくぞ?」
血の気の無い、リコの頬をぺちぺちと叩くが反応はない。
「おいおい、豚丼パーティーの幹事がいつまで……」
皆が涙を流していた。 ”ロイド達の代わりに護ってやる”って決めたのに、
それなのに死んじまうって、親子そろってふざけんじゃねぇよ……。
「おねーちゃん! おねーちゃんどこ?」
「な……どうしてここに?」
奥から聞こえてきたのは、間違いない、リアの声だ!
「どうやってこのエリアまで?」
「まずい、こっちに来る!」
「だれか、止めて!」
「リア……だめだ、こっちに来ちゃ……」
誰が止められる? 両親を、姉を……肉親がいなくなった幼い少女に。
今、誤魔化したところで何になる? 直ぐにわかってしまう事だ……。
この子は、ひとりぼっちになってしまったと……。
………
……
…
-日曜日 午前 1:30-
『審判の間・魂の書庫』
■ロイド視点■
リコをトリスに託し、私はここに戻ってきた。
「アリス、待たせたね……」
緊急排除によって、命を落としたアリスの亡骸を抱きあげる。
彼女は、緊急排除をセットし、瀕死のリコに管理者を譲渡する事を発動条件としたようだ。
「アリスは、本当に無茶をするね、せめて苦しまずに……だったらいいんだけど」
コクーンは、ゆっくりと堕ちていく。 やがてエデンから離れ、管理している異世界へと放たれる。
「よかった、まだ残っていた。流石、私たちの娘といった所かな?」
最後に辿り着きたかった場所、親子三人で最後に過ごしたカフェの一部……。
リコが、ゲストの管理者権限で造り出したカフェは、未だにそこに存在し続けていた。
「想いの強さ……か、リコだったらいい神様になれただろうね……」
カフェの壁に背を預け、アリスを抱えたまま座り込む。
「さて、せっかく来店してもらっても何も出せないわけだが?」
かすむ視界の先に、侵入者の少年が立っていた。
「やってくれたね……気づくのが後ちょっと遅れたら、流石に死んでたよ」
少年はボロボロで、流石に無傷と言うわけでなく瀕死状態の様だった。
「審判の間の機能が著しく低下しているようだけど、胸の傷を治さないって事は、
管理者権限を使わないんじゃなくて、使えないほど弱ってるのかな?
なら、瀕死の神様を僕の中に取り込んでしまえば、ココを完全に掌握できるよね」
「気の毒だけど、それは無理だと思うよ? 何せ、ココは今、落下中でね」
「はぁ? 何を馬鹿な事を……なっ?」
システムに侵食してたとはいえ、流石にこれは予想外だったのか、少年の表情が険しくなる。
「異世界へつなぐ要を? 神様がココにいるのに? ありえるわけないだろ!」
「ああ、さっきの話の中では触れなかったけどね、特異点を確実に排除する機能があってね」
「嘘だ! いや……管理者である神様を取り込んで、キャンセルさせればいいだけだ!」
「ああ、これも言ってなかったね……この中に管理者はもういない」
「それはどういう……」
「ああ、娘に管理者を譲渡した上で、脱出させたんだよ」
「娘に譲渡を? だが、そんなに簡単に……それに、こんなことで、審判の間を失わせるって」
「前例がないわけじゃない。 特異点に汚染された審判の間は……コクーンは管理している異世界に堕ちる。 先々代の管理者が実行したらしいけど、まさか自分の代で再発するとはね」
「まてよ、審判の間がなくなったら……」
「次の管理者に全てを託した。 じきに再生されるだろうね」
「そんな……シンボルアイテムさえあれば、完全に制御できるはずだったのに!」
少年の身体が崩れ始めた。 おそらくコクーンを浸食し、先程の光の雨も、本体を捨て、一部を切り離して生き延びたのだろう……今となっては意味もないだろうが……。
「キミと私は、ただの異物という事さ、それに、強制排除の機能を先にセットしておいた」
「嘘だ、嘘だ、嘘だ! ならば、お前の身体を奪って外へ!」
少年が私の胸に刺さっていた剣を抜き、今度は、正確に心臓に突き立てた。
「がは!」
「僕だけでもここから……」
「発動……トリガーは……」
「何? まて、おい! ちぃ……」
<<ロックが解除されました、只今より管理者を覗く生命体の殲滅を開始します>>
警報とアナウンスが鳴り響く。
<<魂の書庫内、管理者の不在を確認。その他の生命体2を排除します>>
「こいつ、管理者であるうちに、自分が死んだら発動するように仕込んでいたのか!?」
私にも死が訪れてきた様だ、少年の声は既に聞こえない。
光の雨が降りそそぎ、私と少年を包んでいく。
………
……
…
-日曜日 午前 1:20-
『審判の間・扉の内側』
■リコ視点■
「うぁ……うぅ……?」
あれ? なんで私、パパに抱きしめられているの? パパ? 何で泣いてるの?
ママはいないの? 仕事場は静かにって、なんでこんなに騒がしいの?
あれ? 煙の臭い? 火事かな? ……ダメ、魂の書庫が燃えちゃうよ!
誰か、火を消して! ママとパパのお仕事が……できなく……。
「……ぁ、うぁ……」
どうしたんだろう、声が出ないし、体も動かない。
私、何をしてたんだっけ? ただ、身体が燃えるように熱い……どうして?
そうだ、ママが、ママが危ない! パパ、早く助けてあげて!
でも、声は出ない。 怖い人たちがママを狙っていることを伝えたいのに!
「……すまないな、親として何もしてやれなくて」
パパは、私を横たえた……え? パパの胸に剣のようなモノが刺さっている?
大変です、早くお医者様に……でも、声は出ない。
「リコ……神様に憧れているのは知っていた。 それなのに、こんな形で叶えさせたくはなかった」
パパは辛そうな顔だった。
「……管理者権限発動、我が魂と我が妻の想いを込めて、
現・神職である管理者の全てを、最愛の娘に託す……」
パパが何かを呟きながら、私の胸に触れた瞬間、私の中に何かが流れ込んできた。
「う、あぁ! かふっ、うぁぁ!」
視界が真っ赤になり、血が沸騰する様だった。 目や口や鼻、全身のありとあらゆる場所から、毛穴のひとつひとつに至るまで……まるで、審判の間の全てが、私の小さな身体に入り込もうとしている様に感じた。
………
……
…
「あれ? 私どうなったの?」
身体がバラバラになる様な、激しいエネルギーの蹂躙が終わった時、私は宙に浮いていた。
「はう? 何故に裸です? ……あれ? いっぱい刺された、傷がありません……」
何故か裸で、ほんのり光っている私の身体には、傷も痛みもなかったのです。
私の真下には、傷だらけの私が倒れていて、側にパパがいます。
……これは、幽体離脱というヤツでしょうか? 私、死んじゃったんでしょうか?
「パパ、私死んでしまったみたいです。 だから、私をそのままにして……いえ、正確には私だったというべきか、私がここにいるのに、そこにも私がいて、でも……」
「トリス! そこにいるのはトリスか?」
「……ロイド? 俺だ! 今……」
「来るな! 足がやられて動けない、ロープがあるなら投げてくれ!」
「……バカ野郎! 今俺が……それに……」
「ロープで身体を縛るから全力で引っ張り上げてくれ! 頼む! もう時間が無い!」
傾斜のついた通路を、煙が上の方に流れ始めました。 審判の間が傾いていることに今更ながら気づきました。
「ここは、出口に向かう通路だったのですね? トリスおじさんが助けに来てくれたみたいです」
暫くすると、ロープが下りてきました。パパが助かると安堵したのですが。
「パパ! 何で私の身体にロープを巻き付けているの? パパの身体に……」
声は出るのに届かない、手を伸ばせるのに触れない……。
パパは、”動けない”と言っていたが嘘だったようです、最初からこれをねらって?
「パパ、やめてください! 私は死んじゃってるんです、ママと一緒に早く……」
そうだ、ママは? 近くにママの姿が見えない。もうすでに外へ?
「ごめんな、ママは助けられなかった」
「え?」
パパの言葉に振り向いた時だった。パパは涙を零し、傷だらけの方の、私の顔を撫でていた。
ママが? そんな事って……私はその場にへたり込んでいた。
「ごめんな、ごめんなぁ、豚丼……みんなで食べたかったなぁ……う……」
「泣かないでパパ、私があんなこと言ったから……」
「なのに、娘のお前に、こんな酷い事……背負わせるなんて……うう……」
「パパ、何を言ってるの? 豚丼は、えと、また次回にでも……リアちゃんは怒るかもだけど……」
「すまない……お前とリアを、幼い二人を遺していく、愚かな私達を許してくれ」
「私も、お手伝い……もうできないけど、できなくても頑張るから、もう泣かないで……パパ!」
パパにすがりつくように訴えても、パパには私の声は聞こえないし触れない。
「動いて! 動いて! 私の体! パパを止めて! 何で動かないの!!」
ロープに固定された、私の身体に声を向けるが……自分自身にも応えて貰えませんでした。
「リコ……リコリス、さよならだ。リアを頼んだぞ、お前はお姉ちゃんなんだからな……」
パパは優しく笑って、そっと私の額に口づけをする。
「いやです、もう死んじゃった私じゃなくて、パパが助かるべきです!」
叫んだ、必死に、でも……。
「トリス! いいぞ!引き上げてくれ!」
それが、パパの声を聴いた最後の言葉だった……。
………
……
…
私の身体が、外へ引き上げられるのと同時に、私自身も外へ出ていた。
「審判の間が……」
トリスおじさんが、スタッフの皆さんが、何かを叫んでると思うのですが……。
まるでテレビの音だけを消したように、私の耳には何も聞こえません。
徐々に審判の間が……パパとママのお仕事する場所が、煙を立てながら落ち始めています!
「トリスおじさん……パパが……パパとママが、まだ中に!」
トリスおじさんに助けを求めても、私の声も届かないし、やっぱり触れる事なんかできなかった。
忙しかったけど、パパとママと過ごせる唯一の場所が……見えなくなっていきます。
私は理解しました。
パパとママには、二度と会えないんだと……。
家族みんなで、豚丼パーティーはできなくなったんだと……。
そして、幼いリアちゃんをひとりぼっちにしてしまったのだと……。
リア、リアリス……私のたった一人の家族、たった一人の可愛い妹。
「リアちゃん……」
「私、リアちゃんになんて伝えたらいいの? ねぇ、パパ! ママ!」
「私、これからどうしたらいいの?」
……誰も答えない、応えてくれない……。
「みんなで、豚丼パーティ、したかったなぁ……」
私は、膝を抱えて座り込んでいた。
「寒い……」
寒く感じるのは、裸だからじゃない。 きっと私の魂も消えかけているんでしょう。
「それでいいのかい? リコ……」
「え?」
不意に呼ばれた、振り向いた先には……。
「エリナおばさん!」
エリナおばさんが、真っすぐにこちらを見ていました……見ていたんです……が!
「エリナおばさんまで、な、何で裸なんですか!
わ、私の様に貧相なら誰も気にしないでしょうけど、エリナおばさんみたいに、
綺麗でスタイルがいい人が、人前でそんな……」
パニックになった私は、エリナおばさんにそっと抱きしめられていた。
「リコ、今から言う事をよく聞くんだ」
「え?」
エリナおばさんの身体も、私と同じ様にほのかに光っている。
それに、私が見えているし声も聞こえている?
「エリナおばさん……私、パパが、ママが!」
エリナおばさんの胸に、顔を埋めて泣き出したかった。
話を聞いて欲しかった。 そして……慰めて欲しかった。
……けれど、エリナおばさんはそれを許さず、私の肩を掴んで止めた。
「アリスは、自分を犠牲にしてリコを護った!」
「ママ……」
「ロイドは、この世界を護る為、コクーンと共に異世界に堕ちた!」
「パパぁ……いやぁ」
改めて突き付けられる現実に、涙が溢れる。
私だって死んじゃったのに、誰も慰めてくれない。
「でも、リコにはまだ道がある……」
「でも、私、死んじゃって……」
私の身体を目で追うと、横たえられた私の顔には、白い布がかけられ、
リゼさんがすがりつく様に泣いているのが見えた。 医者の人でしょうか?
懸命に治療をしてくれたようですが、私はやはり死んでしまったみたいです。
「このままリアを一人にして、転生も出来ずに死ぬか?」
「え? リアちゃん……」
「それとも、ロイドとアリスの遺志を継いで、リアを護るか?」
「ひぅ?」
私の中の、何かが動いた。
管理者・審判の間・魂の書庫・世界の鍵・コクーン……神の眼。
全ての情報が、私の中に入っていることを自覚した。
「リコに全てを押し付ける事になる。 それは死ぬより辛い選択だ、逃げてもいい」
「……リアちゃんを護れるなら、パパとママの護りたかったものが護れるなら」
私の中に残された最後の希望……失いたくない大事な人を護れるなら……。
「……ごめんよ、手助けをしてあげたいけど、私も……」
「エリナおばさん?」
エリナおばさんの身体が希薄になっていく。
「リコのような娘なら、産みたかったよ……」
「いや、やです! エリナおばさんまでいなくなったら……」
「ウチの馬鹿亭主もいる、リゼたちスタッフもいる……一人じゃないよ?」
「エリナおばさん、行っちゃ……」
エリナおばさんは、寂しそうな笑顔のまま消えていった……。
「神様になんて……どうすれば……え?」
審判の間があった場所に視線を移すと、そこには卵くらいの小さな光があった。
「新しい審判の間が生まれたのですね」
やるべきことは、すべて私の中にある。
私は、横たえられた私の身体へと足を踏み出した……。
今ならまだ引き返せる。 私が進むのは茨の道だ。
もう、人としては生きられない……人の形をした何かになる。
「いいんです、リアちゃんが笑える世界を護れるなら……」
人だったころの私の側に膝をつき、手を伸ばす。
「……神様という名の、化け物にだってなれます……」
私の身体に手が触れた瞬間、私の意識は、そこで途絶えた……。
………
……
…
-日曜日 午前 1:55-
<日曜日に、神様はどこかへいなくなった>
<神様はいなくなったけど、新しい神様がやってくるだろう>
ようやく番外編の結末迄こぎつけました。
読んでくれていた方には遅くなってしまい、本当に申し訳ないです。
頭の中でイメージはあり、番外編の完結部分だけ先に書いていたのですが……。
上手くつなぎ合わせることが出来ずに、こんなに長く、調整しての編集にも時間がかかってしまいました(;^_^A
次話で最後に書き残していた部分を調整してアップすれば、その次にようやく本編の再開となります。




