【番外編5】「大っ嫌い……だったお姉ちゃん」その4
ゴリラメイド編ようやく完結。
【番外編5】‐大っ嫌い……だったお姉ちゃん‐その4
<たった一つの想いを貫く難しさ>
「お帰り、リア」
玄関に入ってパパが唐突に言った。10年以上も繰り返してきた当たり前の言葉なのに、何でこんなに安心するんだろう。
「うん、ただいま!パパ!」
その後、軽くシャワーを浴びた後、殴られた顔の手当てをしてたら、パパが二日酔いの薬をくれた。パパもボロボロなのに、なんだかすごく複雑な気分。
パパは夕方になったら出かけるといい、私にはそれまで寝るように促された。別に眠くはないんだけど、パパが怖い顔で休めって言うから渋々従った……んだけど。
寝巻に着替えて2階への階段を上がろうとした時、昨夜の記憶がフラッシュバックしてきた。
「いや……私なんてことを?嘘よ、そんなの私じゃない!」
抵抗せぬまま裸にされ、人形の様に思い思いの格好をさせられ、隅々まで弄られ、写真を撮られていた記憶……。思い出すだけで顔から火が出そうだ。
「なんで?何でそんなことが出来るの?まるっきり馬鹿じゃない!」
私は階段の前でしゃがみこみ、両手で顔を覆った。私の痴態を撮られた写真が誰かに見られたら……。
「ビデオだって、……未遂だったけど撮られていた。どうしよう、どうしよう」
そして、タツヤに犯されそうになった記憶がフラッシュバックしてきて、カタカタと身体が震えてきた。
「私、犯されるところだったんだ、汚されていたかもしれなかったんだ……」
記憶が鮮明になるにつれて、自分が如何に危険な状態だったか、どんなに馬鹿な事をしていたのか、パパたちにどんなに迷惑をかけたのかと理解し涙が溢れてきた。
「私、馬鹿だ……大馬鹿だ……あんなの誰かに見られたら、もう表を歩けないよぉ……」
「ったく、意外と平気そうだから、変だと思ってみりゃ……気づくのが遅えよ、バカ娘!」
いつの間にかパパが背後に立っていた。
「パ、パパァ……私どうしたら……ごめんなさい!ごめんなさい!」
「安心しろ、カメラやビデオカメラは、サリア君に全部回収された表に出回ることはない」
泣きじゃくる私の頭を、くしゃくしゃと撫でながらパパは言った。
「お前を襲ったフルチンも、撮影していたチンピラも表に出てこれない、だから安心しろ」
パパは私の手を引き起き上がらせてくれた。
「いいから寝ろ、夕方には叩き起こすからな!」
パパは、私の頭をポンポン叩くと居間に戻っていった。
「心配して見に来てくれたんだ、ありがとパパ……」
胸の奥が暖かかくなり、安心したんだけど……でも。
そして無意識に、居間にいたパパの服の裾をつまんでいた。
「かぁ、渋ってたくせに、”怖いから一緒にいて”だと?子供か!」
「い、いいじゃないか、たまには、その……お願い」
文句を言いながらも、パパは私と一緒に部屋まで来てくれた。
「ごめん!寝るまででいいの、手を繋いでいていいかな?」
カタカタ震える手で、掛布団の隙間から手を伸ばす。
「仕方ねぇなぁ、おねしょすんなよ?」
「しないよ!バカ!……でも、ありがと……すぅ……」
精神的にも疲れていたのか、私はすぐに寝入っていたみたいだ。
夢の中でタツヤに襲われるが、パパがすぐに表れて殴り倒してくれていた。
………
……
…
夕方、目覚ましの音で目を覚ましたら、パパは私の手を握ったまま、ベッドに突っ伏して眠っていた。
「くす、馬鹿だなぁ、寝るまででいいって言ったのに」
パパを起こさない様にベッドから降りて、ガウンをかけてから1階に降り、身支度を済ませた。
「こんな時間から出かけるって、どこ行くんだろ?」
外食でもするのかと思って、ラフな格好にして居間で待っていたら、パパが降りてきた。
「あれ?出かけるんでしょ?何で仕事の制服を着てるのさ?」
「同僚だった友人の命日なんでな、今から墓参りだ、お前も一緒に連れて行く」
「え、いきなりって、そっかパパの予定潰しちゃったからね、でも私、喪服なんか」
「なら学校の制服でもいいから……ああ、今は無いんだったな、ちょっと待ってなさい」
制服は脱がされた後どこに行ったか分からない、パパは週明けまでに新しいのは届く様手配してくれたけど、同僚の墓参りだからって、喪服じゃなくて仕事の制服なのはなんでなんだろう?
「これを着なさい、サイズが合えばいいんだが」
パパが自分の部屋から厳重に封印されている包みを渡してくれた。
私は部屋に戻って包みを開ける。長い間使っていなかったらしい服を取り出し確認すると……。
「これって、パパの職場の制服?何で女性用の制服が家にあるの?まさか、パパの趣味?」
怖い考えが浮かんだが、襟元に持ち主らしい名前の刺繍があった。”エリナ・リード”ってまさか?
とりあえず、急ぎ制服に着替え下へ降りる。
「き、着たよ、似合うかな?」
パパが驚いた顔をしている。
「エリナ……、 いや、良かったぴったりの様だな!」
「エリナって、パパのその……」
「ああ、亡くなった妻の制服だ、俺の……前任だった」
パパは私を引き取る前に、奥さんを亡くしたと聞いている。私を引き取った後は私に気を遣ってか、仏壇の扉を閉めたままにしている。私のいないときにお線香あげたりとか掃除をしているんだろうけど……。
うん、決めた!
「ねぇパパ、お願いがあるんだけど!」
「ん?なんだ? あんまり時間はないぞ?」
「帰ってからでいい、その、あのね……奥さ……マ、”エリナママ”にお線香あげさせてほしいの!」
今まで言えなかった、本当のパパとママ、そしてお姉ちゃんを忘れちゃいそうで……。
でも、私は今、ここの家の子だ、パパの娘なんだから!
「リア、お前……、く!べらんめぇ!たりめーだ!今までの分、利子付けてあげやがれ!」
パパは一瞬、驚いた顔をしたが顔を上に向けたまま腕を組み、悪態をつく。
「うん、わかった!ママの話も、そのうちいっぱい聞かせてもらうよ?」
パパは顔を上にあげたままだ、きっと涙を見せたくないんだろう。
「あ、ああ、そのうちな……。 へ、今になってようやく叶うとはな……」
「え、何?」
「いや、なんでもねぇ、なんでもねぇよ……」
「変なの……」
………
……
…
「パパ、お墓参りだって言ったよね?」
「ああ、そうだが?」
「何で、施設の中に入るのさ?」
そう、てっきり、町外れの墓地に向かうと思ったんだけど【施設部】の中へと入っていく私達。
すれ違うスタッフが私を見て、怪訝そうな顔をしてるけど、私の方がもっと気まずい!だって、私まだ学生だよ?就職の憧れの場所のTOPに”施設部”の制服着て入ってきてるんだよ?
まぁ、それ以前に二人とも顔に絆創膏とか貼りまくってるから目立って仕方ないけどね。
「”神職”に関わる者は普通の墓地には埋葬されないんだ、特に”審判長”ともなればな」
「”神様”のお墓……パパの知り合いが神様だったの?」
「ああ、いけ好かない奴だったよ、でも俺の親友だった、夫婦揃ってな」
何か、何か引っかかる……何か知っちゃいけない事がある様な気がして。
それに、最奥”審判の間”ではお姉ちゃ……”神様”がいると思うと落ち着かない。
施設に隣接する岩山の中に作られたエレベーターで上にと向かう、所々に見える窓から段々畑のようになったお墓が見える、この頂上に”神様のお墓”があるらしい。
本当のパパとママも、この施設の事故で死んだとしか聞いてないけど、スタッフらしいし、この岩山のどこかにお墓があるのかな?
………
……
…
”チィン!”
最上階へ着いたようだ、外への扉が開き外へ出る。
受付でシステムロボット、と言っても人型じゃなくって洗濯機みたいな大きさと形をした端末から、お供えするお花と、水の入った桶を受け取る。
「ドウゾ、ゴユックリ……」
「あ、ありがと……前を塞がれると進めないんだけど?」
「ビュ? コレマタシツレイシマシタ!」
花と桶を受け取った後、私の前で止まっていた端末が凄い勢いで走り去っていった。
「あれ……、メンテナンスしてるのかな?」
「いや、ああ、気にしなくても大丈夫だろう……」
なんか、歯切れの悪い返答をするパパ。
「明るいうちに来れて良かったね、パパ」
「ああ、この日ばかりはな……」
夕日が沈むまで、まだちょっとあるようだ。綺麗な夕焼けを見ながら更に上に続く階段を上っていく。
「上層の街があんなに小さく……」
夕焼けに染まる街を見て、改めてこの世界が好きなんだなぁと思う。
数々の”神様だった”人のお墓を横目にパパと共に階段を登る。
「あれ?人が倒れてる!」
階段を登り切り、視界に飛び込んできたのは、正面一番奥のお墓の前で誰かが蹲っている姿だった。
「大丈夫ですか!どこか具合でも……」
「だ、大丈夫ですぅ……なんでもありませぇん!」
蹲っていた人物が、私の接近に気付いた。慌てて目を擦っている様だ、泣いていたのかな?あちゃぁ、悪いことしちゃったかな?あれ?
「「え?」」
振り向いたお姉……いや、”神様”と目が合って、ハモった。
「え、あ!えと!ト、トリス施設長!これはどういうことですか?」
慌てながらも、私の背後にいるパパに詰問する”神様”でも昨日の冷たい態度が感じられない。
「おー!これはこれは、”審判長”様! 奇遇ですなぁ! 私も”あの事故”で命を落とした親友たちの墓参りなんですよ!」
「謀りましたね、トリスおじさん……リアちゃんは家でぐっすり寝てるって……」
「え?」
今、私の名前を呼んだ?
「ええ、確かにうちのバカ娘は”家に帰ってぐっすり眠って”ましたよ?夕方まではね」
「なんで! どうしてなんですか!?」
神……お姉ちゃんが怒っている、なんで?なんでパパをしかるの?
「なぁ、リコ、お前はもう、充分過ぎるほど苦しんだ……。もういいだろう?リアも、もう小さな子供じゃない……」
パパがいつになく真剣な眼で、お姉ちゃんを見据える。
「リア、昨日リコと会ったとき、リコはお前だとわかってたと思うか?」
「ううん、他人を見る様な感じだった……」
いきなり振られ、慌てて答える。お姉ちゃんが胸元を押さえて俯いている。
「はぁ、まったく意固地な所は変わらないな……。リア、リコはお前だってことを”知っていた”んだよ」
「え?だって、10年以上も会ってないんだよ? それに、お姉……ちゃんだって、外に出てないって、
そうだよ、ちっちゃかった頃から背も伸びてるし、私だって分かるわけないよ!」
「リア、小・中・高と学校の運動会のこと覚えてるか?」
「え?うん、パパがビデオカメラを毎年新調して、応援しに来てくれたよね? 覚えてる……」
「小学5年の頃の運動会、リレー中に転倒して怪我した事は?」
「……めて、」
「うん、足引っ掛けられて、転んで怪我したけど、最後は追い抜いて、勝った事は覚えてるよ?」
「や、……めて」
「そのビデオを見て、転んだお前を一番心配し、最後に追い抜いた瞬間大喜びした人がいる」
「やめて、ください……」
「それって、まさか……お姉ちゃん?」
お姉ちゃんはカタカタ震えながら、自分の腕を掴み、否定しようとしてる、でもその顔は辛そうだった。
「お前が笑い、苦しんで、泣いてる時、ビデオを通してお前を見守ってきた人がいる」
胸がズキン!と痛んだ、私がお姉ちゃんに捨てられたと”嘆いていた時”も、お姉ちゃんなんか大っ嫌いって”怒っていた時”も、お姉ちゃんは私を見守っていてくれていたの?
「文化祭の出し物で、メイド服を着たお前を”綺麗になったね”と微笑ましく見てた、総合格闘技の決勝で判定待ちの時に、神様なのに”必死に祈ってた”ビデオの前でだけは……。
リコ、お前はお姉ちゃんの顔になっていたぞ?」
「違うんです……私にそんな……お姉ちゃんって言われる資格なんて」
「ほう、そうですか?本来”審判の間”にビデオの機材を持ち込むこと自体問題では?
私の記憶の限り、”審判長”様から咎められたことは無いんですがねぇ?」
「それは……」
お姉ちゃんが顔を真っ赤にして、泣きそうな顔をしている。
「お姉ちゃん、どうして否定するの?そんなに私が嫌いなの?」
私は意地悪だ、お姉ちゃんが苦しんでるのを分かっているのに、真実を知りたくて聞いてしまう。
「リア、”審判長”様はな、この12年”審判の間”から外に出ることはなかった、人に個人的な頼み事なんてした事が無かったんだ」
「12年も……あの場所で?」
あの中で12年も……それが自分だったらとか想像もできない。
「それが、昨日お前の行方が分からなくなった後、初めてスタッフの前まで来て、頭を下げたんだ」
「え……それって?」
「”妹を、リアリスを助けてください!”ってな、そりゃぁ、みんな驚いたぜ!12年籠ってた神様がスタッフに頭を下げるなんて、あっちゃぁならねぇ事だ」
「運よく、お前が”鍵”を持っていたから中層にいるのは分かった、後はあの事件以来、封印されていた【神の眼】迄、起動させて、サリ……。
「トリスおじさん、その事は……」
「ん、ああ、それは今度話そう……」
お姉ちゃんの制止の言葉に、パパは口を閉ざした。
「リアちゃん、いえ、リアリス。私は貴方を嫌っているわけじゃありません」
「じゃぁ、どうして!どうして私を捨てていったの?何で置いて行ったの?」
求めていた答えを目の前にし、私は抑えが効かなくなっていた。
「それは、貴方が大切だから、愛おしいから……」
「答えになってないよ!私はお姉ちゃんが好きだよ?大好きだよ!それなのに、憎みたくないのに……。
あの頃から、置き去りにされたあの頃から……苦しかったんだよ?お姉ちゃん……」
「う……それは……」
「リコ、もう、俺の娘を苦しませるのは止めにしてくれないか……頼む!」
パパはその場に座り、お姉ちゃんに向かって土下座をした。
「トリスおじさん……?」
「パパ?」
「リコ!お前の苦しみも、悩みも、願いも、みんな分かってる!その上で頼む!
俺ぁリアの泣き顔はもう見たくないんだ!」
「トリスおじさん……きゃぁ!」
揺らぐお姉ちゃんの心を表すかの如く、強い風が吹いてお姉ちゃんがよろけた。
「お姉ちゃん危ない!」
咄嗟に駆けだし、お姉ちゃんを支える。軽い?こんなに軽かったんだお姉ちゃん。
「大丈夫お姉ちゃ……え?」
お姉ちゃんの背後にあるものに目が行った。それを見てしまった。
「これって……このお墓って!」
「これだけは、これだけは見られたくなかった……のに」
「嘘……嘘でしょ?」
お姉ちゃんの後ろにあるお墓には、こう刻まれていた……。
□□□□□□□□□□□□□□□
××××~××××
ロイド・フォーレン
××××~××××
アリス・フォーレン
××××~××××
リコリス・フォーレン
神職に身を捧げし者、ここに眠る。
□□□□□□□□□□□□□□□
私の本当のパパとママの名前、そして……。
「私の本当のパパとママ?”神様”だったの?それに、何でお姉ちゃんの名前があるの?」
「12年前の今日、パパとママは職務中に”特異点”に殺され、私も一度死んだのです……」
お姉ちゃんが、胸に手を添え凄く悲しそうな顔で語った。
「え?どういう事なの?だってお姉ちゃん生きているじゃない!それに、パパとママが殺されたなんて、聞いてないよ!」
「”審判長”を二人で行っていたパパとママなら”管理者権限”で”特異点”を退ける事は出来た筈です。けど、その日、二人の手伝いをしていた私が人質にされて、ママが殺され”管理者権限”の一部を奪われました」
「え?」
初めて聞く言葉、本当のママが殺された?思考が追い付かない。
「”管理者権限”てのは、この世界の神である”絶対的な能力”だ、悪用すれば管理するこの世界が壊れることもある」
パパが困惑する私に説明してくれた。
「”管理者権限”は適性のある人物へと、長い調整を経て受け継がれるものなのですが、瞬時に継承することが可能な条件があります、それは……」
お姉ちゃんが苦しそうに口をつぐんだ。
「現職の”審判長”の血筋と適性があれば強制的に継承は可能になる。それに、”審判の間”の要、この世界の魂の記録が収められる”魂の書庫”の権利も同時に継承される」
パパがお姉ちゃんの代わりに続けた。
「アリスが”魂の書庫”の権利を持っていたから、リコを人質にそれを奪われた、ロイドは深手を負いながらも重傷を負わされたリコを救った、だけどな!あいつは!あのバカは!」
パパが凄い怖い顔で、吐き出すように言った。
「”管理者権限”を取り戻すため、自分の命と引き換えに、死にかけてたリコの中に全てを託した!そして、リコを”審判の間”から脱出させ、自分もろとも”審判の間”をこの世界から切り離したんだ」
パパは泣いていた、助けられなかった友人を……悔しいという感情が伝わってくる。
「”特異点”の奴らは”審判の間”と共に下の世界に落ちて行った、もう生きてはいないだろう」
「じゃぁ、今の”審判の間”って……」
「新しい”神様”を迎える為、新しい”審判の間”を再生させたモノだ」
本当のパパとママは、遺体すら回収されることもなく、前の”審判の間”と運命を共にしたという事だった。
「”管理者権限”と”魂の書庫”は私の中に継承されました、ただ、無理な継承の影響で、私の体は管理システムと半分ほど一体化して成長が出来なくなったのです」
”ス……”
お姉ちゃんがローブの紐を外し、ローブを地面に落とし、白い裸体を晒した……。
「……そんな……酷い……」
12年前と変わらないお姉ちゃんの身体。でも唯一違ったのは、胸やお腹に無数の刺し傷の痕が残っていた事だった。
「どうして……そんな……」
古傷なんてものじゃない、傷口は塞がっているが、今さっきつけられたような生々しい傷痕だった。
「”管理者のシステム”と同化しているから、この姿で生きていられるのです。 今、システムを切り離せば傷が開いて私は絶命するでしょう……」
私は顔を覆って泣いていた、なんで?どうしてお姉ちゃんがこんな目に?
「いっそ、死んでしまおうかとも思いました。 でも、システムに組み込まれた私が消えた場合、同じ情報を持つ者に強制的にその”責”を負わせることになることが分かったのです」
お姉ちゃんはローブを拾い、再び身に纏った後、私の方を見た。
「それは、私と同じ”フォーレンの血”を持つ者を指します!」
「それって、私?」
お姉ちゃんは、静かに頷いた。
「私が黙っていても、いつかは知られて、私の予備として身柄を抑えられる可能性があります。だから……混乱に乗じて、私には”家族がいない状態”を作り出しました」
「じゃぁ、パパに預けたのって……私を助けるため?」
「フォーレンの血筋は、私が死んだ事で途絶えたのですよ」
「そんな、なんでそんな……」
「管理者のシステムを介して、戸籍からも”リアリス・フォーレン”を抹消しました」
「お姉ちゃんは、私を捨てたんじゃなかった……」
「だから、私にはもう”妹”なんていないんです……」
「お姉ちゃんは、私を嫌いになったんじゃなかった……」
「だから、私には今、”家族”はいないんです……消えてなくなったんです」
今理解した、あの時の言葉の意味、それを無表情を貫き、言葉にするのがどんなに辛かったのだろうと。
「そんなの、そんなのってないよ! お姉ちゃんは独りなんかじゃない!私が、私がいるじゃない!
私だってフォーレンだよ? 今ここにいる”リアリス・フォーレン”だよ!」
お姉ちゃんがゆっくりと首を横に振る。
「あなたはもう”リアリス・リード”なのですよ……」
「私だけ……仲間外れなの? 皆で私を置いていくの? 一人ぼっちにするの?」
私の訴えに、お姉ちゃんは12年前の様に、優しい笑顔で私に言った……。
「私は、リアちゃんが笑っていられれば、”お姉ちゃんじゃなくなっても構わない”のですよぉ」
「何で?どうして? そんな身体になってまで、笑えるんだよぉぉ!!!」
私は叫んだ!12年間、こんなに辛くて、お姉ちゃんを憎んで、殴ってやりたい程に身を焦がした……のに、お姉ちゃんは同じ12年間、私を愛し、想って、見守っていてくれていた。
「リアちゃんは、私にとってのすべてだから……。 だから、私の事は忘れてください」
「ば、馬鹿に、しないでよぉぉぉ!!!」
私は、悔しさと悲しみに心がぐちゃぐちゃになって、お姉ちゃんに殴りかかった!
「リア!やめ……」
パパの制止の声が聞こえたが、お姉ちゃんは静かに目を閉じ受け入れようとしていた。
”ドサ!”
私はお姉ちゃんに抱き着く様に、地面に押し倒していた。
「ばかぁ!お姉ちゃんのばかぁ! 殴れるわけなんてないじゃない!」
「リアちゃん?」
私は泣いていた、12年前と変わらないお姉ちゃんの胸に抱かれ、昔の様に声を上げて泣いた。
「お姉ちゃんは、お姉ちゃんだよ!私の大好きな、リコお姉ちゃんだよ!」
「ふふ、あはは……。 初めてですねぇ?私の事を名前で呼んでくれたのは……」
「これからは呼ぶよ!何度でも!リコお姉ちゃんが嫌がったって呼んでやるんだから!」
お姉ちゃんの胸に顔を埋め、嗚咽を漏らす。この気持ちは何処に向ければいいの?誰か教えてよ!
「あんなにちっちゃかったのに、いつの間にかこんなに大きくなってぇ……」
リコお姉ちゃんの手が、優しく私の頭を撫でる。
「お姉ちゃん!お姉ちゃん!」
お姉ちゃんの手が、優しく私の頭を撫でる。
「すっかり、背も追い抜かれちゃいましたねぇ……」
「お姉ちゃん!お姉ちゃん!お姉ちゃん!」
お姉ちゃんの手が、優しく私の頭を撫でる。
「もう、おんぶもしてあげられませんよぉ?」
お姉ちゃんの手が、優しく私の頭を撫でる。
「お姉ちゃん!お姉ちゃん!お姉ちゃん!お姉ちゃん!うぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ひと撫でされる度に、お姉ちゃんへの憎しみが削ぎ落されていくようだった。
「ひっく!……もう、あの頃に戻れないの? 私、お姉ちゃんに話したい事いっぱいある!友達だっていっぱい出来たよ?」
「知ってますよぉ、リアちゃん人気者ですものねぇ」
「頼れる先輩だって、可愛い後輩だって、いっぱいいるよ?」
「知ってますよぉ、リアちゃん部活の助っ人で引っ張りだこになってましたぁ」
「でも、一番いて欲しかった、パパとママとお姉ちゃんは、私の側にいなかったんだよ?」
「それは……ごめんですよぉ……。でも、パパとママの想いも、私の想いも、みーんなリアちゃんに詰まっているのですよ?」
「辛かったよぉ、苦しかったよぉ、寂しかったよぉ、前みたいに頭撫でて欲しかったんだよぉ……」
私は昔の様に、お姉ちゃんに抱き着いて、12年分の想いをすべて吐き出した。お姉ちゃんはその間ずっと私の頭を撫でてくれていた。
「ふふ、12年前と変わらない泣き虫さんですねぇ」
「違うよ!お姉ちゃんの方が泣き虫だったよ!」
お姉ちゃんの言葉に身を起こして抗議をする。
「えぇ? そうでしたかぁ?」
「そうだよ!絶対そうなんだから!」
「「…………」」
「「ぷ!」」
見つめあった後、二人で吹き出した。私はすっかり小さくなった最愛の姉を、再び抱き締める。
「リコお姉ちゃん、好き!……大好き!」
「はい、お姉ちゃんは、いつでも大好きですよぉ」
私には分かっていた、これが姉妹としての最後の会話だったと……。
「私は、”リアリス・フォーレン”じゃない、”リアリス・リード”なんだよね?」
「……はい、そうなります」
お姉ちゃんは、少し寂しそうに頷く。 私は意を決してパパたちのお墓の前に立った。
「リアちゃん?」
「もう、顔も覚えていないけど、パパ! ママ! 私を生んでくれてありがとう!」
「お姉ちゃんも、私を愛してくれてありがとう!」
「私は今、”トリス・リード”と”エリナ・リード”の娘、”リアリス・リード”になります!」
「リア、お前……」
「……」
私はケジメをつける為、お墓の前で宣言し、頭を下げる。パパは驚いた顔をして、お姉ちゃんは目を閉じ、俯いていた。
「……だから、一緒にね?」
”ガリ……ガリリリ……”
「な、何やってんだ!」
「リアちゃん?何を?」
私はとがった石を拾い、墓石に傷をつけていく……。
「ちっちゃな私も、一緒に連れて行ってね?」
墓石には、小さな傷で名前が刻まれている。
□□□□□□□□□□□□□□□
××××~××××
ロイド・フォーレン
××××~××××
アリス・フォーレン
××××~××××
リコリス・フォーレン
リアリス・フォーレン
神職に身を捧げし者、ここに眠る。
□□□□□□□□□□□□□□□
「これで、家族一緒だよ?お姉ちゃん!」
「ええ、ええ……一緒です。みんな一緒になれたんです……」
お姉ちゃんは、両手で顔を覆って泣いていた。これでいいんだ、私の中で泣いていた、あの女の子はもういない、両親の元へ、愛する姉の元へ帰ったのだ。
「不束者ですが、改めて宜しくお願いします、く・そ・親父!」
「ば、馬鹿野郎!そこは、”パパ”とか”お父様”って綺麗に纏めろよ、バカ娘!」
私とパパは、お互い睨みあった後、にかっと笑いあった。
「お姉ちゃん、家族じゃなくなっても、お姉ちゃんは私のお姉ちゃんだよ……」
「はい、分かりましたぁ。トリスさんの娘、リアちゃんは私の妹の様な存在なんですねぇ」
「この世界をお願いしますね、神様!」
「ご期待に沿えるよう、努力はしますですよぉ」
沈みゆく夕焼けに照らされ、離れていた二人の影が一つに交わる……。
「へ、ようやく一つになったか、これで満足かよ、ロイド……アリス……それに、エリナ……」
………
……
…
この日、私は正真正銘の”リアリス・リード”になった。
エリナママにも、12年遅れで線香を上げて報告した。
仏壇で、エリナママの写真を始めてみた。パパにはもったいない位の、すっごい美人だった。
どこかで見たような、何か懐かしい微笑み……子供の頃どこかで会ってたのかな?
そして、お姉ちゃんへの想いは全て吐き出した為、心がすごく軽い!
サリアにもお礼を言って、すべてが終わった事を話してあげなくっちゃ!
一体いくら奢る羽目になるのかな?今月、お小遣いピンチなんだよね?
でも、その思いは叶わなかった……。
「サリアさんは、退校されました」
「え?何で?先週一緒に……」
担任の先生に告げられた事は、とても信じられなかった。
サリアは両親の都合で、中層に移り住むため「退校」したのだと……。
「そんな事、何も聞いてないよ!」
私は担任の先生から、サリアの住所を教えて貰、い学校を飛び出した!
「嘘でしょ?」
サリアの住んでいたアパートに着いたが、既に引き払われていた。
「このアパートって……一人用だよね?」
鍵が開いていたので、中に入った私はサリアが一人で住んでいたことを知る。
「馬鹿サリア……何が親友だよ、何が非常識の女王だよ……」
涙が頬を伝った。
「せめて、一言くらい言ってもいいじゃんか!親友ってのは嘘なのかよ!」
涙を拭い、玄関へと向かう私の視界にあるものが映る。
「メモ?さっきそんなのあったっけ?」
半開きになってた扉の内側に、それは貼りつけられていた。
”ゴメン!キットオコッテルヨネ?デモソノウチアエルカラ、ソレマデショジョハワタシノタメニトッテオキタマヘウハハハハー! リアノシンユウサリアヨリ”
まるで左手で書いた様な汚い文面、しかも何故に片仮名?
「何?これ?でも、このアホっぽい文面サリアだよね?」
そう、サリアは嘘は言わない、何か理由がるんだろう。パパも何か知っているかもしれないし、後で聞いてみよう。
「こっちから中層に行って、脅かしてやるのもありかな?」
でも、サリアの行方は分からず、パパも答えてくれなかった。
………
……
…
「お姉ちゃんが!? 大丈夫なの?」
学校の進路の相談中、パパから、お姉ちゃんが”転生希望者に殴られた”と聞いた。
只の学生であるわたしが、お姉ちゃんが心配でも駆けつけることが出来ない。
「あーこれは【施設部】での極秘情報だから独り言なんだけどなー」
「聞こえてるよバカ親父!」
イラっとして口が悪くなった。
「”審判長”様の身を護る為、身辺警護に格闘経験のある若い人材を募集しようかなーと」
「え?」
「”審判長”様は女性なので、出来れば若い女性であれば良いが何処かにいないもんかなー?」
「それって、お姉ちゃんを護れる?側に居れるって事?」
「ををっと、重要な募集用紙が、一般の目に触れる前に落としてしまったぞー?ををっと、いけない仕事の時間だー!行ってくらぁ!」
パパが下手な演技で、重要な募集用紙を落として家を出て行った。
「ホントに、お節介なんだから……バレバレだよね?エリナママ!」
ママの仏壇に向かって話しかけた。写真のママは微笑んでいる。
「ママ? 家族じゃなくなったお姉ちゃんを護りたい、こんな私を馬鹿だと思う?」
ママの写真は、相変わらず微笑んだままだ。でも、きっと応援してくれている!
なんとなく、ママが背中を押してくれている気がしてきたからだ。
私は用紙を拾い必要事項を書き込み、封をしてテーブルの上に置いておいた。
後は、誰かがこの”重要書類”を回収してくれるであろう。
………
……
…
「これは一体どういう事なんですかぁ?」
あの、”偶然”家に落ちていた”重要書類”が無くなってから数日後、私はパパと一緒に”審判の間”の中心……”審判長”の前に立っていた。
「はい、審判長の身を護る護衛を募集する”重要な書類”が一般の目に触れる前に”私の不注意”で落としてしまい、”偶然”ウチのバカ娘が書き込んで、”偶然”審査をクリアして”偶然”最終審査をクリアしたわけであります!」
「明らかに意図的じゃないですかぁ!」
ジト目でパパを見るお姉……”審判長”こと”神様”。
「申し訳ありません!この世界を管理する”審判長”様の危機を知り、いてもたってもいられず申し込みました!」
「リアちゃんまで……でも、とても危ないのでぇ」
「自分は、上層の学生による、総合格闘技大会で優勝経験があり、審判長様と同じ女性であります!
私の実力は、神様が良くご覧になっていると自負しております!」
「トリスおじさん、最近やたらとリアちゃんの試合のビデオばかり持ってくると思ったら……」
「”偶然”ですよ”偶然”」
パパは飄々と目を逸らしつつ言っていた。
「それとも、そんなに私が気に入りませんか?側に居るのもお嫌ですか?」
「あうぅ……それは……」
よし!もう一押し!
「私はお姉ちゃんが殴られたって聞いたから、凄く心配したんだよ!例え家族じゃ無くたって、神様だって、大好きなお姉ちゃんの役に立ちたい!力になってあげたいって言うのはいけない事なの?」
「リアちゃん……気持ちは、その、凄く嬉しいのですが……」
強情だなぁ、これだけは使いたくなかったけど……。
「ちょ、リア!お前何やってんだ?」
「え?ええ!、リアちゃん何を?」
私は、勢いよく服を全部脱ぎ捨て、下着だけになった……恥ずかしいが、これが最後の手段!
「私は、愛する姉の様に慕い、この世界の頂点でもある”神様”にも嫌われているみたいなので、上層の住民権を捨て、このまま歩いて中層に赴き、そこで、この身体でも売りながら一生を終えたいと思います!」
「な、な、なんて事を!お姉ちゃんはそんなこと許しませ……あ!」
お姉ちゃんがしまったという顔で口を押える。 よし、動揺した、ここで畳みかける!
「鍛えた体が、愛する者を護る事に使えないのならば、いっそ自分の手で引導を……中層でもダメならいっそ下層にでも……」
「もう、わかったですぅ! 護衛の任務をお願いしますからぁ!服を着て下さぃ!」
慌てて服を着る私、物凄く恥ずかしかったがこの戦いには勝利した!
「へっ!やるじゃねぇか、流石は俺の娘!」
「パパの演技よりは遥かにマシだったでしょ?」
二人で親指を立て合い、にかっと笑った。
………
……
…
私は晴れて、”審判の間”の中で、神様である”審判長”の護衛兼、身の周りの御世話をすることになった。
「いいですかぁ? 過剰な暴力で傷つける事はご法度ですよ?」
「はい!」
「ここに来た人は、最初は混乱している場合も……」
「はーい!」
「ちゃんと聞いていますかぁ?」
「聞いてるよ、お姉ちゃん!」
何か嬉しくなって、つい砕けた答え方をしてしまう。
「リアちゃぁぁん?ここでは”お姉ちゃん”って言っちゃダメって……」
「あ、しまった!”審判長”」
「もう、だめですよぉ、いくら”審判の間”がモニターされてないとはいえ、内部の人に誤解されたらどうするんですかぁ?」
そう、タツヤの父親は【施設部】職員で情報を盗み見ており、お姉ちゃんの弱みを握ろうとしていたらしい。結局親子揃って、共犯の4バカもに異世界へと追放されることになった。最も重い罪”ランダム強制転生”により、何に生まれ変わるか分からないという。
ちょっと可哀想な気もしたが、彼らは【施設部】の情報網やシステムを悪用し、上層の目の届きにくい中層で犯罪のもみ消しや、若い少女の弱みを握っては身体を売らせたり、如何わしい写真を撮り、販売して私腹を肥やしていた上、行方不明となっている人たちは独断で下層に送ったという事だった。
自分たちの都合の悪くなる、監視システムの一部も壊されており、完全な復旧まではまだかかるという事だった。
同情の余地は既にないが、彼らなら異世界でも逞しく生きていそうな気もする。
「……ですよぉ?」
「え? 何、お姉ちゃん?……あ」
「りあちゃぁぁん? もう妹とはいえ許しませんよぉ?」
ひい!お姉ちゃんが静かに怒っている?お姉ちゃんは”管理者権限”により、この中では人並み以上の力を振るうことが出来る。本来なら護衛もいらないのだけど、お姉ちゃんは転生希望者にその力は使いたがらないのだ。
「でも、お姉ちゃんだって私の事”妹”って言うじゃないか!」
精一杯の反論をするが……。
「それはいいのですぅ! 私は、ずぅっと我慢してたんですから!」
「ちょ、それはずるいよぉ、お姉ちゃん!」
「リアちゃぁぁん?」
「ごめんなさい!ごめんなさい!」
「もう、許しませんよぉ!」
私は、小さな”神様に”力でねじ伏せられて折檻された。
うう、おしりが4つに割れそうだよぉ……。でも、油断するとはいえ”お姉ちゃん”て呼んでしまう事には後悔はしていない。
「リアちゃん、次の方をお通ししてください!かなりの高齢者なので慎重にですよ!」
「はい、お姉……”審判長”様!」
私は知っている、”お姉ちゃん”と呼んだ時、一瞬だけだけど安堵の表情を見せることを。
「ふぅ、今日はこのくらいにして、リアちゃんは上がっていいですよぉ」
「もう少し、此処に居ていいですか?」
「別に、構いませんがココは退屈なだけですよぉ?」
「お姉ちゃんがいるからそれで……あ、すみません……」
「……今日、言い間違えたのは36回目ですよぉ?」
そう、”お姉ちゃん”と呼んだ回数を、しっかり数えてるのを私は知っている。
「仕事が終わった後なら……誰もいないときになら……ダメでしょうか?」
審判長の机の前に行き、ちょこんと顔を乗せ、捨て猫の様にお姉ちゃんを見上げる
「う、うむむ……ひ、人前では許しませんから……」
耳を真っ赤にしながら、目を逸らすお姉ちゃん。
ふふん、ちっちゃな頃、この仕草で何度もおねだりを成功させてきたのだ。
「お姉ちゃん、夕飯は今日も”アレ”なの?」
「そうです、”アレ”です、いけませんかぁ?」
「美味しいし、いけなくはないけど……ほら、栄養バランスとかさ!」
お姉ちゃんは、日に1回くらいしか食事を採らない。忙しいのもあるけど”審判の間”に半分同化してるせいか必要はないらしい。
「それは、リアちゃんがしっかりしていればいのですよぉ、まだまだ、育ち盛りなんだから」
「あ……ごめんなさい」
迂闊だった、お姉ちゃんは今、成長が出来ない身体だったんだ……。
「いいんですよぉ、私の事を心配してくれているんですから……あ、来たようですね?」
誰かが、”審判の間”に入ってきたようだ。でも誰かは分かってるんだよね……。
「ちわーっす! 出前お持ちしましたー!」
「もう、その変な掛け声は何なんですかぁ?」
パパが、お盆に丼ぶりを乗せてやってきた。お姉ちゃんは”審判の間”から外に出る事は殆どない、長い時間システムから離れると身体に変調を起こすからだ。
「知りませんか?上層で流行っているんですよ?」
「そうなんですかぁ……」
「変な嘘つかないでよ、パパ!」
食事は、パパが出前を取ってここに運んでくれている。持ってくるのは決まっていて、いつもの”アレ”だ。
「へい! 豚丼大盛、お待ち!」
白い床からテーブルが現れ、パパが豚丼を3つ並べる。
「トリス施設長? 何で3つもあるんですか?」
「おおっとぉ!? 私としたことが、トンだ失礼を! 豚丼だけに!」
「パパ、おもしろくなーい……ねぇ?お姉ちゃ……」
「ぷ! ぷくく! 豚だけに……トンだなんて……ぷふー」
う、うけてる?こんな寒いネタで?パパはドヤ顔だし……。
「あはは、もう、止めてくださいよぉトリスおじさん!」
涙を浮かべるほど笑っていたお姉ちゃんが、ようやく復活した。懐かしいな、あんな笑顔。
「注文した個数にミスがありましたか、いやぁ、参った!流石に審判長様に3つ食べて頂くなんて無理ですよねー」
パパが、チラチラと私を見る。まったくバレバレだってのに。
「わかったよ、私が一つ貰うよ! 当然パパの奢りだよね?」
「流石は我が娘! 父であり、ミスした私も責任を取らねばなりませぬな!」
………
……
…
この世界の中心で、神様と、それを支える偉い人と、護衛がテーブルを挟み、豚丼を囲んでいる。
「なに? この状況……」
「トリスおじさん、又何か企んでいますね?」
「はて、何のことやら?」
すっとぼけるパパ、絶対わざとなんだけど、意図がさっぱり分からない。
”パァァァァン!”
「ささ、冷めてしまいますぞ?頂きましょう!」
派手に柏手を打ち、丼ぶりを手に持つパパ、お姉ちゃんも驚いていたが丼ぶりを手にした。
「もう、何なのさぁ……頂きます」
「リコ、二人ばっかし遠くに行ってて欠席だが、許してやってくれ……」
「!!」
”コトン”
パパがワケのわからない事を呟いた時、お姉ちゃんが、丼ぶりをテーブルに置いた。何故か肩が震えている。
「パパ! 何をした……の」
「トリスおじさん、そういう事ですか……」
お姉ちゃんの瞳から涙が零れ落ちる。どういう事?
「ああ、言い出しっぺは、リコお前だ、怒ったか?」
「いえ、違うんです……覚えていてくれたんですね?」
「ああ、約束したからな」
なんだろう、私の知らない何かなのかな?お姉ちゃんは涙を指で掬いながら笑顔だった。
「もう、12年の遅刻ですよ……待ちくたびれてましたぁ……」
「悪ぃな、ほら、冷めちまうぞ、二人ともさっさと食え!」
「はい、はい! 頂きます!」
お姉ちゃんは、泣きながら豚丼をかき込む。神様とは思えない品の無さで……。
「わ、私も!」
ワケが分からないまま、私もお姉ちゃんと同じ様に、豚丼をかき込む。
「あれぇ?ここの豚丼、今日は少ししょっぱいですよぉ?」
「あそこのオヤジも年だしなぁ、味も変わるかもだな」
そんなにしょっぱいかなぁ? あまり……あれ?
「あれ?何でかな? お姉ちゃんにつられちゃったかな?」
私の頬にも涙が伝っていた。
「ホントに、しょっぱいや……」
涙の意味は分からないけど、お姉ちゃんと一緒の気持ち、一緒の時間を共有できた事は嬉しかった。
………
……
…
私は幼い頃、両親を失い、最愛の姉にも捨てられてと思い込んでいた。
12年の間、姉を憎みながら愛する事で自分を保っていた。
全てを知った時、姉を心の中で罵った事を恥じた、両親の墓の前で泣いた。
姉の胸の中で、12年溜め続けた思いをぶちまけた。
今なら、あの作文を捨てることが出来るだろう。
私は姉が嫌いでした……でも、今は胸を張って、大きな声で言える!
【お姉ちゃん、大好き!】と……。
でも……。
今、私には姉はいません。でも、姉のように慕う人の元で働くことが出来ました。
姉であって姉でない、妹であって妹でない、そんなぎくしゃくとした関係ですが、それで満足です。
大好きなお姉ちゃんと一緒に居られるのだから……。
12年前の事は凄く気になるけど、いつかは話してくれるよね?
………
……
…
「リアちゃーん! ちょっとお留守番を頼みたいのですよー」
「え? はい!」
「ちょっとした事件がありましてぇ【施設部】に行かなければなりません」
「……時間、気を付けてね?」
「わかってますよぉ、お姉ちゃ……神様を信用してください。行ってきますですよぉ」
「はいはい、行ってらっしゃい!」
”審判の間”に一人きりになった。今は審査を受ける者は来ていない。ただ、急に飛び込んで来る事もあるので誰かがいなければならない。
「こんなところで12年も一人で……私なら発狂しちゃうよ」
お姉ちゃんの護衛として、数か月過ごしてきた。私の拳を使う機会はそうそうありはしないが、
何人かは”補填”に不服とお姉ちゃんに手を出す。
私が仕事着に選んだのは黒のスーツだったが、普通の審査待ちの人を委縮させてしまうため、今は黒のメイド服だ……笑顔の練習もお姉ちゃんに厳しく指導された。
「スタッフが用意してくれた新しいメイド服、動き易くていいんだけどさぁ……」
前のメイド服はスカートが長くて、相手に後れを取ったため、改良を申請したんだけど、スカートが短いのは、まぁ許す、足技を使わなければいいだけだ。だけど……。
「下着がセットで、しかも黒のローライズって、誰得なんだよ!」
サリアの仕業としか思えないこのチョイス……。
【施設部】の何処かにいるであろう自称”非常識の女王”あれから姿を見せない親友に、心の中で文句を言う。
「こんなの履いてるって、お姉ちゃんに知られたら……」
きっとすごいお仕置きが待ってるだろうと、血の気が引いていく。
『直送ゲートが繋がりました、間もなく此処へ到着します』
システム音声が、とんでもない事を言い出した!
「うえ?直送ゲート!? そんなの聞いてないよ!」
慌てて、”審判長”の机の横に姿勢を正して待機、鍛えられた笑顔を浮かべる。
「落ち着け、落ち着け、一人でも大丈夫、お姉ちゃんが戻ってくるまで……」
一人で接客は初めてだ、緊張してきた!大丈夫、大丈夫落ち着いた人だよきっと……。
「……のわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……どかん!……べん!……ゴロゴロ……ぶべら!」
少し離れた空間の一部に穴が出現し、何かが放り出され、転がりながら壁に激突しようやく止まった。
「痛ぇ! 超痛てぇ! 鼻が! 異世界の美少女を虜にする俺の整った鼻が!……ここは?」
予想に反して軽薄そうな馬鹿が転がり込んできた、
「ちっ……」
あまりにも不審なので、殴りかかるところだったのを、舌打ちが漏れた程度で済んだのは、評価して頂きたい。
まさか、この後あんな事になるなんて……。
読んでくれている希少な方々に、先ずは”遅くなってごめんなさい!”調整がままならず、逆に文字数が15000を超えてしまうという事態に。結局夜通し書き続け書きたい事入れまくったら物凄く長くなってしまいました。
本編の続きの前に書きたい事、全部ぶっこんでみました。
宜しくお願いします。
サブタイトルで気づく人もいるかもですが、執筆中も励みになったGUNSLINGER GIRL -IL TEATRINO」のOPテーマ”たった1つの想い”を 聴きながらリアが真実を告げられる場面を読んで貰うと多少盛り上がると思いたい。




