【番外編】「神様がいなくなった日曜日」その9
【番外編】「神様がいなくなった日曜日」その9
■エリナ視点■
-日曜日 午前 1:00-
『魂の書庫』
間に合った……とは言うものの、非常に危険な状態だ。
『神の眼』で同調している今ならば、管理者権限の一部を使える……止血だけは何とかなったが、
リコの傷は決して浅いものでなく、いつ死んでもおかしくない状態だった。
「アリスの方は……何とかなったみたいね、問題はロイドの方を片付けないと」
管理者権限の力を最大限まで利用すれば、リコは助かるが……特異点も管理者権限に干渉している状態でそんなことをしたら、ロイドが危険になる。
「アリスにも無茶をさせたから、カツカツね……ん?」
神の眼を通した今ならわかる、ロイドの前にいる特異点が”全てを乱している”のだと……。
「く、リコの治療に集中したいのに……」
神の眼の使用で、かなり無茶な状態ではあるが、私は思考を分割し、エデン内の連絡が取れない医療経験者を片っ端から捜しだし、リコの治療をするために、審判の間に誘導していたのだが……。
……そのわずかな隙が、私の大事な人を失う原因となった。
………
……
…
■ロイド視点■
-日曜日 午前 1:00-
『審判の間・中央』
「……それが、私の推測を交えた全てだよ」
あくまで推測の域を出ないが、私は全てを少年に話した……さて、どう出る?
「なかなか面白い考察じゃぁないですか……」
ギン!
少年はゆらりと立ち上がり、床に突き立てていた剣を手に取る。
「時間の無駄でしたね、じゃぁ、死んでくださいよ神様」
「その割には、随分と落ち着きがなくなった様だが?」
「五月蠅い! そんな話、誰が信じるっていうのさ!」
少年に、初めて感情らしきものが見えた、多少は効いたようだ……。
「なら、君はどうやって、ここに来る方法を知った?」
「何?」
「自分の意志で、思いつき、調べた結果なのかい?」
「そんな事……僕は? 自分の意志で……」
「やはり、自分では疑問に思わない様に、なっていた様だね?」
少年は、明らかに動揺していた。
………
……
…
■アリス視点■
-日曜日 午前 1:00-
『魂の書庫』
「こふ! はぁ、はぁ、きっつぅ……」
ちょっち、無理をしすぎたかな? 身体中が悲鳴をあげている。侵入者の少女も気絶させてから拘束をし、捩じ切った手首の傷も塞いでおく。
「リコを傷つけたあんたを、八つ裂きにしてやりたいところだけど、とりあえずは生かしておいてあげるわ」
(アリス! 避けろ!)
身体強化を解除しようとした時だった、エリナの叫びに振り返りつつ、防御の姿勢を取った。
ゴガァァァァン!!
「がふ!」
私を襲う巨大な質量を受けた腕が軋み、そのまま本棚の壁へと叩きつけられた。
「う、くぅ……な、何が、え? ……まさか!」
私を吹っ飛ばした者の姿を見て、驚愕する……。
「拘束されて動けない筈じゃ……」
拘束されて動けない筈の、侵入者の少年がそこにいた。しかも身体の下半分が無機質なゴーレムの様になっていた。
「ひゃハは……、こんどこそコロシテやるヨ」
油断した、フルドライブに、侵入者の少女の拘束、リコの治療と、管理者権限を無理に使った為、彼の拘束に緩みが生じた? 神の眼を通した情報では、彼は未だ”拘束中”となっている。
彼は自らの身体を引き千切り、半身を補ってここまで来たようだ。
「たくっ、信じられないサイコ野郎ね……」
……流石にこれは予想外だ。 目の前に立っている彼は一人ではなかった。
「リコ……何てこと……」
彼の背後に、同じ様な姿をしたモノがもう一人、リコを羽交い絞めにして立っていた。
(すまないアリス……)
同調しているからわかる、エリナに非はない。リコの治療と同時に、リコを助ける為の医療関係者への連絡を同時に行っていたのだ。
(そんなことより、リコはどうなの?)
(傷を塞いで止血はしたけど、それも薄く膜が張った程度だし、動かすのも危険なくらい内臓が傷つけられているわ……)
(そう、……エリナ、ちょっと頼まれて欲しいんだけど?)
私の嫌な予感は良く当たる。 リコが人質に取られている以上、私には出来る事は限られている。
ただ自分を差し出すだけでは、私とリコも命を落とし、ロイドも危険だ、だから……。
(……なんて、実行した事なんてないけど、やり方は大体わかるわ)
(馬鹿な事を! そんなことをしたら……)
(間違いなく死ぬわね、私も彼らも……)
………
……
…
「降参よ……」
私は、使用していた管理者権限を全て解き、両手を上げた……。 神の眼との同調も切れて、エリナの声は聞こえなくなる。
(ロイド、聞こえる?)
(ああ、二人とも無事かい?)
(……今のところはね、ただ、ちょっと言っておきたくてさ……)
(ん?)
(ごめん、私死ぬわ……でも、リコだけは護ってみせるから、後を、お願い……)
(……アリスがそう言うんだ、他に方法はないって事だね? わかった、任された)
(流石ね、よく分かってる……愛しているわロイド……)
(私もだ、愛しているよアリス……)
愛する夫と最後の念話を交わし、侵入者の少年の元へ歩みを進めた。
………
……
…
■侵入者の少年(生島礼二)視点■
-日曜日 午前 1:03-
『魂の書庫』
「ひっヒひヒ、降参? もっと抵抗すルものダと思っテたよ」
拘束され、動けなかった僕にチャンスが二度訪れた。一つは拘束が一瞬だけ緩んだ事、もう一つは神様の娘の血を舐めた事だった。
拘束が緩んでも、全身が抜け出るわけではなかった、だから、邪魔な下半身を捨てた、床から造り出した巨大な刃で身軽になった。 痛みなんか、さほど感じなかった。 あの生意気な神様をズタズタにして喰ってやる! それだけが僕を突き動かす。
傷口は塞いだが、ズルズルと這っていく事しかできない。 下半身を造り出そうにも、拘束の緩みが無くなったのか、力を上手く使えない。
ぴちゃ……
そんな時だった、一筋の血が僕の指先に触れた。 僕は無我夢中でその血を舐めた、床に零れたミルクを舐める猫の様に、舐めながら先へと進んだ。
僕の能力は、対象の血肉を喰らい、飲み干す事で対象と同じ力や特性を「模倣」することが出来る。
この場所に来る前に、名も知らない彼から分けて貰った血で「疑似管理者権限」を使える様になった。
運が良い事に、この血は神様の娘のモノだ。「ゲスト」状態の人物の血を取り込み、僕も微弱ではあるが、管理者権限が使用できる筈、取り急ぎ下半身を造ったが、分体をもう一つ造れたのは僥倖だった。
「ひ、ハはは、コえも出ル! こレで、殺セる!」
僕が、あのババぁに追いついた時には隙だらけで、死にかけてる奴の娘を回収できた。
案の定、奴は降伏して手を上げたまま、こちらに近寄ってきた。
「とまレ」
ぶしゅ!
「くっ」
娘は半裸で、胸や腹等、切刻まれた痕がある。 多分、あの頭のイカれた女がやったのだろう。
生々しく残る傷口に、指を突き刺し抉ると鮮血が滴る。あの女の足を止めるには十分だった。
「う……あ……」
僅かにうめき声を上げるが、すぐ死んでしまいそうだ……それでは困る。
「もういいでしょう、見ての通り、娘はもう死んでしまうわ。 そうしたら人質にもならないわよ?」
ドチャ!
娘を拘束していたゴーレムが、娘を投げ捨て、あの女の前に立つ。
ドボ!
「ごぶっ! うげぇ! がは! ごほ!」
ゴーレムの拳が、あの女の腹にめり込み、血を吐かせる。
「変なマねをしテみろ、コれを、潰スぞ?」
僕は、投げ捨てられた娘の頭を踏みつける。
「ぜ……おぶ ……全然、効かないわよ?」
「こノ!」
バキィ! ゴシャ! グシャ!……
僕は、ゴーレムに指示を出し、あの女の顔を、腹を、全身くまなく殴り続けさせた。
………
……
…
■トリス視点■
-日曜日 午前 1:06-
『審判の間・外壁』
「リゼ、まだか!」
腕時計を見る、エリナが神の眼を起動してからもう10分を越えた。
「まだか、まだなのか!」
俺は、編成した救出隊と共に外壁に浮かび上がった扉の前に待機していた。
『まだです、トラブルが発生し、アリスさんとの同調が途切れています!』
「何だとうぅ! くそ!」
俺の側には、開放された緊急通路より、エリナによって呼ばれた医療関係者が、数人辿りついていた。
リコをいつでも治療できるようにと、スタンバらせているが、皆不安そうだ。
「あの、患者は? まだ……」
「うるせぇ! ……いや、すまん。 もう少し待ってくれ!」
皆が皆、緊張状態が続き、限界が近い……。
「ロイド、アリス、リコ……エリナ」
ガゴン! ィィィィィィ……
「な、何だ!?」
「ひええええ!!」
突然、コクーンが鳴動した。 俺達は慌てて橋にしがみ付く。
『施設長!』
「何だ、何があった!」
『審判の間……いえ、コクーン内のアンノウン及び、ゲストのバイタルサインが……全て消え……ました……』
「な?」
また見えなくなっているだけじゃないかと思いたかった。 だが、リゼの悲痛な声がソレを否定する。
『微弱ですが、管理者のバイタルサインが2つ残っています。 恐らく”緊急排除”を……』
管理者以外を無差別に排除するという、その機能を使ったという事は……。
「リコ……そんな馬鹿な! そんな事あってたまるか! ちっきしょぉぉぉ!!!」
侵入者たち、アンノウン諸共リコは殺されたってのか……。
妹の為に、辛い顔一つ見せる事のなかった少女の顔が、浮かんでは消える……。
「バカ野郎、せっかく仕事を切り詰めて、お前の為に、皆頑張ってたんだぞ! 言い出しっぺのお前がドタキャンしてどうするんだ? リアになんて言えばいいんだ? なぁ、おい! リコォ!!!!」
俺の声は虚しく、コクーンの浮かぶ空間に反響し木霊するだけだった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
バキン! ビキン!
コクーンが再び鳴動を始め、施設と繋がっていたケーブルが次々と外れて行く。
『大変です! コクーンが……コクーンが堕ちます!』
「何だってぇぇぇぇ!?」
………
……
…
■侵入者の少女視点■
-日曜日 午前 1:05-
『魂の書庫』
「う、うぐぅ……どうなって……」
肉を叩き、骨を砕くような音に意識が戻る。
「あ、がぁ!」
身動きをすると、砕かれた両ひざの痛みで悲鳴が漏れる。 実体のない鎖のようなモノで拘束されてはいるものの、殺されていない事に安堵する。
「ちっ、あの女は? あれ?」
拘束されたまま、首を音のする方に向けた。
「……へぇ、レイジの癖にやるじゃん」
サクッとやられてリタイヤかと思ってたサイコ野郎が二人いて、片方があの女を拘束し、サンドバックにしている。 はん、何で増えてるのか知んないけどいい気味だ……いやまて?
「まちやがれ、その女に借りを返す前に、殺すんじゃぁねぇ!」
「んン? なンだ、マだ生きテたのカ?」
「そいつは私が殺すんだ! 早く助けろ、このグズ!」
「……をっト、手がスべっタ!」
ドチュ!
こちらを見たレイジがにたりと笑い、あの女のどてっ腹を貫いた。
「てめ、ワザと……ん? 動ける!」
あの女が死んだのか、私を拘束していた鎖が消える。
「死ぬな、まだ死ぬんじゃねぇ!」
私は叫びながら、あの女に這い寄った。
「ちぃ! 殺すとこが無いじゃんか!」
全身ボロ雑巾の様になり、内臓もはみ出ている。骨も砕かれていそうだし……。
「残念、……おや? ちゃんと喋れるようになったぞ?」
ドサ!
レイジが、足元に転がっているお嬢ちゃんの頭を掴み、あの女の上に放り投げる。
「さて、新鮮なうちに食べちゃおうかなぁ~」
そうだった、コイツは母親を殺して食ったサイコ野郎だった。
「親子丼とか、笑えねぇ……」
親子揃って虫の息、ほんとに不気味な奴等だったよ。
「ちょっと待て、シンボルアイテムはどうなった?」
そうだ、神様の持つ”シンボルアイテム”を奪うのが第一目的だったはずだ。このグズが暴走するから忘れてた。
「ああ? 知らないよそんなの! 芋虫みたいになってる奴が偉そうにすんな!」
「お前を助けてやった、私達に逆らうっていうのかい?」
私は、ゆらりと立ち上がる。
「やっと、骨がくっついたか……」
私の能力は「自己再生」らしい、治すときはすっげぇ痛いし時間かかるけど、首を落とされでもしない限りは多分生き残れる筈だ。
「くっ……わかったよ、さっさと探せばいいだろ!」
レイジは大人しく下がり、恨めしそうにこちらを見ている。
「このネックレスは……違う、ん?……これっぽいな?」
息も絶え絶えの女の服を裂き、それらしいのを探していたが、左の手首の綺麗な金色のブレスレットに目が行く。
「まさか、一番見えやすい所とはね……じゃぁ、さっきのお返しに」
この女にもぎ取られた右手は、新しいのが生えかかっている。 一度この女に傷を塞がれていた為、再度、傷口付近から斬り落としておいたから、まだ時間がかかる。
ザキン!
女の左手を踏みつけ、前腕中ほどで切断してやった。血が噴き出し、私の脚が鮮血に染まる。
「やったぁ、管理者のシンボルアイテムゲットぉ! これで「魂の書庫」とやらはこっちのモンだね!」
ちょっと時間はかかったけど、これでミッションコンプと思った瞬間だった。
ヒュィィィィィィ!!!
<<ロックが解除されました、只今より管理者を覗く生命体の殲滅を開始します>>
「なっ!?」
「何!」
女の腕をかかげ、ブレスレットに触れた瞬間、警報とアナウンスが響く!
「ちょっと! お嬢ちゃんもまだ生きてるんだろ? ゲスト諸共殺す気かよ!」
”管理者以外を殺し尽くす”システムの存在は知っていた。
だが、”身内らしき存在がいるからそれを使う事はないだろう”と踏んでいた。
「たとえ死んでも、死体を傷つける事は無いって……嘘だろぉ!」
<<魂の書庫内、行動不能の管理者1を確認。その他の生命体3を排除します>>
逃げる暇なんてなかった。 四方八方より無数の光の矢が私たちに襲い掛かる!
雨の様に降り注ぐ光の矢が、私とレイジを……そして、抜けていそうで根性のあったお嬢ちゃんを貫いているのだろう。
「は……ぐぅ……」
私とレイジが、床に崩れ落ちる音だけが最後に聞こえた……。
………
……
…
■侵入者の少年視点■
-日曜日 午前 1:10-
『審判の間・中央』
僕はムカつく神様を追い詰めていた。
何故だ? イライラする! ボクは自分の意志で! ……くそ!
僕は、自分の意志でここに来て、異世界の手前で神様を追い詰めた。その筈だ!
でも、あの神様の言葉に、否定しきれない何かがぬぐい切れない!
「違う! 違う違う違う!」
妙だ、何故こいつは管理者権限を使わない?
話というのも時間稼ぎか? 僕の能力は「浸食」、ここの機能も時間をかけてゆっくりと狂わせていた。
「管理者のシンボルアイテム」に直に触れればもっと早く奪っていただろう。
神様も何かを察したのか、大きな力を使ってこない。大きな「管理者権限」の力さえ使ってくれれば、それに合わせて浸食をするつもりだったが、それも適わなかった。
もう一人の神様に向かわせた二人も、何をモタモタしているのか……。
「はぁ、はぁ、奥さんと娘さんが、今頃、蹂躙されているかもしれないのに余裕じゃないですか?」
ズダン!
「ぐぅ!」
僕の刀が神様の胸を貫き、壁に突き刺さる。
「ああ、先程、別れの挨拶は済ませたからね」
「何? 何を言って……」
何を読迷い事を……と思った瞬間だった。
<<ロックが解除されました、只今より管理者を覗く生命体の殲滅を開始します>>
「何だって?」
この、温い神様が、身内を巻き込んでの強制排除など、あり得ないと思っていた。
いや、コイツはさっきなんて言った?
「終わりのようだね……」
「嘘だ! 何でだ! 何でそんなことが出来る! お前の娘がいるんだろ!」
神様はゆっくりと目を閉じた。
<<審判の間、行動不能の管理者1を確認。その他の生命体1を排除します>>
「嘘だ……」
言い終わる暇もなく、僕の身体は無数の光の矢によって貫かれた……。
………
……
…
ようやく終わりが見えてきた、調子に乗って時間別表現なんてするんじゃなかったと後悔(;^_^A